■雑然か整然か(PartU)

 
 前回のコラムでは,
1.最近接点間距離の分布はワイブル分布にしたがうこと,
2.雑然と整然の度合いはq値で確認できること
を述べた.これらの性質を使うと,正常細胞と癌細胞の鑑別診断が可能になるなど応用上も重要である.応用例については,
Tezuka F. et al (1990): Method for the quantitative evaluation of the distribution pattern of nuclei in normal and malignant endometrial epithelia, 237-241, Analytical and quantitative cytology and histology 12.
を参考文献としてあげておく.
 
 さて,今回のコラムのテーマも,配置に関する雑然度・整然度を測ろうというものである.前回からの流れを受けているが,方法論はまったく異なり,ディリクレ領域(ボロノイ領域)という計算幾何学的手法を取り上げている.折を見て,配向(orientation, array)に関する雑然度・整然度の解析を取り上げるつもりでいるが,いつの日になることやら−−−.
 
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 まず,簡単な縄張りのモデルを考えてみよう.
草原のいくつかの巣穴にネズミが一匹ずつ棲んでいるとする.個々の縄張りが単独で存在するとき,縄張りはほぼ円であると考えることができるが,個体密度が次第に高くなってくると,縄張り所有者は互いに侵入者を追い払おうとするから,縄張り間に境界ができる.二匹のネズミの力に差がないとき,境界線は隣り合った2つの巣穴を結ぶ線分の垂直二等分線になる.そして,個体密度が十分高くなると,結局,棲息地はいくつかの凸多角形で分割されることになる.
 
 このように,はじめに点の分布(母点)があって,隣り合った2点を結ぶ線分の垂直二等分線を次々に引いていくことによりできる多角形パターンは,ディリクレ領域またはボロノイ領域と呼ばれる.この概念は,はじめディリクレによって2次元で提出され(1850年),その後,ボロノイによって3次元に拡張された(1908年).研究分野によりいろいろな呼び名が使われていて,たとえば,地理学分野ではティーセン多角形と呼ばれているし,物性物理学分野では,ウィグナー・ザイツセルという呼び名も用いられている.細胞(セル)の図と非常に似ているためであろう.
 
 この多角形モデルは領域の中心を占める対象が形成する勢力圏をモデル化したものであり,空間の次元が3,4,・・・にも拡張することができ,3次元では多面体,4次元では多胞体によって空間分割されることになる.→【補】
 また,勢力に差があれば垂直二等分線ではなく,強いほうにふくらんだ境界曲線ができるし,領域の中心を占める対象が母点ではなく,線であったり面であったりすると,それぞれの条件に対応したデフォルメされたボロノイ図を考えることができる.→【問】
 
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 さて,2次元平面上に配置された点のパターンを,便宜上3種類に分類してみよう.
 
1)規則型分布:
 点が互いにある程度の間隔を保ちながら配置している分布.その最たるものが格子状配置である.
2)集中型分布:
 点がところどころに小集団(クラスター)を形成しながら配置するような分布.
3)完全ランダム分布:
 局所的な離合集散は見られるものの,各点が互いに他の点とは無関係に,平面のどの場所にも同じ確率(平均値)で置かれたときに実現される点の分布.ポアソン配置ともいう.
 
 それぞれのパターンに対して,ボロノイ分割を施し,ボロノイ多角形の周長なり面積なりのヒストグラムを作ると,規則型分布では平均値付近にデータが集中しほぼ左右対称になるし,格子状配置では完全に一本の線に集結してしまう.一方,集中型分布では高値に裾が長い非対称な分布形状を示すデータが得られる.また,完全ランダム分布では両者の中間になる.
 
 したがって,分布の幅の指標である変動係数や非対称性の指標である歪度を用いることによって,雑然度・整然度を数値化することができる.→【補】
 また,最初から何らかの理論分布(たとえば,格差や個体差を表わす分布としてよく用いられる対数正規分布モデル)で規定しても,このような解析は可能であろう.→【補】
 
 ボロノイ分割の応用例をあげておく.
小生が東北大学付属病院に在勤していた頃,整形外科の田中靖久先生とともに,ヒトの脊椎の海綿骨から作製された切片の光学顕微鏡写真に対して,骨梁を中心としたボロノイ分割を施し,変動係数・歪度などを計測したことがある.海綿骨とは,その名のとおり,骨梁が四方八方に網目状に張り巡らされた構築をもち,少ない素材で軽量に,しかも力学上強固な強度が得られるようになっている骨である.正常の骨は骨梁の配置に関して偏りなく(一様),その配向に関しても均等(等方的)であるが,病的な骨,たとえば骨粗鬆症では骨に鬆(ス)がはいり,いたるところ孔だらけの状態となる.まだ論文になっていないようなので詳細の記述は差し控えるが,このような簡単な解析方法でも正常な骨と病的な骨を峻別することができるのである.
 
 なお,この研究では,変動係数・歪度のように単純素朴な指標ばかりを実測したわけではない.田中博士のオリジナリティーとプライオリティーを尊重する意味で申し添えておくが,ボロノイ領域の中心が点ではなくて,面積をもつ骨梁であることから派生する複合的な指標を自ら考案する必要があったことを強調しておきたい.
 
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 最後に,規則型分布の代表である2次元・3次元格子状配置のディリクレ領域と結晶の対称性の群についても触れておこう.→【補】
 
 1次元格子は直線上に等間隔に並んだ点の集合であり,すべての1次元格子は点の間隔が違うだけで,本質的には同じものである.しかし,2次元格子には基本的な種類が2つある.ひとつは等間隔に並んだ横列の各点の真上に他の横列の点があるもので,もうひとつは横列の点を水平方向にずらしたものである.すなわち,2次元格子の形は平行四辺形(正方形,長方形,菱形を含む)になるが,その格子点の各点に対して垂直二等分線を引くと,すべて合同なディリクレ領域ができる.また,どのような2次元格子であっても,そのディリクレ領域は4角形あるいは6角形になる.
 
 無限に多くの2次元格子があるが,その対称性を考えると,本質的な配置は,正方形,長方形,菱形,二等辺三角形あるいは正三角形を2つ貼り合わせた平行四辺形状配置の5つしかない.それに対応するディリクレ領域も,正方形,長方形,切頂菱形(ソロバン珠型),長6角形(亀甲型),正6角形の5種類に限られることになる.
 
 ディリクレ領域の概念は3次元にも一般化できる.2次元格子は5種類だったが,3次元格子には1848年にブラーベが発見した14種類ある.そして,これから決まる本質的なディリクレ領域は,ロシアの結晶学者フェドロフの見つけた5種類の平行多面体−−立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体(正6角形4枚と菱形8枚の2種類で作る12面体),切頂8面体−−しかない.
 
 平行多面体とは,平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものと一致している.平行多面体は結晶構造と深く関係していて,それぞれ,単純立方格子,六方格子,面心立方格子,底心格子(直方体の8個の頂点と上面・下面の面の中心に原子が配置されている構造),体心立方格子に対応するものであろう.これら5種類の図形は5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる所以である.
 
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 さらに,平行移動だけでなく,点中心の回転や直線に関する鏡映も考えてみよう.平面上での等長変換は,平行移動,回転,鏡映,すべり鏡映,恒等変換の5種類あり,また,2次元結晶の回転角は,60°・90°・120°・180°・240°・270°・300°しかないことを考察することにより,2次元格子で異なる対称性をもつものは17種類存在することがわかる.この17種類の対称性は,2次元結晶群としてとらえることができる.(フェドロフ)
 
 また,空間での等長変換は,平行移動,回転,並進回転,鏡映,すべり鏡映,回転鏡映,恒等変換の7種類であるから,3次元結晶群は219種類存在し,その多くが結晶構造として自然界にも存在している.結晶をテーマとする物理の本には,たいてい3次元結晶群の数は230種類存在すると書かれてあるが,変換が向きを保たないものは異なるものと数えているからである.(フェドロフ)
 
 これらの事実の証明は非常に困難であり,これ以上追求しないことにするが,とくに3次元の格子状配置は,19世紀の初めから,結晶内の原子の配列を記述するのに使われてきたものであり,対称性の群の分類についての仕事の大半は19世紀の結晶学者によってなされたこと,4次元のブラーベ格子は64種類(74種類:10組は対掌体の関係にある)あり,4次元のフェドロフ結晶群は4783種類(4895種類)存在することを付記しておく.
 
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【問】勢力が1:1のとき,境界線は垂直二等分線になるが,もし勢力が2:1のように定比をなすならば,境界曲線はどのような形状になるであろうか?
  →(アポロニウスの円)
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【補】高次元の正多面体
 
 正多角形は無限に多く存在しますが,正多面体は5種類しかありません.そこで,次なる問題は,四次元あるいはもっと高次元で,正多辺形・正多面体はどのような形のものがあり,何種類存在するのでしょうか?
 
 実は,四次元では6種類,五次元以上では3種類あることが知られています.三次元の正多面体は5種類であり,五次元以上でも3種類しかないのに,四次元では6種類もあることは四次元の不思議ともいうべき事実ですが,これは,ひとつには,超立方体の対角線の長さが辺長の2倍という4次元の特徴に負っています.
 
 五次元以上のd次元の場合は,2d個の頂点と2^d個の「辺」をもつ正3角形のみからなるd次元正8面体(双対立方体であり,三次元では正八面体に相当),2^d個の頂点と2d個の「辺」をもつ正方形のみからなるd次元立方体(三次元では立方体に相当),d+1個の頂点とd+1個の「辺」をもつ正3角形のみからなるd次元正単体(三次元では正四面体)の3つですべての正多面体をつくしています.三次元の場合はこれらの他に2つの正多面体<正十二面体と正二十面体>があり,四次元の場合は他に3つ<正24,120,600胞体>あるといったほうがわかりやすいかと思われます.
 
 なお,ここでは,「辺」なる用語を頂点と双対をなす概念という意味で用いています.実際,2次元では,頂点と「辺」が双対をなしています.3次元では,正多面体の各面の中心(重心)を順に結んで立体を作ると,もとの正多面体と面と頂点の関係が逆向きの正多面体ができます.互いに表と裏の関係にある多面体を双対多面体といいますが,3次元では頂点と面に関する双対性が成り立ちます.また,二次元における正多角形,三次元における正多面体と同じ概念が四次元における正多胞体で,4次元では頂点と胞,辺と面に関する双対性が成り立っています.
 
 5次元以上でも,「胞」という用語を用いるならば,d次元正8面体は,2^d個の胞・2d個の頂点・2d(d−1)個の辺・2d(d−1)^2/3個の正三角形,d次元立方体は2d個の胞・2^d個の頂点・2^(d-1)d個の辺・2^(d-3)d(d−1)個の正方形,d次元正単体はd+1個の胞・d+1個の頂点・(d+1)d/2個の辺・d(d^2−1)/6個の正三角形から構成されているということができます.
 
 四次元の6つの正多胞体とは,正(5,8,16,24,120,600)胞体です.正8胞体と正16胞体は互いに双対,正120胞体と正600胞体も互いに双対,正5胞体と正24胞体はそれぞれ自己双対になっています.以下,四次元正多胞体の性質をいくつか紹介します.
 
 二次元空間の正三角形に相当する三次元図形は正四面体,正方形は立方体,正五角形は正十二面体に相当しますが,四次元空間で三次元空間の立方体にあたるのが正8胞体(8胞,24面,32辺,16頂点)と正八面体にあたるのが正16胞体(16胞,32面,24辺,8頂点),正四面体に相当するのが正5胞体(5胞,10面,10辺,5頂点)です.また,四次元空間における正十二面体に相当する図形は正120胞体(120胞,正5角形のみからなる720面,1200辺,600頂点),正二十面体に相当する図形は正600胞体(600胞,正3角形のみからなる1200面,720辺,120頂点)と呼ばれています.
 
 正24胞体(24胞,正3角形のみからなる96面,96辺,24頂点)こそが,四次元特有の物体であると考えられます.正24胞体は,四次元空間で三次元空間の立方体にあたる正八胞体(8胞,24面,32辺,16頂点)と正八面体にあたる正十六胞体(16胞,32面,24辺,8頂点)を重ねてできますから,その意味で4次元版の菱形十二面体に相当します.
 
 また,平面充填正多角形は3種類(正三角形・正方形・正六角形),空間充填正多面体は1種類(立方体)ですが,4次元空間を1種類の正多胞体で埋めつくす図形は,正8胞体,正16胞体,正24胞体の3種類であり,4次元の最密規則的充填構造は,正24胞体で埋めつくされているときであることが知られています.
 
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【補】オイラー・ポアンカレの定理
 
 凸多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,
  v−e+f=2  (オイラーの多面体定理)
が成り立ちます.これは3次元立体について,0次元の特性数であるv,1次元の特性数であるe,2次元の特性数であるfの関係を述べたものと解釈され,量(v−e+f)はオイラー標数と呼ばれます.
 
 オイラーの多面体定理を一般化したものが,オイラー・ポアンカレの定理です.オイラー標数はベッチ数の交代和
  Pv−Pe+Pf−Pg+Ph−Pi+・・・
に等しいというのが,オイラー・ポアンカレの内容ですが,ベッチ数とは,形には関係しないで,接触と分離にだけ関係するトポロジカルな示性数で,簡単にいえば図形の中に潜む種々の次元の穴の数のことです.
 
 凸多角形では,
  v−e=0
ですから,n角形はn辺形になりますし,また,胞の個数をcで表すと,4次元空間では,
  v−e+f−c=0
というオイラー・ポアンカレの定理が成り立っています.
 
 ところで,線分と三角形および四面体(三角錐)は,それぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形ですが,次元数nより1つ多い(n+1)個の頂点によって作られる図形をシンプレックス(単体)と呼びます.線分は1次元単体,三角形は2次元単体,三角錐は3次元単体とも呼ばれます.
 
 線分は2つの端点(0次元の境界要素)をもち,その内部は1次元です.三角形は3つの頂点(0次元)と3つの辺(1次元)をもち,その内部は2次元です.四面体は4つの頂点(0次元)と6つの辺(1次元)および4つの面(2次元)をもち,その内部は3次元です.これらの数をまとめて書くと
    2,1
   3,3,1
  4,6,4,1
ですが,これらの数はパスカルの三角形の一部分に相当しています.これから類推すると4次元のシンプレックスは5,10,10,5,1,すなわち5つの頂点と10辺,10面,5胞(正5胞体)になります.
 
 一般に,n次元単体については,
  v=n+1C1,e=n+1C2,f=n+1C3,c=n+1C4,・・・,
 また,
  n+1C0−n+1C1+n+1C2−n+1C3+・・・+(-1)^(n+1)n+1Cn+1=0
ですから,
  Pv−Pe+Pf−Pg+Ph−Pi+・・・=1±1
すなわち,オイラー標数は,nが奇数のとき2,偶数のとき0になることが理解されます.
 
 なお,偶数次元と奇数次元とでの同様の交代性は,超球の体積にも現れます.n次元単位超球{x12+x22+・・・+xn2≦1}の体積をvnとすると,v1=2(直径),v2=π(面積),v3=4π/3(体積)はご存知でしょうが,vnは漸化式:
  vn/vn-2=2π/n
によって求めることができます.そして,任意のnに対して,
  vn=2(2π)^((n-1)/2)/n!!   nが奇数の場合
  vn=(2π)^(n/2)/n!!      nが偶数の場合
であり,1次元から6次元までを具体的に書けば,
  vn=2,π,4π/3,π2/2,8π2/15,π3/6
という具合に,πのべき乗は偶数次元になるたびに1つあがります.
 
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【補】歪度と尖度
 
1)母平均と母分散
 分布の中心位置を表す代表的な特性値が母平均μであり,
  μ=∫(-∞,∞)xf(x)dx
と計算されます.
 
 一般に,関数f(x)の物理的重心は∫(-∞,∞)xf(x)dx/∫(-∞,∞)f(x)dxとなりますが,確率密度関数f(x)の場合,この分母は1ですから,母平均μは確率分布の物理的重心に相当します.重心では,
  ∫(-∞,μ)xf(x)dx=∫(μ,∞)xf(x)dx
が成り立ちます.すなわち,時計回り,反時計間回りの回転力の釣り合うところが重心になり,天秤棒が平衡を保つ点が母平均というわけです.
 
 一方,確率分布の広がりの表す特性値の1つが母分散μ2であり,
  μ2=∫(-∞,∞)(x-μ)^2f(x)dx
で計算されます.母分散μ2はしばしばμ2=σ2と書き表され,母分散の平方根σ=√σ2は母標準偏差と呼ばれます.
 母分散は,力学との相関でいうと慣性モーメントに対応していて,慣性モーメントが大きいほどまわりにくいが,いったん回りだすととまりにくくなることに対応しています.
 
 また,平均値まわりの分散は最小であることは簡単に示すことができます.
  ∫(-∞,∞)(x-μ)^2f(x)dx<=∫(-∞,∞)(x-m)^2f(x)dx
すなわち,平均値はそのまわりの分散が最小な点として特徴づけられ,このことから,回転運動では重心を中心として回転することが理解されます.
 
2)積率(モーメント)
 関数h(x)の期待値をE[h(x)]で示すことにします.Eは期待値(expectation)の頭文字をとったものです.ここで,関数h(x)の期待値は
  E[h(x)]=∫(-∞,∞)h(x)f(x)dx   連続変数の場合
  E[h(x)]=Σh(x)p(x)        離散変数の場合
で定義されます.
 
 とくに,h(x)=(x-m)^kの場合をmまわりのk次積率と呼び,h(x)=xの場合が母平均μ=E[x]=∫(-∞,∞)xf(x)dx,h(x)=(x-μ)^2の場合が母分散μ2=E[(x-μ)2]=∫(-∞,∞)(x-μ)^2f(x)dxです.また,E[(x-μ)2]は分散(variance)の頭文字をとって,V[x]あるいはvar[x]とも表されます.V[x]=E[(x-μ)2]
 
 積率を用いると,母平均は原点まわりの1次積率,母分散は平均値まわりの2次積率といい換えることもできます.平均値まわりの積率μkは中心積率(central moment)とも呼ばれます.左右対称な連続分布では,奇数次の中心積率は(それば存在すれば)0になります.
 
3)歪度と尖度
 積率(moment)は分布の位置と形を表す統計量で,1次積率μ1は平均,2次積率μ2は分散と関係していますが,平均と分散で話がおわりというわけではありません.この2つは「積率」の最初の2項にすぎません.このほかに,高次の項があって,分布のより微妙な点を表現します.
 
 3次以上の高次積率では奇数次積率は歪度(skewness)と,偶数次積率は尖度(kurtosis)と関係があります.高次のものほど意味付けが少なくなりますから,分布特性値としては3次積率・4次積率が重要です.
 
 歪度は分布の非対称度を表す指標であり,歪度係数(coefficient of skewness)は√β1=μ3/μ2^3/2と定義されます.正規分布やロジスティック分布のような対称分布では√β1=0,カイ2乗分布のような非対称で右に長い裾をもつ分布では√β1>0になります.
 
 一方,尖度はどれくらい速く裾が0に近づくかを示す,すなわち分布の裾の広がりを表す指標になります.尖度係数(coefficient of kurtosis)β2はβ2=μ4/μ2^2で定義されます.たとえば,正規分布の尖度は3,ロジスティック分布の尖度は4.2であり,ロジスティック分布のほうが長い裾をもっていることがわかります.尖度という用語からは分布の尖り具合をイメージさせられますが,これはあまり適当な用語ではありません.
 
 また,変動係数(coefficient of variation)は√μ2/μで定義されます.これは,標準偏差が平均と比べてどれ位の大きさかという相対的なばらつきを示す指標になっています.変動係数,歪度,尖度の定義は,それぞれ
  μk/μ2^(k/2)  (k=2,3,4)
と表わすことができます.
 
4)キュムラント
 積率(モーメント)と似たものにキュムラント(cumulant)があります.5次までのキュムラントと平均値まわりの積率の関係は次のとおりです.
  κ1=μ1
  κ2=μ2
  κ3=μ3
  κ4=μ4-3μ2^2
  κ5=μ5-10μ3μ2
すなわち,最初の2つのキュムラントκ1,κ2は平均,分散と同じものです.
 
 左右対称な連続分布では,κ1を除き,奇数次のキュムラントは0になります.また,正規分布では3次以上のキュムラントが0になりますから,任意の分布と正規分布の距離を表現するためには,積率よりもキュムラントのほうが便利です.キュムラントは半不変量(semi-invariant)とも呼ばれますが,キュムラントがモーメントより重要視されるのはこの性質のためです.
 
 また,高次積率をもつ分布の特性関数を正規分布の特性関数のまわりで展開すると,係数としてキュムラントが現れます.この性質を利用したものにエッジワース展開があります.
 
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【補】対数正規分布
 非対称な分布を何らかの変換によって対称にしておく必要がある場合に通常用いられるのは対数変換です.実際問題としては高値に裾が長い非対称な分布形状を示すデータが得られることはしばしばで,これらは対数変換すると対称化できる場合が多いことが経験的に知られています.
 
 対数変換したものが正規分布となる分布が対数正規分布で,その確率分布は次式で表現されます.
  f(x)=1/(√2πσx)exp(-(logx-μ)2/2σ2)
 
 ここで,m=exp(μ),ω=exp(σ2)とおくと
mean=mω1/2
variance=m2ω(ω−1)
mode=m/ω
median=m
 
 対数正規分布の分布曲線の形状はσ(ジブラ係数とも呼ばれる)によって定められ,σの値が大きくなると分布の幅が広くなり,また,非対称性が強くなります.そのため,対数正規分布は格差や生物の個体差を表わす分布としてよく用いられます.
 
 たとえば,収入や貯蓄額の分布は対称ではなく,右に長い裾をもったゆがんだ非対称分布になりますが,このことは数は少なくても並外れて高収入,高額貯蓄の人がいること,低い方に最頻値があり大半の人は平均以下であることを示しています.日本人の平均収入は▲▲▲円などと白書で報告されますが,中流と思っている人でも平均収入には達せず,かくして庶民感覚と平均値の乖離が発生することになります.このように,人の所得は高低様々であり,かなりの程度の不平等性を有していると考えられます.
 
 対数正規分布に対して「実測の結果を比較的よく再現する経験式にすぎず,対数正規分布を用いる根拠はない.」という人もいますが,理論的根拠は乏しくても正規分布より導かれたという特徴が注目され,応用上重要な分布になっています.対数正規分布の適用できるものは驚くほど多く,陸上移動通信では長距離走行中に周囲の高い建物や樹木などによって受信電界が影響を受ける電界変動(shadowing)を記述したり,血行動態を解析する際の色素希釈曲線を近似したりするのに用いられています.
 
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【補】群と正多面体群
 
 まず,群の話から始めよう.正3角形が対称性をもつことは誰にでもすぐわかるだろうし,幼児のような素朴で純粋な心にとっては,図形の美しさと対称性はしばしば一致するものであろう.
 
 正3角形の中心の周りの120°の回転は,正3角形自身をもとの正3角形に重ねる.回転するところをみていなければ回転したことはわからない.また,120°の回転を3回繰り返すと正真正銘もとの位置に戻る.つまり,この回転運動は
1)恒等変換をもつ(単位元)
2)逆変換をもつ(逆元)
3)結合律が存在する
という3つの条件を満足していて,「群」という数学的構造をもっているのである.
 
 ここでは回転だけを考えたが,鏡映(反転)と併せて,正3角形は全部で6個の対称変換をもっている.これを正3角形の対称変換群は位数6の(正2面体)群であると表現する.
 
 さて,正多面体が5種類(正4面体,立方体,正8面体,正12面体,正12面体)しか存在しないことは,ギリシャ以来知られてきた.自然界の複雑さ・深遠さの一方で,古代の人々は,5種類しか存在しない正多面体に神の摂理を見ていたのである.
 のちに,方程式の根の置換群が正多面体群となるものを研究していたクラインは,「正20面体と5次方程式」の中で正多面体群と方程式論が交差する美しい小宇宙を論じている.
 
 クラインは,平面内での正n角形を,球の赤道に内接する正n角形の各頂点と北極・南極を結んでできる多面体を上下から赤道面に押しつぶしてできる体積が0の正凸面体と考えた.クラインはこの群を正2面体群と命名したが,正n角形の回転を考えると,正n角形は位数nの巡回群をつくるから,正2面体群の位数はnである.
 
 つぎに,ひとつの頂点を糸でつるした状態の正4面体を考えてみよう.糸を軸として120°,240°,360°の回転を施せば正4面体は自分自身に重なり,頂点は4個あるから全部で3×4=12個の回転が考えられる.これら12個の回転のつくる群は正4面体群と呼ばれ,その位数は12である.
 
 同様のことを,一番見なれている立方体ではなく,正8面体について考えてみよう.軸の周りには4個の回転が考えられ,頂点は6個あるから正8面体群の位数は24である.立方体と正8面体は双対関係にあるから,正6面体群と正8面体群は一致する.さらに,正20面体について考えてみる.軸の周りには5個の回転が考えられ,頂点は12個あるから,正20面体群の位数は60である.正12面体と正20面体は双対であるから,正12面体群と正20面体群は同型である.
 
 このように,ふつう正多面体群というときには,対称性全体を記述する群ではなく,回転のみからなる部分群を意味する.ところが,2次元の直交変換は,原点中心の回転と,原点を通る直線に関する対称変換(鏡映)の2種類,3次元の直交変換は,回転,鏡映,回転鏡映の3種類がある.したがって,対称性全体を論ずるときには,回転のみならず,鏡映,回転鏡映も考えなければならない.
 
 鏡映,回転鏡映については,辺の中心,面の中心などを糸でつるして,読者自ら確かめることが望ましいが,実は,対称性全体の群の位数は,回転のみからなる群の2倍になることが知られている.すなわち,正2面体群(正n角形)の位数は2n,正4面体群の位数は24,正6(8)面体群の位数は48,正12(20)面体群の位数は120なのである.
 
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