■格子上の確率論(その3)
前回のコラムでは,立方格子上の3次元ランダムウォークの再帰確率(0.34)が宿題として残されました.今回のコラムでは,まず,横浜国大・今野紀雄先生よりご教示された解答を提示することにしますが,特性関数を用いる再帰確率の計算法が,小生の行った初等的数え上げ法とはあまりにもかけ離れた方法だったのには大変驚かされました.
その後,3次元・4次元格子上のランダムウォークの再帰確率を初等的な方法で計算してみますが,その前に,今野先生とのメールのやりとりから紹介したいと思います.
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今野紀雄先生
はじめまして.そして,新年あけましておめでとうございます.佐藤郁郎@宮城県立がんセンター・研究所・病理と申します.
小生は数学を専攻している者ではありませんが,多少なりとも科学の一端を担いたいという気持ちから,先生のご著書をいつも楽しく読まさせていただいております.
ぶしつけではありますが,本日は3次元ランダムウォークの再帰確率について,つねづね疑問に思っていたことを質問させていただきます.
ナツメ社からのご著書「確率モデル」によりますと,再帰確率0.34とあり,また,先生が監訳されたI.ピーターソンの「カオスと偶然の数学」にも0.34とありますから,この数値は数学者の間では正しいものと認知されている数値なのでしょう.しかし,私にとっては0.34が何の説明もなしに唐突にでてくるので,この漸近確率がどのようにして求められたものなのか,初めてご著書を購読したときからの疑問でありました.
「マルコフ連鎖から格子確率モデルへ」(今野紀雄訳)およびその参考文献にもある「ルベーグ積分から確率論」(志賀徳造)を参考にして,
(中略)→前回のコラム参照
と計算してみましたが,0.34には一致しませんでした.0.34はどのようにして計算された値なのでしょうか? よろしくご回答お願い申し上げます.
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佐藤 郁郎 様
拙著をお読み頂き有り難うございます.
執筆するときに参考にした書籍の関係する部分のコピーを送りますのでご覧下さい.但し,この本は英語なので多少読みづらいかもしれませんが,佐藤様はかなり周辺のことを詳しくお知りのようですので,問題ないかと思います.
取り急ぎ以上,用件のみにて失礼致します. 今野紀雄
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【1】特性関数を用いた再帰確率の計算
今野先生にはご多忙のおり,いろいろご教示下さり誠にありがとうございました.今後ともご指導よろしくお願い申し上げます.
さて,送られてきた参考書籍:
Durrett: Probability: theories and examples
にある結論だけ示しますと,d次元超立方格子上のランダムウォークにおいては,
Σu2n=(2π)^(-d)∫(-π,π)Re(1-φ(t))^(-1)dt
φ(t):特性関数φ(t)
が成り立つというものです.
とくに,3次元の場合は,
Σu2n=(2π)^(-3)∫(-π,π)(1−1/3Σcost)^(-1)dt
=(√6/32π^3)Γ(1/24)Γ(5/24)Γ(7/24)Γ(11/24)
=1.51・・・
と評価され,したがって,
Σf2n=(Σu2n−1)/Σu2n=1−1/Σu2n
=0.34・・・
と計算できるとあります.
私は3次元ランダムウォークの母関数さえも思いつきませんでしたから,特性関数を用いた計算をみて,眼からウロコ状態になりました.
また,その文献には,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版にあるのと同じ漸近確率
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
が掲げられていますから,今後の計算ではこの評価式を使用することにします.
なお,紹介された文献によると,4次元〜9次元超立方格子上のランダムウォークの再帰確率については,
Kondo and Hara (1987)
に掲げられているとのことでした.
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【2】3次元酔歩の再帰確率の数え上げプログラム
ところで,前回のコラムでは初等的な数え上げプログラムによる数値計算を紹介しました.
Σf2n=(Σu2n−1)/Σu2n=1−1/Σu2n
したがって,Σu2nがわかればΣf2nが求まるという方針自体は正しかったようですが,それならば,なぜ計算は不調に終わったのでしょうか?
Σu2nを求めるプログラムに間違いがあったのかも・・・等々,さんざん悩みましたが,プログラム自体は99%正解を計算しておりました.
1000 ' save "u2n
1010 NN=100
1020 SS=0
1030 FOR N=1 TO NN
1040 FFF=N*2:GOSUB *FACTORIAL:GN=GGG
1050 GOSUB *U2N
1060 'PRINT S
1070 SS=SS+S
1080 IF (N MOD 20)=0 THEN PRINT N,SS
1090 NEXT N
1100 PRINT SS,1-1/SS
1110 END
1120 '
1130 ' ** u2n **
1140 '
1150 *U2N:
1160 S=0
1170 MAXI=N
1180 MINI=-INT(-N/3)
1190 FOR I=MAXI TO MINI STEP -1
1200 IF (N-I)<I THEN MAXJ=N-I ELSE MAXJ=I
1210 MINJ=-INT(-(N-I)/2)
1220 FOR J=MAXJ TO MINJ STEP -1
1230 K=N-I-J
1240 GOSUB *TIE
1250 'PRINT I;J;K;C
1260 FFF=I:GOSUB *FACTORIAL2:GI=GGG
1270 LP=GN-N*2*LOG(6)-(GI+GJ+GK)*2+LOG(C)
1280 S=S+EXP(LP)
1290 NEXT J
1300 NEXT I
1310 RETURN
1320 '
1330 ' ** tie **
1340 '
1350 *TIE:
1360 IF I=J AND J=K THEN C=1:GOTO 1390
1370 IF I=J OR J=K THEN C=3 :GOTO 1390
1380 C=6
1390 RETURN
1400 '
1410 ' ** 階乗計算 **
1420 '
1430 *FACTORIAL:
1440 IF FFF=0 THEN GGG=0:RETURN
1450 GGG=0
1460 FOR H=1 TO FFF
1470 GGG=GGG+LOG(H)
1480 NEXT H
1490 RETURN
1500 '
1510 ' ** 階乗計算 **
1520 '
1530 *FACTORIAL2:
1540 IF FFF=0 THEN GGG=0:RETURN
1550 GGG=0
1560 FOR H=1 TO FFF
1570 GGG=GGG+LOG(H)
1580 IF H=K THEN GK=GGG
1590 IF H=J THEN GJ=GGG
1600 NEXT H
1610 RETURN
3次元対称単純ランダムウォークでは,6項分布において,i+j+k=nとして
u2n=1/6^(2n)Σ(2n)!/(i!j!k!)^2
と計算されます.簡単なプログラムなので解説するまでもないと思いますが,階乗計算がオーバーフローしないように対数に直して計算し,その後,1280行で元に戻しています.
このプログラムで最も工夫した点は1190行,1220行のループです.i+j+k=nとなる(i,j,k)の組を順次探索しながら累積確率を求めているのですが,探索に時間がかかるため,対称性を利用して探索範囲を絞り込み,n≧i≧j≧k≧0となるような最小範囲の探索で済むようにしています.
これによって,計算量を約1/6に減らすことができますから,その分,あとで因子Cを掛けることにします.同順位がない場合,Cにはその組合せ数
C=3!/1!1!1!=6
を割り当てます.
一方,同順位の数があった場合,たとえば,ワンペアでは
C=3!/2!1!=3
スリーカードでは,
C=3!/3!=1
となり,Cにはそれぞれ3と1が割り付けられます.
計算結果は,次のようになりました.
n Σu2n
20 .41383
40 .44316
60 .456387
80 .464326
100 .469763
これが1に満たないようでは到底,再帰確率=0.34を示すことはできませんが,ここで単純なミスに気がつきました.u0=1を加えるのをすっかり見落としていたのです.したがって,1020行を
1020 SS=1
と変更します.そうすれば,
n Σu2n
20 1.41383
40 1.44316
60 1.456387
80 1.464326
100 1.469763
第100項までで
Σu2n=1.47
すなわち,
Σf2n=0.32
であって,ほぼ正解の値が得られます.要するにお粗末な数え上げ計算だったというわけですが,わずか20項まででも,
Σf2n=0.30
と評価されている点は驚きです.
さて,ここでは最初の100項まで加算しましたが,それでは200項まで計算したらどうなるでしょうか? そこで,u2nの漸近確率を調べてみることにしましょう.
u2nの漸近確率は
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
で表されます.すなわち,d=3では
u200 〜 2.33291E-4
u400 〜 8.24808E-5
したがって,ここで計算を打ち切ったとしても
|Σu400−Σu200|≦2.33291E-2
となるはずで,第100項まででもかなりよい近似値が得られているものと考えられます.実際に計算してみることにしましょう.
n Σu2n
120 1.473785
140 1.476916
160 1.479444
180 1.48154
200 1.48331
予想通り,第200項まで計算したとしても
Σf2n=0.32
はほとんど変わらないという結果が得られました.ただし,nの増加に伴って計算時間が雪だるま式に急増するため,数え上げ法ではこのあたりが限界かと思われました.
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【3】4次元酔歩の再帰確率の数え上げプログラム
前節に掲げた数え上げプログラムは,4次元ランダムウォークの再帰確率の計算にも簡単に拡張できます.
1000 ' save "u2n4
1010 NN=100
1020 SS=1
1030 FOR N=1 TO NN
1040 FFF=N*2:GOSUB *FACTORIAL:GN=GGG
1050 GOSUB *U2N4
1060 'PRINT S
1070 SS=SS+S
1080 IF (N MOD 10)=0 THEN PRINT N,SS
1090 NEXT N
1100 PRINT SS,1-1/SS
1110 END
1120 '
1130 ' ** u2n4 **
1140 '
1150 *U2N4:
1160 S=0
1170 MAXI=N
1180 MINI=-INT(-N/4)
1190 FOR I=MAXI TO MINI STEP -1
1200 IF (N-I)<I THEN MAXJ=N-I ELSE MAXJ=I
1210 MINJ=-INT(-(N-I)/3)
1220 FOR J=MAXJ TO MINJ STEP -1
1230 IF (N-I-J)<J THEN MAXK=N-I-J ELSE MAXK=J
1240 MINK=-INT(-(N-I-J)/2)
1250 FOR K=MAXK TO MINK STEP -1
1260 L=N-I-J-K
1270 GOSUB *TIE
1280 'PRINT I;J;K;L;C
1290 FFF=I:GOSUB *FACTORIAL2:GI=GGG
1300 LP=GN-N*2*LOG(8)-(GI+GJ+GK+GL)*2+LOG(C)
1310 S=S+EXP(LP)
1320 NEXT K
1330 NEXT J
1340 NEXT I
1350 RETURN
1360 '
1370 ' ** tie **
1380 '
1390 *TIE:
1400 IF I=J AND J=K AND K=L THEN C=1:GOTO 1480
1410 IF I=J AND J=K THEN C=4 :GOTO 1480
1420 IF J=K AND K=L THEN C=4 :GOTO 1480
1430 IF I=J AND K=L THEN C=6 :GOTO 1480
1440 IF I=J THEN C=12 :GOTO 1480
1450 IF J=K THEN C=12 :GOTO 1480
1460 IF K=L THEN C=12 :GOTO 1480
1470 C=24
1480 RETURN
1490 '
1500 ' ** 階乗計算 **
1510 '
1520 *FACTORIAL:
1530 IF FFF=0 THEN GGG=0:RETURN
1540 GGG=0
1550 FOR H=1 TO FFF
1560 GGG=GGG+LOG(H)
1570 NEXT H
1580 RETURN
1590 '
1600 ' ** 階乗計算 **
1610 '
1620 *FACTORIAL2:
1630 IF FFF=0 THEN GGG=0:RETURN
1640 GGG=0
1650 FOR H=1 TO FFF
1660 GGG=GGG+LOG(H)
1670 IF H=L THEN GL=GGG
1680 IF H=K THEN GK=GGG
1690 IF H=J THEN GJ=GGG
1700 NEXT H
1710 RETURN
3次元に比べてネスティングが深くなっているので,計算に時間がかかりますし,漸近確率
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
において,d=4では
u200 〜 2.02643E-5
u400 〜 5.06607E-6
ですから,最初の100項まで計算した結果を以下に示します.
n Σu2n
20 1.229678
40 1.234469
60 1.236106
80 1.236932
100 1.23743
これより,
Σf2n=0.19
という結果が得られました.すなわち,4次元では3次元よりもさらに進める方向が多くなるため,偶然に出発点に戻ってくるのはますます簡単にはいかないことになります.この結果を文献(kondo and Hara)にある数値と比較してみたいものです.
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