■学会にて(直観幾何学研究会2019,その16)
(その12),(その13)を補足.
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【3】拡大体Fp^2
前節では,f(x)=0が根をもつ場合を考えましたが,逆に,根が一つもなかったらどうなるのでしょうか?
答えを先にいうと,環Fp[x]をmodf(x)で考えた剰余環を
Fp[x]/f(x)
と記すのですが,f(x)が既約ならば
Fp[x]/f(x)
は体となります.
すなわち「剰余体になる」が答えですが,証明には興味がないので,ここでは根が一つもないような方程式を利用して,有限体Fpを拡大したFp^2を具体的に構成することにします.証明法を述べるのはやめて,考え方に焦点をあててみたいというわけです.
たとえば,F3における2次方程式
x^2+1=0
を考えます.
f(0)=1,f(1)=2,f(2)=5=2
ですから,これはF3の中には根をもちません(=既約多項式).
F3[x]/(x^2+1)
では,剰余の次数は高々1次ですから,
F3[x]/(x^2+1)={ax+b|a,bはF3の元}
また,F3=Z/3Zの元の集合は{0,1,2}ですから,
{0,1,2,x,x+1,x+2,2x,2x+1,2x+2}
の9個の剰余類からなります.
F3では−1=2すなわち{0,1,2}={0,1,−1}ですから,
{0,1,−1,x,x+1,x−1,−x,−x+1,−x−1}
としても同じことです.ともあれ,f(x)の次数をdとすると,Fp[x]/f(x)の位数はp^d個あることがわかります.
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次に,この9個の元が体をなすだろうか? すなわち,加減乗除が可能だろうか? という問題が派生します.
F3[x]/(x^2+1)={ax+b|a,bはF3の元}
において,ax+bをabとして3進数表示すれば,集合としては
{00,01,02,10,11,12,20,21,22}={0,1,2,3,4,5,6,7,8}
桁ごとのF3の加法,たとえば,
3+5=x+(x+2)=2x+2=22=8
をまとめると
+ 0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 0 1 2 3 4 5 6 7 8
1 1 2 3 4 5 6 7 8 0
2 2 3 4 5 6 7 8 1 2
3 3 4 5 6 7 8 1 0 2
4 4 5 6 7 8 0 1 2 3
5 5 6 7 8 0 1 2 3 4
6 6 7 8 0 1 2 3 4 5
7 7 8 0 1 2 3 4 5 6
8 8 0 1 2 3 4 5 6 7
また,乗法は多項式としての積のx^2+1による剰余,すなわち,右辺の乗算はx^2+1が出てくるたびに0に置き換える(=x^2が出てくるだびに−1に置き換える)ことによって,たとえば,
3×5=x(x+2)=x^2+2x=2x−1=2x+2=22=8
が実現されます.
× 0 1 2 3 4 5 6 7 8
0 0 0 0 0 0 0 0 0 0
1 0 1 2 3 4 5 6 7 8
2 0 2 1 6 8 7 3 5 4
3 0 3 6 2 5 8 1 4 7
4 0 4 8 5 6 1 7 2 3
5 0 5 7 8 1 3 4 6 2
6 0 6 3 1 7 4 2 8 5
7 0 7 5 4 2 6 8 4 1
8 0 8 5 7 3 2 5 1 6
このように0〜8が一度ずつ現れましたし,0以外の元が
1×1=1
2×2=1
(x+1)×(x+2)=1
(x+2)×(x+1)=1
2x×x=1
(2x+1)×(2x+2)=1
(2x+2)×(2x+1)=1
のように常に乗法に関する逆元をもっているわけですから,
F3[x]/(x^2+1)
が「体」となっていることがわかります.
この拡大体をF9と書きます.添字の9は9個の元からなることを表しています.前述したように
Z/9Z={0,1,2,3,4,5,6,7,8}
(一般にZ/p^2Z)では,有限環とはなっても有限体にはならないわけですから,紛らわしいので,F3^2あるいは一般にFp^2と書いた方がいいかもしれません.
なお,Fp^nの0でない元の全体は,位数p^n−1の乗法群をなします.この群のすべての元は
f(x)=x^(p^n-1)−1=0,すなわち,x^(p^n)=x
を満たします.また,
(x+y)^p=x^p+y^p (和のp乗はp乗の和)
(xy)^p=x^py^p (積のp乗はp乗の積)
ですから,p乗の算法は体をなしています.一般に,
{f(x)}^p=f(x^p)
が成立します.
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有限体を係数にもつ方程式を考えて,その根をつけ加えて得られる数体系も有限体と呼ばれます.
体F3にx^2+1の形式的な解を考えて,それをαとします.
F3(α)=F3[x]/(x^2+1)
と定義すると,
F3(α)={a+bα|a,b=F3}
={0,1,−1,α,α+1,α−1,−α,−α+1,−α−1}
です.
x^2+1=0のもう一つの解−αがこの体に入っていることから,x^2+1はこの体で1次式の積に分解されることがわかります.
x^2+1=(x−α)(x+α)
また,F3には{0,1,2}={0,1,−1}を代入しても0にならない2次式(2次の既約多項式)がさらに2つあります.
x^2+x+2=x^2+x−1,
x^2+2x+2=x^2−x−1
x^2+x−1=0の解は1+α,1−α,x^2−x−1=0の解は−1+α,−1−αであって,F3にx^2+1=0の解を添加した体F3(α)はすべての既約2次方程式の解を含むことになります.もちろん有理数体においてはこのようなことは起こりません.
何が問題なのかを意識していないと肝心なところがわからないので,説明を繰り返しますが,結局,「Fp係数の既約方程式f(x)=0は
Fp[x]/f(x)
において根をもつ.」すなわち,Fpを係数とする方程式を考え,その根をどんどん新しい数としてつけ加えていくと,ついにはどんな方程式からもそれ以上新しい根がでないような数の体系にたどりつくというわけです.
換言すると,有限体Fpを含んでいて,しかもあらゆるFp係数既約2次方程式が解けるというきわめて有用な有限Fpの2次拡大体Fp^2を構成したことになります.
なお,ここで用いた既約多項式は
f(x)=x^2+1
ですから,この話はiを添加して実数体(R:a)を複素数体(C:a+bi)に拡大した話と完全に並行していることが窺えます.
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