■奇数ゼータと杉岡の公式(その7)
超過密スケジュールの反動で,ここ2週間ほど体調を崩していたのだが,その間に杉岡幹生氏はずいぶん考察を進展させていたようだ.送っていただいた資料
http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page038.htm
http://www5b.biglobe.ne.jp/~sugi_m/page039.htm
に眼を通してみたのだが,ゼータはかくあらねばならぬといった氏の思い入れの深さが伝わってくる.
今回のコラムではそれについて紹介するとともに,これまで述べられなかったことを補足説明しておきたい.
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【1】杉岡氏の考察
(その3)では,
Σcos(2nx)/n^2=(π/2-x)^2-π^2/12
を重回積分することによって,正の偶数ゼータと奇数Lの値が明示的に求められ,重回微分によって負の偶数ゼータと奇数Lの値(=0)が得られることを示した.この式
Σcos(2nx)/n^2=(π/2-x)^2-π^2/12
は実は2次のベルヌーイ多項式なのであるが,このことについては後述することにしたい.
また,
log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
を重回積分すると,正の奇数ゼータと偶数Lが偶数ゼータの無限和の形で得られること,重回微分すると負の奇数ゼータと偶数Lの値が求められることもわかっている.
Σcos(2nx)/n^2=(π/2-x)^2-π^2/12
log(sinx)=-Σcos(2nx)/n-log2
はいずれもフーリエ展開型の公式であるが,テイラー展開型の公式を使ってみたらどうなるのだろうか?
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テイラー展開型の公式としては
log(sinπx/πx)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
があげられる.この公式はζ(2n)/2nの母関数と考えられるわけであるから,重回微分することによって正の偶数ゼータの値が求められる.また,重回積分することによって正の奇数ゼータが偶数ゼータの無限和の形で得られることは既に示したとおりである.
しかし,ζ(2n)の母関数としては,
log(sinπx/πx)=-2Σζ(2n)/2n・x^(2n)
よりも,テイラー展開型公式
πx/tanπx=-2Σζ(2n)・x^(2n)
=-2{ζ(0)・x^0+ζ(2)・x^2+ζ(4)・x^4+ζ(6)・x^6+・・・}
を用いる方がふさわしいし,より美しくもある.
この式の右辺
ζ(0)・x^0+ζ(2)・x^2+ζ(4)・x^4+ζ(6)・x^6+・・・
を2回微分してx=0とおけばζ(2),4回微分してx=0とおけばζ(4),6回微分してx=0とおけばζ(6)の値が求まるのだが,これだけではいかにも物足りない.これまでの話の流れからいって,−2回微分(2回積分)してx=0とおけばζ(-2),−4回微分(4回積分)してx=0とおけばζ(-4),−6回微分(6回積分)してx=0とおけばζ(-6)の値が直接的にでてきて欲しいのである.
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以下には,杉岡氏のアイディアをそのままスケッチするのではなく,杉岡氏の頭の中にある心象風景を複素関数版にリアレンジして紹介することにした.
杉岡氏のアイディアというのは,負の偶数ゼータの値は
ζ(-2n)=0
であるから,テイラー展開をローラン展開まで拡張できるのではないか,すなわち,
πx/tanπx=-2Σζ(2n)・x^(2n)
=-2{・・・+ζ(-6)x^(-6)+ζ(-4)x^(-4)+ζ(-2)x^(-2)+ζ(0)・x^0+ζ(2)・x^2+ζ(4)・x^4+ζ(6)・x^6+・・・}
というものである.
予想の是非はともかくとして,このようなアイディアはとても重要だと思う.そしてこのような形であれば,右辺を
f(x)=・・・+ζ(-6)x^(-6)+ζ(-4)x^(-4)+ζ(-2)x^(-2)+ζ(0)・x^0+ζ(2)・x^2+ζ(4)・x^4+ζ(6)・x^6+・・・
とおいて,x^(2n-1)・f(x)のxを複素変数とみなして原点のまわりで周回積分(c)すると,
(c)x^(2n-1)・f(x)dx=2πi・ζ(-2n)
一方,左辺に対しては本質的なところだけを計算するが,
(c)x^(2n-1)・x/tanxdx=(c)x^2n/(x+x^3/3+2x^5/15+・・・)dx=0
したがって,ζ(-2n)=0となる.これで杉岡氏が期待する形に近いもの(複素関数版)が得られたことになる.
なお,フーリエ展開(実は2次のベルヌーイ多項式!)
Σcos(2nx)/n^2=(π/2-x)^2-π^2/12
の場合,重回積分することによって正の偶数ゼータが,重回微分することによって負の偶数ゼータが明示的に求められたことと対比してみると,
πx/tanπx=-2Σζ(2n)・x^(2n)
の場合には,微分積分の関係がまったく逆になっている.展開の違いで逆になるというのだから,これもまた面白い結果である.
さらに,杉岡氏は同様の図式が奇数Lにおいても成り立つことを示している.奇数Lに対するテイラー展開型公式
(πx/2)/cos(πx/2)=2ΣL(2n+1)・x^(2n+1)
=2{L(1)・x^1+L(3)・x^3+L(5)・x^5+L(7)・x^7+・・・}
がL(2n+1)の母関数であり,重回微分によって正の奇数Lの値が求められるし,L(1-2n)=0に対して同じ論法を用いればよいから,このことはほとんど自明であろう.
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それでは奇数ゼータではどうだろうか? 杉岡氏が掲げた母関数
x/(1^2-x^2)+2x/(2^2-x^2)+3x/(3^2-x^2)+・・・
=ζ(1)・x^1+ζ(3)・x^3+ζ(5)・x^5+ζ(7)・x^7+・・・
をもとに考えてみることにする.
しかし,今度はζ(1-2n)≠0であるから,右辺を単純にローラン展開型
f(x)=・・・+ζ(-5)x^(-5)+ζ(-3)x^(-3)+ζ(-1)x^(-1)+ζ(1)・x^1+ζ(3)・x^3+ζ(5)・x^5+ζ(7)・x^7+・・・
にすることはできないので,これまでのような議論は成り立たなくなる.
それでは話が続かないので,左辺に対して,無理矢理
・・・-3x/((-3)^2-x^2)-2x/((-2)^2-x^2)-x/((-1)^2-x^2)+x/(1^2-x^2)+2x/(2^2-x^2)+3x/(3^2-x^2)+・・・
のような形を考えてみることにする.これでは左辺=0となってしまうのだが,形式的に
f(x)=Σnx/(n^2-x^2)
を部分分数分解すると,
Σnx/(n^2-x^2)=-Σn/2(x+n)-Σn/2(x-n)
したがって,原点のまわりで周回積分は,
(c)x^2n・Σnx/(n^2-x^2)dx=0
一方,
(c)x^2nf(x)dx=2πi・ζ(1-2n)
となるが,ζ(1-2n)≠0なので,このような積分によって負の奇数ゼータは得られないことがわかる.
奇数ゼータの兄弟分にあたる偶数Lの母関数
x^2/(1^2-x^2)-x^2/(3^2-x^2)+x^2/(5^2-x^2)-x^2/(7^2-x^2)+・・・
=L(2)・x^2+L(4)・x^4+L(6)・x^6+L(8)・x^8+・・・
の場合も同様であり,杉岡氏はこのことを奇数ゼータ(偶数L)における「対称性の破れ」と表現している.
杉岡氏の考察は,驚きの連続であった.このところ,氏は格段とさえているようだ.最後に,杉岡氏の考察を読んで思いついたことを申し添えておくが,
1/(1-x)+2/(2-x)+3/(3-x)+・・・
=ζ(0)+ζ(1)・x^1+ζ(2)・x^2+ζ(3)・x^3+・・・
から
x/(1^2-x^2)+2x/(2^2-x^2)+3x/(3^2-x^2)+・・・
=ζ(1)・x^1+ζ(3)・x^3+ζ(5)・x^5+ζ(7)・x^7+・・・
を辺々引くと,
Σn/2{1/(n+x)+1/(n-x)}=ζ(0)・x^0+ζ(2)・x^2+ζ(4)・x^4+ζ(6)・x^6+・・・
=Σζ(2n)・x^(2n)
=-1/2・πx/tanπx
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【2】ベルヌーイ多項式のフーリエ展開
オイラーは,1744年,史上初めて代数関数
π/2-x/2=Σsin(nx)/n
を三角関数で表しています.この式は,実は1次のベルヌーイ多項式のフーリエ展開と本質的に等しいものになっています.
ベルヌーイ多項式のフーリエ展開は
Bn(x)=-2n!/(2π)^nΣcos(2πkx-πn/2)/k^n
で表されるのですが,(その6)で掲げた
Σsin(2nx)/n=π/2-x
Σcos(2nx)/n^2=(π/2-x)^2-π^2/12
Σsin(2nx)/n^3=1/12{π^3-2π^2x+(2x-π)^3}
Σcos(2nx)/n^4=1/48{2π^2(2x-π)^2-(2x-π)^4-7π^4/15}
Σsin(2nx)/n^5=x/90{π^4-10π^2x^2+15πx^3-6x^4}
が,それぞれ1〜5次のベルヌーイ多項式になっていることがおわかり頂けるでしょうか.
これらの関係に気づけば,杉岡氏や小生のやっていることが所詮オイラーの掌上でのことにすぎないことが見えてくるのですが,単なる辻褄合わせのためだけに,オイラーの掌の上でもてあそばれていたような気分にさせられてしまいます.
なお,オイラーは同年,ベルヌーイ数に対し,オイラー数も
secx=Σ(-1)^nE2n/(2n)!x^2n
によって導入しています.オイラー多項式のフーリエ展開は
En(x)=4n!/π^(n+1)Σsin((2k+1)πx-πn/2)/(2k+1)^n+1
で表されます.
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【3】ディリクレ級数とメリン変換
母関数には,これまで述べてきた
(1)テイラー級数:Σanx^n
(2)フーリエ級数:Σanexp(2πinx)
のほかに
(3)ディリクレ級数:Σann^(-s)
などいろいろあり,それぞれが数列{an}の性質を反映します.
また,
L(s,χ)=Σχ(n)/n^s
はディリクレのL関数と呼ばれます.ディリクレのL関数はリーマンのゼータ関数を一般化したものになっていて,たとえば,数列{χ(n)}を{χ(n)}={1,1,1,1,・・・}とすると,
1/1^2+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・=π^2/6
1/1^4+1/2^4+1/3^4+1/4^4+・・・=π^4/90
は,それぞれL(2,χ)=π^2/6,L(4,χ)=π^4/90という公式です.
また,{χ(n)}={1,−1,1,−1,・・・}では,L(1,χ)=log2,すなわち,
1/1−1/2+1/3−1/4+・・・=log2
χ(0 mod 4)=0,χ(1 mod 4)=1,χ(2 mod 4)=0,χ(3 mod 4)=-1についてのディリクレのL関数
1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−・・・=π/4
1/1^3−1/3^3+1/5^3−1/7^3+・・・=π^3/32
はL(1,χ)=π/4,L(3,χ)=π^3/32
ちょっと複雑なものとしては
1/1−1/2+1/4−1/5+1/7−1/8+(正負は3ごとに繰り返す)・・・=π/3√3
はmod3
1/1−1/3−1/5+1/7+1/9−1/11−1/13+1/15+(正負は8ごとに繰り返す)・・・=1/√2log(1+√2)
はmod8についてのディリクレのL関数と総称される一群の関数の値についての公式なのです.
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また,関数f(x)に対して,積分
h(s)=∫(0,∞)x^(s-1)f(x)dx
が存在するとき,これを関数f(x)のメリン変換といいます.ガンマ関数の定義も1種のメリン変換ですし,メリン変換において,xをexp(-x)に置き換えれば1種のラプラス変換になっていることがわかります.
ガンマ関数の定義式より
∫(0,∞)x^(s-1)exp(-nx)dx=Γ(s)n^(-s)
ですから,ディリクレ級数Σan/n^sについて
Σan/n^s=1/Γ(s)∫(0,∞)(Σan・exp(-nt))t^(s-1)dt
が得られます.
この式はディリクレ級数f(s)=Σan/n^sと同じ係数をもつベキ級数F(z)=Σan・z^nはメリン変換
f(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)F(exp(-t))t^(s-1)dt
によって互いに結ばれていることを意味します.
(例)
ζ(s)=Σ1/n^sにおいて
F(exp(-t))=Σexp(-nt)=1/(exp(t)-1)
φ(s)=Σ(-1)^(n-1)/n^s=(1-2^(1-s))ζ(s)において
F(exp(-t))=Σ(-1)^(n-1)exp(-nt)=1/(exp(t)+1)
L(s)=1/1^s-1/3^s+1/5^s-1/7^s+・・・において
F(exp(-t))=1/(exp(t)+exp(-t))
したがって,
Γ(s)ζ(s)=∫(0,∞)x^(s-1)/(e^x-1)dx
Γ(s)ζ(s)(1-2^(1-x))=∫(0,∞)x^(s-1)/(e^x+1)dx
L(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)t^(s-1)/(exp(t)+exp(-t))dt
関数論において,ベキ級数は基本的な役割を演じますが,メリン変換によって,ベキ級数の性質からディリクレ級数の性質を導いたり,その逆も可能になります.
ゼータ関数は最も簡単かつ最も重要なディリクレ級数f(s)=Σan/n^sですが,メリン変換は解析的数論におけるゼータ関数と関数論における保型関数(ある種の2重周期的挙動をする複素変数関数)を結ぶ装置として,数論の世界では決定的に重要な意味をもっています.
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