■ゼータとポリログ関数

 2項係数nCkを(n,k)と書くことにすると,ポールテンの問題
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)=π^4/90
は,Mathematicaの最新版でも等式として得られなかったものの,予想ではなく,れっきとした等式としてすでに証明済みということです.
 
 この等式は真であるらしいと純粋に数値的に発見され,
  CΣ1/n^4(2n,n)=ζ(4)
の有理係数Cは連分数として数値的に展開することによって見つけられたということは知っていたのですが,これが厳密に正しいと証明されたのかどうかまでは知りませんでしたから,単なる予想式と思い込んでおりました.
 
 ポールテンは
  1/2Σ1/n^4(2n,n)=∫(0,π/3)θ{log(2sin(θ/2))}^2dθ=17π^4/6480
を示すことによって彼自身の問題を解いたのですが,その際,ポリログ関数が使われたという話です.
 
 そこで今回のコラムでは,アペリの証明からポールテンの証明に至る道筋をスケッチしてみることにしました.
 
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【1】ζ(3)の無理数性
 
 ζ(2n)はπ^2nの有理関数になる,従って,超越数であることはオイラー以来知られていますが,奇数ベキ級数の和ζ(2n+1)についての類似の関係式は何にひとつわかっていませんでした.
 
 つい最近までζ(3)は有理数になるかもしれないと思われていたのですが,ところが,1978年に,フランスの無名の数学者アペリによってζ(3)の無理数性が示されました.それを補ったのがポールテンです.ζ(3)=1.202056・・・に収束するものの,ごく最近までこの値が無理数であることすらわかっていなかったのです.
 
 アペリはζ(3)が無理数であることを示すために,
  ζ(3)=Σ1/n^3=5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
に基づく連分数展開
  6/ζ(3)=5-1^6/(117-)2^6/(535-)n^6/(34n^3+51n^2+27n+5)-・・・
を使いました.ζ(3)が無理数ならば,連分数展開は無限列となります.
 
 アペリが行ったことは,より正確には,漸化式
  (n+1)^3un+1=(34n^3+51n^2+27n+5)un-n^3un-1
を満たす2つの数列{an}{bn}を構成したことです.たとえば,
  an=Σ(n,k)^2(n+k,k)^2
  a0=1,a1=5,a2=73,a4=1445,a5=33001,・・・
 
 bnに対する式も,より複雑ではありますが,同様に構成することができます.
  bn=Σ(n,k)^2(n+k,k)^2c
  c=Σ1/m^3+Σ(-1)^(m-1)/2m^3(m,n)(n+m,m)  
  b0=0,b1=6,b2=351/4,b4=62531/36,b5=11424695/288,・・・
 
 この漸化式を満たす任意の数列は,
  Cα^(±n)/n^(3/2)
  (α=17+12√2=(1+√2)^4はx^2−34x+1=0の根)
で指数的に増加(減少)することより,直ちに
  bn/an → ζ(3)
が示されます.
 
 まったく同じ論法を用いて,ζ(2)の無理数性も示すことができます.
  ζ(2)=Σ1/n^2=3Σ1/n^2(2n,n)
  5/ζ(2)=3+1^4/(3+)2^4/(25+)n^4/(11n^2+11n+3)+・・・
  (n+1)^2un+1=(11n^2+11n+3)un+n^2un-1
  an=Σ(n,k)^2(n+k,k)
  bn=Σ(n,k)^2(n+k,k)^2c
  c=2Σ(-1)^(m-1)/m^2+Σ(-1)^(n+m-1)/m^2(m,n)(n+m,m)  
  α=(11+5√5)/2={(1+√5)/2}^5はx^2−11x−1=0の根(黄金比φを用いると,φ^5=3φ+2)
 
 興味深いのは,アペリの証明が最先端の研究結果を使ったものではなく,オイラーが解決していたとしても不思議はないとされるような200年前にはすでにわかっていた定理や手法のみでの証明だったことです.
 
 ζ(3)が無理数であるという証明が発表されたとき,学会場はどよめきの渦に包まれ騒然となったそうですが,アペリは非常に話し下手であり,参加者の多くは半信半疑というよりは懐疑的であったと伝えられています.アペリはマイナーな数学者とされていますが,今から考えると当時主流だった秀才数学者集団,ブルバキに押しつぶされた個性豊かな人物だったようです.
 
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 1979年,程なく,ボイカーズは周期積分の原理を用いた証明を見つけました.ある数が周期であるとは「代数的係数多項式で与えられる領域c上で,代数係数の代数的関数の積分として表される」ことをいいます.→コラム「数にまつわる話」参照
 
 たとえば,積分
  I=∫(0,1)∫(0,1)1/(1−xy)dxdy/√xy
において,1/(1−xy)を幾何級数として展開し,項別積分すると
  I=Σ1/(n+1/2)^2
 
 このとき,
  1+1/3^2+1/5^2+1/7^2+・・・
の値が必要になりますが,この値はζ(2)=Σ1/n^2から次のようにして求まります.
  1+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・
 =(1+1/2^2+1/4^2+・・・)(1+1/3^2+1/5^2+・・・)
 =1/(1−1/4)・(1+1/3^2+1/5^2+・・・)
分母を奇数のベキ乗だけにすると一般式は
  {1-2^(ーs)}ζ(s)
となるのです.したがって,
  ∫(0,1)∫(0,1)1/(1−xy)dxdy/√xy=(4−1)ζ(2)
 
 さらにζ(3)は,c:0<x<y<z<1として
  ζ(3)=∫(c)dxdydz/(1−x)yz
 
 このように,s≧2のすべての整数でのζ(s)値は周期になることがわかっていますが,ボイカーズはアペリの論じている考えを土台にして,
  |anζ(3)−bn|<α^(-n)
を導き出しました.
 
 さらに一歩進んで,数列{an}と{bn}に,重さ2となる保型形式的解釈を与えることによる証明もあるようです.エレガントな証明ですが,解説するには荷が重い・・・生兵法はけがのもと.
 
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【2】ゼータと2項係数
 
 アペリの証明の核心は,漸化式
  (n+1)^3un+1=(34n^3+51n^2+27n+5)un-n^3un-1
を満たす数列{an}を構成したことですが,そこにはゼータ関数に帰着する無限級数(n=1~∞)
  5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)
が現れます.
 
 同様に,
  Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
  Σ1/n(2n,n)=π√3/9
  3Σ1/n^2(2n,n)=ζ(2)
  12Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)=ζ(2)
  5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)
などが知られています.
 
 さらに,後述するポールテンの問題
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)=π^4/90
より,ζ(2),ζ(3),ζ(4),・・・がΣ1/n^k(2n,n)あるいはΣ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)の簡単な有理数倍になっていると予想するのは当然の成りゆきでしょう.
  ζ(k)=R*Σ1/n^k(2n,n),ζ(k)=R*Σ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)
 
 このことから,
  ζ(5)=R*Σ(-1)^(n-1)/n^5(2n,n)
と予想されますが,
  ζ(5)=5/2*Σ(1/1^2+1/2^2+・・・+1/(n-1)^2-4/5n^2)(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
となって,予想に反して,Rはたとえ有理数であったにしても,簡単なものにはならないらしいということです.
 
 ζ(3)は無理数であることしかわかっておらず,いまだζ(3)が超越数であるかどうかは知られていませんし,ζ(5),ζ(7),・・・が有理数なのか無理数なのかもわかっていません.アペリの方法はζ(5),ζ(7),・・・の場合の拡張されるに至っていないのです.
 
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【3】ゼータと超幾何関数
 
[1]Σ1/n^2(2n,n)=π^2/18
  Σ1/(n+1)^2(2(n+1),n+1)=1/2*3F2(1,1,1;3/2,2;1/4)
  3F2(1,1,1;3/2,2;x^2)={2F1(1/2,1/2;3/2;x^2)}^2
2F1はガウス型超幾何関数であって,
  2F1(1/2,1/2;3/2;x^2)=arcsin(x)/x
 
 これより,1/2*{arcsin(x)/x}^2にx=1/2を代入することによって
  Σ1/n^2(2n,n)=π^2/18
が得られる.
 
  Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)
の場合の同様の計算は,
  =(2-√3)/2*3F2(1,1,1;3/2,2;(√6-√2)/4)
  =π^2/72
 
 交代級数
  Σ(-1)^(n-1)/n^2(2n,n)
の場合は,
  Σ(-1)^n/(n+1)^2(2(n+1),n+1)=1/2*3F2(1,1,1;3/2,2;-1/4)
  2F1(1/2,1/2;3/2;-x^2)=arcsinh(x)/x
であって,
  Σ(-1)^(n-1)/n^2(2n,n)=2*{arcsinh(1/2)}^2
となる.
 
[2]Σ1/n(2n,n)=π√3/9
  Σ1/n(2n,n)=1/2*2F1(1,1;3/2;1/4)
  2F1(1,1;3/2;x^2)=arcsin(x)/x√(1-x^2)
 
 1/2*arcsin(x)/x√(1-x^2)にx=1/2を代入することによって
  Σ1/n(2n,n)=π√3/9
が得られる.
 
 一方,交代級数
  Σ(-1)^(n-1)/n(2n,n)
の場合は,
  Σ(-1)^n/(n+1)(2(n+1),n+1)=1/2*2F1(1/2,1/2;3/2;-1/4)
  2F1(1,1;3/2;-x^2)=arcsinh(x)/x√(1+x^2)
より,
  Σ(-1)^(n-1)/n(2n,n)=2*arcsinh(1/2)/√5
となる.
 
[3]Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
  2F1(1,2;3/2;x^2)=1/2(1-x^2){arcsin(x)/x√(1-x^2)+1}
となる.
 
 x=1/2を代入することによって
  Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
が得られるし,交代級数の場合は,
  2F1(1,2;3/2;-x^2)=1/2(1+x^2){arcsinh(x)/x√(1+x^2)+1}
より,
  Σ(-1)^(n-1)/(2n,n)=√5/25arcsinh(1/2)+1/20
となる.
 
 なお,交代級数の場合,
  arcsinh(x)=log(x+√(x^2+1))
より,
  arcsinh(1/2)=logφ,φ=(1+√5)/2
 
 これより,
  Σ(-1)^(n-1)/(2n,n)=√5/25logφ+1/20
  Σ(-1)^(n-1)/n(2n,n)=2√5/5logφ
  Σ(-1)^(n-1)/n^2(2n,n)=2(logφ)^2
が得られる.
 
 この過程で
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
  Σ1/n^4(2n,n)
は簡単な初等関数・特殊関数では表せないことがわかったが,そこで必要となるのが,ポリログ関数を用いた積分表示であった.
 
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【4】ゼータとポリログ関数
 
 ところで,オイラーはいろいろな工夫をして,
  log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
であることをつきとめ,広義積分
  ∫(0,π/2)log(sinx)dx=-π/2log2
の値を求めています.
 
 また,これを代入して計算すれば
  1/1^3+1/3^3+1/5^3+・・・=π^2/4log2+2∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
が得られます(1772年).
 
 このとき,
  1+1/3^3+1/5^3+1/7^3+・・・
の値が必要になりますが,この値はζ(3)=Σ1/n^3 から次のようにして求まります.
  1+1/2^3+1/3^3+1/4^3+・・・
 =(1+1/2^3+1/4^3+・・・)(1+1/3^3+1/5^3+・・・)
 =1/(1−1/8)・(1+1/3^3+1/5^3+・・・)
より,分母を奇数のベキ乗だけにすると一般式は
  {1-2^(ーs)}ζ(s)
 
 さらに,
  1/1^s−1/2^s+1/3^s−1/4^s+・・・
 =2(1/1^s+1/3^s+1/5^s+1/7^s+・・・)−(1/1^s+1/2^s+1/3^s+1/4^s+・・・)
より,+,−が交互に出現すると一般式
  {1-2^(1ーs)}ζ(s)
を得ることができます.
 
 オイラーによる
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
という結果(log2の有理式×π^2)から,ζ(2n+1)は有理数と円周率から四則演算によって得られる数ではないだろうと予想されていますが,証明されてはいません.また,log2を含むであろうと推測されています.
 
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  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
の∫(0,π/2)xlog(sinx)dxはログサイン積分とも呼ぶべきものですが,ここで,ポリログ関数(polylogarithm)を導入することにしましょう.
 
 ポリログ関数は
  ジログ関数:L2(x)=Σx^n/n^2=-∫(0,x)log(1-t)/tdt
  Ln+1(x)=∫(0,x)Ln(t)/tdt
で定義される関数ですが,
  トリログ関数:L3(x)=Σx^3/n^3,
  テトラログ関数:L4(x)=Σx^4/n^4,
  ペンタログ関数:L5(x)=Σx^5/n^5,
  ・・・・・・・
などを総称してポリログ関数と呼びます.
 
 特に
  Ln(1)=(-1)^(n-1)/(n-1)!∫(0,1){log(t)}^(n-1)/(1-t)dt
     =ζ(n)
より,Ln(1)はゼータ関数の特殊値となります.
 
 ポリログ関数の公式を用いると,オイラーの等式
  ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
に相同な等式
  L3(1)=ζ(3)=5/4L3(φ^(-2))+2π^2/15logφ-2/3(logφ)^3
         φ=(1+√5)/2
を得ることができます.
 
 また,一連のログサイン積分
  ∫(0,π/3){log(2sin(θ/2))}^2dθ=17π^3/108
  ∫(0,π/3)θ(log(2sin(θ/2)))^2dθ=17π^4/6480
も得られますが,ここで,
  1/2Σ1/n^4(2n,n)=∫(0,π/3)θ{log(2sin(θ/2))}^2dθ
であることが示せれば,本コラムの目的(ポールテンの問題)は達成されたことになります.
 
(証明)
  2(arcsin(x))^2=Σ(2x)^2n/n^2(2n,n)
より,
  Σ1/n^4(2n,n)=∫(0,1/2){∫(0,u)(arcsin(x))^2dx/x}du/u
ここで,右辺に部分積分を2回繰り返すことによって
  Σ1/n^4(2n,n)=2∫(0,π/3)θ{log(2sin(θ/2))}^2dθ
 
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 ζ(4)の積分表示は,ログサイン積分
  ζ(4)=17/18∫(0,π/3)θ{log(2sin(θ/2))}^2dθ
であることが得られましたが,それではζ(3)の積分表示はどうなるのでしょうか?
 
  2(arcsin(x))^2=Σ(2x)^2n/n^2(2n,n)
などの公式については,コラム「超幾何関数とゼータ関数」を参照して頂きたいのですが,x→−iyとおくと
  2(arcsinh(y))^2=Σ(-1)^(n-1)(2y)^2n/n^2(2n,n)
が得られます.
 
 したがって,
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=4∫(0,1/2)(arcsinh(y))^2/ydy
となるのですが,右辺に部分積分を施すことで,
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=-2∫(0,logφ^2)xlog(2sinh(x/2))dx
 
 このように,ログシンハー積分となるのですが,ここで,
  L3(1)=ζ(3)=5/4L3(φ^(-2))+2π^2/15logφ-2/3(logφ)^3
の結果を利用すると,
  ζ(3)=Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
を導くことができます.
 
 以上のことより,ζ(3)の積分表示は,ログシンハー積分
  ζ(3)=10∫(0,1/2)(arcsinht)^2/tdt=10∫(0,logφ)t^2cothtdt
      =-5∫(0,logφ^2)xlog(2sinh(x/2))dx
で与えられることが理解されます.
 
 結局,ポリログ関数の理論では,ζ(2),ζ(3),ζ(4)だけが
  ζ(k)=R*Σ1/n^k(2n,n),ζ(k)=R*Σ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)
で表されることが確かめられているのですが,最後に,交代級数でない場合の結果
  Σ1/n^3(2n,n)=4∫(0,1/2)(arcsin(y))^2/ydy
        =-2∫(0,π/3)xlog(2sin(x/2))dx
も掲げておきます.
 
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