■平行曲線と特異点
ある曲線に対して,その曲線上の各点より法線方向へ一定の距離にある曲線を「平行曲線」といいます.平行曲線とは鉄道の線路のようなものと考えてもらって差し支えないのですが,直線の場合,それは平行線であり,円の場合は同心円になります.直線と円は曲率が一定の平面曲線で,曲率一定の平面曲線は直線と円に限られます.
さて今度は,直線と円の平行曲線は平面をもれなく覆いつくし,しかも重複なくただ一回だけ覆うという点に注目してみましょう.たとえば,サインカーブの場合も平行曲線とは法線方向に等間隔でずらしたものですが,一定方向にずらしたわけではないので,距離が大きくなると,やがて平行曲線がとんがってしまうところ(特異点)が現れてしまいます.そうなると,平面をただ一回だけ覆いつくすことはできません.
ある曲線の平行曲線が平面をただ一回だけ覆いつくすには,曲率一定の直線と円のみがこの性質を満たしているというわけです.今回のコラムでは,いろいろな平面曲線の特異点について考えてみることにします.
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【1】粟屋の2次元フィッティング法(平行曲線の応用)
ところで,粟屋の2次元フィッティング法というcurve fitting法をご存知でしょうか? 平行曲線の考え方は,このフィッティング法の信頼区間を求める際にもでてきますから,少し触れておくことにします.
通常のy=f(x,θ)型回帰は「縦軸のデータにだけ誤差がある場合で,横軸のほうの誤差はまったくないかあるいは無視できる」という前提をおいたもので,その幾何学的な意味は,「実測値と曲線の鉛直方向のユークリッド距離の2乗和が最小になるように未知のパラメータの値を定め,あてはめの誤差を少なくする.」と解釈されます.
実用上はこれで十分な場合も多いのですが,横軸側のデータといえども必ずしも理想的には管理されず,誤差の混入が常ですから,どうしてもx,y双方に誤差を考えないといけない場合があります.たとえば,ある物質と受容体の結合親和性や受容体量を求めるためのラングミュア・プロット(Langmuir plot)では,縦軸・横軸とも測定濃度をプロットするので,x軸側,y軸側ともに誤差があります.また,最高血圧(東京の最高気温)をx,最小血圧(仙台の最高気温)をyとした散布図ではxがyの原因である(yがxの原因である)という関係が想定しにくく,通常の回帰の観念を用いるのは適当ではありません.
x,y双方に同じ程度の誤差が存在する場合は,測定点からあてはめるべき曲線に下ろした垂線の長さが誤差となり,垂線の長さの平方和が最小になるように定めた曲線がxとyの間に成立する量的関係のもっとも確からしい表現と見なすことができます.このような場合,x側もy側も対等ですから,あてはめる関数を陰関数:f(x,y,θ)=0としておいたほうが都合がよいばかりでなく,円とか楕円とか,多価関数のあてはめも可能になるという利点もあります.
横軸側にも誤差がある場合の関数フィッティング法に,今年,青山学院大学・理工学部・物理を定年退官された粟屋隆先生の2次元フィッティング法があります.粟屋の関数フィッティングの方法の詳細はここに記しませんが,最尤法に基づいて,垂線の長さ(正確にはマハラノビス距離)の平方和の最小化を一般化したもので,従来の最小2乗法,すなわち,yのみに誤差がある,あるいは,xのみに誤差があるときの取り扱いも可能になっていて,最小2乗法の決定版と考えることができます.→【参】粟屋隆「データ解析」学会出版センター
f(x,y,θ)=0型回帰の誤差は,あてはめる曲線の法線方向を向いているため,信頼区間表示する際に「平行曲線」となるのですが,平行曲線の特異点はその曲線の縮閉線上に現れることが示されています.次にそのことについて説明してみます.
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【2】縮閉線と伸開線(平行曲線の特異点はその曲線の縮閉線上に現れる)
曲線の曲がり具合を記述する微分幾何学では,曲線の曲率中心の軌跡を縮閉線(エボリュート)といい,縮閉線に対してもとの曲線を伸開線(インボリュート)といいます.縮閉線の接線は伸開線の法線ですから,これら2曲線の間で測った長さは伸開線の曲率半径になります.
縮閉線は楕円や円の曲がり具合と直接関係していて,たとえば,楕円と円の各点から法線を引くと,楕円の場合は4つのカスプをもつ曲線が浮かび上がってきます.また,円の場合は中心点に法線が集中してしまうことになります.
このように,縮閉線は与えられた曲線の曲率中心においてその法線と接するので,縮閉線は与えられた曲線の法線からなる直線族の包絡線(エンベロプ)を求めることにより得られることがわかります.例をあげると,楕円:
x^2/a^2+y^2/b^2=1
の縮閉線は,4つのカスプをもつ曲線(準アステロイド)
(ax)^(2/3)+(by)^(2/3)=(a^2−b^2)^(2/3)
で,楕円の平行曲線の特異点は,その曲線の縮閉線である準アステロイド上に現れるのです.
微分幾何学の基礎的知識によって,縮閉線の特異点が楕円と円の曲がり具合の違いを記述すること,平行曲線の特異点はその曲線の縮閉線上に現れること,したがって,与えられた曲線の法線の包絡線は特異点の集合としてとらえることができることなどが理解されます.
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一方,伸開線は縮閉線に沿って置いた一本の糸をピンと張りながら広げていったときの糸の上の1点の軌跡と考えられます.すなわち,曲線Lのまわりに巻かれた糸があり,この糸をぴんと張ったままほどくと糸の自由端によって曲線Mが描かれるとします.MをLの伸開線,LをMの縮閉線と呼びます.
円の伸開線,すなわち円に巻きつけた糸の一端の軌跡は
x=a(cosθ+θsinθ),y=a(sinθ−θcosθ)
と表され,歯車の歯形として工学に応用されています.また,放物線:y=x^2の縮閉線はy=1/2+3(x/4)^(2/3)です.逆に,半立方放物線:y^2=ax^3の伸開線は放物線になります.
定直線の上を転がる円の周に固定した点の軌跡であるサイクロイド:
x=r(θ−sinθ),y=r(1−cosθ)
の縮閉線は
x=a(θ+sinθ),y=−a(1−cosθ)
です.ここで,θ=π+tとおけば
x=a(t−sint)+aπ,y=a(1−cost)−2a
ですから,もとのサイクロイドと合同なサイクロイドになることが示されます.
カテナリー(懸垂線)の伸開線はトラクトリックス(追跡線)と呼ばれています.
x=a(logtan(θ/2)+cosθ),y=asinθ
追跡線上の点と,その点での接線がx軸と交わる点との距離aは常に一定です.この性質が追跡線というこの曲線の名前の由来で,ある長さのひもの先に石を結びつけて引っ張りながらx軸上を歩くと,石の通る軌跡が追跡線になります.追跡線をx軸(漸近線)のまわりに回転すると,曲率が負で一定の曲面(擬球面)ができます.定数aをその擬半径といいます.
驚いたことに,この曲面上の幾何学はユークリッド幾何学の平行線の公理を「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」によって取り替えて導かれる双曲的非ユークリッド幾何学と同じになります.双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかもも同じ時期に発見したものです.
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【3】エピサイクロイド・ハイポサイクロイドの特異点
回転円(半径r)が固定円(半径R)に接して滑ることなく転がっていくとき,回転円の周上の点の軌跡を考えます.回転円が固定円に外接するとき,その軌跡をエピサイクロイド,内接するとき,ハイポサイクロイドと呼びます.たとえば,固定円と回転円の半径が等しい場合,エピサイクロイドは心臓型曲線(カーディオイド)を描きます.また,星形曲線アステロイドは固定円の半径が回転円の半径の4倍になっているハイポサイクロイドです.
エピサイクロイド(カージオイド,ネフロイドなど),ハイポサイクロド(デルトイド,アステロイドなど)は,サイクロイドとは異なり代数曲線です.r=1として,直交座標系におけるこの曲線の方程式を求めてみましょう.
エピサイクロイドでは,
カージオイド(尖点数1):
f(x,y)=(x^2+y^2)^2−6(x^2+y^2)+8x−3=0
ネフロイド(尖点数2):
f(x,y)=(x^2+y^2)^3−12(x^2+y^2)^2+48x^2−60y^2−64=0
ハイポサイクロイドは,n=2のとき,
f(x,y)=y −2≦x≦2
すなわち,固定円の直径と一致します.直径は2つの尖点をもっていて,その両端は退化した2つの尖点とみなすことができます.
デルトイド(尖点数3):
f(x,y)=(x^2+y^2)^2+18(x^2+y^2)−8x(x^2−3y^2)−27=0
アステロイド(尖点数4):
f(x,y)=(x^2+y^2)^3−48(x^2+y^2)^2+432x^2y^2+768(x^2+y^2)−4096=0
いずれも簡単な形にはなりませんが,4つの尖点(特異点)をもつ曲線:アステロイドでは
x=3rcosθ+rcos3θ
y=3rsinθ−rsin3θ
また,3倍角の公式
cos3θ=4cos^3θ−3cosθ
sin3θ=3sinθ−4sin^3θ
を用いると
x=4rcos^3θ
y=4rsin^3θ
より
x^(2/3)+y^(2/3)=(4r)^(2/3)=a^(2/3)
を得ることができます.r=1では,
x^(2/3)+y^(2/3)=4^(2/3)
と表すことができるますが,このほうが一般的でしょう.
ここで,
cosθ=(1−t^2)/(1+t^2)
sinθ=2t/(1+t^2)
と表せば,エピサイクロイド,ハイポサイクロドは,サイクロイド:
x=r(θ−sinθ)
y=r(1−cosθ)
とは異なり,代数曲線であることがわかます.
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エピサイクロイド(カージオイド,ネフロイドなど),ハイポサイクロド(デルトイド,アステロイドなど)には,直線族の包絡線であるという共通の性質が知られています.
たとえば,アステロイドは長さ4rの棒の両端をx軸,y軸にのせながら動かしたときの包絡線となっています.「アステロイド:x^(2/3)+y^(2/3)=a^(2/3)において曲線状の任意の点における接線がx軸,y軸と交わる点をそれぞれA,BとすればAB=aであることを証明せよ.」は高校の教科書にも取り上げられていて,ご存知の方も多いでしょう.
すなわち,一定の長さaの線分の両端が直交軸上を動くとき,その線分の包絡線の方程式がアステロイド:
x^(2/3)+y^(2/3)=a^(2/3)
なのです.一方,その逆問題「曲線上の任意の点における接線のx軸,y軸とで切り取られる部分の長さが一定であるような曲線を求めよ(クレローの微分方程式)」を取り上げたものは少ないようです.この微分方程式も簡単に解けて,アステロイドという解曲線が得られます.
デルトイドは3つの尖点をもつ図形ですが,「デルトイドの接線が曲線に挟まれる部分の長さは一定である.」という性質があります.これは,デルトイドでは長さ4rの棒をデルトイドに接しながら1回転することができるというのと同一です.→(掛谷の問題)
また,ネフロイドは平行光線が円の内側で反射されるときの包絡線,カージオイドは光が周上の1点から発して円周で反射されたときにできる包絡線であることがわかっています.光線の半円による反射光線の包絡線が,これらのエピサイクロイドなのです.
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【4】垂足曲線の特異点
曲線の各点における接線に対して,定点から下ろした垂線の足の軌跡を垂足曲線といいます.
パスカルのリマソン(蝸牛線)は定点Oから定円への接線へ下ろした垂線の足の軌跡は極座標では
r=a+bcosθ
と表されます.ここでいうパスカルはブレーズ・パシカルの父,エチエンヌ・パスカルを指します.
蝸牛線のx,yに関する方程式は
(x^2+y^2−ax)^2=b^2(x^2+y^2)
となる4次曲線ですが,a=bの場合はエピサイクロイド(固定した円の円周上を外側から円が滑らずに転がるとき,転円上の固定点の軌跡)の1つである心臓型曲線(カーディオイド)と一致します.
r=a+acosθ
すなわち,円:x^2+y^2=a^2の接線へ円周上の点(a,0)から下ろした垂線の足の軌跡はカージオイドとなり,円周上にない点を定点とした場合は,蝸牛線になるのです.
また,直角双曲線の中心に関する垂足曲線はベルヌーイのレムニスケート(連珠形)になります.レムニスケートは,直角双曲線上に中心をもち,双曲線の中心を通る円の包絡線と考えることもできますが,ここで<問題>です.
<問題>2定点(−a,0),(a,0)からの距離の和が一定となる点の軌跡は楕円,差が一定の点の軌跡は双曲線です.また,商が一定の点は円(アポロニウスの円)を描きます.それでは積が一定の点はどのよう軌跡を描くでしょうか?
(答)カッシーニ曲線
{(x+a)^2+y^2}{(x−a)^2+y^2}=c^2 .
(x^2+y^2)^2−2a^2(x^2−y^2)=c^4−a^4
r^4 −2a^2r^2cos2θ+a^4=c^4
楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,カッシーニ曲線はトーラス(ドーナツ)の平面による切断面として現れることが知られています.
特に,定数が2定点間の距離の半分の2乗に等しいとき(c^2=a^2),レムニスケート(連珠形,双葉曲線).レムニスケートは8の字形(8を90°回転した形)をしていて,その直交座標系での方程式は4次曲線(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2−y^2),極座標系ではr^2=a^2cos2θ.
2定点を(−1/√2,0),(1/√2,0)とし,定数を1/2と定めると,レムニスケートの方程式は極座標で書くとr^2=cos2θ,直交座標で書くと(x^2+y^2)^2=x^2−y^2となります.
レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件はnがフェルマー素数であることです.また,アーベルはこの関数が複素変数の有理型関数に拡張できることを明らかにし2重周期関数となることを示しました.レムニスケートの研究は楕円関数の研究につながるものであったのです.
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垂足曲線の特異点はそれぞれの曲線の変曲点(曲率=0)に対応していることが示されています.そのほかに,垂足曲線には,円族の包絡線であるという共通の性質が知られています.
レムニスケートが直角双曲線上に中心をもち,双曲線の中心を通る円の包絡線になっていることはすでに述べましたが,カージオイドは円周上に定点Pをとり,円周上の任意の点Qを中心に半径PQの円を次々にとって描いていくと,それらの円の包絡線として得られます.したがって,カージオイドには,円の包絡線として,周転円の円周上の点の軌跡として,垂足曲線としての3つの作り方があることになります.また,定点を円周上にない点にとったとき,円群の包絡線がリマソンです.
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【5】平行曲面
空間の曲面に対しても「平行曲線」と同じこと,すなわち空間全体をただ一回もれなく覆う「平行曲面」を考えてみると,平面,球面,直円柱面の3種類しかないことが証明されています(1918年).
平行曲面の考え方は,幾何光学におけるホイヘンスの原理にすでに認めることができます.ホイヘンスの原理とは,光を波とみなすとき,波面の各点から波が新たに発生すると思って半径一定の球面を描くと,その球面の包絡面が次の波面を決めるという光の進行原理のことです.
平面,球面,直円柱面はどれも平均曲率が一定の曲面です.曲面にはガウス曲率と平均曲率という2つの曲率があって,平均曲率とは,曲面上の点における最大曲率と最小曲率の平均を指します.シャボン玉(同じ体積を囲む曲面のなかで表面積が最小の曲面)は平均曲率が0でない一定の曲面,石けん膜(縁を与えたときそれを張る面積が最小の曲面)は平均曲率が0の曲面(極小曲面)です.
曲線のときとは異なり,平均曲率一定曲面は掃いて捨てるほどあります.にもかかわらず,平均曲率一定曲面のなかで,平行曲面も平均曲率一定曲面であるようなものは平面,球面,直円柱面しかないのです.さらに,高次元超曲面を考えてみても,その平行超曲面は平均曲率一定であるものは,超平面,超球面,超直円柱面しかないこと,つまり3次元空間と同じ結果になることがセグレによって証明されています(1938年).
なお,ホップは縁のない平均曲率一定曲面は球面だけだろうと予測したのですが,自分自身との交差を許すと球面以外にいくらでもあることがわかっています(ヴェンテ:1984年).この球面とは異なる平均曲率一定曲面の反例の発見を契機に,平均曲率一定曲面の研究は大きな進展をみせることとなりました.
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