■リー群とリー代数(その3)
強い相互作用がSU(3)リー代数と関係づけられ,ユニタリー群の表現論が素粒子の対称性に用いられるようになった1959年以来,物理学者たちはより高い対称性の群を追求し始め,現在ではクォークの基本的運動状態をゲージ理論と呼ばれる理論で記述できるまでになりました.
そして,粒子の対称性を表すSU(n)のようなリー群と統合させて,ヤン・ミルズ場の理論が提唱されたのですが,電磁場はとくに一番簡単なSU(1)すなわち絶対値1の複素数exp(iθ)全体からなる乗法群の場合に相当します.また,SU(5)はSU(3)とU(1)×SU(3)を含む最小の単純群であることから,すべての素粒子の相互作用はSU(5)にぴったりあてはまることもわかってきました.
こうして,強い相互作用,弱い相互作用,電磁相互作用がひとつのリー代数に関係づけられ,大統一理論(GUT)としてまとめあげられています.現在の課題はなぜこのような性質のクォークがあるのか,その答えを求めるとともに,重力まで含めた統一的な世界像を模索している段階にあるのです.
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【1】SU(2)とパウリ行列
2次元特殊ユニタリー群SU(2)は,複素ユニタリー2×2行列で行列式1なるもの全体です.
SU(2)={GL(2,C)|A’A=E,|A|=1}
そのリー環は複素2次正方行列で
su(2)={GL(2,C)|X’~=−X,Tr(X)=0}
となる行列です.
リー群の部分空間がリー環であって,
X+X~=0,Tr(X)=0
の一般型を求めれば
X=[ix3,−x2+ix1]
[x2+ix1,−ix3]
となります.
したがって,パウリ行列
σx=[0,1] σy=[0,−i] σz=[1, 0]
[1,0] [i, 0] [0,−1]
はSU(2)の基底となり,SU(2)の任意の元は基底の線形結合
σ=Xσx +Yσy +Zσz =[ Z,X−iY]
[X+iY,−Z]
で表されます.
パウリ行列では
Tr(σiσj)=2δij
δはクロネッカーのデルタで
δij=1(i=j)
=0(i≠j)
となっています.そこで,基底の規格化条件として
Tr(TiTj)=1/2δij
を課すと,基底は
Ti=σi/2
で与えられます.
T1=1/2[0,1] T2=1/2[0,−i] T3=1/2[1, 0]
[1,0] [i, 0] [0,−1]
こうしてもっとも簡単な非可換リー代数su(2)は,一般に3つの基底Tiからなる反対称交換関係
[T1,T2]=iT3
[T2,T3]=iT1
[T3,T1]=iT2
で与えられることになります.
回転群の基底はこの反対称交換関係を満たしているのですが,1925〜26年には,電子は単なる質点ではなく自転によるスピン角運動量±1/2をもつことがわかっていて,この関係は角運動量代数としてよく知られています.
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この群がsu(2)と呼ばれるものですが,基底は一意ではなく,たとえば,SO(3)の回転群に一致させるためにパウリ行列に±i/2を乗じた行列も基底となります.
J1=1/2[0,i] J2=1/2[0,−1] J3=1/2[i, 0]
[i,0] [1, 0] [0,−i]
この場合もJ1,J2,J3はsu(2)の基底をなし,su(2)の構造を完全に決定します.この基底は反対称交換関係ではなく,
[J1,J2]=J3
[J2,J3]=J1
[J3,J1]=J2
という交換関係を満たしますが,この関係は形式的にはSO(3)と同じものです.
su(2)=so(3)
すなわちリー代数として同型というわけです.
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【2】SU(3)とゲルマン行列
SU(3)は行列式が1の3×3ユニタリー行列のなす群です.λiをその基底とすると,それらはエルミート行列にとることができて,トレースが0の3×3エルミート行列になります.トレースが0の制限は行列式が1という条件からくるものです.
標準的な基底はゲルマンのλ行列で与えられます.
λ1 =[0,1,0] λ2 =[0,−i,0] λ3 =[1,0,0]
[1,0,0] [i,0,0] [0,−1,0]
[0,0,0] [0,0,0] [0,0,0]
λ4 =[0,0,1] λ5 =[0,0,−i] λ6 =[0,0,0]
[0,0,0] [0,0,0] [0,0,1]
[1,0,0] [i,0,0] [0,1,0]
λ7 =[0,0,0] λ8 =1/√3[1,0,0]
[0,0,−i] [0,1,0]
[0,i,0] [0,0,−2]
これらのうちでλ1,λ2,λ4,λ5,λ6,λ7は非対角行列であり,σx,σy,σzに新たな行と列をつけ加えたものになっています.とくにλ1,λ2,λ3の3つはSU(3)の中でアイソスピン部分群と呼ばれるSU(2)部分代数を生成します.
一方,λ3,λ8は対角行列であり,互いに交換します.
[λ3,λ8]=0
λ3と可換な基底がλ3以外に1つだけあり,それがλ8なのです.
SU(2)の場合と同様に,基底として
Tr(TiTj)=1/2δij
を満たすものを選ぶと,基底は
Tj=λj/2
となります.また,パウリのスピン行列はアイソスピン行列γiと単位行列E2から構成されるものでしたが,ゲルマン行列の場合,E2に相当するものは
λ0 =√2/3[1,0,0]
[0,1,0]
[0,0,1]
で与えられます.
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SU(3)の場合,SU(2)のパウリ行列
σx=[0,1] σy=[0,−i] σz=[1, 0]
[1,0] [i, 0] [0,−1]
に対応するのがゲルマン行列であって,パウリのスピン行列に類似した8個の基底をもつのですが,一般にSU(n)のリー代数はトレース0の反エルミート行列からなり,それには線形独立なものがn^2−1個あります.
SU(2)では3個の基底(1/2σi),SU(3)では8個の基底(1/2λi),
SU(6)では35個の基底からなるのですが,その内訳は
8(1/2λ)+3(1/2σ)+8×3(1/2λσ)=35
となります.SU(mn)の基底は
m^2−1+n^2−1+(m^2−1)(n^2−1)=(mn)^2−1
というわけです.
SU(3)に対する議論はSU(2)の場合よりも少し複雑になるだけのことであって,3×3のユニタリー行列は8個の独立な基底の線形結合によって生成されます.また,SU(3)対称性については,2個の正規直交基底を決めてルートを図示すると,それは六角形のパターンに8種類の粒子を配置した有名な「八道説」のダイアグラムによって表現されることになるのです.
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【3】SO(3)の回転行列
n次直交群O(n)のなかで行列式が1のものがn次特殊直交群SO(n)です.SO(2)は
[cosθ,−sinθ]
[sinθ, cosθ]
すなわち,平面の原点を中心とする回転のなす群です.2次元の直交変換はそのまま平面の回転なので,平面の回転では回転行列R
R=[cosθ,-sinθ]
[sinθ, cosθ]
をかけてやればよいのですが,3次元の直交変換は一般に空間の回転になりません.
空間を回転させる行列で直交変換となっているもの,すなわち,パラメータ数が3つの「回転」かつ「直交」行列として
(1)オイラー角に基づくもの
(2)ロール・ピッチ・ヨーに基づくもの
があります.
(1)はz軸まわりの回転α→新しいy軸まわりの回転β→新しいz軸まわりの回転γ,(2)はz軸まわりの回転φ→新しいy軸まわりの回転θ→新しいx軸まわりの回転ψの3段階によって表すもので,3番目の回転軸が異なるだけで両者に本質的な違いはありません.ここでは(2)を示しますが,
Rψ=[1,0,0]
[0,cosψ,−sinψ]
[0,sinψ,cosψ]
Rθ=[cosθ,0,−sinθ]
[0,1,0]
[sinθ,0,cosθ]
Rφ=[cosφ,−sinφ,0]
[sinφ,cosφ,0]
[0,0,1]
の合成マトリックス:R=RφRθRψは
R(1,1)=cosφcosθ
R(2,1)=sinφcosθ
R(3,1)=-sinθ
R(1,2)=cosφsinθsinψ-sinφcosψ
R(2,2)=sinφsinθsinψ+cosφcosψ
R(3,2)=cosθsinψ
R(1,3)=cosφsinθcosψ+sinφsinψ
R(2,3)=sinφsinθcosψ-cosφsinψ
R(3,3)=cosθcosψ
のようになります.
R=[cosθ,-sinθ]
[sinθ, cosθ]
を一般化したものですが,非常に面倒な表現になってしまいました.
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2次元の回転群は
x’=xcosθ−ysinθ
y’=xsinθ+ycosθ
と表されるのですが,ところで,2次元回転群のもう一つの表現として,
R=exp(iθ)
として
Z’=RZ
の形に書くことができます.
3次元の回転についてもこのように簡単な表現はないものでしょうか? そこで,これからしばらくの間,無限小生成子と呼ばれる方法を紹介したいと思います.
R=[cosθ,-sinθ]
[sinθ, cosθ]
行列のθに関する微分をとり,θ=0とおきます.
Lz=1/i[dR/dθ](θ=0)
を求めると,
Lz =[0,i]=−σy
[−i,0]
が得られます.物理学者はこの行列をしばしば無限小生成子と呼びます.無限小回転を表す行列という意味なのですが,数学的には直交群の単位行列Eにおける接ベクトルとして与えられるものです.
3次元の回転群についても同様の方法を適用し,微分により無限小生成子を求めると(ψ,θ,φ)角に対応した3つの無限小生成子
Lψ=[0,i,0] Lθ=[0,0,i] Lφ=[0,0,0]
[−i,0,0] [0,0,0] [0,0,i]
[0,0,0] [−i,0,0] [0,−i,0]
が得られます.
これにより
R(ψ,θ,φ)=exp{i(ψLψ+θLθ+φLφ)}
[Lψ,Lθ]=iLφ
[Lθ,Lφ]=iLψ
[Lφ,Lψ]=iLθ
のように書けることになります.
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【4】SU(2)・SO(3)・スピノル
A’A=E,|A|=1を満たす3×3正方行列Aは特殊直交群SO(3)をなします.また,SO(3)のリー代数は3次元の反対称行列で,
L1 =[0,0,0] L2 =[0,0,1] L3 =[0,−1,0]
[0,0,−1] [0,0,0] [1,0,0]
[0,1,0] [−1,0,0] [0,0,0]
はその基底の1つです.そして,
[L1,L2]=L3
[L2,L3]=L1
[L3,L1]=L2
なる交換関係が示されます.
一方,SU(2)においては,
J1=1/2[0,i] J2=1/2[0,−1] J3=1/2[i, 0]
[i,0] [1, 0] [0,−i]
とすると,基底J1,J2,J3は
[J1,J2]=J3
[J2,J3]=J1
[J3,J1]=J2
という交換関係を満たします.
この一致はSU(2)とSO(3)の緊密な関係を示唆しているのですが,SU(2)の基底としてJ1,J2,J3を採用すると,
R(ψ,θ,φ)=exp{ψJ1+θJ2+φJ3}
と書けることになります.
ここで,x軸に関する回転行列を取り出してみましょう.すると
Qx =exp(θJ1)
=[cos1/2θ,isin1/2θ]
[isin1/2θ,cos1/2θ]
が得られますが,これはSU(2)のユニタリ行列となっています.
この行列はSO(3)では
[1,0,0]
[0cosθ,−sinθ]
[0,sinθ,cosθ]
に対応するものですが,無限小生成子をつくると
Lx =1/i[dQx/dθ](θ=0)
=1/2[0,1]=1/2σx=J1
[1,0]
となって元に戻ることがわかります.
同様に
Qy =exp(θJ2)
=[cos1/2θ,−sin1/2θ]
[sin1/2θ,cos1/2θ]
Qz =exp(θJ3)
=[exp(−i/2θ),0]
[0,exp(−i/2θ)]
に対して,無限小生成子をつくると
Ly=1/2σy=J2
Lz=1/2σz=J3
これより,一般の回転を表す式は
R(α)=exp(1/2iα・σ)
のように書けることになります.
このようにして写像:SU(2)→SO(3)が得られるのですが,複素数は2変数ですから,複素数上2次元のSU(2)は実数上4次元であって,3次元球面(4次元超球の表面):S^3と同じトポロジーをもち(同相),SO(4)の部分群と考えることができます.
そのため,写像:SU(2)→SO(3)
[cos1/2θ,isin1/2θ] [1,0,0]
[isin1/2θ,cos1/2θ]→[0cosθ,−sinθ]
[0,sinθ,cosθ]
において,SO(3)はSU(2)によって2重に被覆されることになります.スピノル群は特殊直交群の2重被覆群になっているというわけです.
この対応関係を用いて,粒子のスピンをR^3のベクトルに対応させることができます(回転群の2価表現).こうしてスピン1/2をもつ素粒子はSU(2)の既約ベクトル空間の元によって表されるのですが,それがスピノル表現(パウリ行列の一般化)をもつということであって,ベクトルが360°回転してやると元に戻るのに対して,スピノルは360°回転させると反対向きになり,720°回転させてやるとはじめて元に戻る量となるのです.
スピノルが1回転すると符号をかえるのはSO(3)に埋め込まれたSU(2)が2重被覆を与えるから・・・のごとき説明は実にややこしいのですが,現実にSU(2)の表現に属する素粒子が存在するわけで,自然界においてはSU(2)がSO(3)よりももっと基本的な群と位置づけられています.
なお,ベクトルの外積はSO(3)とSU(2)の両方に群に対応するリー代数です.回転とベクトルの対応は,SO(3)の場合,次元が3でそれが作用するベクトル空間が3次元であるという偶然のおかげで都合よく同一視することができました.しかし,たとえばSO(4)では次元が6でそれが作用するベクトル空間R^4が4次元なので,そのような同一視はできません.
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[補]ベクトルの外積と平行四辺形
まず最初に昔なつかしい「ベクトル」を思い出して頂き,「ベクトルの外積」の大きさ,すなわち,2つの2次元ベクトル
a↑=(x1,y1)
b↑=(x2,y2)
が作る平行四辺形の面積について考えてみることにします.
|a↑|=a,|b↑|=b
とすれば,平行四辺形の面積は,
S=absinθ
ですから,
S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)
=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|a↑・a↑ a↑・b↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑|
で与えられます.内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行四辺形の面積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.これを座標を使って表せば,
S^2=|x1 x2|^2
|y1 y2|
のように展開されます.
3次元ベクトル
a↑=(x1,y1,z1)
b↑=(x2,y2,z2)
のときは,
S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2
|z1 z2| |x1 x2| |y1 y2|
これは3次元ベクトル
(y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)
の長さの形をしています.
これは平行六面体の体積
|a↑・a↑ a↑・b↑ a↑・c↑| |x1 y1 z1|^2
V^2=|b↑・a↑ b↑・b↑ b↑・c↑|=|x2 y2 z2|
|c↑・a↑ c↑・b↑ c↑・c↑| |x3 y3 z3|
ではなく,平行四辺形の面積であることを注意しておきます.
a↑=(x1,y1,z1)
b↑=(x2,y2,z2)
の外積は,3次元ベクトル
(y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)
で与えられます.すなわち,外積の大きさ=平行四辺形の面積なのです.
少し見ただけではわかりにくい表示で,憶えるのも大変そうですが,行列式を使うと
|e1↑ e2↑ e3↑|
c↑=a↑×b↑=|x1 y1 z1 |
|x2 y2 z2 |
上の行から,単位ベクトル,a↑の成分,b↑の成分の順に並ぶというわかりやすい形に整理できます.
同様に,4次元のときは
a↑=(x1,y1,z1,w1)
b↑=(x2,y2,z2,w2)
S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2
|z1 z2| |x1 x2| |y1 y2|
+|x1 x2|^2+|y1 y2|^2+|z1 z2|^2
|w1 w2| |w1 w2| |w1 w2|
これは6次元ベクトルの長さの形をしていることがわかります.
一般のn次元の空間では
a↑=(u1,・・・,un)
b↑=(v1,・・・,vn)
に対し,
S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=Σ(ujvk−ukvj)^2
ただし,Σはj<kとなるnC2=n(n−1)/2組に対して和をとるものとします.
これは,n(n−1)/2次元ベクトルの長さの形をしているのですが,空間の次元が3のときだけ,運よく3次元ベクトルが得られていることがおわかり頂けたしょうか? この事実は,外積が3次元ベクトルでしか定義できないことを示しています.
ベクトルの外積は3次元特有のもので,2次元でも4次元でもだめなのですが,ほとんどの物理現象は3次元空間で生じますから,これでも汎用性は高いというわけです.
また,このことは,ベクトルの内積が一般のn次元空間でも
a↑・b↑=Σukvk
と表されるのと対照的です.もっとも4次元以上では2つのベクトルa↑,b↑の張る平面に直交する方向は一義ではなくなるので,話がおかしくなってしまうのですが・・・.
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[補]直交変換(ユニタリ変換)
2次元の対称行列
H=[h11,h12]
[h12,h22]
を対角行列
Λ=[λ1,0]
[0,λ2]
の形に変換してみましょう.これが直交変換と呼ばれる方法であって,楕円を標準形
x^2/a^2+y^2/b^2=1
に直す場合などにしばしば用いられます.
その際,
R^(-1)HR=R’HR
が対角行列になるように回転行列のθを決定するのですが,非対角要素
(h22−h11)cosθsinθ+h12(cos^2θ−sin^2θ)=0
より,
tan2θ=2h12/(h11−h22)
したがって,
θ=1/2arctan(2h12/(h11−h22))
にとればよいことがわかります.
次に,3次元空間の場合についても,任意の対称行列Hに対して,Rを直交行列とし,
R’HR=diag(λ1,λ2,λ3)
すなわち,対角行列となるような直交行列Rを見つけて標準形に変換することを考えます.ところが,実際にやってみると複雑すぎて,非対角要素を0とする3つのパラメータθ,φ,ψを決定することはできそうにありませんでした.→コラム「ロボットアームと6次元楕円体」
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