■超幾何関数とゼータ関数

 決して有名とはいえないのだが,次のようなゼータ関数に帰着する無限級数(n=1~∞)が知られている.2項係数nCkを(n,k)と書くことにすると
  Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
  Σ1/n(2n,n)=π√3/9
  3Σ1/n^2(2n,n)=ζ(2)
  12Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)=ζ(2)
  5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)
さらに,
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)
と予想されているが,この式は証明されてはいない.
 
 これらは,
  Σ1/n^k(2n,n)
あるいは
  Σ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)
と書けるが,もしζ(2),ζ(3),ζ(4),・・・がΣ1/n^k(2n,n)あるいはΣ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)の有理数倍になっているとしたら・・・,そして,その明示的な公式を得ることができたら・・・,それは夢のような話であろう.
 
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[0]Mathematicaの仕組み
 
 ところで,このような無限級数を取り上げ,Mathematicaで計算してみると,いかにも誇らしげに答えが返ってくる.
  Σ1/n^2(2n,n)=π^2/18
などはその例である.
 
 実用的にはこれでよいのかも知れないが,問題はmathematicaがあまりにも賢すぎて,単純形を知っている場合は途中の計算過程を表示しないで,最終結果だけを返してくるということである.
 
 Mathematicaでは,トレース機能で計算経過を追跡できる.しかし,無限級数や積分の場合,「自分の公式集」を使っている形跡があり,殆ど計算経過を教えてくれない.ヒューリスティックに多少の式の変型,幾つかの公式の試用はしているはずなのだが,全く情報が得られないので,計算結果については開発元と数値近似の結果を信頼するしかない.頭が良すぎてその仕組みを窺い知ることができないというのも,それを使うわれわれにとっては大きな問題である.
 
 実は,Σ1/n^2(2n,n)は,超幾何関数
  Σ1/n^2(2n,n)=1/2*3F2(1,1,1;3/2,2;1/4)
で表現することができる.したがって,この超幾何関数を初等関数や特殊関数へ変換する方法が分かれば問題は解決するように思われる.
 
 そこで,今回のコラムでは鈴鹿高専・電子情報工学科の奥井重彦先生より頂戴した
  「超幾何関数の公式集(Tables of Hypergeometric Functions)」
と同氏による
  「電子通信工学のための特殊関数とその応用」森北出版
をもとにして,ある無限級数を超幾何関数経由で他の初等関数と特殊関数に帰着させることを試みた.
 なお,ここで紹介した「超幾何関数の公式集」は奥井先生がフェージングの研究上の必要から作成したものである.残念ながら非売品なので閲覧することは難しいが,小生のみならず,多くの方々の研究にとって有用と思われた.奥井先生にはこの場を借りて御礼申し上げる次第である.
 
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[1]Σ1/n^2(2n,n)=π^2/18
 
 まず,Σ1/n^2(2n,n)が第0項から始まるように,パラメータをずらすことにする.
  Σ1/(n+1)^2(2(n+1),n+1)=Σ(n+1)!(n+1)!/(n+1)^2(2n+2)!
 
 この級数の項比は
  an+1xn+1/anxn=(n+1)^3/4(n+2)(n+3/2)*x/(n+1)
であるから,
  Σ1/(n+1)^2(2(n+1),n+1)=a0*3F2(1,1,1;3/2,2;1/4)
また,a0=1/2より
  Σ1/(n+1)^2(2(n+1),n+1)=1/2*3F2(1,1,1;3/2,2;1/4)
これより,級数Σ1/n^2(2n,n)は超幾何級数であると同定される.
 
ここで,参考文献にある公式を活用しよう.
  3F2(2a,2b,a+b:2a+2b,a+b+1/2;x)={2F1(a,b;a+b+1/2;x^2)}
において,a=1/2,b=1/2とすることにより
  3F2(1,1,1;3/2,2;x^2)={2F1(1/2,1/2;3/2;x^2)}^2
2F1はガウス型超幾何関数であって,
  2F1(1/2,1/2;3/2;x^2)=arcsin(x)/x
 
 これより,1/2*{arcsin(x)/x}^2にx=1/2を代入することによって
  Σ1/n^2(2n,n)=π^2/18
が得られる.
 
  Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)
の場合の同様の計算は,
  Σ(2-√3)^(n+1)/(n+1)^2(2(n+1),n+1)
  =(2-√3)/2*3F2(1,1,1;3/2,2;(√6-√2)/4)
  =π^2/72
 
 交代級数
  Σ(-1)^(n-1)/n^2(2n,n)
の場合は,
  Σ(-1)^n/(n+1)^2(2(n+1),n+1)=1/2*3F2(1,1,1;3/2,2;-1/4)
  2F1(1/2,1/2;3/2;-x^2)=arcsinh(x)/x
であって,
  Σ(-1)^(n-1)/n^2(2n,n)=2*{arcsinh(1/2)}^2
となる.
 
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 一方,ゼータ関数は,第0項から始まるように書くと
  ζ(s)=Σ1/(n+1)^s
より
  an+1xn+1/anxn=(n+1)^(s+1)/(n+2)^s*x/(n+1),a0=1
したがって,
  ζ(s)=s+1Fs(1,1,・・・,1,1|1)
          (2,2,・・・,2 | )
と表される.ここで,s=2とおくと,
  ζ(2)=3F2(1,1,1;2,2;1)
 
 以上より,Σ1/n^2(2n,n)とζ(2)は同じ形の超幾何関数3F2になるところまではわかったものの,前者が恒等式
  3F2(2a,2b,a+b:2a+2b,a+b+1/2;x)={2F1(a,b;a+b+1/2;x)}^2
によってガウス型超幾何関数2F1に帰着できるのに対して,後者はこの恒等式の適用条件を満たさないことが判明した.
 
  Σ1/n^k(2n,n)
あるいは
  Σ(-1)^(n-1)/n^k(2n,n)
はゼータ関数で表せる.一方,ゼータ関数も超幾何関数になるのだが,実際に計算してみると,両者が同じ値になる必然性が存在するようには見えないのである.
 
 すなわち,
  3Σ1/n^2(2n,n)=ζ(2)
  12Σ(2-√3)^n/n^2(2n,n)=ζ(2)
などに対してはゼータ関数との関係を期待していたのに,偶然の一致である可能性が高く,がっかりさせられる結果であった.
 
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[2]Σ1/n(2n,n)=π√3/9
 
 計算は省略するが,級数Σ1/n(2n,n)も超幾何級数であると同定される.
  Σ1/n(2n,n)=1/2*2F1(1,1;3/2;1/4)
 
  2F1(1/2,1/2;3/2;x^2)=arcsin(x)/x
であるが,参考文献により,2F1(1,1;3/2;1/4)もそれによく似た初等関数
  2F1(1,1;3/2;x^2)=arcsin(x)/x√(1-x^2)
で表されることがわかった.
 
 1/2*arcsin(x)/x√(1-x^2)にx=1/2を代入することによって
  Σ1/n(2n,n)=π√3/9
が得られる.
 
 一方,交代級数
  Σ(-1)^(n-1)/n(2n,n)
の場合は,
  Σ(-1)^n/(n+1)(2(n+1),n+1)=1/2*2F1(1/2,1/2;3/2;-1/4)
  2F1(1,1;3/2;-x^2)=arcsinh(x)/x√(1+x^2)
より,
  Σ(-1)^(n-1)/n(2n,n)=2*arcsinh(1/2)/√5
となる.
 
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[3]Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
 
  Σ1/(2n,n)=1/2*2F1(1,2;3/2;1/4)
となるが,参考文献「電子通信工学のための特殊関数とその応用」には
  2F1(1,1;3/2;x^2)=arcsin(x)/x√(1-x^2)
は収録されているものの,2F1(1,2;3/2;x^2)は見あたらない.
 
 そこで,その正体を探るために,3項漸化式
  (a-b)(1-x)2F1(a,b;c;x)+(c-a)2F1(a-1,b;c;x)+(b-c)2F1(a,b-1;c;x)=0
において,a=2,b=1,c=3/2とおくと,
  2F1(1,2;3/2;x)=1/2(1-x){2F1(1,1:3/2;x)+2F1(2,0;3/2;x)}
ここで,2F1(1,1:3/2;x^2)は既知,また,2F1(2,0;3/2;x^2)は定数関数1であるから,
  2F1(1,2;3/2;x^2)=1/2(1-x^2){arcsin(x)/x√(1-x^2)+1}
となる.
 
 x=1/2を代入することによって
  Σ1/(2n,n)={2π√3+9}/27
が得られるし,交代級数の場合は,
  2F1(1,2;3/2;-x^2)=1/2(1+x^2){arcsinh(x)/x√(1+x^2)+1}
より,
  Σ(-1)^(n-1)/(2n,n)=(4√5arcsinh(1/2)+5)/25
となった.
 
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[4]Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)*2/5
 
 Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)もこれまでの例と同様,超幾何関数
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=1/2*4F3(1,1,1,1;3/2,2,2;-1/4)
で表現することができる.
 
 また,未証明の等式
  Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)*17/36
についても,
  Σ1/n^4(2n,n)=1/2*5F4(1,1,1,1,1;3/2,2,2,2;1/4)
である.
 
 したがって,超幾何関数→ゼータ関数
  ζ(3)=4F3(1,1,1,1;2,2,2;1)
  ζ(4)=5F4(1,1,1,1,1;2,2,2,2;1)
への変換方法が分かれば問題は解決するような気がするが,やってみると一筋縄ではいかない問題だと気づかされる.
 
 小生は
  5/2Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=ζ(3)
  36/17Σ1/n^4(2n,n)=ζ(4)
に挑戦してみて,数値的には等しいことを確認した.しかし,由来のまったく異なる2つの数,例えば,
  π√163/3,log(640320)
が数値的にとても近くなりうるなど,これでは問題は何も解決していない.
 
 また,解析的には左辺,右辺ともに超幾何関数4F3,5F4に還元されるところまではわかったが,等式の証明には至らなかった.小生は手計算でこれらの超幾何関数を導き出したが,そこから先が一向に進まないのである.
 
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 小生の試行錯誤過程を披露しよう.まず,超幾何関数経由で初等関数に変換できた例を掲げる.
  Σ(-1)^(n-1)/(2n,n)=(4√5arcsinh(1/2)+5)/25
  Σ(-1)^(n-1)/n(2n,n)=2*arcsinh(1/2)/√5
  Σ(-1)^(n-1)/n^2(2n,n)=2*{arcsinh(1/2)}^2
しかし,これらの成功例は参考になりそうにない.
 
 また,
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
を奇数項と偶数項に分けて計算してみても,問題はかえって難しくなるばかりであった.
 
 問題はmathematicaが賢すぎて,計算の途中経過を表示してくれないということである.そこで,本当に超幾何関数経由になっているかどうかを確かめるために,余分の変数x^kを設けて,あとでx=1を代入する戦略をとってみた.
 
  Sum[(-1)^(n-1)x^n/(Binomial[2n, n]n^3),{n,1,∞}]
と入力すると,驚いたことに,とても人間技とは思えない回答,
  -2/3i[2xarcsin(i√(x)/2)^3-6ixarcsin(i√(x)/2)^2log(2)-6ixarcsin(i√(x)/2)^2log(-x/4+1/2i√(-(1+x/4)x)+6xarcsin(i√(x)/2)polylog(2,1-i√(-(1+x/4)x)+x/2)-3ixpolylog(3,1-i√(-(1+x/4)x)+x/2)+3ixζ(3)]
が返ってくる.初等関数と特殊関数に加え,虚数単位iまで出現して,超幾何関数4F3が仕込まれている形跡がないのである.
 
 他の例は自力で計算過程を考え出せたのに,
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
だけがどうしても自力で解けない.いまのところの感想だが,他のものはすべて超幾何関数に変換することによって解を得ることができたのに対して,
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)
に関しては,なぜか超幾何関数との関係が薄いような気がするのである.
 
 なお,畏友・阪本ひろむ氏によると,Mathematicaでは,
  ∫(0,1){logt}^n/√(1-t^2)dt
とおいたとき,n≦14では対数関数とゼータ関数で表されるのに,n>14では超幾何関数で表される,というこれと類似する問題があるとのことであった.それにしても,超幾何関数はどのような条件のもとで,他の初等関数・特殊関数に変換される仕組みになっているのであろうか?
 
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[5]あとがき
 
 答えの方から逆に考えれば
  Σ(-1)^(n-1)/n^3(2n,n)=Σ1/n^3*(2/5に収束する無限級数)
  Σ1/n^4(2n,n)=Σ1/n^4*(17/36に収束する無限級数)
になるはずだが,これらは一体どうやって求められたのだろう?
 
 公式集をめくって探索していくうちに,
  新数学公式集T(初等関数),丸善
のなかに,以下の2重級数公式を発見した(k:1~∞,m:1~k).
  Σ1/(k+1)^2*(Σ1/m)=ζ(3)
  Σ1/(k+1)^3*(Σ1/m)=π^4/360
 
 ζ(4)=π^4/90であるから,後者は
  4Σ1/(k+1)^3*(Σ1/m)=ζ(4)
とも書ける.これらの公式が証明の役に立つかも知れないと思いつつ,これ以上の思索を停止することにした.もし,ご存知の方があればご教示願いたい.
 
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