閑話休題では、月に1篇のペースで数学や物理に関連した事項を解説していきたいと考えています。今回が閑話休題の第1回目で、オイラーのゼータ関数について取り上げますが、折を見て、量子力学の概念が体系化されるきっかけとなった熱放射とゼータ関数の関連についても述べてみたいと存じます。

最初にお断りしておきますが、私自身は本業のかたわら趣味で数学に取り組んでいるアマチュア数学愛好家であり、大した天分もなく数学的素養さえおぼつきません。一般の人にとって(無論、私にとっても)数学はとっつきにくいものです。芸術作品ならば、ともかくみることだけは可能ですが、現代数学の最先端は専門家以外には手の届かないところに進んでしまい、内輪の数学者たちにさえ解読不能だといいます。ましてやプロの数学研究者ではない私が、数学や物理の未解決問題が最終決着するまでの解説をするという大愚は回避したいと思います。詳細には立ち入らないことにしますが、科学に潜んでいる底知れぬおもしろさを追体験して頂けたならば幸甚です。

■オイラーとゼータ関数

17世紀頃から無限級数和を求める研究が始まりました。簡単な例をあげると、幾何級数

 1/1+1/2+1/4+1/8+・・・

は2に収束します。無限回の計算は不可能ですからそのn次部分和Sn

n=1/1+1/2+1/4+1/8+・・・+1/2n-1

を求めてみることにします。これを計算するにはうまい手があります。

n+1/2n-1

=1/1+1/2+1/4+1/8+・・・+1/2n-1 +1/2n-1

=1/1+1/2+1/4+1/8+・・・+1/2n-2

=・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

=1/1+1/2+1/4+1/8+1/8

=1/1+1/2+1/4+1/4

=1/1+1/2+1/2

=1+1

=2

よって、Sn =2−1/2n-1

nをどんどん大きくすると1/2n-1 はいくらでも小さくなり0に近づきますから、幾何級数は2に収束すると考えられます。この級数は各項の減少する割合が非常に大きいため単純な数に収束するのです。

 一方、調和級数

 1/1+1/2+1/3+1/4+・・・

は、はじめの1000項で7.485、100万項で14.393、10億項で21.3、1兆項で28.2と非常にゆっくりとですが大きくなり、ついには無限大に発散します。調和級数が発散することは次のようにして容易に示すことができます。

1/3+1/4>1/4+1/4=1/2

1/5+1/6+1/7+1/8>1/8+1/8+1/8+1/8=1/2

・・・・・

したがって、

(調和級数)>1+1/2+1/2+1/2+1/2+・・・→∞

 幾何級数と調和級数とは、だんだん小さくなる正の分数の足し算という点では似ていますが、後者ではちりが積もって山となるわけで、その無限の果てにあるものは全く非なるものです。

 興味をそそり胸をわくわくさせるのは、収束する無限級数がいったいどんな数値に収束するのかという点です。幾何級数や調和級数などの無限級数は初等的で簡単に証明可能でしたが、18世紀最大の数学者オイラーが1736年に発見した結果はエレガントなだけでなく意外なものでした。その無限級数とは

 1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6

です。この式の驚くべき点は自然数のみを含む級数の極限に円周率πが突然現れることです。実際、この足し算をいくら見つめても答えに円周率の現れそうな気配はまったくありません。1728年にベルヌーイはこの和が8/5に近いと述べ、その後、オイラーは何年もこの足し算にとりつかれ大変な努力の末にこの値を求めましたが、π2 /6であることをつきとめたとき、平方数の逆数和のかなたに円周率が浮かび上がる不思議にとても感動したようです。

 すべての自然数に関する一般のオイラー級数

 Σ1/ns =1/1s +1/2s +1/3s +1/4s +・・・

はs>1のとき収束し、0<s≦1のとき発散することは微分積分学を使って簡単に証明されます(y=1/xs の積分の値と比べると、s>1ではΣ1/ns <窒P/xs dx、s≦1では逆向きの不等式となる)。

 オイラー級数はs=1で調和級数となり無限大に発散しますが、オイラーはsが2から26までの偶数値に対する和も求めていて、sが2以上の偶数のとき、結果はすべてπs の倍数になり、有理数×πs でありことを証明しています。たとえば、s=4に対するオイラー級数は

 1/14 +1/24 +1/34 +1/44 +・・・=π4 >/90

また、s=6に対するオイラー級数は

 1/16 +1/26 +1/36 +1/46 +・・・=π6 /945

s=26の場合は224・76977927・π26/27!と表すことができます。

 もう少し詳しくいいますと、sが偶数のときのオイラー級数は一般式で表すことができ、有理数部分にはベルヌーイ数Bn が重要な役割を果たしています(→【補】参照)。これに対して、sの奇数値に対する級数の取り扱いは難しく、オイラーやほかの著名な数学者の努力にもかかわらずいまだ未解決です。奇数の場合であっても、sが大きくなるにつれてオイラー級数は1に近づくことに違いはありませんが、偶数のときのような簡明な表示は知られていません。たとえば、s=3の場合に約1.202056に収束するものの、ごく最近までこの値が無理数であることすらわかっていませんでした(1978年、アペリ:1979年、ポールテン→【補】参照)。

 オイラーの無限級数和Σ1/ns はsの関数とみるとき、ゼータ関数ζ(s)として知られており、ζ(2)=π2 /6と表されます。また、

 ζ(s)=1/1s +1/2s +1/3s +1/4s +・・・

=(1+1/2s +1/4s +1/8s +・・・)(1+1/3s +1/9s +・・・)(1+1/5s +・・・)・・・

=1/(1−2-s)・1/(1−3-s)・1/(1−5-s)・1/(1−7-s)・・・

=Π(1−p-s-1   (但し、pはすべての素数を動く。)

と書き換えることができます。

1+x+x2 +x3 +・・・=1/(1−x)

にx=1/ps を代入したものを、Π(1−p-s-1に代入して積を展開すると、ζ(s)=Σ1/ns となることがおわかりいただけるでしょうか。

 この式の右辺はオイラー積と呼ばれ、ゼータ関数と素数の間をつなぐ式になっています。したがって、ゼータ関数はすべての素数にわたる無限積であり、このような関係から、自然数全体についての和の話が素数全体についての積の話になります。これにより、1/ζ(s)はs個の整数を勝手に選んだとき、同時に割り切ることのできる1でない数が存在しない確率であることがわかります。すなわち、2つの整数が互いに素である確率は1/ζ(2)=6/π2 (61%)となります(→【補】参照)。数学は無限の科学といわれていますが、πの無限級数が無限にある素数と深く関係していたのです。

 オイラーによって考え出されたこの関数はまったく思いがけないほど多くの数学の分野と関連することになりました。リーマンはオイラーが研究したゼータ関数を複素数へと広げました。離散的な素数の研究が連続的、しかも複素関数に関係しているなんて驚きではないでしょうか。今日、数学における未証明問題として謎に包まれているリーマン予想とは、ゼータ関数の0点はすべて虚軸に平行で右側の直線上に存在するというものですが、この仮説が正しければ素数分布に関する重要な結論が導き出せるといわれています。

 もはや筆者の理解の届く範囲ではありませんが、この発見により整数論、たとえば素数の分野の研究でゼータ関数は重要になり、また、19世紀の数学者クンマーによってゼータ関数はフェルマーの定理の証明にも重要性が明らかになりました。クンマーはゼータ関数とフェルマーの定理との美しい関係を発見し、それによって非常に多くの指数n(正則素数)についてフェルマーの定理が正しいことを示したのです(→【補】参照)。

 オイラーはπに関連したいろいろな級数展開式をどっさり発見していて、分母を奇数の偶数ベキ乗だけにすると

 1/12 +1/32 +1/52 +1/72 +・・・=π2 /8

 1/14 +1/34 +1/54 +1/74 +・・・=π4 /96

+,−が交互に出現すると

 1/12 −1/22 +1/32 −1/42 +・・・=π2 /12

(この数はカタランの定数として知られる)

 1/14 −1/24 +1/34 −1/44 +・・・=7π4 /720

分母を奇数の奇数ベキ乗だけにし、さらに交代級数にすると

 1/13 −1/33 +1/53 −1/73 +・・・=π3 /32

 1/15 −1/35 +1/55 −1/75 +・・・=5π5 /1536

などもオイラーによるものであり、ここで紹介したものはごく一部にすぎません。

 それでは、オイラーはどうやってζ(s)を発見したのでしょうか。オイラーは三角関数sinxの展開式(無限次多項式)が

sinx=x−x3 /3!+x5 /5!−x7 /7!+・・・

のようになることを知っていました。また、sinxはx=kπ(k:整数)で0になります。すなわち、方程式sinx=0にはx=0,x=±π,x=±2π,・・・のように無限個の解が存在することになります。

 したがって、sinxを因数分解して無限積表示すると

sinx

=xΠ(1−x/kπ)

=・・・(1+x/2π)(1+x/π)x(1−x/π)(1−x/2π)・・・

=x(1−x2 /π2 )(1−x2 /22 π2 )(1−x2 /32 π2 )・・・

=xΠ(1−x2 /k2 π2

となります。この無限積を展開して、無限次多項式の係数と比較します。たとえば、x3 の係数を比較することにより

ζ(2)=1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・=π2 /6

が得られます。x5 ,x7 ,・・・の係数同士を等号で結ぶとζ(4)=π4 /90,ζ(6)=π6 /945,・・・も同様に得られます。

 cosx=1−x2 /2!+x4 /4!−x6 /6!+・・・

についても同じような方法を適用し、

1/12+1/32 +1/52 +1/72 +・・・=π2 >/8

さらに、2(1/12 +1/32 +1/52 +1/72 +・・・)−(1/12 +1/22 +1/32 +1/42 +・・・)

=1/12 −1/22 +1/32 −1/42 +・・・=π2 /12

を得ることができます。


【補】母関数とベルヌーイ数

 ベキ級数の大切さは、多くのよく知られた関数がベキ級数に展開されることにあります。たとえば、

x =1+1/1!x+1/2!x2 +・・・

sinx=x−1/3!x3 +1/5!x5 −・・・

cosx=1−1/2!x2 +1/4!x4 −・・・

などがその好例です。

 一方、数列は補助変数xを用いてベキ級数としてうまく表すことができます。

 数列{an }、すなわち、a0 ,a1 ,a2 ,・・・に対して、

0 +a1 x+a2 2 +・・・=Σan n =f(x)

で表される関数f(x)をその通常型母関数といい、また、

0 /0!+a1 /1!x+a2 /2!x2 +・・・

を指数型母関数と呼びます。

 たとえば、

1/(1−x)=1+x+x2 +x3 +・・・ですから、左辺は{1,1,1,・・・}の通常型母関数です。テイラー展開

x=1+1/1!x+1/2!x2 +1/3!x3 +1/4!x4 +・・・

より、ex は数列{1/0!,1/1!,1/2!,・・・}の通常型母関数になっていることがわかります。また、二項展開より、

(1+x)n =Σ nk k

ですから、(1+x)n は数列{ n0 n1 n2 ,・・・}の通常型母関数です。さらに、

nk nk /k!より、(1+x)n =Σ nk /k! xk

すなわち、(1+x)n は数列{ n0 n1 n2 ,・・・}の指数型母関数でもあります。

 隣り合う2項の和が次の項となる数列はフィボナッチ数列の名で有名ですが、フィボナッチ数列{Fn }の通常型母関数f(x)は

  f(x)=F0 +F1 x+F2 2 +F3 3 +・・・

 xf(x)=   F0 x+F1 2 +F2 3 +・・・

2 f(x)=       F0 2 +F1 3 +・・・

また、Fn =Fn-1 +Fn-2 より

f(x)=x/(1−x−x2 )=ΣFn n

と簡単な式になります。

ベルヌーイ数とは

x/(ex −1)

=1+B1 /1!x+B2 /2!x2 +B3 /3!x3 +・・・

=ΣBnn /n!

によって定義される有理数で、x/(ex −1)は数列{Bn }の指数型母関数になっています。B1 =−1/2で

x/(ex −1)−B1 /1!x=x/2・(ex +1)/(ex −1)

は、偶関数ですから、奇数項は第一項以外は0で、偶数項はB2 =1/6,B4 =−1/30,B6 =1/42,B8 =−1/30,B10=5/66,B12=−691/2730,B14=7/6,B16=−3617/510,B18=43867/798であとは分子が急速に大きくなり、たとえば、B32=−7709321041217/510,B34=2577687858367/6です。分母は必ず6で割り切れます。

 実は、ベルヌーイ数の母関数x/(ex −1)の区間(0,∞)での定積分値はζ(2)=π2 /6> になっているのです。さらに、ベルヌーイ数が魅惑的な整数論的特性をもっていて、ベルヌーイ数とリーマンのゼータ関数ζ(s)=Σ(1/ns )との間に次の公式が成り立ちます。

2k=(−1)k-1 ・2(2k)!/(2π)2k・ζ(2k)

 母関数は18世紀にド・モアブル、スターリング、オイラーによって考案された偉大なアイディアで、一般的な数学の道具のひとつになっています。とくに、組み合わせ論ではしばしば用いられますが、母関数による方法は強力な発見手段であり、整数の性質を調べるのにベキ級数の問題(関数論)に翻訳することによって答えを見つけることができるよい例となっています。母関数は確率論においても重要な役割を果たし、そこでは積率母関数や特性関数として知られています。積率母関数・特性関数からはモーメントや複数の確率分布を合成した難しい分布型が得られます。また、デジタルデータの解析においても母関数は非常に有用な道具であり、数列の母関数はz変換という名前でも呼ばれています。


【補】無名の数学者

 奇数ベキ級数の和ζ(2n+1)は未解決ですが、偶数ベキにならって、定数(無理数?)×πs の形で書くと、ζ(3)=π3 /25.79436・・・,ζ(5)=π5 /295.1215・・・,ζ(7)=π7 /2995.286・・・となります。

 1978年、フランスの無名の数学者アペリによってζ(3)の無理数性が示されました。それを補ったのがポールテンです。ζ(3)が無理数であるという証明が発表されたとき、学会場はどよめきの渦に包まれ騒然となったそうですが、アペリは非常に話し下手であり、参加者の多くは半信半疑であったと伝えられています。

 興味深いのは、アペリの証明が最先端の研究結果を使ったものではなく、オイラーが解決していたとしても不思議はないとされるような200年前にはすでにわかっていた定理や手法のみでの証明だったことです。アペリはマイナーな数学者とされていますが、今から考えると当時主流だった秀才数学者集団、ブルバキに押しつぶされた個性豊かな人物だったようです。

 なお、いまだζ(3)が超越数であるかどうかは知られていませんし、ζ(5),ζ(7),・・・が有理数なのか無理数なのかもわかっていません。アペリの方法はζ(5),ζ(7),・・・の場合の拡張されるに至っていないのです。


【補】互いに素となる整数

 2つの無作為に選んだ整数が互いに素である確率は1/ζ(2)=6/π2 (61%)となることを説明もなしに述べましたが、ここで解説することにします。

 1つの数が素数pi によって割り切れる確率は1/pi 、両方の数が同じ素数で割り切れる確率は1/pi2になります。2つの数がどちらもpi で割り切れない確率は1−1/pi2ですから、互いに素である確率はΠ(1−1/pi2)。

ここで、Π1/(1−1/pi2 )=Π(1+1/pi2+1/pi4+・・・)=Σ1/n2 =ζ(2)

 したがって、2つの整数が互いに素である確率は1/ζ(2)=6/π2 (0.608)、同様にして3つの整数が互いに素である確率は1/ζ(3)=0.832、4つの整数が互いに素である確率は1/ζ(4)=90/π4 (0.9239)を得ることができます。


【補】解析接続と数学の難問

 偉大な数学者オイラーは、あの有名なe(=2.71828・・・),i,π(=3.14159・・・)を結びつける美しい関係式

ix=cosx+i・sinx

を見つけました。一見無関係に見えた指数関数と三角関数のあいだには、実はこのように深い関係が秘められていたのです。これにより指数関数と三角関数は複素関数の一部をなしていることが理解されます。

 このように、実解析関数の変数を複素数に拡張することにより、未知の世界が開けてきます。sinxはxが実数のときは−1から1までの値をとりますが、複素数のときは違います。ゼータ関数も同様です。ところが、・・・

ζ(−1)=1+2+3+4+・・・=−1/12

ζ(−2)=12 +22 +32 +42 +・・・=0

 正数の無限級数の総和が負や零になって、一見して目がくらんでしまいます。これらの式は現代数論では当然のことのように使われています。パラドックスを引き起こした謎は、複素関数論の解析接続にあって、sを複素変数とするとき、ζ(s)をすべての複素数に対して意味をもたせることができ、sを−1とすると値が−1/12、2とすると値が0になるというわけです。もっと、詳しく述べるならば、複素平面上での特異点を避けながら、各経路で級数展開していくと上記の結果が得られます。

 ζ(s)の零点がs=−2,−4,・・・,−2nとs=1/2+tiの線上にあるというのが有名なリーマン予想ですが、数学の巨人と称されるヒルベルトは、1919年に数学の難問について講義し、「リーマン予想は私が生きているうちに解決され、フェルマー予想は長らく未解決のままであろう」と述べたといわれています。360年ものあいだ未解決の数学的難問であったフェルマー予想は最近(1994年)ワイルスによって証明されました。しかし、ヒルベルトの推測に反し、リーマン予想は依然としてデッドロック状態にあります。