■テータ関数の応用(その1)

 三角関数は周期2πをもつ一変数一周期の実関数です(sin(x+2π)=sinx).他の周期はその整数倍2nπですから二重周期ではありません.指数関数exp(x)も複素数の世界にはいると,オイラーの等式
  exp(2πi)=1
よりexp(z+2πi)=exp(z)ですから周期2πiをもちますが,これも単周期関数です.
 
 ところが,アーベルとヤコビは一変数二重周期の複素関数,すなわち,
  f(z+p+q)=f(z+p)=f(z+q)=f(z)
を満たすような関数を発見し,さらに,ヤコビは二変数四重周期の関数
  f(z+a+b,w+c+d)=f(z,w)
を発見しています.このように,複素関数のなかには2重周期をもつものがありますが,これはドーナツ面(円環面)上の関数と見ることができます.なぜなら,ドーナツ面は環状に並べられた円と考えることができるからです.
 
 ヤコビの楕円関数sn,cn,dnを三角関数に対応する2重周期関数とするならば,ヤコビのテータ関数は指数関数に対応する擬2重周期関数です.前回のコラムに掲げた保型形式やq展開(変数qはモジュラー関数の計算では常に登場する)との関連で,今回はヤコビのテータ関数について説明することにしますが,不思議なことにテータ関数は数学のみならず物理とも深く関わっています.
 
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【1】テータ関数の定義
 
 まず,テータ関数の導入と定義にあたって,複素平面上の関数で,
  (1)f(z+1)=f(z)
  (2)f(z+τ)=ω(z)f(z)
を満足するものと考えることにします.(1)はfが周期Zをもつこと,(2)はτZは周期とはならないが,それに近いものであることを意味します.リウヴィルの定理により,2重周期を有する正則な関数は定数しかないので,2重周期性を少し緩めて定数でない関数を求めようという発想です.
 
 (1)(2)より
  ω(z)f(z)=f(z+τ)=f(z+1+τ)=ω(z+1)f(z+1)=ω(z+1)f(z)
したがって,ω(z+1)=ω(z)でなければなりませんから,
  ω(z)=cexp(−2πiz)
なる関数を採用することにします.
 
 一方,周期性の定義(1)より,q=exp(2πinz)のベキ級数としてフーリエ展開をもつので,(1)をフーリエ変換すると
  f(z)=Σanexp(2πinz)
また,
  Σanexp(2πin(z+τ))=f(z+τ)=ω(z)f(z)=cexp(−2πiz)Σanexp(2πinz)=cΣanexp(2πi(n−1)z)=cΣan+1exp(2πinz)
 
 ここで,exp(2πinz)の係数を比較すると,can+1=anexp(2πinτ),a0=1とおくと一般に
  an=c^(-n)exp(πin(n−1)τ)
となります.
 
 さらに,q=exp(πiτ),c=q^(-1)とおくことによって,an=q^(n^2),したがって,
  f(z)=Σq^(n^2)exp(2πinz)
あるいは,y=exp(πiz)とおくと
  f(z)=Σq^(n^2)y^(2n)
となります.
 
 これがθ3(z)の定義ですが,三角関数を用いると
  θ3(z)=Σq^(n^2)y^(2n)
       =1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)
とも表されます.
 
 テータ関数は2変数z,τ(あるいはy,q)の関数なのですが,文献によっては
  q=exp(2πiτ)
  y=exp(2πiz)
としていることもあるので注意してください.
 
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 ヤコビが定義したテータ関数はθ3を含めて4つあります.
  θ4(z)=Σ(-1)^nq^(n^2)y^(2n)
     =1+2Σ(-1)^nq^(n^2)cos(2nπz)
  θ2(z)=Σq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)
     =2Σq^((n+1/2)^2)cos(2n+1)πz
  θ1(z)=1/iΣ(-1)^nq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)
     =2Σ(-1)^nq^((n+1/2)^2)sin(2n+1)πz
 
 qの指数は整数Zや半整数Z+1/2の2乗ですが,このことから整数あるいは半整数のつくる1次元格子上の2次形式と理解することができます.そして,整数・半整数,交代・非交代の組合せから4つのテータ関数が定義されるというわけです.
 
 テータ関数はz+1,z+τに対して
  θ3(z+1)=θ3(z),θ3(z+τ)=Aθ3(z)
  θ4(z+1)=θ4(z),θ4(z+τ)=−Aθ4(z)
  θ2(z+1)=−θ2(z),θ2(z+τ)=Aθ2(z)
  θ1(z+1)=−θ1(z),θ1(z+τ)=−Aθ1(z)
    ここで,A=q^(-1)y^(-2)
 
 z+1/2,z+τ/2,z+1/2+τ/2に対して
  θ3→ θ4    Bθ2   iBθ1
  θ4→ θ3   iBθ1    Bθ2
  θ2→−θ1    Bθ3  −iBθ4
  θ1→ θ2   iBθ4    Bθ3   B=q^(-1/4)y^(-1)
を得ることができます.
 
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【2】テータ関数の零点と無限積表示
 
  θ3(z+1)=θ3(z)
  θ3(z+τ)=Aθ3(z),A=q^(-1)y^(-2)
を拡張すると
  θ3(z+m+nτ)=q^(-n^2)y^(-2n)θ3(z)
ですが,テータ関数の零点が
  θ3(m+nτ+1/2+τ/2)=0   (m,nは整数)
(証明は帰納法による)であることより,テータ関数の無限積表示
  θ3(z)=Π(1−q^2m)(1+q^(2m-1)y^2)(1+q^(2m-1)y^(-2))
が得られます.
 
 同様に
  θ4(z+m+nτ)=(-1)^nq^(-n^2)y^(-2n)θ4(z)
  θ2(z+m+nτ)=(-1)^mq^(-n^2)y^(-2n)θ2(z)
  θ1(z+m+nτ)=(-1)^(m+n)q^(-n^2)y^(-2n)θ1(z)
  θ4(m+nτ+τ/2)=0
  θ2(m+nτ+1/2)=0
  θ1(m+nτ)=0
より
  θ4(z)=Π(1−q^2m)(1−q^(2m-1)y^2)(1−q^(2m-1)y^(-2))
  θ2(z)=2q^(1/4)cosπzΠ(1−q^2m)(1+q^2my^2)(1+q^2my^(-2))
  θ1(z)=2q^(1/4)sinπzΠ(1−q^2m)(1−q^2my^2)(1−q^2my^(-2))
 
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 ヤコビのテータ関数
  θ3(z)=1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)
は指数関数(周期関数)に対応しているのですが,ヤコビはテータ関数を使うことによって,ヤコビの楕円関数(二重周期関数)を表すことにも成功しています.
 
 このように楕円関数論ではθkがzについて擬2重周期(1,τ)をもつ関数として互いに関係する点に注目するのに対して,物理ではθkのτについてのモジュラー関数として着目します.
 
 そこで,簡単のため,z=0(y=1)とおいたものをθk(τ)とかくと,
  θ3(τ)=Π(1−q^2m)(1+q^(2m-1))^2
  θ4(τ)=Π(1−q^2m)(1−q^(2m-1))^2
  θ2(τ)=2q^(1/4)Π(1−q^2m)(1+q^2m)^2
  θ1(τ)=0
  θ1'(τ)=dθ1/dz|(z=0)=2πq^(1/4)Π(1−q^2m)^3
となります.
 
 また,これらより
  πθ2(τ)θ3(τ)θ4(τ)=θ1'(τ)
  θ3^4(τ)=θ2^4(τ)+θ4^4(τ)
などの関係式を導き出すことができます.
 
 ここからはデデキントのイータ関数との関係で
  q=exp(2πiτ)
としますが,周期性
  θ3(τ+1)=θ4(τ)
  θ4(τ+1)=θ3(τ)
  θ2(τ+1)=θ2(τ)exp(πi4)
双対性については,ポアソンの和公式を用いて求めます.
  θ3(−1/τ)=θ3(τ)(−iτ)^(1/2)
  θ4(−1/τ)=θ2(τ)(−iτ)^(1/2)
  θ2(−1/τ)=θ4(τ)(−iτ)^(1/2)
 
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【3】テータ関数の応用
 
 ここのところやたらとΠの形の式がでてきましたが,テータ関数はヤコビの3重積公式
  Σq^(m^2)y^m=Π(1−q^2n)(1+yq^(2n-1))(1−yq^(2n-1))
にも結びついています.
 
 ヤコビの3重積公式は無限和と無限積を結びつける公式Σ=Πであって,その重要な応用として,
 (a)オイラーの五角数定理(1750年)
  Π(1-q^n)=Σ(-1)^mq^(m(3m-1)/2))   m(3m-1)/2は五角数
 (b)ヤコビの三角数定理(1829年)
  Π(1-q^n)^3=Σ(-1)^m(2m+1)q^((m^2+m)/2)   (m^2+m)/2は三角数
など,加法的整数論の有名な公式があります.
 
 また,テータ関数が物理で果たしている役割について述べると,デデキントのイータ関数(重さ1/2をもつモジュラー関数)
  η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
の双対性
  η(−1/τ)=η(τ)(−iτ)^(1/2)
との類似から
  Z(τ,z)=θ3/η
と定義すると
  Z=q^(-1/24)Π(1+yq^(n-1/2))(1+y^(-1)q^(n-1/2))
 
 分配関数Zは本質的にはθ3なのですが,それをq展開すると
  Z=q^(-1/24){1+(y+y^(-1))q^(1/2)+q+(y+y^(-1))q^(3/2)+・・・}
そして,Zの各項q^ny^sの展開係数はエネルギーn,電荷sをもつ状態がいくつあるか(多重度)を与える物理学上の母関数となっているのです.
 
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 さらにこの式は超弦理論とも深い関わりがあるという・・・.ところで,1970年代,フェルマーの問題を征するために必要となるのが楕円曲線であることが明らかになりました.楕円曲線には,楕円曲線と三点で交わる直線で,そのうちの二つの交点の座標がわかれば他の一点の座標も計算でき,二つの点の座標が有理数ならば,他の一点の座標も有理数であるなどの性質をもっています(群構造).
 
 楕円曲線はフェルマー予想の解決で注目された曲線で,楕円関数でパラメトライズされる曲線で,歴史的にいうと楕円関数は楕円積分を源とし,楕円積分の逆関数として導入されました.1994年にはワイルズがフェルマー予想の証明を完成させましたが,同年は超弦理論のサイバーグ・ウィッテン解が発表された年でもあります.そしてどちらの仕事でも楕円曲線が中心的な役割を果たしています.
 
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【補】ヤコビの楕円関数
 
 この節ではヤコビの楕円関数について補足説明することにします.ヤコビは,第1種不完全楕円積分
  f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
  ω=F(z)=∫(0-Z)f(x)dx
に対して,正弦関数をまねてF^(-1)(ω)をsnω=F^(-1)(ω)と定義し,
  sn^(-1)z=∫(0-Z)f(x)dx
を得ました.
 
 また,三角関数にならって
  cnω=√(1-sn^2ω),dnω=√(1-k^2sn^2ω)
と定義しました.関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数ですが,少し複雑な三角法と思えばよく,三角関数同様,ヤコビの楕円関数からはいろいろな加法公式を導き出すことができます.
 
 なお,第1種不完全楕円積分において,k→0とすると,
  K(0)=∫(0-Z)f(x)dx=sin^(-1)z
k→1とすると,
  K(1)=∫(0-Z)f(x)dx=tanh^(-1)z
ですから,snωはsinωとtanhωの中間に位置していることがわかります.
 
 実際にベキ級数展開を求めると,
  snω=ω-(1+k^2)/6ω^3-(3+2k^2+3k^4)/40ω^5+・・・
が得られます.
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