約2000年に及ぶユークリッド幾何学(放物線幾何学)の時代を経て、17世紀以降、ボヤイ・ロバチェフスキー幾何学(双曲線幾何学)、リーマン幾何学(楕円幾何学)、射影幾何学、位相幾何学などいろいろな考えに基づく種々の幾何学が誕生しましたが、これらを別々の幾何学としてそのままにせず、ある観点で統合することが必要とされていました。
1872年にエルランゲン大学の教授として迎えられたクラインは、研究プログラムを大学に提出しました。それがエルランゲンプログラムと呼ばれる教授就任講演目録ですが、クラインはその中で「幾何学とは変換によって変わらないもの(不変量)の研究だ。」として、いろいろな幾何学を「変換群」の概念のもとに統一する画期的な見解を発表しました。すなわち、幾何学とは変換群(運動)が与えられたとき、この群で不変な図形の性質を研究する学問であることを強調したもので、群論によるいろいろな幾何学の統制という指導原理を主張したことになります(→【補】)。
このように、クラインが群論によって幾何学の統合を図ったことはあまりにも有名ですが、「はじめに変換群ありき」では心理的抵抗感が大きく、めんくらうばかりなので、中学校、高校の教科書や授業は「はじめに三角形ありき」として心理的抵抗感の少ない導入を試みているのです。フォイエルバッハの9点円が三角形の内接円と傍接円の各々に接するなど、三角形のような簡単な図形が無数に未知の性質を有することはまことに不思議なことです。幾何学の基本形である三角形の性質について、もう一度見直してみることにしましょう。
1.はじめに三角形ありき
平面図形の中で3本またはそれ以上の直線が1点で交わっていることを主張する定理が共点定理です(→【補】)。三角形の5心とは内心、傍心、重心、外心、垂心を指しますが、たとえば、三角形の各頂点から対辺に引いた3つの中線や垂線は1点に会するなど、三角形の5心の存在は共点定理の例となっています。このうち、三角形の内心は3辺への距離のうちで一番小さいものが最大となる点(マックスミニ点)、外心は3頂点に至る最大距離が最小となる点(ミニマックス点)です。同様に、垂心は三角形に内接する三角形の周長が最小になる点、重心は3頂点に至る距離の2乗の和が最小となる点です。
微分積分の入門書に「平面上に3つの定点A,B,Cがある。この平面上に点Pをとって、AP2
+BP2 +CP2 が最小になるようにせよ」という問題が偏導関数の応用例として載せられています。その点Pは重心です。3定点が4定点であっても、同じ議論になるのですが、距離の2乗の和に特に具体的な意味があるようには思えません。むしろ、2乗を取り去ったほうが問題としては自然です。そこで、「A,B,C3軒の家に電線をひきたい。電線の長さを最小にするにはどこの柱を立てればよいか」ではAP+BP+CPを最小にする実用価値のある問題になります。求める点Pをフェルマー点といいます。点Pは三角形ABCの内部にありますが、翌`、翌a、翌b<120°のときには、3頂点に至る距離の和が最小となる点は3辺を等角120°に見込む点です。翌`、翌a、翌bのいずれかが≧120°のときには、それぞれ頂点A、頂点B,頂点Cになります。このような最短配線問題は最小木問題(問題の発案者シュタイナーに因んで最小シュタイナー木問題)と呼ばれていますが、VLSI回路を設計するときの最も基本的な技術となっています。
2.四角形の重心は何処?
三角形の3つの中線は一点で交わります。この交点が三角形の重心です。原点Oに対する三角形ABCの3頂点A,B,Cの位置ベクトルをそれぞれa,b,cとすれば、重心の位置ベクトルは(a+b+c)/3となります。三角形の形をした均一な板の重心は3つの中線の交点、すなわち重心にあります。この点(一様な三角形の重心)は3つの頂点の重心(a+b+c)/3、すなわち三角形の頂点におかれた3つの等しい質量の中心(物理的重心)に一致します。
一方、四面体ABCDの3組の相対する辺の中点を結ぶ直線は1点で交わり、この交点の位置ベクトルは(a+b+c+d)/4となります。三角形と同様に、一様な四面体の重心はその4つの頂点の重心(a+b+c+d)/4と一致します。一様な棒の重心は両端の間の距離を1:1に、三角形の重心は中線を2:1に、四面体の重心は頂点と向かいあう面の重心との距離を3:1に内分します。すなわち、四面体の重心は1つの面の重心から対頂点に引いた直線の1/4の点にあります。4次元以上でもこの規則性が失われることはありそうもなく同様に類推されます。三角形の重心の性質は四面体に遺伝するのです。
ところが、四角形ABCDの重心Gにはうまい性質がありません。三角形からの類推で、四角形の重心は(a+b+c+d)/4となるような気もします。しかし、これは4点A,B,C,Dに等しい質量がある場合の重心であって、密度一様な板の場合には当てはまりません。
多角形の各頂点に同じ重さのおもりをつけたときの釣り合いの位置を「頂点の重心」と呼ぶことにすると、任意の四角形の4辺の中点は平行四辺形の頂点になりますから、ABの中点とCDの中点とを結ぶ直線とADの中点とBCの中点を結ぶ直線との交点は四角形の頂点の重心(a+b+c+d)/4に当たります。この点は2対角線の中点を結ぶ線分を1:1に内分します。ここで、d→cすなわち三角形の1つの頂点の付近をちょっと切り取った限りなく三角形に近い四角形を考えると
(a+b+c+d)/4→(a+b+2c)/4
ですから、(a+b+c)/3には一致せず、(a+b+c+d)/4は重心ではないことがわかります。三角形では頂点の重心は普通の意味の重心(a+b+c)/3に一致しますが、四角形ではそうではないのです。一般にベクトルak
に同一の質量があるとき、この質点系の重心はベクトル(a1 +a2
+・・・+an )/nで表されます。三角形については、これは均質な板の重心と一致しますが、n≧4では均質な板の重心と頂点のみの質点系の重心とは一致しません。それでは、四角形の薄板の重心はどこに位置するのでしょうか。
四角形ABCDを対角線ACで、三角形ABCと三角形CDAに分けると△ABCの重心G1
と△CDAの重心G2 を結ぶ直線上で、各々の面積を逆比に内分する点に重心Gがあります。対角線BDで分けると△ABDの重心G3
と△BCDの重心G4 を結ぶ直線との交点が重心Gとなります。何とか式で表現できないかと考えて、次のような結果を得ました。
重心Gの位置ベクトルをg、三角形ABCの面積を△ABC、四角形ABCDの面積を□と書くことにすると、
g={△ABC(a+b+c)+△CDA(c+d+a)}/3□・・・(1)
g={△ABD(a+b+d)+△BCD(b+c+d)}/3□・・・(2)
(1)+(2)を実行すれば
g={(2□−△BCD)a+(2□−△CDA)b+(2□−△DAB)c+(2□−△ABC)d}/6□
=(a+b+c+d)/3−{△BCD・a+△CDA・b+△DAB・c+△ABC・d}/6□
問題はa,b,c,dに対して対称的ですから、重点の式はa,b,c,dを取り替えても変わらないものでなければなりません。ベクトルの外積を用いると△ABCは、1/2(b−a)×(c−a)=1/2(b×c+c×a+a×b)で与えられますから、gの対称式が得られます。
四角形の重心Gを作図によって求めるためには、4辺の中点が必要になります。あるいは、四角形の各辺の3等分点をとり、隣り合った等分点を結ぶと平行四辺形ができますが、四角形の重心Gはその平行四辺形の中心と一致します。四角形の重心の作図法については、黒田俊郎「コマと重心」(数学セミナー・リーディングス「新しい高校数学の展望」(日本評論社)やコクセター「幾何学入門」(明治図書)にも記述があります。なお、3本の均一な針金でできた縁だけの三角形(いわば一次元の三角形)の重心は、三角形の各辺の中点を結んだ三角形の内心に位置します。
3.直角三角形とピタゴラスの定理
天文学者のケプラーは、その著書「宇宙の神秘」において、幾何学の2つの至宝と称してピタゴラスの定理と黄金比をあげています。ピタゴラスの定理からは立方体、正四面体、正八面体、黄金比からは正十二面体と正二十面体が作られると考えて、そのように述べているのです。
直角三角形では、斜辺をc、他の二辺をa,bとすると、ピタゴラスの定理「a2
+b2 =c2 」が成り立つことはよく知られています。特に、三辺の長さが整数である直角三角形をピタゴラス三角形といいます。3元2次の不定方程式a2
+b2 =c2 の整数解を求める問題をピタゴラスの問題といいますが、(a,b,c)=(3,4,5),(5,12,13),(8,15,17),・・・などがその解です。
ピタゴラス三角形は無限にあり、その一般形にはいくつかの変形がありますが、m,nを整数、kを相似係数として
a=k(m2 −n2 ),b=2kmn,c=k(m2 +n2 )
が形も簡単で広く用いられています。
{(n2 −1)/2}2 +n2 ={(n2 +1)/2}2
(n2 −1)2 +(2n)2 =(n2 +1)2
のように文字を一つだけ使ったのでは、ピタゴラス三角形全部をもれなく表す公式は作れませんが、二つの文字を使った公式
(m2 −n2 )2 +(2mn)2 =(m2 +n2 )2
では全部を表すことができます。逆に、この式から4より大きい平方数は常に2つの自然数の平方の差として表されることがわかります。
4000年も前の紀元前二千年頃に、エジプトでは(a,b,c)=(3,4,5),(5,12,13),(8,15,17)などのピタゴラス三角形が知られていたことがパピルスに記録されています。また、同じ頃のバビロニアの粘土板プリンプトン322にはピタゴラスの定理が成り立つような3数の組が15組刻まれているのですが、その中のきわめつけが(12709,13500,18541)です。この数値は試行錯誤で得られるような代物ではなく、バビロニア人たちはすでに一般的なピタゴラスの定理を知っていたのではないかと想像されます。
ピタゴラス三角形とよく似た三角形に三辺の長さが整数であって、二辺a,bのあいだの角が120°である鈍角三角形があります。一松信先生はこの三角形をアイゼンシュタイン三角形と呼んでいますが、この三角形はピタゴラスの定理の拡張である余弦定理c2 =a2 +b2 −2ab・cosCより、
a2 +ab+b2 =c2
を満たします。この一般解は
a=k(m2 −n2 ),b=k(2mn+n2 ),c=k(m2 +mn+n2 )
と表現でき、(a,b,c)=(3,5,7),(7,8,13),(5,16,19),・・・など無限に存在します。ディオファントスはa2
+ab+b2 =c2 を満たすa,b,cをとり、(m,n)=(c,a),(c,b),(c,a+b)の三組からは同一面積(a+b)abcの直角三角形ができることを示しています。
すべてのピタゴラス三角形は整数の面積をもっています。三辺の長さと面積が整数である三角形をヘロン三角形といいますが、直角三角形でない三角形の中にもヘロン三角形は存在します。ヘロン三角形は2つのピタゴラス三角形を貼り合わせることで簡単に作ることができ、たとえば、直角三角形(5,12,13)と直角三角形(9,12,15)から三辺の長さが(13,14,15)で面積が84の鋭角三角形と三辺の長さが(4,13,15)で面積が24の鈍角三角形が得られます。一般に、3辺と面積が有理数であるようなすべての三角形は、有理数辺をもつ2つの直角三角形から合成されます。3辺がすべて有理数の直角三角形は適当な整数倍によってピタゴラス三角形になりますから、ヘロン三角形は広義のピラゴラス三角形から合成されるといってもよいでしょう。なお、直角三角形の面積は6の倍数ですが、それが平方数となる(a,b,c)は存在しません。
また、任意のピタゴラス三角形(a,b,c)からただちに自然数の逆数を三辺とする直角三角形(x,y,z)をつくることができます。実際、1/a2b2=1/b2c2+1/c2a2が得られますから、x=1/bc,y=1/ca,z=1/abとすれば(x,y,z)がそのような直角三角形になり、たとえば、(3,4,5)からは(1/15,1/20,1/12)が得られます。なお、1/a2 +1/b2 =1/c2 を満足させる恒等式は、
a=k(m4 −n4 ),b=2kmn(m2 +n2 ),c=2kmn(m2 −n2 )
で与えられます。
ピタゴラスの問題a2 +b2 =c2
を拡張する方向としては、一つには未知数の個数を増すこと(a2
+b2 +c2 =d2 、あるいは一般に、x12+x22+・・・+xn2=y2
を解くこと)、もう一つには指数を大きくすること(a3
+b3 =c3 、あるいは一般に、an +bn
=cn を解くこと)になります。前者の解としては、x1
=−a12+a22+・・・+an2,x2
=2a1a2,x3 =2a1a3,・・・,xn
=2a1anとすれば、(a12+a22+・・・+an2)2
=y2 となります。後者は有名なフェルマーの問題でこれには整数解がないことが証明されています。
各辺と空間対角線が自然数になる直方体a2 +b2 +c2 =d2 は恒等式
a=k(l2 +m2 −n2 )/n,b=2kl,c=2km,d=k(l2 +m2 +n2 )/n
で与えられます。ただし、nはl2 +m2 の約数でn<普il2 +m2 )でなければなりません。一つの文字だけの恒等式
n2 (n+1)2 +n2 +(n+1)2 =(n2 +n+1)2
によっても無数に解が求まります。
その次に問題になるのは、すべての辺と空間対角線と各面の対角線が自然数で表されるような直方体が存在するかどうかということです。このレンガには7つの未知数がありますが、空間対角線だけが整数でない最小のレンガはオイラーによって辺が44,117,240のものであることが示されています。しかし、当該の「整数のレンガ」問題には解があるともわかっていませんし、問題を解くこと自体が不可能だとも証明されていません。この問題は今日でも未解決のディオファントス問題のうち、最も難しく悪名の高いものになっています。
なお、オイラーによれば不定方程式a3 +b3 +c3 =d3 の一般解は
a=−(x2+3y2)2+(z2+3w2)(xz+3yw+3xw−3yz),
b= (x2+3y2)2−(z2+3w2)(xz+3yw−3xw+3yz),
c= (z2+3w2)2−(x2+3y2)(xz+3yw+3xw−3yz),
d= (z2+3w2)2+(x2+3y2)(xz+3yw+3xw−3yz)
であることが知られていて、これより、33 +43 +53 =63 ,13 +63 +83 =93 ,73 +143 +173 =203 などが求められます。
ラマヌジャンはa3 +b3 +c3 =d3 の解を二つの文字m,nの恒等式
a=3m2 +5mn−5n2 ,
b=4m2 −4mn+6n2 ,
c=5m2 −5mn−3n2 ,
d=6m2 −4mn+4n2
として与えています。
4.黄金比<もう一つの宝物>
縦横比が黄金比、すなわち1:(浮T+1)/2=1:1.618の長方形を黄金長方形とよびます。黄金長方形から正方形を取り去ると再び小さい黄金長方形が残ります。同様にしてこの手続きは無限に続行できます。したがって、黄金比はユークリッドの互除法によって「1」だけを使って連分数に展開できる無理数であり、すなわち、
(1+浮T)/2=[1;1,1,1,1,1,・・・]
その意味では最もゆっくり収束する無理数であり、最もシンプルなフラクタル生成装置ともいえます。
ピタゴラスの定理と並ぶもう一つの宝物、黄金比φは2次方程式:x2
−x−1=0の根であり、φ=(浮T+1)/2=1.618です。1/φ=φ−1ですから、黄金比の逆数1/φは(浮T−1)/2=0.618になります。正五角形の対角線の長さは辺の長さの黄金比倍で、古来より調和のとれた美しい比としてたくさんの美術作品の中に使われてきました。岩波新書版の縦横比もおおよそ黄金比倍になっています。また、植物の葉序に黄金比が使われていることは有名な話であり、黄金比は身近な現象にもしばしば登場しこの種の話題には事欠きません。
黄金比φには多くの性質があり、
1,φ,φ2 ,φ3 ,φ4 ,φ5 ,・・・という等比数列を考えると、
1+φ=φ2 ですから
φn =φn-1 +φn-2
ここで、ガウス記号[x](xを超えない最大の整数)を用いると、数列{[φn-1 ]}の各次数に対応して得られる整数列は
1,1,2,3,5,8,13,・・・
すなわち、フィボナッチ数列{Fn }となります。
逆に、初項1,第2項1のフィボナッチ数列の一般項Fn は、Fn =Fn-1 +Fn-2 で
Fn =1/浮T[{(1+浮T)/2}n −{(1−浮T)/2}n ]
=1/浮T{φn −(−1/φ)n }
(F0 =0)
と黄金比φを使って表すことができます。この式は1765年にオイラーが初めて発表したものですが、みんなに忘れられていてそれを再発見したビネにちなんでビネの公式(1843年)と命名されています。整数の数列に無理数である浮Tや黄金比φ,1/φが出現する不思議に驚かれた経験をお持ちの方の少なくないでしょう。nが大きくなるほど{(1−浮T)/2}n
は0に近づきますから、この項を無視するとフィボナッチ数列は黄金比を公比とする等比数列に次第に近づくことになります。
この他にもフィボナッチ数は多くの性質をもっていて、以下にいくつか紹介しておきます。
Fn ・Fn+2 =Fn+12−(−1)n
F1 +F2 +F3 +・・・+Fn =Fn+2 −1
F1 +F3 +F5 +・・・+F2n-1=F2n
F2 +F4 +F6 +・・・+F2n=F2n+1−1
F12+F22+F32+・・・+Fn2=Fn
・Fn+1
有名な幾何学的パラドックス<64cm2 =65cm2
>は、「不思議の国のアリス」の作者であるルイス・キャロルが創ったとも、パズルの大御所であるサム・ロイドが創ったともいわれているパズルです。きっと、いろいろな本でみたことのある方も多いと思います。このトリックは一直線をなすように使われた2つの線分の傾き3/8,5/13の相違がわれわれの視力の限界外となる錯覚を利用したもので、もっと先の数、たとえば8/21とかを使えばより巧妙なトリックになります。公式Fn
・Fn+2 =Fn+12−(−1)n
は、3つ並んだフィボナッチ数の真ん中の数の平方は前後の2つの数の積より1大きいか小さいかのどちらかで、このトリックパズルのもとになっています。
5.箱詰め問題
n個の同じ大きさの正方形や円を重ならないように最小面積の正方形や円に詰め込む問題は実用価値があります。実生活でもカンやビンをいろいろな形の容器に詰め込む必要はよくありますが、大規模集積回路(VLSI)のチップ面積をできるだけ小さく設計する場合、モジュール部品をどのように配置したらよいのかなど現実的な要請があるからです。
しかし、正方形充填問題における最適な詰め込みかたは意外なことにnが平方数のときとnが2,3,5のごく小さい値のときだけしかわかっていません。たとえば、nが17から19までの場合の単位正方形をつめこむことができる最小の正方形を読者は発見できるでしょうか。この節では類似の問題として、辺が相続く整数列1,2,3,4,5,・・・の大きさの異なる正方形による正方形充填問題について考えてみることにします。
12 +22 +32 +・・・+242
=24(24+1)(2・24+1)/6
=702
級数の公式:Σk2 =n(n+1)(2n+1)/6をご存じの方も多いでしょうが、1からnまでの平方の和が平方数となるのはnが1か24の場合しかありません。25平方の等式ともいうべきこの等式はリュカの問題(1873年)として知られています。y2
=x(x+1)(2x+1)/6の唯一自明でない整数解は(24,70)で、それ以外の自明な解がないことは楕円関数やペル方程式を使って証明されています。
この等式は辺の長さが相続く整数列1,2,・・・,24の正方形を1辺の長さ70の正方形の中に詰め込める可能性があることを示唆しています。それでは、実際に、70×70の正方形を辺が1から24の相続く正方形によって埋めつくすことができるでしょうか。この問題の答えは否定的(不可能)です。1辺の長さ7の正方形を除くすべての正方形は詰め込めるのですが・・・。それならば、無駄な空間の割合を最小にして、辺の長さが1,2,・・・,nの正方形を全て詰め込むことができる最小の正方形の辺の長さはいくつでしょうか。また、相続く整数辺の正方形を使って長方形を充填できるでしょうか。
上記の問題を立方体に拡張することははるかに難しくなりますが、次に、たくさんの小立方体を立方体に詰め込む問題について考察してみましょう。最初のn個の立方数の和は平方数になります(Σk3 ={n(n+1)/2}2 )。
フィボナッチはこれを次のように証明しました。
13 =1,23 =3+5,33 =7+9+11,43 =13+15+17+19,53 =21+23+25+27+29,・・・
また、最初のn個の奇数の和は1+3+5+・・・+(2n−1)=n2 ,最初のn項までに現れる奇数の全項数は1+2+3+・・・+n=n(n+1)/2
よって、13 +23 +33 +・・・+n3 ={n(n+1)/2}2 =(1+2+3+・・・+n)2
が示されます。三角数とはm(m+1)/2の型の自然数のことと定義すると、任意の立方数は2つの三角数の平方数の差と表されることがわかります。すなわち、y3
={y(y+1)/2}2 −{y(y−1)/2}2
がこの証明の根拠となっていることが理解されます。
13 +23 +33 +・・・は完全平方数ですが、はたして、この数は立方数になりうるでしょうか。
13 +23 +33 +・・・=1(12 )+2(22 )+3(32 )+・・・
より、この関連問題は、ある1つの正方形を1辺1の正方形1個、1辺2の正方形2個、1辺3の正方形3個、以下同様・・・、によって充填する問題といい換えてもよいのですが・・・。
また、1からはじめなくてもよければ、32 +42
=52 ,182 +192 +・・・+282
=772 ,33 +43 +53
=63 ,113 +123 +133
+143 =203 など連続した平方(立方)数の和が平方(立方)数となることはあるのですが、y3
={x(x+1)/2}2 にx=1,y=1以外の自明でない整数解はあるのでしょうか?
実は、x=1を除きx(x+1)/2は立方数にはならないことが示されます。さらに、高次元化して
Σks =1s +2s +3s +・・・+ns =ms
の解について考察してみてもおもしろいかと思われます。ベルヌーイ数Bn が
Σ1/ns =1/1s +1/2s +1/3s +1/4s +・・・
の計算に重要な役割を果たしていることは以前にも述べましたが、ベルヌーイ数は元来、ベキ和
Σks =1s +2s +3s +・・・+ns
を求めるために考案されたものです。この和の中にs乗数はあるでしょうか。
Σk=n(n+1)/2
Σk2 =n(n+1)(2n+1)/6
Σk3 =n2 (n+1)2 /4
Σk4 =n(n+1)(2n+1)(3n2 +3n−1)/30
Σk5 =n2 (n+1)2 (2n2 +2n−1)/12
Σk6 =n(n+1)(2n+1)(3n4 +6n3 −3n+1)/42
Σk7 =n2 (n+1)2 (3n4 +6n3 −n2 −4n+2)/24
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ですから、左辺は、sが偶数のときn(n+1)(2n+1)(多項式)/(整数)、1以外の奇数のときn2
(n+1)2 (多項式)/(整数)と書くことができます。Σks
は(s+1)次の多項式になり、最高次数の係数は1/(s+1)ですが、Σks
はBn を含む一般式の形で表すことができます。もっと知りたい人のためには、クヌースらによる「コンピュータの数学」共立出版刊をお勧めします。
不定方程式
Σkp =1p +2p +3p +・・・+np =mq
は(p,q)=(3,2)のときすべてのnについて、(p,q)=(1,2),(3,4),(5,2)のとき無限に整数解をもちますが、当該の不定方程式では、s≧3の場合、x=y=1以外に解はないものと予想されています。すなわち、十分条件はおろか充填のための必要条件すら満足しません。有理数解ならば簡単に与えられる問題であっても整数解に限ると格段にむずかしい深遠な問題に昇華するのです。
6.解けるかな?
最後に、三角形に関する演習問題を提示しておきます。
a)任意の三角形の三辺の長さをa,b,c、面積をΔとする。外接円の半径Rおよび内接円の半径rをa,b,c,Δで表せ。また、与えられた三角形が直角三角形のときのR,rをa,b,cの一次式で表せ。
(ヒント)正弦定理
b)R≧2rを証明せよ。等号が成り立つのはどのようなときか。
(ヒント)外接円と内接円の中心間の距離をdとおくとき、R2 −2Rr=d2 が成り立っています(オイラーの定理→【補】)。この関係式を導き出せば、ただちにR≧2rがわかるのですが、この関係式を導き出すことは見かけよりもやっかいで、ヘロンの公式を使ったほうがほうが簡単です。
ヘロンの公式とは、
Δ2 =(2a2 b2 +2b2 c2 +2c2 a2 −a4 −b4 −c4 )/16
=(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)/16
ここで、2s=a+b+cとおくと
Δ2 =s(s−a)(s−b)(s−c)
となり、おなじみの平面三角形のヘロンの公式が得られます。
c)6辺の長さがa,b,c,d,e,fで、与えられた4面体に外接、内接する球面の半径を求めよ。
なお、三次元空間では三角形は四面体に、正方形は立方体に、正五角形は正十二面体に、円は球に拡張されると考えられます。三次元空間において四面体の外接球、内接球の半径をそれぞれR,rとすれば、R≧3rが成り立ちます。
n次元の幾何学の例をもう一つあげると、三角形の面積は底辺かける高さ割る2ですが、三角錐になると底面積かける高さ割る3、四次元の三角錐なら底体積かける高さ割る4、五次元なら底四次元面積かける高さ割る5・・・。高次元の多面体ではこのようになることが知られています。
【補】対称性と結晶構造
クラインの原理はたとえば、「ユークリッド幾何学は合同変換群で不変な図形の性質を研究する幾何学である」ということを主張するものです。合同変換とは長さと角度を変えない変換として特徴づけられます。ところで、自然界には結晶と呼ばれる対称性の高い物質が存在しています。対称性の群の数学は結晶学で重要な役割を演じます。平面結晶、すなわち2次元結晶群は17種存在することがわかっています。壁紙のパターンは無限にあるのですが、どのようなパターンも対称性という意味では17種類のどれかに一致してしまうのです。わずか17種しか存在しないといったほうがよいかもしれません。なお、3次元結晶群は219種、4次元結晶群は4783種存在します。
【補】共線定理
3点あるいはそれ以上の点が一直線上にあることを主張する定理は共線定理と呼ばれます。たとえば、三角形の外心と重心と垂心はその順番に一直線上に並んでいて、外心と垂心を結ぶ線分が重心によって1:2に内分されています。この共線はオイラー線と呼ばれています。
ここでは、パスカルの定理とニュートンの定理を紹介します。パスカルもニュートンも、少年時代はみんなパズルずきの幾何少年だったのです。
<ニュートンの定理>
四辺形ABCDの2組の対辺の延長の交点をE,F、対角線BDの中点をL、対角線ACの中点をM、線分EFの中点をNとすれば、3点L,M,Nは一直線上にある。
<パスカルの定理>
円錐曲線、すなわち楕円、双曲線、放物線に内接する任意の六角形の三組の対辺の交点は同一直線上にある。
パスカルはこの有名な定理をわずか17才の時に発見したのですが、これは射影幾何学の基本定理の一つになっています。射影幾何学とは、長さや角の大きさに無関係に、例えば、いくつかの点がある直線上にあるといった関係、射影によって不変な図形の性質、を研究する学問です。パスカルの定理の重要な系が「円錐曲線は任意の5点で一意に定まる」です。
射影平面上では、円錐曲線はただ1種類しかなく、双曲線・放物線・楕円などの区別はなく、どれも同種の曲線となります。また、射影平面上では点という語と直線という語を入れ替えても定理は成り立っています。これをポンスレーの双対原理と呼び、射影幾何学の最も美しい特質です。パスカルの定理から150年以上たって、その双対にある共点定理「円錐曲線の外接する6辺形の対角線は1点で交わる」が発見されたのですが、それがブリアンションの定理です。
【補】双心四角形
内接円と外接円の両方をもつ四角形(双心四角形)では、
2R2 (r2 +d2 )=(r2 −d2 )2
が成り立ちます。