■円周率の歴史と乱数度

1.歴史

 最も広く知られた数学記号π(3.14159・・・)は、円周の直径に対する比を表します。紀元前1800年から今日までほぼ4000年の間、πの値を一層精密に決定しようとする試みが継続してなされてきました。円を正方形化する問題は、最終的には1882年に不可能であることが示されましたが、その問題のもつ永遠の魅力から、πのより精確な値の追求は今日でも高性能の計算機を使って続けられています。

 浮Qやsin1°やlog2の値を何百桁まで求めようとした人はいないわけですから、πには人を魅する何か魔術的なものがあるようです。ここでは、円周率πの値の計算の歴史をさかのぼってみることにしますが、πの歴史は大別して4期に分けることができます。

<第1期:分数による近似>

 任意に与えられた無理数に対して、それをある有理数でよく近似することができれば応用する上でも役立つものといえましょう。古代でいちばんよくお目にかかる円周率の値は、π=3,π=3・1/7,π=3・1/8,π=355/113,(16/9)2 ,(7/4)2 という値ですが、おそらく経験的に得られたものなのでしょう。πの近似値22/7やeの近似値19/7は古典的にもよく知られたものですが、浮Q+浮R=3.14626,浮P0=3.1622など無理数で近似したものもあります(偶然の一致?)。

<第2期:幾何学的方法>

 今から2000年以上も前の紀元前3世紀、アルキメデスは円に内接・外接する正96角形による計算から3・10/71<π<3・1/7、あるいは小数で表すと3.14084<π<3.142858よりπ=3.14という近似値を求めています。

 正96角形に引き続いて、円の正多角形近似、すなわち、192,384,768,・・・など弧の2等分を繰り返すことによって辺の数を増してπの値が計算されました。ルドルフは正242角形の周を計算して円周率を35桁計算するために一生を費やしました。しかし、円の正多角形近似によって得られるπでは大幅な精度の向上は期待でず、17世紀まで注目すべき進歩はみられませんでした。ということで、第3期(無限級数、無限積、無限連分数の登場)となります。

<第3期:解析的方法>

 17世紀になってイギリスのニュートン、ドイツのライプニッツによる微分積分学の確立以降は、収束する無限級数を使ってπの計算がなされました。πと関連をもつ無限級数として最初に発見されたものは、1671年に発見されたグレゴリー・ライプニッツ級数

 π/4=tan-1

    =1/1−1/3+1/5−1/7+1/9−1/11+・・・

=Σ(−1)n-1 ・1/(2n+1)

があげられます。ライプニッツはπ/4がすべての奇数の逆数を交互に加えたり引いたりしてえられる無限級数の和に一致するという事実に対して「神は奇数で楽しむ」と書いていて、この式に自然の神秘の深遠さを感じ、外交官への道から数学の研究の道に転じたといわれています。

 tan-11=π/4を利用したこの展開公式は簡単な形の式ですが、ゆっくりとしか収束しないので、20項まで計算しても3.042までしか求まらないし、3.14まで一致するのに300項も必要です。第n項まで計算したときの誤差は大体1/(2n+3)になり、1000項まで計算してもせいぜい3桁ぐらいです。したがって、グレゴリー・ライプニッツ級数はπの近似値を求めるのには実用的ではないのですが、この式の右辺は

 (1+1/3)-1・(1−1/5)-1・(1+1/7)-1・(1−1/11)-1・(1+1/13)-1・・・

というように素数についての積の形に書き直すことができます。

 グレゴリー・ライプニッツ級数は項数をのばすごとにπの上下の限界を示しうるものですが、収束の緩慢な点が致命的でした。そこで、オイラーは、公式

tan-1a+tan-1b=tan-1((a+b)/(1−ab))

を使ってグレゴリー・ライプニッツ級数よりもっと速く収束する次のような無限級数を作っています(1737年)。

 π/4=tan-1

    =tan-1(1/2)+tan-1(1/3)

    =(1/2−1/3・23 +1/5・25 −1/7・27 +・・・)     +(1/3−1/3・33 +1/5・35 −1/7・37 +・・・)

 この級数はグレゴリー・ライプニッツ級数ほどは悪くありませんが、それでもなお良い値がでるまでの計算回数は多くなります。また、オイラー級数Σ1/ns の収束の精度も良くありません。オイラーの第1級数

1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6

を使って、π2 /6を小数点以下7桁まで正確に求めるためには、だいたい1000万項までの計算が必要になります。

 πを計算するための無限級数のうちでもっともポピュラーなものはニュートンと同時代のマーチンによって発見された次のような式です(1706年)。

 π/4=4tan-1(1/5)−tan-1(1/239)

=4(1/5−1/3・53 +1/5・55 −1/7・57 +・・・)     −(1/239−1/3・2393 +1/5・2395 −・・・)

 第2項の級数は非常に収束が速く、第1項の級数も1/52 =0.04ぐらいの比で次々に小さくなりますから、数値計算に十分使えます。マーチンの級数の計算誤差は4/(2n+3)・(1/5)2n+3ぐらいで、マーチン自身はこの公式のよってπの値を100桁ほど求めました。計算機のない時代のことですから、当然手計算であって神業ともいうべき話です。

<第4期:コンピュータ時代>

 マーチンの級数は収束が極めて急速で、コンピュータの時代に移った後もたくさんの人に利用され、はじめてコンピュータを用いてπの値を計算したノイマンはマーチンの公式を使って70時間かかって2037桁まで正しい値を求めています(1949年)。この種のtan-1(x)の展開公式(→【補】)はかなり多く知られていて、分数を組み合わせて1をつくるパズルのようなものですが、その計算量は本質的にはO(n2 )になります。

 1980年代にはいるとtan-1(x)の展開公式よりも格段に優れた新しい公式が発表されました。東京大学の金田康正氏のグループは楕円積分の計算と関係したガウス・ルジャンドルの算術幾何平均法(→【補】)という強力な武器を用いて世界記録を樹立しました。その計算量はO(nlogn)となり、計算能率はO(n2 )よりも優れています。スーパーコンピュータでのπの果てしなき計算競争はまもなく100億桁を突破しそうです。円周率πの計算や巨大な素数の発見はコンピュータシステムの信頼性や処理速度といった性能をテストするのに最適ということです。


2.乱数度

 ところで、円周率πの小数の数字列1415926535・・・はランダムでしょうか。その前に、無理数浮Qの小数の数字列4141213562・・・は乱数列とみなせるでしょうか。

 ほとんどすべての無理数には、0,1,・・・,9が1/10の頻度で現れることが見いだされていて、浮Qの0〜9の数字の頻度や二数字の組の頻度と理論度数との食い違いを調べる頻度検定やポーカー検定などのランダム性を判定する普通の検定法では、一応乱数列といってもよいような状況ですが、πの小数の数字列と比べると不規則の度合いが低いことが知られています。

 例として、われわれは、連分数展開によって

(1+浮T)/2=[1;1,1,1,1,1,・・・]

浮Q=[1;2,2,2,2,2,・・・]

のように、1や2が無限に繰り返されるという規則性を見ることができますし、

浮R=[1;1,2,1,2,1,2,・・・]

では交互に1,2が現れる循環連分数となります。

浮T=[2;4,4,4,・・・]

浮U=[2;2,4,2,4,2,・・・]

浮V=[2;1,1,1,4,1,1,1,4,・・・]

連分数による実数の近似は、解を下方と上方から近似していく方法であって、ユークリッドの互除法に直結しています。一般に、浮рフ連分数展開は循環連分数となり周期性が証明されます。これは既約分数の小数展開が循環小数になることと対比するとおもしろい事実です。

 また、超越数eの連分数展開は、

e=[2;1,2,1,1,4,1,1,6,1,1,8,1,1,10,1,1,12,1,1,14,1,1,16,・・・]

と書け、数字の出方が自然数順になっていることがわかります。しかし、πの連分数展開

π=[3;7,15,1,292,1,1,1,2,1,3,1,14,2,1,1,2,2,2,2,1,84,2,1,1,15,3,13,1,4,2,6,6,99,1,2,2,6,3,5,1,1,6,・・・]

にはなんの規則性も見あたらないようにみえます。πに現れる数字0〜9については、重複対数の法則と呼ばれるランダムウォークに基づく非常に厳しいランダムネス検定にも十分合格することが確かめられています。πには少なくとも何進法かの表現の下でなにか隠された未発見の規則性があるに違いないと信じている人もいますが、現在のところ、πは最も複雑な数なのです。


【補】tan-1(x)のテイラー展開公式

tan-1(x)=x−1/3・x3 +1/5・x5 −・・・

【補】算術幾何平均

 2数a0 ,b0 をとり、それらの算術平均a1 =(a0 +b0 )/2,幾何平均b1 =浮00 を計算する。次に、a1 ,b1 の平均を計算し、a2 =(a1 +b1 )/2,b2 =浮11 とする。すると、an とbn は急速に同じ極限に到達する。これを算術幾何平均とよぶ。