■眼から鱗が落ちるかも

 「眼から鱗の落ちる話」という語があります.今日であれば「眼からコンタクトが・・・」とでもいうべきかもしれませんが,誰しも一つや二つそのような思いをした経験をお持ちでしょう.
 
 小生は,正三角形や正方形は辺の長さだけでなく内角もすべて等しいとか,n角形の辺の数と頂点(内角)の数は同じであるとか,そのようなことを独力で発見したとき,ある種の感動を覚えました.独力で発見したことが幼心にもかけがえのないものに感じられたからなのでしょう.n角形の辺と頂点の数が同じであることはサルでもわかるとバカにしてはなりません.れっきとしたオイラー・ポアンカレの定理の2次元版になっているのです.
 
 ところで,色紙を折ってそれに鋏を入れると,桜や梅の花のような五弁の花びらができあがるという折り方があります.この折り方は障子の穴をふさぐ方法として,昔はどこの家でも使われていたものですが,最近はこの折り方を知っている人は少ないようです.お年寄りでも知らないわけですから,障子自体が消え去りつつあることがその原因と思われます.
 
 五弁の花びらを作るには,四弁とか六弁とは違って,ちょっとした工夫が必要です.小生は幼少の頃にこの折り方を祖母から教わったのですが,そのときもそれまで知らなかった知識を初めて得たことで感動した記憶があります.先日,その折り方を小学1年の娘に伝授(受け売り)したのですが,ちょうどいまそれにはまっているようです.
 
 今回のコラムでは,眼から鱗が外れたというとオーバーですが,ちょっとした感動を覚えた数や図形にまつわる話を取り上げて紹介することにしました.しかし,感動する閾値は人それぞれですから,感動したといえなくもない話と濁したほうがあたっているかもしれませんが・・・.
 
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【1】アルゴリズムの破綻
 
 任意の整数nは,n個平方和
  n=1^2+1^2+・・・+1^2
に書けますから,これをなるべく少ない数の平方和でnを表そうと思うのは自然な成り行きです.そこでまず,簡単な数値実験から始めることにしましょう.1から10までの整数をいくつかの平方数の和の形式で表現するというものです.
 
 整数の平方
  0,1,4,9,16,25,・・・
は非常にまばらにしか存在しませんが,2つの平方数の和の形で表される整数はより頻繁に現れます.1,2,4,5,8,9,10,・・・
  1=1^2+0^2
  2=1^2+1^2
  4=2^2+0^2
  5=2^2+1^2
  8=2^2+2^2
  9=3^2+0^2
 10=3^2+1^2
 
 ここで,3,6,7といった整数は,2つの平方の和では書けないことがわかります.しかし,3つの平方和となると幾分間隙を埋めてくれます.
  3=1^2+1^2+1^2
  6=2^2+1^2+1^2
 
 それでも,なおすべての正の整数を得ることはできません.最後まで残った7に対しては3つの平方数の和で書けず,4つの平方数が必要となります.
  7=2^2+1^2+1^2+1^2
 
 このような数値実験からいくつかのことが予想され,肯定的に証明されています.
 
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[1]フェルマー・オイラーの定理(2平方和定理)
 
 特別な素数である2を除外して,素数は4で割ると余りが1になるもの(5,13,17,29,37,41,・・・)と3になるもの(3,7,11,19,23,31,・・・)の2種類に分けられます.
 
 このうち,4n+1の形の素数は2つの整数の平方の和として表されます.たとえば,5=1^2+2^2,13=2^2+3^2,17=1^2+4^2,29=2^2+5^2
 
 しかし,4n+3の形の素数は1つもこのようには表せないのです.この定理はフェルマーの定理と呼ばれ,フェルマーは無限降下法でこれを証明しましたが,その証明は不十分で,100年後のオイラーによって完全な証明がなされています.
 
 それでは,どのような自然数mが2つの平方数の和の形に書くことができるのでしょうか? 2つの平方数の和になる数m=4n+3はありません.mの素因数分解におけるp=4n+3の形のすべての素因数の指数が偶数であるときに限り,2つの平方数の和の形に表すことができるのです.
 
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[2]ガウス・ルジャンドルの定理(3平方和定理)
 
 4n+3の形の数は2個の平方数の和で表せませんが,同様にして,
  「8n+7の形の数は3個の平方数の和では表されない.」
 
 逆にいうと,n≠4^k(8n+7)はnが高々3個の平方数で表されるための必要十分条件です.ガウスの定理ともルジャンドルの定理とも呼ばれますが,ルジャンドルは2次形式ax^2+by^2+cz^2の研究を通して,より一般的な3元2次形式論として,この結果を得ています. 
 
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[3]ラグランジュの定理(4平方和定理)
 
 前述の数値実験から「すべての正の整数は,g個の平方数の和として表すことができるだろうか? さらに,gの最小値はいくつであろうか?」というより高度な問題が派生しますが,「すべての正の整数は高々4個の整数の平方和で表される」というのが,ラグランジュの定理です.
 
 驚くべきことに,7のみならず,任意の自然数がたった4つの平方数の和の形に表せるのです.
  7=2^2+1^2+1^2+1^2
  2=1^2+1^2+0^2+0^2
このことを,シンボリックに書くと
  n=□+□+□+□
となります.□は平方数の意味です.
 
 オイラーはこの定理の直前まで行きながら,最後の段階で成功しませんでした.ラグランジュはオイラーの研究成果からアイデアを得て,1772年,最後の段階を突破したのですが,その証明中で用いられる基本公式が
  x=ap+bq+cr+ds,
  y=aq−bp+cs−dr,
  z=ar−bs−cp+dq,
  w=as+br−cq−dp
とおくと
  (a^2+b^2+c^2+d^2)(p^2+q^2+r^2+s^2)=x^2+y^2+z^2+w^2
が成り立つというもので,1748年にオイラーによって証明されています.
 
 この基本公式はハミルトンの4元数(1843年)を使ったうまい方法でも証明されますが,それにしても,オイラーはどのようにして発見したのでしょう? なお,四元数は複素数に似ていますが,ただ1つではなく3つの虚数をもつ数体系で,i^2=−1,j^2=−1,k^2=−1,ij=k,jk=i,ki=j,ji=−k,kj=−i,ik=−jなる性質をもち,
 (x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)=x^2+y^2+z^2+w^2
となります.
 
 上に掲げた基本公式は,4つの平方数の和となっている数は積の演算で閉じていること,すなわち,n1が4つの平方数の和ならば,n1n2もそうであることを示しています.これにより,ラグランジュの定理を証明するには,すべての素数pが4つの平方数の和であるということの証明に帰着されることになります.また,
  2=1^2+1^2+0^2+0^2
ですから,pは素数と仮定してもよいわけです.
 
 すべての奇素数pが4つの平方数の和であることの証明も,背理法の1種である無限降下法によって証明できるのですが,これについては最近出版された
  J.S.Chahal著,織田進訳「数論入門講義」共立出版
にわかりやすい解説がありましたので,それに譲ることにします.
 
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[4]アルゴリズムの破綻
 
 [1][2][3]はそれぞれ2元,3元,4元の2次形式の問題なので,n次元空間における格子点の配置の問題として幾何学的に考えることができます.すなわち,ラグランジュの定理は4次元空間内の原点を中心とする半径√nの球面には必ず格子点があることを主張しているわけです.半径√nの2次元の円,3次元の球には格子点が存在するとは限らないのです.
 
 上の数値実験では,実際に4個必要なのは7だけで,他はすべて3個以下の平方数の和で書けていました.どの場合に2つで済むのか,3つで済むのか?という問題は,ラグランジュの定理に先行するフェルマー・オイラーの定理,オイラー・ルジャンドルの定理で解決されています.
 
 また,nを越えない最大の平方数は,ガウス記号を用いて[√n]^2と表せるのですが,nを越えない最大の平方数をとり,その残りに対して同様に最大の平方数をとる,・・・,そして残りが平方数になるとおしまいというアルゴリズムによって,4個の平方数の和
  n=n1^2+n2^2+n3^2+n4^2
に分解できるように思われます.はたして,これは正しいのでしょうか? 数値実験を続けてみることにします.
 
  11=3^2+1^2+1^2
  12=3^2+1^2+1^2+1^2
  13=3^2+2^2
  14=3^2+2^2+1^2
  15=3^2+2^2+1^2+1^2
  16=4^2
  17=4^2+1^2
  18=4^2+1^2+1^2
  19=4^2+1^2+1^2+1^2
  20=4^2+2^2
  21=4^2+2^2+1^2
  22=4^2+2^2+1^2+1^2
  23=4^2+2^2+1^2+1^2+1^2
 
 素数23では5個の平方和となり,このアルゴリズムは23で破綻してしまいます.もちろん,23は8n+7型の素数ですから,3個の平方和では表すことはできませんが,
  23=3^2+3^2+2^2+1^2
のように4個の平方和の形に表すことができます.
 
 また,
  12=3^2+1^2+1^2+1^2=2^2+2^2+2^2
  18=4^2+1^2+1^2=3^2+3^2
  19=4^2+1^2+1^2+1^2=3^2+3^2+1^2
  23=4^2+2^2+1^2+1^2+1^2=3^2+3^2+2^2+1^2
のように,より少ない数の平方和として幾通りかに表すことのできる数もあります.
 
 4=(±1)^2+(±1)^2+(±1)^2+(±1)^2   16通り
 4=(±2)^2+0^2+0^2+0^2            +8通り
のように,4個の平方数による分割
  n=x1^2+x2^2+x3^2+x4^2
の解の個数をR(n)で表せば,1829年,ヤコビは
  R(n)= 8Σ(2d+1)   n≡1(mod 2)
  R(n)=24Σ(2d+1)   n≡0(mod 2)
   Σは(2d+1)|nをわたる
を示しました.
 
 この出発点となった考え方は,
  {Σq^(n^2)}^4=ΣR(n)q^n
         =1+8nq^n/(1-q^n)
の2つの表現のq^nの係数を比較することであって,Σq^(n^2)はテータ関数です.R(n)を求めるのにヤコビはテータ関数を用いたのですが,それ以来,モジュラー形式などの解析的理論が数論へ応用されるようになり,ヤコビは2,4,6,8個の平方の和に分解する仕方の数,エルミートは3,5個の平方の和に分解する仕方の数を得ています.→コラム「もうひとつの五角数定理」,「分割数の漸近挙動」
 
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[5]ウェアリングの問題とヒルベルトの定理
 
 1770年,ウェアリングは4平方和定理を拡張して,
  「任意の整数はたかだか9個の3乗数の和として,あるいは19個の4乗数の和として表される」
ことを証明抜きで主張しました(9三乗数定理,19四乗数定理).これが,有名なウェアリングの問題です.
 
 g(2)=4はラグランジュにより,g(3)=9はヴィーフェリッヒによって証明されました(1909年).
 
 4^k(8n+7)の形の数は4個の2乗を必要とするのに対して,9個の3乗を必要とする数は,たった2つの場合だけが知られています.
  23=2・2^3+7・1^3
 239=2・4^3+4・3^3+3・1^3
そして,1939年,ディクソンは23,239以外の整数はすべて8個の3乗数の和で書けることを示しています.
 
 ウェアリングの問題は,2次形式ではなく高次形式を扱っていて,多くの数学的思考を刺激しました.そして,1909年,ヒルベルトによって
  「どの数もg個のk乗数の和で表される」
ことが肯定的に証明されています.
  n=x1^k+・・・+xg^k
 
 19四乗数定理:
  「すべての正の整数は19個の4乗数の和で表される」
は1986年に証明されています.つまり,ウェアリングの問題(18世紀)も200年以上かかって解決されたことになります.
 
 なお,g乗数は平方数よりもずっとまばらにしか分布しませんから,以下,37個の5乗数の和,73個の6乗数の和,・・・と続きますが,この最良値を完全に決めることはまだできていません.高次形式の理論はまだ発展途上なのです.
 
[補]現在,k≧6でのg(k)の値はほぼ決まっている.
  g(6)=73,g(7)=143,g(8)=279,
  g(9)=548,g(10)=1079,・・・
したがって,37五乗数定理だけが残されたことになる.
 
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【2】重いゴムのロープ
 
 変分の問題は,幾何学の問題というよりも,解析学(微分積分学)の問題であって,18世紀半ばにオイラーとラグランジュによって,汎関数の最大・最小の問題を取り扱うための方法として基礎が固められました.
 
 変分は微分のアナローグであり,また,汎関数は関数を変数とする関数のことであって,関数の関数と理解されます.以下では,
  小磯憲史「変分問題」共立出版
を参考文献として,由緒ある(古典的?)変分問題を取り扱ってみたいと思います.
 
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[1]懸垂線
 
 伸び縮みしないひもの両端を固定しぶら下げてできる曲線を懸垂線(カテナリー)といいます.懸垂線はちょっとみると放物線ではないかと思われがちですが,放物線よりもずっときつく上昇する曲線です.
 
 ひもの両端をもちあげたときに,そのひもがどのような形状をとるかは,古くからある変分問題のひとつで,長さと端点が固定されている曲線:y=f(x)の位置エネルギーを最小とする関数形を求めよということになります.
 
 微小部分における曲線の長さは√{(dx)^2+(dy)^2}=√{1+(y')^2}dx
また,そこでの位置エネルギーは高さyに比例しますから,位置エネルギーは,
  U[y]=∫y(1+(y')^2)^1/2dx
で定義されます.
 
 また,ひもの長さは
  L[y]=∫(1+(y')^2)^1/2dx
であり,この問題は条件付き極値問題ですから,ラグランジュの未定乗数法を用いて解くことができます.
 
 ここでは問題を定式化するだけで,実際の計算は略しますが,その解は端点の位置に関わらず,双曲余弦関数
  y=a/2{exp(x/a)+exp(-x/a)}=acosh(x/a)
になります.
 
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[2]重いゴムのロープ
 
 一方,ゴムひものように伸び縮みする素材で作られたひもの両端をもってぶら下げたときに,ひもがとる形状はカテナリー(懸垂線)とはなりません. 重いゴムのロープの両端を持ち上げることを考えてみましょう.自重で垂れ下がってしまうのですが,自分自身で縮もうとするので,どこかで釣り合う形をとることになります.
 
 この場合,ひもの長さは固定されておらず,位置エネルギーだけでなく,張力エネルギーとの和を最小とするような形状をとるのです.張力エネルギーは微小部分のひもの伸びの2乗になりますから,
  T[y]=∫{(1+(y')^2)^1/2-a}^2dx
ここで,(1+(y')^2)^1/2がaに比べてきわめて大きい状態に理想化すると,
  T[y]=∫(1+(y')^2)dx
そして,c1*U[y]+c2*T[y]の変分問題を考えると,その解は放物線となります.
 
 懸垂線についてはよく知られていますが,重いゴムのロープが放物線になることは案外知られていないのではないでしょうか?
 
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[3]懸垂曲面
 
 懸垂線の問題を解いたのはベルヌーイであったのですが,変分法によって,懸垂線は与えられた2点を両端とする一定の長さの曲線をx軸を軸として回転させたときにできる曲面の表面積を最小にする曲線であることも簡単に導かれます.
 
(証明)y=f(x)>0のグラフをx軸を中心に回転させてできる曲面の面積を最小にしたい.曲面の面積は
  S[y]=2π∫y(1+(y')^2)^1/2dx
 
 これは懸垂線で考えた位置エネルギーの2π倍ですから,解は懸垂線を回転させたものであり,懸垂曲面(カテノイド)と呼ばれています.なお,回転極小曲面は懸垂面のみであることが示されています.
 
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[4]弾性曲線
 
 ピアノ線を曲げたときにできる形(弾性曲線)について考えてみることにしましょう.
 
 弾性曲線の問題では,弾力のある素材からできていて,ひものように容易に曲がったり,ゴムひものように伸び縮みするわけでもないわけですから,数学的には,両端の位置と方向を固定して,曲線の長さ:
  L[y]=∫(1+(y')^2)^1/2dx
一定の下に,弾性エネルギー(曲率の2乗積分):
  E[y]=∫(y")^2/(1+(y')^2)^5/2dx
を最小にするy(x)を求めることになります.
 
 その際,弧長の制約条件や被積分関数の分母の(y')^2を無視して大ざっぱに計算すると,この解は3次曲線(スプライン曲線)で近似されるわけですが,きちんと計算すれば,解は初等関数では表されず,楕円関数になります.
 
 表面積:
  S[y]=2π∫y(1+(y')^2)^1/2dx
を固定して,y=f(x)をx軸を軸として回転させたときにできる回転体の容積:
  V[y]=π∫y^2dx
を最小にする曲線は,等周問題の拡張版ですから,回転体は半球.したがって,曲線は四分円となりますが,ここでは,表面積ではなく,曲線の長さ:
  L[y]=∫(1+(y')^2)^1/2dx
を固定して,回転体の容積:
  V[y]=π∫y^2dx
が最大になる曲線を考えてみることになります.
 
 この解は楕円関数になることが知られています.楕円関数はフェルマー予想の解決で注目された曲線ですが,弾性曲線や最大容積回転体の変分問題の解を数学的に表現したものになっていて,歴史的にみて,これらの変分問題は楕円関数の研究動機のひとつとなったということができましょう.また,楕円関数の最も広い応用領域は数論であって,それはヤコビのテータ関数に遡ることができます.
 
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[4]サイクロイドと最速降下線
 
 固定した直線上を円が滑らずに転がるとき,回転円上の固定点のなす軌跡はサイクロイドと呼ばれ,回転円の半径をrとすると
  x=r(θ−sinθ),y=r(1−cosθ)
と書くことができます.この曲線は2変数多項式f(x,y)=0の形に表せませんから,代数曲線でありません.
 
 サイクロイド弧が囲む面積は3πr^2(回転円の面積の3倍に等しい),弧長は8r(回転円に外接する正方形の周に等しい)になります.また,サイクロイドには,
  dx/dθ=y
の他にも,いくつかの興味深い特性があります.
 
[a]最速降下線
 
 1696年,ベルヌーイによってヨーロッパ中の優れた数学者に対して,質点が重力だけの作用の下で滑らかな曲線に沿って運動するとき,到達までの所要時間が最小になるような曲線は何か?という「最速降下線」の問題が提出されました.
 
 微小部分における曲線の長さは√{1+(y')^2}dx,また,そこでの速度は重力だけの作用下ですから,高さの平方根√yに比例します.したがって,変分問題は,
  T[y]=∫{(1+(y')^2)/y}^(1/2)dx
を最小とするyを求めることになります.解は直線ではありません.
 
 ニュートンは直ちにこれを解き,匿名で解答を送ったが,ベルヌーイはその解法を見てすぐに解答者を知ったという逸話は余りにも有名です.私には,たとえ積分公式集があったとしても,計算は面倒そうに思えるのですが,その答えがサイクロイドだったのです.そして,重力場において2点間を滑りおりる最短時間の曲線の問題を解決するために工夫された方法が,のちに変分学に発展しました.
 
[b]等時曲線
 
 ガリレオ・ガリレイは16世紀の終わりにピサの斜塔で有名な落体の実験を試みましたが,さらに大聖堂のシャンデリアの動きから振子の等時性を発見しています.
 
 糸の長さlに質量mの錘のついた振り子の運動方程式は,
  mldθ2 /d2 t=−mgsinθ
で表されますが,
  sinθ=θ−1/3!θ^3 +1/5!θ^5 −・・・
より,小さな振幅に限るとsinθ≒θとしてよいので
  mldθ2 /d2 t=−mgθ
となります.この方程式は線形なので解くことができ,周期
  T=2π√l/g≒2√l
が得られます.したがって,周期はl=25cmで約1秒,l=1mで約2秒となり,振幅には拠りません.
 
 これが有名な「振り子の等時性」ですが,この現象は振幅が小さい場合に限って成立します.しかし,振幅が大きいと,復元力はsinθに比例し,積分は楕円積分となります.その場合の周期として
  T=4√(l/g)K(k)
が得られますが,この式は振幅が小さいとき
  T≒2π√(l/g)
と近似されます.
 
 現実には振幅はそれ程小さくなく,無視できない差が生じます.楕円積分が登場するため,線形性はくずれ非線形になるからです.しかし,サイクロイドを用いると,周期が振幅に依存しない正確に等時性をもった振り子を作ることができます.振幅角が大きいとき振子の長さを短くすればよいのですが,ホイヘンスはサイクロイドが等時曲線(所要時間が質点の位置に関係なく一定である曲線)であることを発見し,等時性からのずれを補正するためにサイクロイドの縮閉線を利用しました.サイクロイドの縮閉線にはもとのサイクロイドと合同なサイクロイドになるという性質があるからです.
 
 なお,サイクロイド振り子の周期は
  T=4π√r/g≒4√r
です.サイクロイドはそもそもガリレイによって発見され,ホイヘンスによって振子時計の設計に使われ,そしてパスカルの積分法の研究にも貢献しています.
 
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[5]石けん膜と極小曲面
 
 19世紀のベルギーの物理学者プラトーは,石けん膜に関する面白い実験結果を報告しました.その実験によれば,針金で輪をつくれば,それがどんな形の囲いであっても,必ず石けん膜が張られるというものです(1873年).
 
 物理的には,石けん膜では表面張力によって表面積最小の曲面が実現します.もし,輪をひねって立体的な形にしたものを石けん液に浸して引き上げると,そこの複雑な形の曲面ができることになりますが,その場合でも針金の枠のなかでは最小の表面積をもった膜が実現し,こうして一定の枠のなかにできる最小面積の曲面の形が決定できるわけです.
 
 プラトーによって提起された問題は,いい換えれば,閉曲線を境界とする最小表面積の曲面を求める変分問題に他なりません.これに対する数学的な問題は「3次元ユークリッド空間の中に任意の閉曲線Cを与えたとき,Cを境界とする極小曲面は,どんな閉曲線に対しても存在するかどうか?」というものです.プラトー問題の解は物理的には石鹸膜として存在するものの,数学的にはどんな閉曲線に対しても存在するかどうかが問題となるのですが,極小曲面の存在証明が数学的になされたわけではないのです.
 
 やがて,この問題は数学者の興味をひきつけ,極小曲面の存在と一意性を扱うこの問題は,プラトー問題として知られるようになりました.そして,1930〜1931年,アメリカの数学者ダグラスとハンガリーの数学者ラドーによって独立に解決されたのです.この業績により,ダグラスは1936年に数学界のノーベル賞にあたる第1回フィールズ賞を受賞しています.
 
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[6]シャボン玉と平均曲率一定曲面
 
 石けん膜の数学的定式化として,極小曲面がありますが,石けん膜といえば,シャボン玉を思う浮かべる方も多いと思われます.しかし,シャボン玉は極小曲面ではありません.シャボン玉は中の空気が閉じこめられていて,その容積が変わらないという条件のもとで,面積の変分問題に対応しています.
 
 ところで,シャボン玉はなぜ丸いのでしょうか? 等周不等式
  S^3≧36πV^2
に関係していることは直感的に発想できるでしょうが,球面はその自明な解です.また,極小曲面が石けん膜であったとき,膜の両側の気圧は等しい状態にあるのですが,膜の両側に気圧差があれば,シャボン玉の中の気圧と表面張力のバランスで半径が決まることになります.
 
 曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,平均曲率とは2方向の曲率の相加平均で定義されます.実は,体積固定の表面積の変分問題は,平均曲率一定曲面に対応しています.すなわち,平均曲率が一定(≠0)の曲面は,体積一定のまま表面積を最小にすることによって得られますが,球面はその自明な例です.また,平均曲率が恒等的に0である曲面は極小曲面と呼ばれ,これがプラトー問題の数学的な定式化でした.
 
 前述したように,回転面で極小曲面は懸垂面(カテノイド)に限られたのですが,回転面で平均曲率一定曲面は球面とは限りません.このような曲面はドローネー曲面と呼ばれていますが,1841年,ドローネーは,平均曲率一定の回転面をすべて決定し,それが平面・円柱面・球面・懸垂面・アンデュロイド・ノドイドに分類されることを示しました.
 
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[7]カテノイドとアンデュロイド
 
 [5]と[6]は紛らわしいので,もう一度繰り返すことにします.シャボン玉の丸い形や枠に張られた石けん膜の形の面白さは,表面積が最小になろうとする傾向のあらわれですが,石けん膜は「極小曲面(平均曲率が恒等的に0の曲面)」,シャボン玉は「平均曲率一定(≠0)曲面」と呼ばれる数学的曲面となっています.
 
 ラグランジュは,与えられた境界をもつ極小曲面(表面積最小曲面)を決定せよという問題を提示しましたが,19世紀のベルギーの物理学者プラトーは,石けん膜に関する面白い実験結果を報告しました(1873年).
 
 その実験によれば,針金で輪をつくれば,それがどんな形の囲いであっても,必ず石けん膜が張られるというもので,ラグランジュの提示した問題の部分的な解答を,実験的にではありますが得たことになります.プラトーが「閉曲線で囲まれた曲面のうち,面積最小のものを見出せ」を石けん膜を使って解いたことは有名で,そのため,この問題は今日ではプラトーの問題と呼ばれています.
 
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 プラトーの問題は,変分法の問題となり,実際に解くのは大変難しいのですが,ここでは簡単に解ける問題を扱ってみることにします.
 
 (問)互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,その形は?
 
 (答)この問題は「y=f(x)>0のグラフをx軸を中心に回転させてできる曲面の面積を最小にしたい.」と等価です.曲面の面積は
  S[y]=2π∫y(1+(y')^2)^1/2dx
で与えられます.
 
 懸垂線(カテナリー)の問題を変分法によって解いたのはベルヌーイであったのですが,これは懸垂線で考えた位置エネルギーの2π倍ですから,解は懸垂線を回転させたものであることが導かれます.
 
 懸垂線は与えられた2点を両端とする一定の長さの曲線をx軸を軸として回転させたときにできる曲面の表面積を最小にする曲線であることがわかります.カテナリーを準線のまわりに回転させてできる曲面は懸垂曲面(カテノイド)と呼ばれます.なお,カテノイドは,唯一の回転極小曲面であることも示されています.
 
 懸垂面は極小曲面(表面積最小曲面)の重要な例ですが,常螺旋面,エネッパー曲面,シェルク曲面など,極小曲面については非常に多くの例と結果が知られています.
 
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 次に,
 (問)互いに平行な2つの円盤に石けん膜を張ったとき,その形は?
を考えてみることにしましょう.
 
 互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,膜の両側の気圧は等しい状態にあるのですが,平行な円形の枠を円盤に代えれば中に空気が閉じこめられるので,膜の両側に気圧差があり,解は極小曲面とはなりません.この場合は,中の空気が閉じこめられているため,その容積が一定という条件のもとでの面積の変分問題に対応しています.
 
 シャボン玉は中の空気が閉じこめられていますから,極小曲面ではありません.実は,体積固定の表面積の変分問題は,平均曲率一定曲面に対応しています.曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,平均曲率とは2方向の曲率の相加平均で定義されます.
 
 すなわち,平均曲率が一定(≠0)の曲面は,体積一定のまま表面積を最小にすることによって得られるのですが,等周問題の解である球面(シャボン玉)はその自明な例です.一方,平均曲率が恒等的に0である曲面は極小曲面と呼ばれ,いたるところ鞍状の曲面になります.
 
 詳細は省略しますが,この問題の解はアンデュロイドと呼ばれるカテノイドとは別の平均曲率一定曲面になります.この曲面は楕円を直線上を転がしたときに,ひとつの焦点が描く波状の軌跡を直線のまわりに回転させたものになっています.
 
 前述したように,回転面で極小曲面は懸垂面(カテノイド)に限られたのですが,回転面で平均曲率一定曲面は球面とは限りません.このような曲面はドローネー曲面と呼ばれていますが,1841年,ドローネーは,平均曲率一定の回転面をすべて決定し,それが平面・円柱面・球面・懸垂面・アンデュロイド・ノドイドの6種に分類されることを示しました.回転面に限ると平均曲率一定曲面の数は意外に少ないのですが,これらはプラトーの回転面とも命名されています.
 
 また,これらは円錐の切断面である2次曲線(円・楕円・線分・放物線・双曲線)を,サイクロイドのように基線上を転がしたときに,焦点の描く軌跡を基線を軸として回転させることによってできる回転面であることも証明されています.母線が円のとき直円柱面,楕円のときアンデュロイド,線分のとき球面,放物線のとき懸垂面,双曲線のときノドイドが得られます.
 
 なお,ホップの予想「球面がただひとつの閉じた平均曲率一定曲面である」は正しいと思われていたのですが,1984年,ヴェンテによって,球面とは異なる平均曲率一定曲面の反例(自己交叉をもつ曲面)が発見されました.ヴェンテ・トーラスもシャボン玉の方程式の解なのです.この発見を契機に,平均曲率一定曲面の研究は大きな進展をみせることとなりました.
 
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