■リーマン予想が解かれた!(かも)
杉岡幹生氏(SGと略)と小生佐藤(STと略)はHP上に数学コラムを載せている数学仲間である.ある朝,杉岡氏から「リーマン予想が解かれた!」という内容のメールが届いた.以下,二人のやりとりを順を追って紹介したい.
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(1)SG→ST
「佐藤さん,たいへんです.リーマン予想が解かれた・・・というニュースが流れています!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E4%BA%88%E6%83%B3
『2004年6月に米パデュー大学の数学者ルイス・デ・ブランジェス・デ・ボルシア教授がリーマン予想を証明したと発表した.現在ピアレビューが行われている.』とあり,なんとその論文まで出まわっているのです!! 論文をダウンロードしました.添付のです.どう思いますか?」
添付文書のタイトルには
"Apology for the proof of the Riemann hypothesis"
とあり,数式よりも文章が多すぎて分かりにくいものであった.専門の数学者には(ほとんど絶え間なく)"The proof of the Riemann hypothesis"なる短報が送られてくるらしいのであるが,インターネット上にこのようなニュースが流れること自体めずらしいことではないだろうか?
(2)ST→SG
「apologyというのは言い訳という意味ですよね.タイトルからしてリーマン予想の証明という気がしませんが,あとで見ておきます.」
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[1]素数定理とリーマン予想
ミレニアムの節目をすぎても,リーマン予想,BSD予想,ホッジ予想,ポアンカレ予想,・・・などがまだ未解決のまま残されている.ボストンの実業家クレイ氏が創設したクレイ数学研究所が2000年5月にこれらの未解決問題7問を選んで,各々に100万ドルの賞金を懸けたことは記憶に新しい.数学の研究発展を刺激するために,懸賞金を提供してくれたことは(門外漢の小生にとっても)大いに感謝すべきことと思う.
21世紀に残された3大問題として,リーマン予想,ポアンカレ予想,P≠NP問題があげられている.リーマン予想(1859年)とは,リーマンのゼータ関数ζ(s)の複素零点の実部はすべて1/2であるという仮説,すなわち
「ζ(s)の零点がs=−2,−4,・・・,−2nとs=1/2+tiの線上にある」
というのが有名な予想であるが,140年以上経たいまも証明されないままになっている.そのため,数学における未解決問題のうち最も難しいものと考える人も多い.(なお,リーマンのゼータ関数ζ(s)を指標χに関するディリクレのL関数L(χ,s)に置き換えたものが一般リーマン予想である.)
s=1/2という直線は,関数等式
ζ(s)←→ζ(1−s)
の中心軸で,より対称な形で書くと
ξ(s)=π^(-s/2)Γ(s/2)ζ(s)
に対して
ξ(s)=ξ(1−s)
である.
ゼータ関数の最初の複素零点は
ζ(1/2+i14.134725・・・)=0
であるが,
ζ(1/2+i21.022040・・・)=0
ζ(1/2+i25.010856・・・)=0
と続く.
リーマン予想がもっともらしいという根拠は多数あり,
a)s=1/2の線上に無限個の零点がある(ハーディ・リトルウッド,1914年)
b)0<s<1の零点の少なくとも40%以上がs=1/2の線上にある(コンリー,1989年)
c)少なくとも最初の30億個はこの線上にある(テ・リール,1986年)
等々.
また,ヒルベルトは,リーマンのゼータ関数ζ(s)の零点がランダム・エルミート行列の固有値のように分布していると推測し,1915年頃,ポリアとともにゼータ関数の零点をスペクトルとして解釈できないだろうかと提案した.この予想にについてはよくわかったかというと疑問があるが,リーマン予想が正しいとしてみよう.
すると,ζ(s)の零点がs=-2,-4,・・・,-2n,・・・とs=1/2+itの線上にあるという図式は宇宙創成の図という見方,すなわち,整然とした世界から,s=1/2の軸でビックバンが起こり,その後,多数の素粒子(素数)が生成される雑然とした世界へ・・・となり,小生お気に入りの幾何学的図式となる.これでその本質が見える形で理解できるようになったならばよいのだが・・・
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ゼータ関数は,整数をわたる無限和(ディリクレ級数)
ζ(s)=Σ1/n^s
として定義される関数である.
また,ゼータ関数は素数全体をわたる無限積
ζ(s)=Π(1−p^(-1))^(-1)
=Π(1+1/p^s+1/p^2n+1/p^3n+・・・)
=(1+1/2^s+1/2^2n+1/2^3n+・・・)(1+1/3^s+1/3^2n+1/3^3n+・・・)(1+1/5^s+1/5^2n+1/5^3n+・・・)・・・
に等しいことがわかっている.右辺
Π(1−p^(-1))^(-1)
はディリクレ級数を丸ごと素因数分解したようなものであって,オイラー積と呼ばれる.
リーマン予想は,一部に素数定理なども含む数学上の最大の難問であって,素数定理
π(x)〜x/logx
を精密化する問題と考えることができる.リーマン予想は素数定理と切っても切り放せない関係なのである.
部分積分により
∫(2,x)dt/logt=x/logx+1!x/(logx)^2+・・・+(m−1)!x/(logx)^m+・・・
であるから,素数定理はπ(x)の初項だけを求めた定理であるといえるだろう.そこで素数に関する未解決問題を解くにはリーマン予想の証明が重要になってくるのである.
素数定理はπ(x)の初項だけを求めた定理であるといえる.それからの自然な流れとして,π(x)の第2項は何かという問題がおこってくるが,誤差項
O(x/logx)
において,x→∞のとき,logxはxに較べて十分小さいのでこれを無視して「ほぼxの1乗に等しい」と考えることができる.
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素数定理
π(x)〜x/logx
は,ガウス以降,多くの数学者たちが証明できなかった難問であったのだが,ガウスの予想から約100年後の1896年,フランスの数学者アダマールとプーサンは,同じ年に独立にリーマンによって複素数まで拡張されたゼータ関数を用いてガウスの素数定理を証明した.
彼らが素数定理を証明したとき,実際に示したのは
π(x)=Li(x)+O(xexp(−c(logx)^(1/2)))
が成り立つということであった.すなわち,誤差項のlogxは無視できるので,xの1乗に等しいということになる.
この誤差項はゼータ関数の零点の非存在に依存していて,O(x^e)と表されるとすると,ゼータ関数の零点の実部の最大値に等しくなることがわかっている.したがって,もしリーマン予想「リーマンのゼータ関数ζ(s)の実部が0と1の間にあり,零点の実部はすべて1/2である」が正しければ,この近似を
π(x)=Li(x)+O(x^(1/2)logx)
のようにもっとよくすることができる(フォン・コッホ,1901年).
ランダムなデータの誤差項はO(x^(1/2))程度であろうというのが,ガウス分布の考え方である.しかし,素数定理の誤差評価はO(x^1)であり,x^(1/2)はおろかx^(3/4),さらにはx^(9999/10000)さえも証明されていない.現在知られている最良の評価
O(xexp(−c(logx)^(0.6)(loglogx)^(0.2))
もO(x^(1/2))と較べるとまだはるかに迂遠である.
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(3)ST→SG
論文を読んでみたのだが.証明になっているのかどうかまったくわからなかった.もっとも以前に19四乗数定理
『任意の整数はたかだか19個の4乗数の和として表される』
の定理の証明を読んだときもこれで証明?という感じだったのだが・・・.
「これは本論文ではなく,勝利宣言でしたね.懸賞金100万ドルの使い道をどうしようかなどと書かれていた・・・.本人が勝利宣言するようではリーマン予想は解かれたことを信じざるを得ません.
添付文書からはフーリエ解析などを用いて解析的に解いたことが窺われます.量子ガンマ関数については(小生の最近のコラムに2項係数の量子化を掲げたものがありますが)フーリエ展開にうってつけですから・・・
19四乗数定理の証明も数論的ではなく,解析的だったのですが,これは私にとって意外・予想外の顛末でした.リーマン予想にせよ19四乗数定理にせよ,数論の問題の証明の多くは解析的に行われているというわけですが(解析は工学部などの人は強いものの),私のように素養のない数学愛好家にはちんぷんかんぷんでした.」
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[2]ウェアリングの問題と9三乗数定理,19四乗数定理,・・・
1770年,ウェアリングは4平方和定理を拡張して,
「任意の整数はたかだか9個の3乗数の和として,あるいは19個の4乗数の和として表される」
ことを証明抜きで主張しました(9三乗数定理,19四乗数定理).これが,有名なウェアリングの問題です.
g(2)=4は1772年ラグランジュにより,g(3)=9は1909年ヴィーフェリッヒによって証明されました.
4^k(8n+7)の形の数は4個の2乗を必要とするのに対して,9個の3乗を必要とする数は,たった2つの場合だけが知られています.
23=2・2^3+7・1^3
239=2・4^3+4・3^3+3・1^3
そして,1939年,ディクソンは23,239以外の整数はすべて8個の3乗数の和で書けることを示しています.
ウェアリングの問題は,2次形式ではなく高次形式を扱っていて,多くの数学的思考を刺激しました.そして,1909年,ヒルベルトによって
「どの数もg個のk乗数の和で表される」
ことが肯定的に証明されています.
n=x1^k+・・・+xg^k
19四乗数定理:
「すべての正の整数は19個の4乗数の和で表される」
は1986年に証明されています.つまり,ウェアリングの問題(18世紀)も200年以上かかって解決されたことになります.
なお,g乗数は平方数よりもずっとまばらにしか分布しませんから,以下,37個の5乗数の和,73個の6乗数の和,・・・と続きますが,この最良値を完全に決めることはまだできていません.高次形式の理論はまだ発展途上なのです.
[補]現在,k≧6でのg(k)の値はほぼ決まっている.
g(6)=73,g(7)=143,g(8)=279,
g(9)=548,g(10)=1079,・・・
したがって,37五乗数定理だけが残されたことになる.
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(4)SG→ST
「なるほど,フーリエ解析ですか.本文を眺めてみるとたしかにそうです.ヒルベルト・ポリヤなどの行列の固有値方面からのアプローチではなかったのですね.19四乗数定理はよくりませんが,フーリエ変換は強力なのですね.ふと考えると,私がやっているあの中心母等式もフーリエ級数になっています.
ところで,Sugimotoさんにも知らせたのですが,調べられたところ,次のような記事を送ってくださいました.
a) Wikipedia
His proof will soon be subjected to review by other mathematicians.
As of June 10, 2004, only an outline of the actual proof is provided.
de Bourcia has announced a proof a number of times, but all of his
previous attempts at this proof have failed.
b) Purdue News
Note to Journalists: The following release concerns research that has
not yet been peer reviewed or published in a professional journal.
...he has occupied himself to a large extent with the Riemann hypothesis
and has attempted its proof several times. His latest efforts have neither
been peer reviewed nor accepted for publication...
まだ解かれたというわけではないようですね.まさか,人騒さわがせな人ではないでしょうねえ・・・」
(5)ST→SG
「ただの人騒がせなおじさんかどうか,早く本論文を検討して専門家がコメントを出してくれればいいのですが,まだそこまでも行っていないということなのでしょう・・・.
でも,フェルマー予想の場合もワイルズの証明の10年前くらいからガセネタが出ていたことを考えると,我々が生きているうちにリーマン仮説が解決されるような気がします.今回の顛末はリーマン解決近しということで,コラムのネタにしていいですか?」
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[3]リーマン予想へのアプローチ
ここでは,杉岡氏よりのメールにある「ヒルベルト・ポリヤなどの行列の固有値方面からのアプローチ」について説明しておきたい.
a)カッツ,サルナックはサルナックの「数論的量子カオス理論」を背景にゼータ関数の零点分布の研究をしている.
リーマン仮説が成り立っていることを仮定し,ゼータ関数のj番目の零点を
1/2+igj
と書くことにすると,ゼータ関数の零点の密度は実軸からの距離とともに対数的に増加するので,その平均間隔によって正規化
gj~=(gjloggj)/2π
すると
gj~〜j
すなわち,隣り合う零点の間隔は平均1となる.
ベル研究所のオドリズコは正規化された零点の間隔について詳細な数値計算を行い,隣り合った二つのgj~の差に関する度数分布図の結果がGUEとほぼ完璧に一致することを示した.
また,モンゴメリーは正規化された零点のペアに関する相関を調べ,ダイソンはそれがランダムなユニタリ行列の固有値の相関関係
1−(sinπΔE/πΔE)^2
と同じものであることに気づいた.
このような零点の分布は偶然とは考えにくく,零点虚部はある未知のエルミート演算子の固有値である可能性が強いと考えられた(モンゴメリー・オドリズコ予想).
零点の間隔分布がGUEのスペクトル統計に一致することが精密な数値計算により予想されたのだが,このようにランダム・エルミート行列の隣り合う固有値の間隔分布を行列の次数を無限大にして考えた理論曲線と一致したことは,数論研究者にとって衝撃的な結果であった.
これらのことにより,ゼータ関数の零点分布がランダム行列理論で得られる関数で表されることは予想されていたのだが,近年,ルドニックとサルナックはこれを部分的に証明したという.
このようにゼータ関数の零点を作用素のスペクトルと関連づけて解釈しようとする数論の新しい動きを総称して「数論的量子カオス」と呼ばれる.素数を周期軌道,零点を固有値と読み変えることによって,ゼータ関数が仮想的な量子系を表現していると考えることができるというのである.これについてはコラム「ゼータ関数の零点分布と量子カオス」を参照されたい.
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これから先はよくわからないのだが,次のようなアプローチも試みられているという.
b)コンヌは有理数体Qのアデール環AをQの乗法群Q~で割って得られる非可換空間A/Q~を基にして
リーマン予想 ←→ A/Q~に対して跡公式が成り立つ
を示した.
[補]ミンコフスキーの公式(1905年)をハール測度という位相群上で定義された測度でもって,1種の体積計算に持ち込むと
vol(SL(n,R)/SL(n,Z))=Πζ(k) (k=2~n)
で表される.
c)デニンガーはリーマンゼータ関数ζ(s)の零点の固有値解釈をコホモロジー的枠組みから研究している.
[参]黒川信重「リーマン予想」20世紀の予想,日本評論社
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