■微分幾何(その2)

【2】ガウス=ボンネの定理

 われわれ地球人は,地表の上に貼り付いて暮らしています.とはいっても1〜2mの身長がありますから,地平線や水平線をみることができるし,その結果「地球は丸い」ということを想像することができます.20世紀になって,宇宙ロケットから地球を眺めることによって,地球が丸いことを直接確かめられるようになりましたから,今では地球が丸いということに疑いをもつ人はいません.

 

 ここでは,われわれが厚さ0で球面に束縛され,ほんのわずかでも球面を外側から眺めることができないという前提をおいてみます.外の世界からの観測データはわれわれには理解することができるけれども,曲面世界の住人には認識することすらできなくなります.また,曲面では,円の周長と直径の比は円の大きさを変えるごとに異なりますから,曲面人にはわれわれにとっての円周率πや三角形の内角の和は180°(=π)であるなどという概念は理解できないことになります.

 

 それでは,曲面人は自分の住んでいる世界が円板やドーナツ面ではなく,球面であることをどうやって認識すればよいのでしょうか? 曲面人は,自分の住んでいる世界を外から見ることはできないので,内的な情報だけで幾何学を構成する必要があります.もちろん,曲面人は星をみて自分の位置を知るようなこともできないものとします.

 

 ところで,曲面の性質を調べるとき,曲面の内的情報だけで記述できるものと,外の世界からの観測データを本質的に必要とするものとがあります.ガウスは,ガウス曲率が曲面の内部の情報だけで決定でき,外部情報に依存しないことを発見しました.そのとき,ガウスは相当ブッタマゲタらしく,この定理を驚異の定理(Theorema egregium)と呼んでいます.

 

われわれが曲面上に閉じこめられ,外の世界については何も知らない場合,われわれにとって知りうることは,座標と運動方向と長さ(第1基本形式)だけとなります.それに対して,第2基本形式は曲面を3次元空間のなかで考えてはじめて定義される量です.ガウス曲率は第1基本形式だけで定まり,第2形式にはよらないのです.

  

 第2基本形式のような曲面からみて外的な量を理論から排除し,曲面の上の住む生物にとって定義可能な内的な量のみを用いて,曲面の幾何学を構築するのがリーマン幾何学の考え方ですが,ガウス曲率は第1基本形式だけで定まり,第2形式にはよらないという事実のおかげで,曲面人は自分の住む空間が曲がっていることを認識することができるのです.

 われわれは地球が平らでないことを星を観測するなど外的な情報を用いて認識していますが,ガウス曲率のような手がかりを使えば,曲面人にとっても外部情報なしに,地球が平らでないことを認識できることになるというわけです.

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