■多様体の微分幾何?
私が今取り組んでいるテーマは,母数の同時信頼区間を求める問題である.個々の母数に対する個別の信頼区間は容易に作ることができるが,たとえば,2つの母数が存在する場合,その同時信頼区間は長方形領域で与えられるものではなく,楕円領域となる.したがって,多くの母数の同時信頼区間を求めることは,詰まるところ「n次元楕円を2次元平面に投影した際の影の形の関数式を求めること」に帰着する.
n次元楕円の2次元平面による切り口の関数式を求めることは難しくはない.しかし,高次元の取り扱いに慣れないこともあってか,正射影となる one parameter curve の式を得るのに難渋している.行き詰まりを打開するために,微分幾何・多様体の本を読むことになったのだが,・・・.
曲線とか曲面とかは,誰にとっても美しいと感じられるだろう.ところが,微分幾何の話は難解なものが多く,ハードルが高いので一筋縄ではいきそうもない.とくに,最近の専門書はいきなり多様体という言葉がでてくるので難しい.測地線,曲率などは二次元,三次元での具体的なイメージがもてるからよいのだが,外微分だの接続だのは多くの人にとって見慣れない用語であり,おそらくは意味不明の単語であろう.
私は,
(1)「多様体の微分幾何学」(丹野修吉著,実教出版)
(2)「多様体」(荻上紘一著,共立出版)
で勉強したが,これらは微分幾何学・多様体論の入門書として白眉である.よくできた本であるが,とはいっても半分以上は理解できなかった.理学部数学科の学生が落ちこぼれるのも,
(1) 解析学のε-δ法
(2) 群論
(3) 多様体
であるというから,私が理解できなくても無理からぬことであろう.
今回のコラムでは,微分幾何と多様体をテーマとして解説するが,自分にもわかる範囲に限定されてしまうので,話題の多くは「幾何の問題(PartU)」,「等周問題」でも取り上げたものである.しかし,同じ話題を取り上げるにしても,内容的には適宜変更が加えられていて,単なる再録ではない.余裕のある人は,これらも併せ読んで頂きたい.
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【1】クマはなぜ丸くなって冬眠するか(等周不等式)
平面凸集合に関して,周の長さLが一定で面積Aが最大の図形(面積が一定で周の最小な図形)は円であるという事実は古代ギリシアの時代からよく知られています.そのことはL2 ≧4πAという不等式で表現されます.等号は円のときだけ成立します.
同様に,3次元凸集合に対し,表面積をS,体積をVとするとS3 ≧36πV2 が成り立ちます.等号成立は球のときだけで,すべての立体中で球が表面積に対して最大の体積をもっています.
ところで,シャボン玉はなぜ丸くなるのでしょうか? 等周不等式
S^3≧36πV^2
に関係していることは直感的に発想できるでしょうが,後述するように,等周不等式は平均曲率一定曲面と密接な関わりをもっています.
また,クマやリスなど動物達は(この定理を知っているから)丸くなって冬眠しますが,(この定理を知らない)酔っぱらいのオヤジは往来に大の字になって寝ていて凍死するはめになるというわけです.
さて,立体図形のS3 /V2 は平面図形のL2 /Aの相当していて,「等周比」あるいは「等周定数」と呼ばれます.そこで,等周不等式
L2 ≧4πA
S3 ≧36πV2
をどんな次元にも適用できるように公式化してみましょう.
半径rのn次元超球の体積はVnr^n,表面積はnVnr^(n-1)となりますから,等周比を無次元化するために,
n次元等周比=表面積^n/体積^(n-1)
と定義すると,
n次元等周比≧n^nVn=n^nπ^(n/2)/Γ(n/2+1)(=Cn)
を得ることができます.等号は超球のときに限ります.
この証明はVn=π^(n/2)/Γ(n/2+1)であることが理解できれば簡単ですが,少々長くなるのでコラム「幾何の問題(PartU)」に譲ることにします.
とくに,n=2のときとn=3のときについては,
C2=4π
C3=36π
になることがわかります.以下,
C4=2^7π^2
C5=8/3*5^4π^2
C6=6^5π^3
・・・・・・・
となりますが,等周比が有理数(整数)×πの形となるのは,2次元・3次元だけのようです.
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【2】四角い穴をあけるドリル(定幅曲線)
ピラミッドの石を積み上げる工事など,重い物を移動させるとき,下にコロ(丸太)を並べて転がすことがあります.この場合,切り口が円であることが重要ではなく,平行線で挟んだときの幅が一定であることが本質的です.
いかなる方向に関しても等しい幅をもっている図形を「定幅図形」と呼びますが,平面における定幅図形は円だけではなく,そのような形状は(意外にも)無数にあります.
(例1)ルーローの三角形
ルーローの三角形とは,一辺の長さaの正三角形(2次元単体)の各頂点を中心にして半径aの円弧を描くと作られる,3つの円弧からなる等辺円弧三角形です.
(例2)ルーローの三角形の平行曲線
また,各角内に半径a+r,各対角内に半径rの円を描いても定幅曲線が得られます.これはルーローの3角形上に中心をもつ定半径円群の包絡線であり,いわば,ルーローの三角形の「平行曲線」です.
(例3)ルーローの多角形およびその平行曲線
正三角形の代わりに正(2q+1)角形についても同様です.
(例4)任意の三角形から作られる定幅曲線
例1〜例3は正奇数角形からの円弧構成によるものでしたが,実は,任意の三角形から定幅曲線を作ることができます.これは,定幅曲線は3角形よりもたくさんあること(すなわち無数にあること)を意味しています.
定幅曲線の共通の性質として,
「幅dの定幅曲線の周長はπdである」
があげられます(バービエの定理:1860年).これにより幅の等しい定幅曲線は周長も等しいことがわかります.また,等周不等式により,定幅図形の中で最大の面積をもつものは円であるが,囲む面積が最小のものはなんであろうか? という問題も派生します.その答えはルーローの三角形であることが証明されています(ルベーグ:1914年).
一方,ルーローの単体とは正四面体(3次元単体)の各頂点を中心にして辺長を半径として球面を描くと作られる定幅曲面です.ルーローの三角形を3次元に拡張した図形であり,マイスナーの凸体とも呼ばれます.体積が最小となる定幅図形と信じられていますが,証明されてはいません.一般に,3次元以上のd次元のとき,定幅で体積が最大のものはd次元球ですが,体積最小のものは解明されていないのです.
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ところで,定幅曲線はいかなる方向に関しても等しい幅をもっているわけですから,正方形に内接しながら回転することができる図形ということになります.これを応用すれば正方形の穴をあけるドリルを作ることができます.(もちろん,中心が固定されていてはダメである.)
一方,正3角形に内接しながら回転することできる凸閉曲線が,円以外にも存在します.定幅曲線と同様に,このような図形を応用すれば正3角形の穴をあけるドリルを作ることが可能になります.
このような図形の一例が,正三角形の中線を一辺とする正三角形の頂点を中心として,中線の長さを半径とする2個の円弧からなる曲線(藤原・掛谷の2角形)ですが,この性質をもつ曲線の中で囲む面積が最小のものは,藤原・掛谷の2角形であることが証明されています.
藤原は「微分積分学」など有名な解析学の本を著した数学者藤原松三郎,掛谷は「長さが1である線分を1回転させるのに必要な最小面積の図形は何か」など数々の魅力的な問題(掛谷の問題)を提出したことで知られる数学者掛谷宗一に間違いないでしょう.
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【3】世界はどんな形をしているか(ガウス=ボンネの定理)
われわれ地球人は,地表の上に貼り付いて暮らしています.とはいっても,1〜2mの身長がありますから地平線や水平線をみることができるし,その結果「地球は丸い」ということを想像することができます.20世紀になって,宇宙ロケットから地球を眺めることによって,地球が丸いことを直接確かめられるようになりましたから,今では地球が丸いということに疑いをもつ人はいません.
しかし,ここでわれわれが厚さ0で球面に束縛され,ほんのわずかでも球面を外側から眺めることができないという前提をおいてみましょう.外の世界からの観測データはわれわれには理解することができるけれども,曲面世界の住人には認識することすらできなくなります.また,曲面では,円の周長と直径の比は円の大きさを変えるごとに異なりますから,曲面人にはわれわれにとっての円周率πや三角形の内角の和は180°(=π)であるなどという概念は理解できないことになります.
それでは,曲面人は,自分の住んでいる世界が円板やドーナツ面ではなく,球面であることをどうやって認識すればよいのでしょうか? 曲面人は,自分の住んでいる世界を外から見ることはできないので,内的な情報だけで幾何学を構成する必要があります.もちろん,曲面人は星をみて自分の位置を知るようなこともできないものとします.
平面曲線C上の点Pにおける曲率とは,点PでCに接する円で,最もよくCを近似するものの半径の逆数をいいます.たとえば,放物線:y=ax^2の原点における曲率は2aです.このように二次元空間の曲線の曲率はスカラーの値です.三次元の曲線には,曲率の他に捻れ率という概念がでてきます.三次元の曲面の曲率は「テンソル」となりますが,曲面の曲がり方を測る尺度として,ガウス曲率・平均曲率というような概念もでてきます.
曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,ガウス曲率は曲率の最大値と最小値の積で定義され,一方,平均曲率とは2方向の曲率の相加平均で定義されます.
曲面の性質を調べるとき,曲面の内的情報だけで記述できるものと,外の世界からの観測データを本質的に必要とするものとがあります.ガウスは,ガウス曲率が曲面の内部の情報だけで決定でき,外部情報に依存しないことを発見しました.そのとき,ガウスは相当ブッタマゲタらしく,この定理を「驚異の定理」と呼んでいます.
われわれは地球が平らでないことを星を観測するなど外的な情報を用いて認識していますが,ガウス曲率のような手がかりを使えば,曲面人にとっても外部情報なしに,地球が平らでないことを認識できることになるというわけです.
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ここで,しばらくの間,微分幾何の話から位相幾何の話に飛びます.
位相幾何学(トポロジー)とは形には関係しないで,接触・分離にだけ関係する不変な図形の性質(位相不変量)を研究する学問です.曲面を連続的に変形しても変わらない topological invariant を求めるわけですが,その代表的な例がオイラー・ポアンカレの定理です.
凸多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,
v−e+f=2 (オイラーの多面体定理)
が成り立ちます.これは3次元立体について,0次元の特性数であるv,1次元の特性数であるe,2次元の特性数であるfの関係を述べたものと解釈されます.
量(v−e+f)はオイラー標数と呼ばれます.オイラー標数は幾何学において重要な概念である位相不変量の草分けであり,一般に,図形がいくつかの3角形によって分割されているとき,
頂点の数−辺の数+3角形の数
は分割の仕方によらず定まり,図形に固有な量になるというものです.例えば,平面図形(多角形)は,1つの面が無限大となって全体が一面に広がってしまった正多面体と解釈することができますから,オイラー標数は1となり,また,種数(穴の数)gの向き付け可能な閉曲面の場合は2−2gとなることはよく知られています.
オイラーの多面体定理を一般化したものが,オイラー・ポアンカレの定理です.オイラー数はベッチ数の交代和
v−e+f−g+h−i+・・・
に等しいというのが,オイラー・ポアンカレの内容ですが,ベッチ数とは,簡単にいえば図形の中に潜む種々の次元の穴の数のことです.
オイラー・ポアンカレの定理をn次元単体について証明してみましょう.線分と三角形および四面体は,それぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形です(単体:シンプレックス).線分は2つの端点(0次元の境界要素)をもち,その内部は1次元です.三角形は3つの頂点(0次元)と3つの辺(1次元)をもち,その内部は2次元です.四面体は4つの頂点(0次元)と6つの辺(1次元)および4つの面(2次元)をもち,その内部は3次元です.これらの数をまとめて書くと
2,1
3,3,1
4,6,4,1
ですが,これらの数はパスカルの三角形の一部分に相当しています.これから類推すると4次元のシンプレックスは5,10,10,5,1,すなわち5つの頂点と10辺,10面,5面,5胞(正5胞体)になります.
これより,n次元単体についてはv=n+1C1,e=n+1C2,f=n+1C3,c=n+1C4,・・・ですから,交代和
v−e+f−g+h−i+・・・=1±1
すなわち,オイラー標数は,nが奇数のとき2,偶数のとき0になることが理解されます.
高次元であっても,図形は0次元からn次元までの単体の集まりに分割できるので,単体でなくともオイラー・ポアンカレの定理は成立し,単体分割の仕方によらないことが証明されます.
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2次元凸多角形に対するオイラー・ポアンカレの定理は,
v−e=0
ですから,n角形は必然的にn辺形になります.四角形は四辺形(たとえば平行四辺形)とも呼びますが,三角形に対して三辺形いう言葉はあまり耳にしません.たとえば,二等辺三角形とはいっても,二等辺三辺形とはいわないでしょう.
私はこれまで「n角形はn辺形である」,すなわち,
v−e=0
をまともに取り上げている数学書はみたことがありませんが,n角形はn辺形であるとはいっても,読者はオイラー・ポアンカレの定理のありがたみを実感し「なるほど立派な定理だ」と思うでしょうか? おそらく,何だか当たり前のことを大袈裟にいっていると感じるだけでしょう.なかには,そんなことはサルでも知っているといって怒り出す人もいるかも知れません.
実際,各辺の両端には頂点が1つずつありますから,この定理は自明なのですが,それを3次元に拡張したとたんに自明ではなくなります.
v−e+f=2 (オイラーの多面体定理)
は,もはや,サルでも知っている定理とはいえないでしょう.
また,二次元における正多角形,三次元における正多面体と同じ概念が,四次元における正多胞体で,正(5,8,16,24,120,600)胞体の6種類あります.胞の個数をcで表すと,4次元空間では,
v−e+f−c=0
というオイラー・ポアンカレの定理が成り立ちます.さらに,これらの位相不変量は5次元以上に対しても敷衍していくことができるのです.
v−e+f−g+h−i+・・・=1±1
なお,偶数次元と奇数次元とでの同様の交代性は,超球の体積にも現れます.n次元単位超球{x12+x22+・・・+xn2≦1}の体積をvnとすると,v1=2(直径),v2=π(面積),v3=4π/3(体積)はご存知でしょうが,vnは漸化式:
vn/vn-2=2π/n
によって求めることができます.そして,任意のnに対して,
vn=2(2π)^((n-1)/2)/n!! nが奇数の場合
vn=(2π)^(n/2)/n!! nが偶数の場合
であり,1次元から6次元までを具体的に書けば,
vn=2,π,4π/3,π2/2,8π2/15,π3/6
という具合に,πのべき乗は偶数次元になるたびに1つあがります.
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さて,ガウス・ボンネの定理とは,
ガウス曲率の積分=2π×オイラー数
で表されます.
この定理は,曲面の各点における曲がり具合を知れば,穴の数がわかることを意味しています.われわれの住む世界にいくつ穴が空いているかは,外側からみれば一目瞭然ですが,前述したように,内部に住む人間(曲面人)にはなかなか理解できません.しかし,以上の議論から,面・辺・頂点の数を数えたり,世界の曲がり具合を調べることによって,内部に住む人間も穴の数を知ることができるようになるというわけです.
ガウス・ボンネの定理は,
∫(微分幾何学的データ)=位相幾何学的データ
の形をしています.微分幾何学と位相幾何学の異なる2つの世界を結びつけているところから,微分幾何学で最も美しい定理といわれています.
その後,この定理はチャーンによって高次元に拡張されました.また,ガウス・ボンネ・チャーンの定理,リーマン・ロッホの定理,ヒルチェブルフの符号定理など,それ以前に知られていた幾何学の代表的ないくつかの定理を統一したものが,アティヤ・シンガーの指数定理です.
このようにして,初期のガウス・ボンネの定理は徐々に複雑なものになっていきましたが,より複雑なものになっても,初期のエレガントさは失われず,ガウス・ボンネの定理と同様の趣旨=美しさは少しも損なわれていないようです.
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【4】定曲率曲面(球と擬球)
世界の曲がり具合を表す量が曲率なのですが,曲がった世界の性質を調べる学問をリーマン幾何学と呼びます.ガウス曲率は,その後,曲面の内在的量としてリーマン幾何学発展の基礎となりました.
ガウス曲率が一定である曲面を定曲率曲面といいます.平面,柱面はガウス曲率が0,半径aの球面のガウス曲率は1/a^2です.ガウス曲率が一定な曲面はたくさん存在しますが,コンパクトなものは球面だけです.
また,球面はガウス曲率が正の回転面ですが,球面以外にもガウス曲率が正の定曲率回転面が存在します.一方,負の定曲率回転面としては追跡線:
x=a(logtan|θ/2|+cosθ),y=asinθ
を回転してできる擬球面がありますが,擬球面以外にもガウス曲率が負の定曲率回転面が存在します.→前掲書参照
伸び縮みしないひもの両端を固定しぶら下げてできる曲線を懸垂線(カテナリー)といいますが,カテナリーの伸開線が,トラクトリックス(追跡線)であって,追跡線上の点とその点での接線がx軸と交わる点との距離aは常に一定です.この性質が追跡線というこの曲線の名前の由来で,ある長さのひもの先に石を結びつけて引っ張りながらx軸上を歩くと,石は常に引く人の方向に向かって進みますから,石の通る軌跡が追跡線になります.石を犬に置き換えると,追跡線は犬の散歩をするときの曲線ですから,別名,犬線あるいは犬曲線とも呼ばれています.
擬球は追跡線をx軸のまわりに回転して得られる回転体で,2つのラッパを広い方の口のところで張り合わせたような格好になっていて,交わるところで滑らかでありません.また,x軸の±方向に無限に伸びている部分がありますから,非コンパクトです.球とは似ても似つかないのですが,擬球という名前はどこから来ているのでしょうか?
追跡線の方程式:
x=a(logtan|θ/2|+cosθ),y=asinθ
と,原点を中心とする半径aの円の方程式:
x=acosθ,y=asinθ
を比べてみましょう.x座標のalogtan|θ/2|が異なるだけです.ですから,両者にはかなり似ている性質があるのではないかと思われます.実際,以下の対応関係をみると,非常に似た関係にあることがわかります.
トラクトリックス 円
回転体は擬球 ←→ 回転体は球
回転体の断面積(πa^2) ←→ 円の面積(πa^2)
回転体の表面積(4πa^2) ←→ 球の表面積(4πa^2)
回転体の体積(4/3πa^3) ←→ 球の体積(4/3πa^3)
回転体の曲率(−1/a^2) ←→ 球のガウス曲率(1/a^2)
追跡線をx軸(漸近線)のまわりに回転すると,ガウス曲率が負で一定の曲面(擬球面)ができます.定数aをその擬半径といいますが,このように球と比較してみると,名前の由来がうなづけます.
擬球面はガウス曲率が−1/a^2(負)の定曲率回転面ですが,ところで,曲面上の2点を結ぶ最短の線を直線とみなせば,驚いたことに,この擬球面上の幾何学はユークリッド幾何学の平行線の公理を「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」によって取り替えて導かれる双曲的非ユークリッド幾何学と同じになります.双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかも同じ時期に発見したもので,擬球面は,非ユークリッド幾何を3次元ユークリッド空間内の曲面として実現させている曲面なのです.
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そこで,ガウスが山に登って三角測量を行った話を紹介しましょう.有名な数学者であるガウスがなぜそんなことをしたのでしょうか?
ユークリッド自身を含め,人々はギリシャ時代からユークリッド幾何の第5公理,すなわち,「直線lと直線外の点Pがあるとき,点Pを通り直線lと交わらない直線はただ一つしかない」をそれ以外の公理を用いて証明しようとしました.この公理は複雑で定理のように見えたため,古来,多くの学者がこれを定理として証明しようと試みたのですが,大変困難でその試みはついに成功しませんでした.
ところが,19世紀にいたって,この公理を別の公理に置き換えて幾何学が成り立つことが証明されました.すなわち非ユークリッド幾何学の誕生です.「平行線は無数に引ける」を公理として作られた新しい幾何学がガウス,ボヤイ,ロバチェフスキーによる双曲幾何学であり,「平行線は一本も引けない」を公理として作られたのがリーマンの楕円幾何学です.
当時はいずれも常識では納得できない内容の異端幾何学とみなされましたが,ともあれ,平行線公理を取り替えて幾何学を構築すると,ユークリッド幾何学とは違ったことが起こります.たとえば,双曲平面では三角形の内角の和はπより小さいが成立します.三角形の頂点の角度をα,β,γとおくと,ユークリッド面,リーマン面,ロバチェフスキー面では,それぞれ,
α+β+γ=π,>π,<π
になるのです.
ユークリッド幾何学(放物線幾何学),ボヤイ・ロバチェフスキー幾何学(双曲線幾何学),リーマン幾何学(楕円幾何学),この3種類の幾何学は大きく見るとそれぞれ異なっていますが,局所的に見るとほとんど変わりません.現在われわれが住んでいる宇宙もユークリッド的に見えますが,もっと大きく見ると非ユークリッド的であってもよいわけです.
ひょっとしたら,三角形の内角の和はπより小さいかも・・・.ガウスがホーエル・ハーゲン,ブロッケン,インゼルスベルクの3つの山頂からなる巨大な三角形の測量に基づいて,この疑問に答えようとしていたことは有名な逸話です.確かめられたπとの差は測定誤差に基づく近似の精度より小さく,何の結論にも至らなかったのですが,・・・
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【5】平均曲率一定曲面(石けん膜の幾何学)
ガウス曲率が曲面の内在的量であるのに対して,平均曲率は曲面の外在的量として,空間での曲面の置かれ方を測る重要な量です.実は,体積固定の表面積の変分問題は,平均曲率一定曲面に対応しています.すなわち,平均曲率が一定(≠0)の曲面は,体積一定のまま表面積を最小にすることによって得られます.
また,平均曲率が至るところ0である曲面を極小曲面といいます.針金で輪を作って石けん液に浸して取り出せば,張られる石けん膜は表面張力によって面積が最小になるという幾何学的な意味を持っています.すなわち,極小曲面=表面積最小曲面なのですが,平面でない極小曲面の例として,懸垂面,常螺旋面,エネッパー曲面,シェルク曲面など,極小曲面についても非常に多くの例と結果が知られています.
懸垂面(カテノイド)は極小曲面(表面積最小曲面)の重要な例で,カテノイドはカテナリーをx軸を軸として回転させたときにできる曲面です.回転面かつ極小曲面は懸垂面(カテノイド)に限られるのですが,回転面で平均曲率一定曲面は球面とは限りません.このような曲面はドローネー曲面と呼ばれています.1841年,ドローネーは,平均曲率一定の回転面をすべて決定し,それが平面・円柱面・球面・懸垂面・アンデュロイド・ノドイドに分類されることを示しました.
また,ホップの予想「球面がただひとつの閉じた平均曲率一定曲面である」は正しいと思われていたのですが,1984年,ヴェンテによって,平均曲率一定な閉曲面は,球面以外にいくらでも存在することが証明されました.この球面とは異なる平均曲率一定曲面の反例を契機に,平均曲率一定曲面の研究は大きな進展をみせることとなりました.
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【6】補足(というより蛇足?)
最後に,古典的な微分幾何学と多様体の微分幾何学の相違を述べてみたい.
ジェットコースターを考察してみよう.ジェットコースターを外から見て,三次元空間内の曲線と見なすのが古典的な微分幾何学である.一方,ジェットコースターに乗ってこの曲線を解析するのが,多様体論である.その際,ジェットコースターに乗ったときの,重力や恐怖の数式化が曲率などのテンソルとなる.
「接続」云々は,地図のことを考えてみるとよい.地球は球面であるが,地図は平面で表現される.五万分の1の地図と,同じ区域の二万五千分の1四枚を考察する.それぞれは曲面を平面に変換した地図であり,共有する領域には,ある種の変換式がなければならない.この変換式が成り立つことが多様体の条件である.
多様体論のいろいろな概念は,曲線論と曲面論の拡張である.いずれにせよ,「多様体」,「測地線」,「曲率」などという専門用語は不可避なので,二次元,三次元での具体的なイメージをもった方がよい.従って,本格的な教科書よりも,具体的なものから多様体論にすすむような本の方がよいであろう.挿し絵が豊富で,目で見ながら曲線や曲面を学ぶことができるビジュアル系の本も,曲線や曲面を楽しむための選択肢のひとつと思われる.
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