■数学と科学と芸術と(その2)

【2】エッシャーとポアンカレ円板

エッシャーの絵「円の極限」は,たとえば,長さ1の棒をもって円の境界の方に移動すると,長さ1の棒はこの空間の中にいる人にとってはずっと長さ1のままですが,外にいる人から見ると境界に行けば行くほどだんだん短くなって最終的に点になってしまうことを表現しています.

ポアンカレ円板は,双曲平面(ロバチェフスキー平面)のモデルなのですが,非ユークリッド幾何を2次元ユークリッド平面内に実現させるモデルと考えられます.境界である円周に近づくにつれて長さが長く評価され,思いのほか長い距離になるのです.そのため,ポアンカレ円板からみると,境界の円周は無限の彼方に存在していることになります.

ポアンカレのモデルで「直線」というときには「測地線」のことを指すのですが,そうすると「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」ことになります.「平行線は無数に引ける」を公理として作られた新しい幾何学が双曲幾何学であり,双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかも同じ時期に発見したものです.

三角形P(黒塗り)とそれを裏返した三角形Q(白塗り)の2つを交互に並べて,双曲平面全体をタイル張りすることを考えます.双曲平面の場合には,無限に多くの種類の基本領域があり,全平面を隙間なく埋めるには無限個必要となります.コクセターがポアンカレ円板上に描いた三角形を見て,エッシャーは有限な平面上で無限を表現する方法に気づきました.その結果生まれたのが,白い天使と黒い悪魔が双曲平面を埋める作品「天国と地獄」です.

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