■格子上の確率論(その2)
平面を正多角形で隙間なく埋めることができるのは,正三角形・正方形・正六角形に限定される.また,3次元空間格子(ブラーベ格子)は14種類存在するが,その中で立方対称性をもつものは,単純立方格子・対心立方格子(BCC)・面心立方格子(FCC)の3種類だけである.
2年前に書かれたコラム「格子上の確率論」では,代表的な2次元格子(正方格子・三角格子・六角格子・カゴメ格子・ペンローズ格子),3次元格子(単純立方格子・対心立方格子・面心立方格子・ダイヤモンド格子)上のランダムウォークとパーコレーションについて取り上げたが,もっと高次元の格子も考えられよう.
例をあげると,d次元の超立方体(hyper cube)や4次元の面心立方格子(FCHC:face centered hyper cube)を3次元に射影したものなども使用され,理論の検証に役立っている.離散的な格子空間での振る舞いは,連続空間での振る舞いを理解する上で大変教育的であり,また,低次元系・整然系での振る舞いは,高次元系・雑然系での振る舞いを予想するのに,きわめて示唆的な結果を与えてくれるからである.
高次元における結果としては,たとえば,超立方格子のパーコレーション閾値pcが知られていて,下の表にはそれらをまとめて掲げるが,これらはスタウファー,アハロニー「パーコレーションの基本原理」吉岡書店より引用した数値である.
(高次元格子) 配位数 サイト過程 ボンド過程
4次元超立方格子 8 .197 .160
5次元超立方格子 10 .141 .118
6次元超立方格子 12 .109 .009
7次元超立方格子 14 .009 .008
一方,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版によると,一般的なd次元における超立方格子上の対称単純ランダムウォークでは,最近接の2d個の点に等確率1/2dで移動し,n→∞のとき
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
ですから,確率1で出発点に戻れるだろうか? という問いに対しては
a)d=1,2のときは再帰的であるが,
b)d≧3のときは非再帰的であって無限の彼方へいってしまう.
漸近確率はともかくとして,この結果自体はよく知られているものである.すなわち,1次元・2次元の対称単純ランダムウォークは再帰的(必ず原点に戻ってくる)であるのに対し,3次元対称単純ランダムウォークは非再帰的であるという解が得られる.
ところが,3次元になると少し状況が変わってくる.3次元ランダムウォークの場合,たとえ無限に歩き続けたとしても,出発点に戻ってくる確率はおよそ0.34にすぎない.3次元では進める方向が多すぎて,偶然に出発点に戻ってくるのはそう簡単なことではないのである.
ところで,以上の結果はどのようにして得られたものなのだろうか? 今回のコラムでは「格子状の確率論」の内容をほんの少しだけグレードアップしてみることにしたい.
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【1】2分木・ベーテ格子・超立方格子上のパーコレーション
パーコレーションとはつながりの世界を科学するもので,パーコレーションの数学は,たとえば,ポリマー化学における重合体の長い分子鎖の可能な配置についてのモデル化や理解の手助けをしてくれます.
代表的な2次元と3次元の格子について「格子上の確率論」と同じものを再掲しますが,これらは小田垣 孝「パーコレーションの科学」裳華房より引用した数表です.
(2次元格子) 配位数 サイト過程 ボンド過程
正方格子 4 .593 .5=1/2
三角格子 6 .5=1/2 .347=2sin(π/18)
六角格子 3 .696 .653=1-2sin(π/18)
カゴメ格子 4 .653 .449
ペンローズ 4 .584 .477
(3次元格子) 配位数 サイト過程 ボンド過程
単純立方格子 6 .312 .249
対心立方格子 8 .246 .179
面心立方格子 12 .198 .119
ダイヤモンド格子 4 .428 .388
パーコレーションでは頂点をサイト,辺をボンドといいます.囲碁の石のつながりのような形でクラスターを構築する過程をサイト過程,また,格子点ではなくて辺を互いに結ぶことによってクラスターを作る過程をボンド過程と呼びます.
両者に本質的な違いはなく,ボンド過程は,ボンドが格子点となるような格子を考えると,容易にサイト過程に変換されます.たとえば,正方格子のボンド過程は三角格子のサイト過程と,六角格子のボンド過程はカゴメ格子のサイト過程と等価です.上に掲げた表からわかるように,ボンド過程のほうが小さい値を示しますが,それはボンド過程が回路の配線数が多くなったサイト過程と考えることができるからなのです.
また,囲碁では石の置かれている割合pが大きいと,上下または左右方向の隣り合った石同士が繋がって,石はひとつの大きなクラスターを形成します.そして,ある値pcを超えると端から端まで繋がったクラスターが出現するようになります.pcをパーコレション閾値といいます.すなわち,パーコレーション閾値は,無限につながったクラスターがちょうどできはじめる濃度を指しています.
1次元格子では1カ所でも切れると両端はつながらなくなるので,pc=1となるのは自明のことです.
配位数 サイト過程 ボンド過程
1次元格子 2 1 1
しかし,2次元格子,3次元格子のpcの厳密解はいくつかの例外を除き求めることができません.表中の等号はパーコレーション閾値pcが厳密にわかっている場合(正方格子のボンド過程,三角格子のサイト過程とボンド過程,六角格子のボンド過程)を示していますが,pcを厳密に計算するための方法がわかっているのは,2次元系の一部の格子の場合に限られていて,一般に3次元の問題は近似的にしか解くことができず,多くの場合,コンピュータシミュレーションによって求められているのです.
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例外的に厳密解の求められる格子として,ツリーとベーテ格子があげられます.はじめに2分木について述べますが,まずルート(根)と呼ばれる特別なサイトが存在します.ルートには2人の子供がいて,また2人の子供にはそれぞれ2人ずつの子供がいて,・・・と以下同様に続くとします.ルートを0世代,その子供のサイトを第1世代と考えると,第n世代では2^n個のサイトが存在します.ルートには2つの最近接サイトしか存在しませんが,他のサイトには最近接サイトが3つ存在し,また,各サイトには(ルートを除いて)ボンドが3本存在します.
正方格子,立方格子との大きな相違は,ツリーにはループが存在しないということです.そのため,2分木ではある親が与えられると,開いたボンドでその親につながる子供の数は2項分布に従う確率変数となります.確率計算上,これは大きな利点となります.また,袋小路状になっていますから,2分木は生体における気管支樹のモデルなどにも利用できます.
一方,配位数zのベーテ格子とは各格子点がzの最近接点をもち,各格子点からはz本のボンドが出ていますが,そのうちの1本は原点とを結ぶもので,残りの(z−1)本は新しい格子点に向かって伸びているという分岐形態が繰り返されたものです.たとえば,z=3のベーテ格子は2分木をルートのところで3本束ねたものといった方がわかりやすいかと思われます.2分木との違いは,原点でも3本のボンドが存在するため,原点といえども特別なサイトにはなっていないということです(一様なツリー).また,1次元格子はz=2のベーテ格子と理解することもできるのです.
ツリーもベーテ格子も閉じたループのない格子ですから,ベーテ格子の場合で説明することにしますが,ベーテ格子を外向きに進んでいくと,新しい格子点からは(z−1)本のボンドが出ていますから,平均として(z−1)pc個の近接格子点が占有されていることになり,その点に向かってさらに進んでいくことができます.
したがって,ベーテ格子ではサイト過程,ボンド過程両方に対して
pc=1/(z−1)
が成り立ちます.この結果は2分木上のパーコレーション閾値が.5=1/2となることと同値です.ただし,原点は必ずしも無限遠までパーコレートしているとは限りません.
配位数 サイト過程 ボンド過程
2分木 3(2) .5=1/2 .5=1/2
ベーテ格子 z 1/(z−1) 1/(z−1)
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一方,d次元超立方格子は2d個の最近接格子点をもち,ボンドの数も2d個ありますから,
z=2d
また,超立方格子におけるボンド過程では,dが十分に大きいとループのあることはそれほど問題ではなくなるので,超立方格子の振る舞いはベーテ格子のものに近づくことが予想されます.すなわち,十分に次元の高い超立方格子では
pc=1/(2d−1)
で漸近近似されることが理解されます.
配位数 サイト過程 ボンド過程
正方格子 4 .593 .5=1/2
単純立方格子 6 .312 .249
4次元超立方格子 8 .197 .160
5次元超立方格子 10 .141 .118
6次元超立方格子 12 .109 .009
7次元超立方格子 14 .009 .008
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d次元超立方格子 2d ? 1/(2d−1)
一見すると,正方格子と単純立方格子のボンド過程の閾値は
pc=1/(2d−2)
という法則に従うようにも見えますが,dが大きいときには明らかに誤りであって,わずかな数値に基づいて一般的な公式を予想するには注意が必要であることを端的に物語っています.低次元の系で数値的な方法によって得られた閾値を高次元系に外挿する際には注意深くあらねばならないのです.
また,ベーテ格子ではボンド過程とサイト過程の差は重要ではないのに対して,一般的なd次元立方格子のサイト過程に対しては,数値実験によるパーコレーション閾値がわかっているだけです.たとえば,2次元正方格子のサイト・パーコレーション問題ではpc=.593なのですが,たとえ2次元であっても厳密解は知られておりません.
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【2】ベーテ格子上のランダムウォーク
さて,コラム「格子上の確率論」では正方格子やその他の2次元格子について,格子空間上の乱歩が再帰的であることを示しました.
正方格子 u2n 〜 (πn)^(-1)
三角格子 u2n 〜 √3/2(πn)^(-1)
六角格子 u2n 〜 3√3/2(πn)^(-1)
カゴメ格子 u2n 〜 2√3/3(πn)^(-1)
それではz≧3のベーテ格子ではどうでしょうか? z個ある最近接サイトに対して推移確率p=1/zとする対称で単純なランダムウォークを仮定すると,その挙動は1次元非対称ランダムウォークに非常によく似ています.
詳細については,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版を参照して頂きたいのですが,ベーテ格子上における乱歩は0を反射壁とする
p=(z−1)/z
の1次元非対称ランダムウォークに一致しているため,ここでは結論だけをいうと,
u2n 〜 (z(z-1)/√π(z-2)^2)(4(z-1)/z^2)^n・n^(-3/2)
〜 C・R^2n・n^(-3/2) R=2√(z-1)/z
z≧3に対してR<1が成り立ちますから,ベーテ格子上のランダムウォークは非再帰的ということになります.
また,ベーテ格子上のランダムウォークの場合には,出発したサイトに戻ってくる再帰確率は1/zですから,どこか他のサイトに移る確率は1−1/zで,zが大きくなるほどもとのサイトから離れやすくなることがわかります.
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【3】立方格子上のランダムウォーク
1829年,ブラウンによって,花粉に含まれる微粒子の水面上における奇妙な運動が観察されました.それは原子・分子の実在の証拠でもあったわけですが,19世紀の終わり頃でも分子はまだ仮説的な存在であって,いわんや,分子の構造や大きさなどを実験的に測定することは不可能でした.
1905年,アインシュタインは,物質の熱分子運動にもとずく運動がブラウン運動をしていなければならないことを理論的に予測し,数年後,この予測はペランによって実験的に確かめられました.この複雑な運動の軌跡は,連続的であるにもかかわらず,どの点でも滑らかでないことがウィーナーによって証明され,それは今日フラクタルとして知られています.
ブラウン粒子の軌跡はランダムウォークとして数学的にモデル化できますが,過去の履歴によらないというマルコフ過程のもっとも簡単な例になっています.
最初に,1次元格子の場合について知られていることをおさらいしておきましょう.粒子がx軸上の1次元格子
・・・,−3,−2,−1,0,1,2,3,・・・
の上を原点から出発し,時刻t=1,2,・・・ごとに確率pで正の方向に1,確率q=1−pで負の方向に1だけ移動する運動を1次元単純ランダムウォークといいます.
非対称単純ランダムウォーク(p≠q)では,p,qの大小によって右か左にずれる傾向があるはずで,非再帰的,すなわちt→∞のとき無限の彼方へいってしまうことが予想されます(実際そうなるのであるが,その証明は後述).そこで,p=q=1/2,すなわち対称単純ランダムウォークの場合を考えることにします.
nステップにおける位置xnの平均と分散は,2項分布より,
E(xn)=nε(p−q),V(xn)=4nε2pq
ε(p−q)は1歩あたりの平均移動量と考えることができます.対称,すなわち,p=q=1/2の場合は
E(xn)=0,V(xn)=nε2
で与えられます.
また,ド・モアブル=ラプラスの定理から,n回のステップののち,その人がx=kεのところにいる確率は,nを十分大にすると平均0,分散σ2=nε2の正規分布N(0,nε2)に近づくことを示しています.格子上のランダムウォークは,ブラウン運動などの拡散モデルとしてよく知られていますが,格子のモデルはブラウン運動の離散化とみなすことができるので,局所的にみると離散的過程であっても,大域的にみると連続空間に分布した連続的なガウス分布とみることができます.
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さて,ここからはいよいよ対称単純ランダムウォークの再帰性といつかは原点に戻る確率(再帰確率)について考察することにします.
原点に戻るのはtが偶数の時に限られるので,2nステップのとき,左右に同じ回数nずつ移動する確率は
u2n=2nCnp^nq^n
で与えられます.特に,対称(p=q=1/2)のときは,
u2n=2nCn/2^(2n)
また,u2nの母関数をU(t)とおくと,u2n=2nCn/2^(2n)ですから,
U(t)=(1−t^2)^(-1/2)
であることがわかります.
再帰性を判定するのには,たとえば,粒子が出発した点にいる確率がt=∞においても有限の値を示すときは再帰的,また,これは出発した点にいる確率をt=0からt=∞まで積算した量が無限大に発散するときは再帰的と定義できます.前者は強い意味の,後者は弱い意味の粒子の局在を表しています.すなわち,単純ランダムウォークが再帰的であるための必要十分条件は,
Σu2n=∞
が成立することと考えられ,Σu2n<∞のときは再帰しないとします.
ここで,スターリングの公式
n! 〜 √(2πn)n^nexp(-n)
によって,次のウォリスの公式の公式が導かれます.
(2n)!/(2^nn!)^2 〜 (πn)^(-1/2)
これより,
u2n=2nCn/2^(2n) 〜 (πn)^(-1/2)
が示されます.
また,ゼータ関数
ζ(k)=Σ1/n^k
はk≦1のとき発散し,k>1のとき収束しますから,
Σu2n 〜 Σ(πn)^(-1/2)
したがって,1次元の対称単純ランダムウォークは再帰的であることがわかります.
なお,1次元非対称単純ランダムウォークに対しては,まったく同じ方法で, u2n=2nCnp^nq^n=2nCn/2^(2n)(4pq)^n
〜 (πn)^(-1/2)(4pq)^n
4pq<1ですから,u2nは指数的な速さで0に収束します.すなわち,Σu2nは本質的に公比4pq<1の等比級数になり,2項級数展開を用いれば,
Σu2n=(1−4pq)^(-1/2)=1/|p−q|<∞
が得られます.これが収束することから,1次元非対称単純ランダムウォークは非再帰的という結果が得られます.
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引き続いて,1次元格子の代わりに多次元直交格子上の対称単純ランダムウォークを考えてみましょう.時刻0で平面上の原点から出発し,単位時刻ごとに正方格子の上下左右の4つの隣接点に等確率1/4で移動していくのが2次元対称単純ランダムウォーク,立方格子の6つの隣接点に等確率1/6で移動していく粒子の運動が3次元対称単純ランダムウォークです.
2次元対称単純ランダムウォークで,粒子が時刻2nに原点にいると確率は,4項分布において,それまで上下にそれぞれk回,左右にそれぞれn−k回移動した確率ですから,i+j=nとして
u2n=1/4^(2n)Σ(2n)!/(i!)^2(j!)^2
=1/4^(2n)(2n)!/(n!)^2Σ(n!/i!j!)^2
ここで,2項係数に関して
ΣnCknCn-k=Σ(nCk)^2=2nCn
が成り立つので,
u2n=1/4^(2n)(2nCn)^2
〜 (πn)^(-1) (スターリングの公式)
より,2次元ランダムウォークは再帰的であることが示されます.
1次元・2次元のランダムウォークでは再帰的(必ず原点に戻ってくる)ということは,平行移動不変性より,原点に限らずどの点も無限回訪れることを意味していて,運動する領域をすべて覆いつくすことになります.
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同様に,3次元対称単純ランダムウォークでは,6項分布において,i+j+k=nとして
u2n=1/6^(2n)Σ(2n)!/(i!)^2(j!)^2(k!)^2
=2nCn/6^(2n)Σ(n!/i!j!k!)^2
では,Σ(n!/i!j!k!)^2はどうなるのでしょうか? 実は,これには単純な公式のないことが証明されています.そこで,
c=max(n!/i!j!k!) 〜 n!/(n/3!)^3
とおくと,
u2n≦2nCn/2^(2n)・c/3^nΣn!/i!j!k!(1/3)^2
ここで,
(1/3+1/3+1/3)^n=Σ(n!/i!j!k!)(1/3)^n=1
ですから,
u2n≦2nCn/2^(2n)・c/3^n
ここで再び,スターリングの公式を用いると,
c 〜 3^(3/2)/2πn・3^n
2nCn/2^(2n) 〜 (πn)^(-1/2)
したがって,不等式の右辺は漸近的に
u2n 〜 (3/π)^(3/2)/2n^(3/2) 〜 C/n^(3/2)
となります.
このことはΣu2nが収束することを示していて,3次元ランダムウォークが非再帰的であることを意味しています.換言すると,3次元ランダムウォークが原点に決して戻ってこれない確率は正であり,この点は1次元・2次元ランダムウォークと著しく異なっています.
上の論法は,一般のd次元の場合にも使えて,
u2n≦2nCn/2^(2n)・c/d^n
c 〜 d^(d/2)/(2πn)^(d/2-1/2)・d^n
2nCn/2^(2n) 〜 (πn)^(-1/2)
したがって,
u2n 〜 2^(1/2-d/2)d^(d/2)(πn)^(-d/2) 〜 C/n^(d/2)
となりますから,d≧3のときは非再帰的であって無限の彼方へいってしまうという結果が導き出されます.
もっとも,志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版によると,一般に,d次元対称単純ランダムウォークでは,最近接の2d個の点に等確率1/2dで移動し,n→∞のとき
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
であることが知られています.この漸近近似式はd=1,2のときは前述の結果に一致していますから,多分,
u2n 〜 2^(1/2-d/2)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
よりもよい評価式になっているはずです.
両者はd=3のときは一致しませんが,それは上限
u2n 〜 (3/π)^(3/2)/2n^(3/2)
がかなり大まかな評価式になっているためと考えられます.しっかり検証したわけではありませんが,この際,
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
のほうを信用することにしましょう.
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立方格子上の3次元ランダムウォークの再帰確率について考えてみましょう.今野紀雄「確率モデル」ナツメ社あるいはI.ピーターソン「カオスと偶然の数学」白揚社によると,3次元ランダムウォークでは出発点に戻ってくる再帰確率はおよそ0.34とあります.
両者は一致していますから,この再帰確率は数学者・科学者の間では正しいものと認知されている数値なのでしょう.しかし,小生にとっては0.34がなんの前触れも説明もなしに唐突にでてくるので,この再帰確率がどのようにして求められたものなのか,購読したときからの疑問でありました.
1次元ランダムウォークにおいて,粒子が時刻2nではじめて原点に復帰する確率は
f2n=u2(n-1)/2n
で与えられます.これを求めるのは簡単ではありません.そこでこの母関数をF(t)とおくと,
F(t)=1/(1−U(t))
により,
fn=(-1)^(n+1)1/2Cn
であることがわかります.
3次元ランダムウォークにおいても,原点への最初の復帰が2n回目に起きるという確率をf2nとすると,求める再帰確率はΣf2nで表されます.ここで母関数を使った少し込み入った議論が必要になるのですが,結論だけをいうと,n→∞のとき,
Σf2n=(Σu2n−1)/Σu2n=1−1/Σu2n
が成り立ちます.Σu2n=∞のときにはΣf2n=1,すなわち,ランダムウォークは再帰的,また,Σu2n<∞のときにはΣf2n<1で非再帰的となります.そこで,Σu2nの値を求めてみることにします.
まず,大まかな評価をするために,前節の漸近確率の結果をもとにして,Σu2nを計算してみることにしました.
Σu2n 〜 Σ(3/π)^(3/2)/2n^(3/2)
=(3/π)^(3/2)/2ζ(3/2)
ζ(3/2)=2.612375・・・ですから,
Σu2n 〜 1.22
したがって,
Σf2n=0.18
また,
u2n 〜 2^(1-d)d^(d/2)(πn)^(-d/2)
をもとに計算すると,
Σu2n 〜 (3/π)^(3/2)/4ζ(3/2)=0.61
となり,これが1に満たないことから
Σf2n=-0.64???
いずれにせよ,0.34には一致しないところか,かなりかけ離れた値になってしまいました.
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前々から疑問に思っていたことなので,この際,自ら正確な値を計算することにしました.そうなれば地道に計算するしかありません.
3次元対称単純ランダムウォークでは,6項分布において,i+j+k=nとして
u2n=1/6^(2n)Σ(2n)!/(i!j!k!)^2
ですから,以下のようなΣu2nを計算するプログラムを作ってみました.
1000 ' save "u2n
1010 NN=100
1020 SS=0
1030 FOR N=1 TO NN
1040 FFF=N*2:GOSUB *FACTORIAL:GN=GGG
1050 GOSUB *U2N
1060 'PRINT S
1070 SS=SS+S
1080 IF (N MOD 20)=0 THEN PRINT N,SS
1090 NEXT N
1100 'PRINT SS
1110 END
1120 '
1130 ' ** u2n **
1140 '
1150 *U2N:
1160 S=0
1170 MAXI=N
1180 MINI=-INT(-N/3)
1190 FOR I=MAXI TO MINI STEP -1
1200 IF (N-I)<I THEN MAXJ=N-I ELSE MAXJ=I
1210 MINJ=-INT(-(N-I)/2)
1220 FOR J=MAXJ TO MINJ STEP -1
1230 K=N-I-J
1240 GOSUB *TIE
1250 'PRINT I;J;K;C
1260 FFF=I:GOSUB *FACTORIAL2:GI=GGG
1270 LP=GN-N*2*LOG(6)-(GI+GJ+GK)*2+LOG(C)
1280 S=S+EXP(LP)
1290 NEXT J
1300 NEXT I
1310 RETURN
1320 '
1330 ' ** tie **
1340 '
1350 *TIE:
1360 IF I=J AND J=K THEN C=1:GOTO 1390
1370 IF I=J OR J=K THEN C=3 :GOTO 1390
1380 C=6
1390 RETURN
1400 '
1410 ' ** 階乗計算 **
1420 '
1430 *FACTORIAL:
1440 IF FFF=0 THEN GGG=0:RETURN
1450 GGG=0
1460 FOR H=1 TO FFF
1470 GGG=GGG+LOG(H)
1480 NEXT H
1490 RETURN
1500 '
1510 ' ** 階乗計算 **
1520 '
1530 *FACTORIAL2:
1540 IF FFF=0 THEN GGG=0:RETURN
1550 GGG=0
1560 FOR H=1 TO FFF
1570 GGG=GGG+LOG(H)
1580 IF H=K THEN GK=GGG
1590 IF H=J THEN GJ=GGG
1600 NEXT H
1610 RETURN
計算結果は,
n Σu2n
20 .41383
40 .44316
60 .456387
80 .464326
100 .469763
となりました.これが1に満たないようでは到底再帰確率=0.34を示すことはできません.また,nの増加に伴って計算時間が急増するため,結局このプログラムを用いたとしても限界があるものと思われました.
新年早々,再帰確率=0.34は未解決問題となってしまったわけですが,それでも正解の近くまでは達しているはずです.そこで,この計算については宿題としてとっておき,わかったところでコラムに掲載する形でご報告したいと思います.また,そのときには4次元超立方格子上のランダムウォークの再帰確率についても計算したいと考えています.
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【4】セルオートマトン
セルオートマトンでは,たとえば碁盤の面があり,各セル(あるいは格子状の各サイト)に対して白または黒の石を置くことを想定します.そして,初期配置と時間発展に伴う生死のルールを定めておきます.あるランダムな初期状態から出発すると,その後は決定論的な規則に従って,離散時間ごとに空間的パターンの発生と消滅が繰り広げられることになります.
たとえば,1970年,英国の数学者コンウェイにより考案されたライフゲームは2次元セルオートマトン法のはしりで,爆発的にヒットしましたからご存知の方も少なくないでしょう.このモデルでは,単純な初期配置と簡単な規則からは予想もできないほど複雑で多彩なパターンが作り出されます.ライフゲームの魅力の主な理由は,セルごとのレベルでは完全に予測可能であるのも関わらず,大きなスケールでの発展パターンには直観が効かないところにありました.
例として「グライダー」と名づけられた配置では,生きているセルが無限に自己増殖し続けます.このことはセルオートマトンが生物の自己複製や形態形成などのモデルの可能性を示唆するものであり,実際に,セルオートマトンは数理物理学や理論生物学のモデルとして広く適用されました.
70年代のライフゲームのブームが下火となった80年代前半に,ウルフラムは,2次元モデルが中心であったセルオートマトンに1次元モデルを導入しました.そして,物理現象を表す偏微分方程式をコンピュータで近似するかわりに,セルオートマトンを用いるスキームを開発したのです.
1次元セルオートマトン法では,セルの並びを横一列だけとします.そして初期配置と状態変化の規則を設定し,その時間ステップごとの変化を縦に並べると,2次元にある模様が現れます.ウルフラムはこうして得られた1次元セルオートマトンモデルが作り出すパターンを系統的に研究することによって,クラス1(均一),クラス2(周期的),クラス3(カオス的),クラス4(複雑)の4つのクラスに分類し,さらにセルオートマトンと微分方程式系との対応を初めて明らかにしました.
これが1984年に発表された有名な論文の要旨ですが,ウルフラムは微分方程式よりも彼のスキームのほうがデジタル・コンピュータに適していると主張します.このことによってセルオートマトン法は再び注目を浴び,様々な分野に適用されています.それについて多くを述べることはできませんが,加藤・光成・築山「セルオートマトン法」森北出版にその背景と応用が概説されています.以下,その中から,小生にとってショッキングだったウルフラムの天才ぶりについて,抜粋して紹介したいと思います.
『ウルフラムは1975年,16歳でオックスフォード大学に入学後1年でそこを去り,カリフォルニア工科大学の研究員の地位を得る.20歳で博士号を取得し最年少でマッカーサー特別研究員の第1期生となった.しかし,後のMathematicaの原型となるSMPの著作権をめぐって大学と抗争となりそこを去る.そして,多数の論文,著作を残した量子色力学の研究を放棄して,セルオートマトン理論の研究に参入する.』
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【参考文献】
1)志賀徳造「ルベーグ積分から確率論」共立出版
2)小田垣孝「パーコレーションの科学」裳華房
3)スタウファー,アハロニー(小田垣孝訳)「パーコレーションの基本原理」吉岡書店
4)シナジ(今野紀雄訳)「マルコフ連鎖から格子確率モデルへ」シュプリンガーフェアラーク東京
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