■リーマン計量(曲がった空間におけるピタゴラスの定理)

 多様体とは,各点の近傍が局所的なユークリッド空間になっていて,全体としては様々な性質をもつ図形を意味します.ユークリッド幾何学(放物線幾何学),ボヤイ・ロバチェフスキー幾何学(双曲線幾何学),リーマン幾何学(楕円幾何学),この3種類の幾何学は大きく見るとそれぞれ異なっていますが,局所的に見るとほとんど変わりません.現在われわれが住んでいる宇宙もユークリッド的に見えますが,もっと大きく見ると非ユークリッド的であってもよいわけです.
 
 宇宙は曲がった空間であると考えられているのですが,宇宙全体を見渡すと,もしかしたら想像もつかないような3次元多様体になっているのかも知れません.ガウスがホーエル・ハーゲン,ブロッケン,インゼルスベルクの3つの山頂からなる巨大な三角形の測量に基づいて,この疑問に答えようとしていたことは有名な逸話になっています.
 
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【1】リーマン計量とは?
 
 リーマンはゲッチンゲン大学におけるガウスの後任教授ですが,多様体の概念はリーマンに始まります.多様体では,空間が伸びたり縮んだり曲がったりしているわけですから,その際,空間の各点において長さを測るためのモノサシが必要になります.
 
 どうやって長さを測るかを決めるモノサシが「リーマン計量」なのですが,ピタゴラスの定理を拡張するだけなので,おそるるに足りません.リーマン計量は,誰でも知っているピタゴラスの定理
  (ds)^2=(dx)^2+(dy)^2
のなかに隠されています.ここで,斜辺dsのことを線素と呼びますが,これは測地線(最短曲線)を与える素という意味です.
 
 この式をもっと詳しく書くと
  (ds)^2=1(dx)^2+0dxdy+0dydx+1(dy)^2
となりますが,これを一般化した
  (ds)^2=g11(dx)^2+g12dxdy+g21dydx+g22(dy)^2
が多様体におけるピタゴラスの定理の本来の姿なのです.
 
  g21=g12
なので,対称行列Gを
  G=[g11,g12]
    [g12,g22]
とおくと,2次元多様体におけるピタゴラスの定理は行列表現
  (ds)^2=(dx,dy)G(dx,dy)’
のように2次形式で表されます.
 
 2次元ユークリッド空間,すなわち,平面の座標が碁盤の目になっている場合の計量がユークリッド・リーマン計量で,
  G=[1,0]
    [0,1]
したがって,
  (ds)^2=(dx)^2+(dy)^2
というわけです.
 
 一般の3次元では,
  G=[g11,g12,g13]
    [g12,g22,g23]
    [g13,g23,g33]
  (ds)^2=(dx,dy,dz)G(dx,dy,dz)’
 
 4次元,5次元,10次元(フェルミオンの世界),26次元(ボゾンの世界),・・・,d次元でも同様に表現されます.なお,対称行列(gij=gji)なので,リーマン計量の独立成分はd^2個ではなく,d(d+1)/2個です.
 
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【2】擬リーマン計量
 
 ユークリッド空間における線素dsは回転で不変です.すなわち,
  [dx’]=[ cosθ,sinθ][dx]
  [dy’] [−sinθ,cosθ][dy]
とおくと
  (ds)^2=(dx)^2+(dy)^2=(dx’)^2+(dy’)^2
ですから,回転は(ユークリッド)距離を保つ変換(等長変換)です.
 
 このように,なんらかの数学的な変換を施しても,ある物理量が不変のとき対称性があるというのですが,三角関数を双曲関数に変えたローレンツ変換
  [dx’]=[coshθ,sinhθ][dx]
  [dy’] [sinhθ,coshθ][dy]
を考えた場合,
  (ds)^2=−(dx)^2+(dy)^2=−(dx’)^2+(dy’)^2
が不変になります.この場合,dsを1種の距離(=双曲距離)と見なせば,ローレンツ変換も等長変換と考えることができます.
 
 また,
  sin(iθ)=isinhθ,
  cos(iθ)=coshθ
ですから,
  [dx’]=[ cosiθ,isiniθ][dx]
  [dy’] [isiniθ, cosiθ][dy]
これより,ローレンツ変換とは虚の回転,すなわち実数であるはず時間xを虚数と見なした回転と等価です.
 
 ユークリッド空間におけるリーマン計量は,符号で表現すると(+1,+1,・・・,+1)でしたが,物理学においては,ミンコフスキー空間における擬リーマン多様体がより重要になります.この場合の計量は(−1,+1,+1,・・・,+1)という符号の型をもちますが,このような多様体をローレンツ多様体ともいいます.また,任意の符号(±1,±1,・・・,±1)をもつ擬リーマン計量を擬ユークリッド計量といいます.
 
 特殊相対論の4次元ミンコフスキー空間,すなわち,時空(t,x,y,z)はローレンツ多様体の1例になっています.
  (ds)^2=−(dt)^2+(dx)^2+(dy)^2+(dz)^2
 
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【3】非ユークリッド計量
 
 ユークリッド幾何学に世界において,非ユークリッド幾何学のモデルを作るために,単位円の内部に,計量が
  (ds)^2=4{(dx)^2+(dy)^2}/(1−x^2−y^2)^2
で与えられる世界(ポアンカレ円板)を考えてみることにしましょう.
 
 ポアンカレ円板の座標を(x,y)とおくと,その計量が
  (ds)^2=4{(dx)^2+(dy)^2}/(1−x^2−y^2)^2
といっても決して難しいものを考えているわけではなく,ユークリッド平面との違いは分母に1−x^2−y^2があることです.そのため,境界である円周に近づくにつれて長さが長く評価され,思いのほか長い距離になるのです.そのため,ポアンカレ円板からみると,境界の円周は無限の彼方に存在していることになります.
 
 また,ユークリッド空間の中の長方形(直方体)のかわりに,2次元複素上半平面の中にポアンカレ計量
  ds^2=y^(-2)(dx^2+dy^2)
を備えた,あるコンパクトな領域を考えることもできます.この場合,yが十分大きいときには長さが短く評価され,逆に実軸に近いときは長い距離になります.
 
 実は,一次分数変換(メビウス変換)
  w=f(z)=(az+b)/(cz+d)
とその逆変換
  z=(dw−b)/(−cw+a)
は角度を変えないで(等角写像),円を円に写す変換なのですが,
  w=(i−z)/(i+z),z=i(1−w)/(1+w)
はポアンカレ円板を2次元複素上半平面に写す変換です.すなわち,ポアンカレ円板と複素上半平面は1対1に対応がつけられ,ポアンカレ円板の円周はx軸と無限遠点に対応します.
 
 また,ad−bc=1のとき,fは2次元複素上半平面をそれ自身に写す変換となるのですが,その際,ポアンカレ計量は不変:
  y^(-2)(dx^2+dy^2)=v^(-2)(du^2+dv^2)
が得られ,1次分数変換fは等長変換(計量を変えない変換)となることがわかります.
 
 ところで,2点間の最短距離を与える道のことを「測地線」といいます.球面での測地線は大円ですが,それでは,複素上半平面における測地線はどうでしょうか?
(答)x軸上に中心をもつ半円か,x軸に直交する半直線です.後者は半円の中心が無限に遠くいった極限と考えられます.
 
 ポアンカレのモデルで「直線」というときには,「測地線」のことを指すのですが,そうすると「直線外の1点を通り,その直線に平行な直線は無数に存在する」ことになります.「平行線は無数に引ける」を公理として作られた新しい幾何学が双曲幾何学であり,双曲的非ユークリッド幾何学はボヤイとロバチェフスキーがそれぞれ独立に,しかも同じ時期に発見したものです.ポアンカレのモデル,すなわち,ポアンカレ円板や複素上半平面の双曲計量は,双曲平面(ロバチェフスキー平面)のモデルなのですが,非ユークリッド幾何を2次元ユークリッド平面内に実現させていると考えられるのです.
 
 また,ここでは2次元の場合だけを考えてきましたが,たとえば,擬球面は,非ユークリッド幾何を3次元ユークリッド空間内の曲面として実現させている曲面ですし,さらに,n次元の多様体上でのリーマン計量の幾何を考えることも可能です.ともあれ,ユークリッド空間とは異なるピタゴラスの定理が成り立つ世界が存在するのです.
 
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【4】空間内の曲面の幾何
 
 微分幾何は,曲線や曲面,そしてそれらを高次元に一般化した多様体を微積分を使って調べる学問ですが,現代的な意味での微分幾何はガウスに始まります.
 
 ガウスの曲面論では,曲率,捻率のかわりに第1,第2基本形式を定めます.第1基本形式gは
  g=g11(du)^2+2g12dudv+g22(dv)^2
で表されます.ここで,
  g11=(xu,xu),g12=(xu,xv),g22=(xv,xv)
  Δ=g11g22−(g12)^2>0   (正定値2次形式)
 
 一方,第2基本形式hは,
  h=h11(du)^2+2h12dudv+h22(dv)^2
ただし,
  h11=(xuu,n),h12=(xuv,n),h22=(xvv,n)
  hij=det(xij,x1,x2)/Δ^(1/2)
と表されます.
 
 第1基本形式は,uv平面をどう伸縮して曲面を作るかを指定していて,緯線・経線の長さと曲線同士の角度を定めているといえます.それに対して,第2基本形式は,接平面を基準面として曲面の曲がり方を定めています.
 
 ここで,対称行列G,Φを
  G=[g11,g12]   Φ=[h11,h12]
    [g12,g22]     [h12,h22]
とおくと,
  g=(du,dv)G(du,dv)’
  h=(du,dv)Φ(du,dv)’
のように,2次形式で表されます.曲率,捻率とは違って,これらは関数ではなくて接平面上における2次形式を与えるものであって,第1,2基本形式はテンソルと呼ばれる量なのです.
 
 また,曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,これらを用いて曲面の曲率を定めることができます.ガウス曲率Kは曲率の最大値と最小値の積で定義され,一方,平均曲率Hとは2方向の曲率の相加平均で定義されます.すなわち,ガウス曲率Kと平均曲率Hは
  K=κ1κ2
  H=(κ1+κ2)/2
であって,また,曲率κ1,κ2を主曲率と呼びます.
 
 対称行列G,Φを用いると
  K=det(G^(-1)Φ)=detΦ/detG
   ={h11h22−(h12)^2}/Δ
   =κ1κ2
  H=1/2tr(G^(-1)Φ)
   =(g11h22−2g12h12+g22h11)/2Δ
   =(κ1+κ2)/2
となることが示されます.
 
 これらを用いれば,主曲率は2次方程式の根と係数の関係から
  κ1=H−(H^2−K)^(1/2)
  κ2=H+(H^2−K)^(1/2)
と表されます.
 
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【5】曲率には2種類ある!
 
 前項で出てきた曲率とは,曲面(曲線)を最もよく球(円)で近似するもので,いわば,外から見た曲率(extrinsic curvature)でした.それに対して,内から見た曲率(intrinsic curvature)という概念があります.内から見た曲率では,円を使わず,三角形を使って曲率を測ります.
 
 第1基本形式は緯線・経線の長さと曲線同士の角度を定めているので,第1基本形式をパラメータで積分することによって面積が得られます.測地線三角形ABCにこのことをあてはめると,三角形の頂点の角度をα,β,γとおくと,
  ∫∫KdA=α+β+γ−π   (ガウス・ボンネの定理)
 
 したがって,ユークリッド面(K=0),リーマン面(K>0),ロバチェフスキー面(K<0)では,それぞれ,
  K=0・・・π=α+β+γ
  K>0・・・π<α+β+γ
  K<0・・・π>α+β+γ
になることが導き出されます.たとえば,双曲平面では三角形の内角の和はπより小さいが成立するというわけです.
 
 冒頭で,有名な数学者であるガウスが山に登って三角測量を行った話を紹介しましたが,ガウスがそんなことをした理由はこういう理由だったのです.もっとも,確かめられたπとの差は測定誤差に基づく近似の精度より小さく,何の結論にも至らなかったのですが,・・・
 
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【6】ガウスがぶったまげた驚異の定理
 
 われわれは3次元空間内に曲面があるというイメージをもっているわけですが,リーマン計量を与えれば曲面が入っている3次元空間という視点は必要がなくなります.
 
 同様のことが,ガウス曲率についてもいえるのですが,
  「ガウス曲率は,リーマン計量のみを用いて表される.」
  「ガウス曲率は第1基本形式だけで定まり,第2形式にはよらない.」
が成り立ちます.すなわち,最短曲線を与える計量は,第1基本形式と対応していて,そのとき,
  ds^2=(du,dv)G(du,dv)’
リーマン計量と呼ばれるというのです.
 
 われわれが曲面上に閉じこめられ,外の世界については何も知らないものとしましょう.その場合,われわれにとって知りうることは,座標と運動方向と長さ(第1基本形式)だけとなります.それに対して,第2基本形式は曲面を3次元空間のなかで考えてはじめて定義される量です.
 
 曲面の性質を調べるとき,曲面の内的情報だけで記述できるものと,外の世界からの観測データを本質的に必要とするものとがあります.ガウスは,ガウス曲率が曲面の内部の情報だけで決定でき,外部情報に依存しないことを発見したことになります.われわれは地球が平らでないことを星を観測するなど外的な情報を用いて認識していますが,ガウス曲率のような手がかりを使えば,曲面人にとっても外部情報なしに,地球が平らでないことを認識できることになるというのです.
 
 そのとき,ガウスは相当ブッタマゲタらしく,この定理を「驚異の定理(Theorema egregium)」と呼んでいますが,これは曲面論の最も重要な結果であると考えられています.
 
 第2基本形式のような曲面からみて外的な量を理論から排除し,曲面の上の住む生物にとって定義可能な内的な量のみを用いて,曲面の幾何学を構築するのがリーマン幾何学の考え方ですが,ガウス曲率が第1基本形式だけで書かれるという事実のおかげで,曲面人は自分の住む空間が曲がっていることを認識することができるのです.
 
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【7】まとめ(ガウス幾何学とリーマン幾何学)
 
 微分幾何は,曲線や曲面,そしてそれらを高次元に一般化した多様体を微積分を使って調べる学問ですが,現代的な意味での微分幾何はガウスに始まります.微分幾何において世界の曲がり具合を表す量が曲率なのですが,それに対して,リーマン計量を使って曲がった世界の性質を調べる学問を「リーマン幾何学」と呼びます.
 
 すなわち,ガウスの微分幾何が3次元空間内の曲面の幾何であるというならば,リーマンの幾何は曲面がユークリッド空間に入っていることを使わずに,第1基本形式から出発する幾何であるといえるのです.
 
 ガウス曲率は,その後,曲面の内在的量としてリーマン幾何学発展の基礎となりましたが,その際,リーマンの計量(metric)とガウスの曲率(curvature)は表と裏の関係にあったのです.
 
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