■素数定理の歴史

 前回のコラムはゼータ関数の零点分布についての話題でしたが,ゼータ関数の零点の密度は実軸からの距離とともに増加します.一方,素数は大きくなるほどまばらに分布します.
 
 素数の分布は不規則かつ複雑で未知の部分が多いのですが,今回のコラムでは素数分布の漸近評価式「素数定理」について取り上げることにしました.とはいえ,素数分布はこれまで何度か取り上げたことのあるテーマです.そのまま再録するのでは気が引けるし,何かとうしろめたいこともあって,理解の助けになるように適宜加筆してあります.
 
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 18世紀から19世紀にまたがって活躍したガウスは「素数はどのような規則で現れるか」ということを考え,素数定理を予想しました(1792年:ガウスは当時15才であった).素数定理とは,
  π(x)〜x/logx   (x→∞)
というものです.ここで,π(x)は任意の整数xを越えない素数の個数を表すものとします.
 
 すなわち,素数定理はxを超えない素数の個数を与える近似的な公式であって,xに近い2つの連続した素数間の平均距離はおよそlogx,あるいは,ランダムにとった整数xが素数である確率がおよそ1/logxだといってもよいでしょうし,また,n番目の素数pnについての漸近評価
  pn〜nlogn
とも等価です.
 
 ”〜”記号は漸近的に等しい,すなわちxが十分大きいとき両者の比が1に近づくという意味であって,両者の差がなくなるという意味ではありません.いいかえれば,この近似式の絶対誤差はxの増大とともに増大するが,相対誤差は減少する,つまり,左辺と右辺の比はxを∞にすると極限が存在して0でも無限大でもなく,1に収束する,
  π(x)/(x/logx)〜1   (x→∞)
ということです.
 
 素数定理を予想するにはたくさんの素数が必要になり,実際,素数定理はガウスが素数表を眺めていたときに(実験的に)発見されました.素数定理を合理的に予想することは驚くほど難しいらしいのですが,以下に,この予想を発見的に導くための簡単な発見的議論を示しておきます(マーチン).
 
 整数xが素数である確率がf(x)で表されるものとすると,確率1/xで自分より大きい素数を割り切る.ここで,xをx+1に変更すると
  f(x+1)≒f(x)(1−f(x)/x)
したがって,
  f’(x)=−(f(x))^2/x
より,
  f(x)=1/(logx+c)
を得ることができる.
 
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 1850年に,ロシアの数学者チェビシェフは,ベルトランの仮説と呼ばれる命題:任意の数nと2nの間には少なくとも一つの素数pが存在する(n<p≦2n),あるいは同じことですが,素数pの次の素数は2pより小さい(pk+1 <2pk )という定理を証明しました.
 
 この証明は彼が実に18才のときだったそうですから,「栴檀は双葉よりの芳し」の諺のごとくです.チェビシェフの定理によって,素数の分布には何らかの秩序が存在していることになります.(なお,ベルトランの仮説に対しては,ずっと簡単な証明がラマヌジャンやエルデシュ(1932年,19歳)によって与えられています.)
 
 さらに,チェビシェフは1852年に,十分大きなxについてπ(x)/(x/logx)がc1=0.92129とc2=1.10555の間にあるという結果を得ています.
  c1x/logx<π(x)<c2x/logx
 
 この漸近評価を得るためにチェビシェフは,オイラーによって1740年に考案されたゼータ関数(のちにリーマンがこの名前を付けた)を利用しました.また,この結果を得るのには非常に巧みな組み合わせ的推論が用いられているのですが,漸近評価の一部は不等式
  2^2n/(2n+1)≦2nCn≦2^2n
に基づいています.上界はΣ2nCk=2^2nより明らか,下界は2n+1個の二項係数の中で2nCnが最大であり,平均が2^2n/(2n+1)であることから証明されます.この評価は簡単ではありますが,かなり正確です.
 
 2nCnについては,さらに正確な評価を与える
  2^2n/(2√n)≦2nCn≦2^2n/√2n
などの評価式もしばしば使われます.また,スターリングの公式を使うとより精密な結果
  2nCn〜2^(2n)/√(πn)
が得られますが,この評価は数論,素数定理などとも関係しています.
 
 これまで,この「閑話休題」では標本中央値の漸近分布を求めたり,自由が無限大のt分布が正規分布になることや1次元・2次元ランダムウォークが再帰的であるのに対して,3次元以上のランダムウォークが非再帰的(原点に戻ってこれない確率が正)であるを示すのに,スターリングの公式やウォリスの公式,あるいは,2nCn〜2^(2n)/√(πn)などを用いてきました.また,これらの公式は2項分布の正規分布への収束を示すド・モアブル=ラプラスの定理の証明などにも用いられますが,ド・モアブル=ラプラスの定理は中心極限定理の特別な場合に相当しています.
 
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 さらに,素数定理にはもっとうまい近似法があります.素数の密度関数はπ(x)/xですから,
  π(x)/x〜1/logx   (x→∞)
です.1/logxが1からxまでの平均的な素数の密度と考えられますが,これをxの近くの素数の密度と考え,区間[1,x]を小区間に区切って積分してみます.
 
  Li(x)=∫(2,x)dt/logt
Li(x)は対数積分関数と呼ばれます.大きい整数は素数でありにくく,小さいものほど素数でありやすいでしょうから,π(x)をx/logxで近似するより,対数積分を用いたLi(x)の近似はさらに適切な素数分布の近似式になっています.
 
 部分積分により
  ∫(2,x)dt/logt=x/logx+1!x/(logx)^2+・・・+(m−1)!x/(logx)^m+・・・
より,
  Li(x)〜x/logx
ですから
  π(x)〜Li(x)
が得られます.また,
  (x/logx)’=1/logx−1/(logx)^2
から簡単にわかるように
  π(x)=Li(x)+O(x/logx)
とも書くことができます.
 
 素数定理はπ(x)の初項だけを求めた定理であるといえるのですが,自然な流れとして,π(x)の第2項は何かという問題がおこってきます.誤差項
  O(x/logx)
において,x→∞のとき,logxはxに較べて十分小さいのでこれを無視して「ほぼxの1乗に等しい」と考えることができます.
 
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 素数定理は,ガウス以降,多くの数学者たちが証明できなかった難問でしたが,ガウスの予想から約100年後の1896年,フランスの数学者アダマールとプーサンは,同じ年に独立に,リーマンによって複素数まで拡張されたゼータ関数を用いてガウスの素数定理を証明しました.
 
 彼らが素数定理を証明したとき,実際に示したのは
  π(x)=Li(x)+O(xexp(−c(logx)^(1/2)))
が成り立つということでした.誤差項のlogxは無視できるので,xの1乗に等しいということになります.
 
 この誤差項はゼータ関数の零点の非存在に依存していて,x^eと表されるとすると,ゼータ関数の零点の実部の最大値に等しくなることがわかっています.したがって,もしリーマン予想「リーマンのゼータ関数ζ(s)の実部が0と1の間にあり,零点の実部はすべて1/2である(1859年)」が正しければ,この近似を
  π(x)=Li(x)+O(x^(1/2)logx)
のようにもっとよくすることができるのです(フォン・コッホ,1901年).
 
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 その後,長い間,素数定理の証明には複素解析的な方法を使用することが避けられないと信じられていましたが,1949年,フィールズメダリストのセルバーグとさすらいの数論家エルデシュは独立に複素解析関数の理論を使わない初等的な方法で素数定理を証明し,当時の数学界を大いに驚嘆させました.
 
 セルバーグはこれらの功績によりフィールズ賞(4年に一度開かれる世界数学者会議で数学の著しい研究に対して与えられる賞で,数学界のノーベル賞ともいうべきものである)を受賞していますが,エレガントで独創的な解をもつ問題を探し当てることができる数学者が優れた数学者ということなのでしょう.このとき用いられたセルバーグの跡公式については,コラム「幾何学と数論の相互転化」に短い解説があります.
 
 素数定理の初等的証明はいくつか知られていますが,いずれもかなり難しいものです(たとえば,ハーディー・ライトの「数論入門」第22章).そのため,現在でも簡単な証明を求めて研究が続けられています.いつの日にかリーマン予想が解決されれば,素数定理の評価に実質的な改良を期待することもできるでしょうが,ここでは,素数定理をエラトステネスのふるいという初等的な方法を用いて,ラフなスケッチ程度に誘導してみましょう.
 
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 xまでのすべての整数うちで,奇数,すなわち2で割れない数は大体半分(1−1/2)あります.奇数のうちで,3で割り切れない数は2/3=1−1/3あります.さらに,残っている数のうち,5で割り切れない数は1−1/5あります.したがって,xを越えない素数の個数はこれらの積をすべての素数pにわたってとればよいことになり,近似的に
  Π(1−1/p)・x
に等しくなります.
 
 さらに,Π(1−1/p)は近似的に1/logxに等しくなります.ただし,これを証明するのは微積分を使っても容易ではありません.専門的で,ここで説明することはできそうにありませんから,天下り式に結果だけを示しておきます.このことを認めれば,素数定理π(x)〜x/logxが導出されたことになります.
 
 ガウスによって基礎づけられ,これらの数学者たちが磨き上げた素数定理はいまのところ不十分かつ不完全で,所詮,概算にすぎません.どれくらい速くこの比が1に近づくのかを特定できないし,ましてやある数まで数えてゆく間にいくつ素数があるのかを正確に教えてくれはしません.そのような精密な公式があれば素数定理より断然優ることはいうまでもありません.
 
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[補]素数が無限に存在すること,√2が無理数であることはギリシア数学のなかでも有名な定理です.それぞれユークリッドとピタゴラスが背理法を用いて証明していますが,その証明はだれしもが容易に理解できるものです.同様に,調和級数Σ(1/n)が無限大に発散すること
  1/1+1/2+1/3+・・・=∞
も容易に示すことができます.
 
 それでは,素数の逆数の和
  Σ(1/p)=1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+・・・
は有限でしょうか?
 
(証明)調和級数1/1+1/2+1/3+・・・は,オイラー積表示するとΠ(1−1/p)^(-1)と書けますから,
  Π(1−1/p)^(-1)〜∞.
また,logΠ(1−1/p)=Σlog(1−1/p).1/pが非常に小さいとき,マクローリン展開より,Σlog(1−1/p)〜−Σ(1/p)ですから,Σ(1/p)=∞になります.したがって,すべての素数の逆数の和は発散することが示されます.
 
 1737年,オイラーは素数の逆数の和が無限大になることを見つけました.このことから,素数が無限個あることは簡単にわかります.また,調和級数Σ(1/n)は発散し,また,オイラー級数Σ(1/n^2)=π^2/6で収束しますから,素数は平方数ほどまばらには分布していないこともわかります.
 
 さらに,このことを詳しく調べると,
  Σ(1/p)〜log(logx) (pはp≦xの素数を動く)
などがわかってきます.log(logx)は1/(xlogx)の原始関数です.また,素数の逆数の和Σ(1/p)については
  {Σ(1/p)−loglogn}→0.26149・・・
が知られています.
 
 Σ(1/p)はxに近い整数について,その素因数の個数の近似値を与えるもので,ハーディーとラマヌジャンにより明らかにされています.なお,これらの式から
  Σlog(1−1/p)〜−log(logx)
がでますが,両辺の指数をとると前にあげた
  Π(1−1/p)〜1/logx
が得られます.
 
[補]メルテンスの定理
  Π(1−1/p)〜exp(−γ)/logx
 
 ここで,γはオイラーの定数です.極限値
  lim(Σ1/k−logn)
はオイラーの定数として知られており,約0.57722になります.
 
 オイラーの定数の比較的よい近似値は4/7で,さらによい近似値は41/71で与えられます.なお,整数の割算n/m(n>m)の商の小数部分についてのmに関する平均は,nが大きくなると,(1/2ではなく)オイラーの定数γに近づくことが証明されています(プーサン,1898年).
 
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[補]Σ(1/n^2)=π^2/6
 
 積分
  I=∫(0,1)∫(0,1)1/(1−xy)dxdy/√xy
において,1/(1−xy)を幾何級数として展開し,項別積分すると
  I=Σ1/(n+1/2)^2
 
 このとき,
  1+1/3^2+1/5^2+1/7^2+・・・
の値が必要になりますが,この値はζ(2)=Σ1/n^2から次のようにして求まります.
  1+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・
 =(1+1/2^2+1/4^2+・・・)(1+1/3^2+1/5^2+・・・)
 =1/(1−1/4)・(1+1/3^2+1/5^2+・・・)
分母を奇数のベキ乗だけにすると一般式は
  {1-2^(ーs)}ζ(s)
となるのです.
 
 偶数の項
  1/2^2+1/4^2+1/6^2+・・・=1/4ζ(2)
となるので,奇数の項
  1+1/3^2+1/5^2+1/7^2+・・・=3/4ζ(2)
となるというわけです.したがって,
  ∫(0,1)∫(0,1)1/(1−xy)dxdy/√xy=(4−1)ζ(2)
 
 さらにζ(3)は,c:0<x<y<z<1として
  ζ(3)=∫(c)dxdydz/(1−x)yz
 
 ある数が周期であるとは「代数的係数多項式で与えられる領域c上で,代数係数の代数的関数の積分として表される」ことをいいます.→コラム「数にまつわる話」参照
 
 このように,s≧2のすべての整数でのζ(s)値は周期になることがわかっていますが,1979年,ボイカーズはアペリの論じている考えを土台にして,ζ(3)の無理数性
  |anζ(3)−bn|<α^(-n)
を導き出しました.→コラム「ゼータとポリログ関数」参照
 
 また,ランダムに2つの整数をとればそれが互いに素である確率は,6/π^2(約60%)です.
 
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[補]ルジャンドルの予想
  「n^2と(n+1)^2の間に常に素数が存在する」
この予想は未解決である.
 
[補]ゴールドバッハの予想
  「n>4の偶数は,2つの奇素数の和である」
  「n≧9の奇数は,3つの奇素数の和である」
ヴィノグラドフは1937年,ハーディー・リトルウッドの円周法を用いて,十分に大きいすべての奇数は3つの奇素数の和であること(3素数問題)を証明した.
 
 円周法はウェアリングの問題「任意の整数はたかだか9個の3乗数の和として,あるいは19個の4乗数の和として表される」に対しても応用されている.
 
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