■数にまつわる話
今回のコラムでは,数の話という点では共通しているものの,まったく次元の異なる話を2題取り上げて,合作にしてみました.
第1話「ラグランジュの定理」は2次形式の問題なので,n次元空間における格子点の配置の問題として幾何学的にも考えることができます.一方,第2話「周期」は数の体系に関する話なので,幾分哲学的な内容になっています.
===================================
【1】ラグランジュの定理(4平方和定理)
まず,簡単な数値実験から始めることにしましょう.1から10までの整数をいくつかの平方数の和の形式で表現するというものです.
整数の平方
0,1,4,9,16,25,・・・
は非常にまばらにしか存在しませんが,2つの平方数の和の形で表される整数はより頻繁に現れます.1,2,4,5,8,9,10,・・・
1=1^2+0^2
2=1^2+1^2
4=2^2+0^2
5=2^2+1^2
8=2^2+2^2
9=3^2+0^2
10=3^2+1^2
ここで,3,6,7といった整数は,2つの平方の和では書けないことがわかります.しかし,3つの平方和となると幾分間隙を埋めてくれます.
3=1^2+1^2+1^2
6=2^2+1^2+1^2
それでも,なおすべての正の整数を得ることはできません.最後まで残った7に対しては3つの平方数の和で書けず,4つの平方数が必要となります.
7=2^2+1^2+1^2+1^2
===================================
このような数値実験からいくつかのことが予想され,肯定的に証明されています.
[1]フェルマー・オイラーの定理(2平方和定理)
特別な素数である2を除外して,素数は4で割ると余りが1になるもの(5,13,17,29,37,41,・・・)と3になるもの(3,7,11,19,23,31,・・・)の2種類に分けられます.
このうち,4n+1の形の素数は2つの整数の平方の和として表されます.たとえば,5=1^2+2^2,13=2^2+3^2,17=1^2+4^2,29=2^2+5^2
しかし,4n+3の形の素数は1つもこのようには表せないのです.この定理はフェルマーの定理と呼ばれ,フェルマーは無限降下法でこれを証明しましたが,その証明は不十分で,100年後のオイラーによって完全な証明がなされています.
[2]ルジャンドルの定理(3平方和定理)
4n+3の形の数は2個の平方数の和で表せませんが,同様にして,
「8n+7の形の数は3個の平方数の和では表されない.」
ルジャンドルは,2次形式ax^2+by^2+cz^2の研究を通して,この結果を得ています.
===================================
[3]ラグランジュの定理(4平方和定理)
また,前述の数値実験から「すべての正の整数は,g個の平方数の和として表すことができるだろうか? さらに,gの最小値はいくつであろうか?」というより高度な問題が派生します.
「すべての正の整数は4個の整数の平方和で表される」
というのが,ラグランジュの定理なのですが,驚くべきことに,7のみならず任意の自然数はたった4つの平方数の和の形に表せるのです.
7=2^2+1^2+1^2+1^2
2=1^2+1^2+0^2+0^2
このことを,シンボリックに書くと
n=□+□+□+□
となります.□は平方数の意味です.
オイラーはこの定理の直前まで行きながら,最後の段階で成功しませんでした.ラグランジュはオイラーの研究成果からアイデアを得て,1772年,最後の段階を突破したのですが,その証明中で用いられる基本公式が
x=ap+bq+cr+ds,
y=aq−bp+cs−dr,
z=ar−bs−cp+dq,
w=as+br−cq−dp
とおくと
(a^2+b^2+c^2+d^2)(p^2+q^2+r^2+s^2)=x^2+y^2+z^2+w^2
が成り立つというもので,1748年にオイラーによって証明されています.
この基本公式はハミルトンの4元数(1843年)を使ったうまい方法でも証明されますが,それにしても,オイラーはどのようにして発見したのでしょう? なお,四元数は複素数に似ていますが,ただ1つではなく3つの虚数をもつ数体系で,i^2=−1,j^2=−1,k^2=−1,ij=k,jk=i,ki=j,ji=−k,kj=−i,ik=−jなる性質をもち,
(x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)=x^2+y^2+z^2+w^2
となります.
上に掲げた基本公式は,4つの平方数の和となっている数は積の演算で閉じていること,すなわち,n1が4つの平方数の和ならば,n1n2もそうであることを示しています.これにより,ラグランジュの定理を証明するには,すべての素数pが4つの平方数の和であるということの証明に帰着されることになります.また,
2=1^2+1^2+0^2+0^2
ですから,pは素数と仮定してもよいわけです.
すべての奇素数pが4つの平方数の和であることの証明も,背理法の1種である無限降下法によって証明できるのですが,これについては最近出版された
J.S.Chahal著,織田進訳「数論入門講義」共立出版
にわかりやすい解説がありましたので,それに譲ることにします.
===================================
[4]ヒルベルトの定理(ウェアリングの問題)
1770年,ウェアリングは4平方和定理を拡張して,「任意の整数はたかだか9個の3乗数の和として,あるいは19個の4乗数の和として表される」ことを証明抜きで主張しました.
ウェアリングの問題は,2次形式ではなく高次形式を扱っていて,多くの数学的思考を刺激しました.そして,1909年,ヒルベルトによって「どの数もg個のk乗数の和で表される」ことが肯定的に証明されています.
n=x1^k+・・・+xg^k
g乗数は平方数よりもずっとまばらにしか分布しませんから,以下,37個の5乗数の和,73個の6乗数の和,・・・と続きますが,この最良値を完全に決めることはまだできていません.高次形式の理論はまだ発展途上なのです.
===================================
【2】周期の世界
[1]数概念の深化
数の世界は,自然数から負の数へ,有理数から無理数へ,実数から複素数へと拡大してきました.如何にしてその数が発見されたのか,あるいは,数の概念を拡張するのにどれだけ長くかかったかなどは大変興味深いテーマです.
自然数に0と負の数を加えて整数を得て,次に分数が加わって有理数となり,虚数単位iを加えることによって,複素数に達したわけですが,18世紀末になって,ガウスは数学に本格的に複素数を導入し「実数あるいは複素数を係数にもつ代数方程式f(x)=a0x^n+a1x^n-1+・・・+an=0は複素数の範囲に解をもつ」,「n次方程式は複素数の範囲にn個の解をもつ」という代数学の基本定理(fundamental theorem of algebra)を証明しました(1799年).
数を実数から複素数に広げると大小の順序はまずくなりますが,平方根を常にとれるし,だから2次方程式は必ず解けるし,もっと一般に代数方程式は常に根をもつことになり,現象がずっと単純になって見通しよくなります.その意味で複素数は究極の数です.交流理論や相対論など物理学の進展の多くは複素数なしには成し遂げられなかったでしょう.
複素数では加法,減法,乗法と0を除く除法が定義され,かつ,交換,結合,分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています.実数は体を構成しますが,有理数は最小の体を,複素数は最大の体を構成します.
したがって,複素数以上に数の世界を広げようとすると,われわれがなじんでいる四則演算の法則のどれかが壊れてしまいます.超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが,四元数ではかけ算の交換法則は成り立ちません(ab≠ba).また,八元数では,乗法の結合法則も破れています(a(bc)≠(ab)c).四則演算の法則に変更を加えない限り,超複素数の世界への拡張はできなかったのです.
さらに,16個の基底元をもつ同様の代数を構成しようと試みられましたが,それは成功するはずはありませんでした.|a|・|b|=|c|,すなわち
(a1^2+a2^2+・・・+an^2)(b1^2+b2^2+・・・+bn^2)=(c1^2+c2^2+・・・+cn^2)
の恒等式はn=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべき結果が19世紀末,フルヴィッツにより証明されています(1898年).
したがって,ある条件のもとで,数の体系は八元数までですべてであることが知られていて,数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのです.
N ⊆ Z ⊆ Q ⊆ R ⊆ C ⊆ H ⊆ O
===================================
[2]無理数・代数的数・超越数
有理数Qまでは可算集合ですが,実数Rは非可算集合です.実数Rあるいは複素数Cの実部と虚部といっても同じことですが,ここでは,それらを別の観点から細分類することにします.
1次方程式を解くために有理数(分数)を考え,2次方程式を解くために無理数(と複素数)を考え,3次方程式を解くために実数から複素数へと数の世界は拡大されたのですが,代数学の基本定理によって,n次方程式はnがどんな値のときでも,複素数の範囲でなら必ず根の存在は保証されているわけです.
説明するまでもないかもしれませんが,整数の比で表せない数を無理数(例:√2)と呼びます.いい換えれば,整数係数の1次式の根にはならない数が無理数なのです.
無理数の中でも,整数係数多項式
f(x)=a0x^n+a1x^n-1+・・・+an=0
の根となる数が代数的数(例:3√5はx^3−5=0の根)です.有理数でない代数的数の最も簡単な例は√2であり,これが無理数であることはギリシア数学のなかでも有名な定理で,ピタゴラスが背理法を用いて証明しています.
それに対して,超越数とは代数的数でない数,すなわち,整数係数のどのような代数方程式の根にもならない数(例:π,e)のことです.超越数は無理数であり,無理数のほとんどは超越数であることが証明されているのですが,これは代数的数は可算集合,超越数は非可算集合であることを意味しています.そのため,超越数を有限の情報で述べることはできません.無理数は超越数の候補ではありますが,超越数とは別の由来をもち,次元の異なる数なのです.
===================================
[3]周期(代数的数と複素数の間にある新しい数の世界)
エンクウィスト,シュミット編「数学の最先端・21世紀への挑戦」シュプリンガー・フェアラーク東京
に基づいて,[1][2]の分類には欠けている数の概念《周期》の定義から紹介することにしましょう.
ある数が周期であるとは「代数的係数多項式で与えられる領域c上で,代数係数の代数的関数の積分として表される」ことをいいます.
周期という用語は,2次ないし3次曲線の弧の長さを表す周期積分に由来をもつと思われるのですが,周期はふつう超越数からなり,周期積分唐ノよって超越数の細分類を考えることであるといっても差し支えありません.
周期の例を掲げていきましょう.たとえば,代数的数√2は領域c:2x^2≦1上で,定数関数1の積分
√2=∫(c)dx
と表すことができますから,周期になります.
代数的でない周期の最も簡単な例は円周率πです.πは領域c:x^2+y^2≦1上で,定数関数1の積分
π=∫(c)dxdy
ですが,円の面積として
π=2∫(-1,1)√(1-x^2)dx
円周の長さとして,
π=∫(-1,1)1/√(1-x^2)dx
また,ローレンツ関数のグラフの下の面積に等しいという事実から
π=∫(-∞,∞)1/(1+x^2)dx
など,様々な形の積分を用いて周期として表現できます.さらにまた,代数的数2iをかけると,複素数平面内のz=0の周りの複素積分
2πi=唐р噤^z
で表すことも可能です.
楕円:x2/a2+y2/b2=1の全周は,完全楕円積分4aE(e)となり,代数的には表すことができない超越数ですが,楕円積分は定義からして周期そのものです.
∫(-b,b)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx
=∫(-b,b)(a^2-k^2x^2)/{(a^2-x^2)(a^2-e^2x^2)}^(1/2)dx
e={(a^2-b^2)/a^2}^(1/2)は離心率
また,リンデマンの定理より代数的数βの対数logβは超越数ですが,たとえば,
log2=∫(1,2)dx/x
より,周期になることがわかります.
これらに対して,自然体数の底
e=lim(1+1/n)^n
やオイラーの定数
γ=lim(Σ1/k−lnn)
は周期ではないと思われています.前者は超越数(エルミート,1873年)であることがわかっていますが,後者は有理数とも無理数ともわかっていません.おそらく超越数なのでしょう.また,周期πの逆数1/πは周期に属しません.なかなか一筋縄ではいかないものです.
ここで,代数的数の集合をQ~,周期の集合をPと書くことにしますが,
Q ⊆ Q~ ⊆ P ⊆ C
周期の集合Pは可算集合であることがわかっています.周期も超越数の候補ではありますが,超越数とは別の由来をもち,次元の異なる数なのです.
===================================
[4]ガンマ関数の例
Γ(1/2)=√πは超越数ですが,ネステレンコの定理より,
Γ(1/3),Γ(1/4)
も超越数であることが導かれます.変数sが有理数値のときのガンマ関数Γ(s)の値は周期と密接に関係しています.そのため,周期を代数的数とπのベキを除いて,有理数変数におけるガンマ関数の有理数ベキの積として表すという試みがあります.
ガンマ関数(オイラーの第2種積分)は,
Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(-t)dt
ベータ関数(オイラーの第1種積分)は,
B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
によって定義されます.ベータ関数において,a=m/n,b=1/2とおき,t=x^nと置換すると,
∫(0,1)x^(m-1)/(1-x^n)^(1/2)dx=Γ(m/n)√π/nΓ(m/n+1/2)
したがって,
(m,n)=(1,1)のとき,∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2
(m,n)=(1,2)のとき,∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2
(m,n)=(1,3)のとき,∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
(m,n)=(1,4)のとき,∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
が得られます.
レムニスケート周率ωが,
ω=Γ^2(1/4)/2^(3/2)π^(1/2)
と書けるいうわけです.
===================================
[5]ゼータ関数の例
ゼータ関数
ζ(s)=Σ1/n^s
において
ζ(2)=1/1^2+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・=π^2/6
以下,ζ(4)=π^4/90,ζ(6)=π^6/945が続きます.
このように,ζ(2n)はπ^2nの有理関数になる,従って,超越数であることはオイラー以来知られていますが,奇数ベキ級数の和ζ(2n+1)についての類似の関係式は何にひとつわかっていませんでした.つい最近までζ(3)は有理数になるかもしれないと思われていたのですが,1978年に,フランスの無名の数学者アペリによってζ(3)の無理数性が示されました.それを補ったのがポールテンです.ζ(3)=1.202056・・・に収束するものの,ごく最近までこの値が無理数であることすらわかっていなかったのです.
アペリはζ(3)が無理数であることを示すために,漸化式
(n+1)^3un+1=(34n^3+51n^2+27n+5)un-n^3un-1
に基づく連分数展開
6/ζ(3)=5-1^6/(117-)2^6/(535-)n^6/(34n^3+51n^2+27n+5)-・・・
を使いました.ζ(3)が無理数ならば,連分数展開は無限列となります.
ζ(3)はいまだ無理数であることしかわかっておらず,オイラーによる
ζ(3)=2π^2/7log2+16/7∫(0,π/2)xlog(sinx)dx
という結果(log2の有理式×π^2)があるばかりです(1772年) .
いまだζ(3)が超越数であるかどうかは知られていませんし,ζ(5),ζ(7),・・・が有理数なのか無理数なのかもわかっていません.アペリの方法はζ(5),ζ(7),・・・の場合の拡張されるに至っていないのです.
なお,ζ(2n+1)は有理数と円周率から四則演算によって得られる数ではないだろうと予想されていますが,証明されてはいません.また,log2を含むであろうと推測されています.
===================================
ところが,s≧2のすべての整数でのζ(s)値は周期になることがわかっています.たとえば,積分
I=∫(0,1)∫(0,1)1/(1−xy)dxdy/√xy
において,1/(1−xy)を幾何級数として展開し,項別積分すると
I=Σ1/(n+1/2)^2
このとき,
1+1/3^2+1/5^2+1/7^2+・・・
の値が必要になりますが,この値はζ(2)=Σ1/n^2から次のようにして求まります.
1+1/2^2+1/3^2+1/4^2+・・・
=(1+1/2^2+1/4^2+・・・)(1+1/3^2+1/5^2+・・・)
=1/(1−1/4)・(1+1/3^2+1/5^2+・・・)
分母を奇数のベキ乗だけにすると一般式は
{1-2^(ーs)}ζ(s)
となるのです.したがって,
∫(0,1)∫(0,1)1/(1−xy)dxdy/√xy=(4−1)ζ(2)
さらにζ(3)は,c:0<x<y<z<1として
ζ(3)=∫(c)dxdydz/(1−x)yz
このように,多くの式の無限和も周期となります.
なお,有名ではありませんが,次のようにゼータ関数に帰着する無限級数(n=1~)も知られています.
3Σ1/{n^2(2n,n)}=ζ(2)
12Σ(2-√3)^n/{n^2(2n,n)}=ζ(2)
5/2Σ(-1)^(n-1)/{n^3(2n,n)}=ζ(3)
===================================
[6]超幾何関数の例
ガウスは,1812年に超幾何級数
F(α,β,γ:x)=1+αβ/γx+1/2!α(α+1)β(β+1)/γ(γ+1)x^2+1/3!α(α+1)(α+2)β(β+1)(β+2)/γ(γ+1)(γ+2)x^3+・・・
について非常に詳細な研究を行っていたことで知られています.
この形の超幾何関数はガウスの超幾何関数と呼ばれ,
2F1(α,β;γ:x)
で表されます.また,α,β,γを有理数としたとき,超幾何微分方程式はピカール・フックス型になります.
オイラーの積分表示によって
2F1(α,β;γ:x)=Γ(γ)/Γ(α)Γ(γ−α)∫(0,1)t^(α-1)(1-t)^(γ-α-1)(1-xt)^(-β)dt
が成り立ちます.
(1-xt)^(-β)
を2項定理を用いて展開すると
(1-xt)^(-β)=Σ(-β,n)(-xt)^n=Σ[β]/n!(xt)^n
が得られます.これとベータ関数
B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
を組み合わせることで,オイラーの積分表示が示されます.
たとえば,楕円積分に関係した超幾何関数値
2F1(1/2,1/2,2,1)=4/π
において,この余計な1/πはガンマ関数の相補公式
Γ(x)Γ(1-x)=π/sinπx
から派生してくるものとも考えられるわけですが,超幾何関数の代数的な変数での特殊値は,1/πを除いて周期となります.
超幾何関数の代数的な変数での特殊値はふつう超越的ですが,ときどき予期されない代数的値をとることがあります.例をあげると,楕円積分と関わる保型関数
4√E4(z)=2F1(1/12,5/12;1;1728/j(z))
とのつながりから,ガウスの超幾何関数
2F1(1/12,5/12;1/2;1323/1331)=3/4・4√11
など,思いもかけないような式が得られています.
これと似たようなふるまいをする簡単な例は,無限級数
Σ(n!)^2*3^n/(2n+1)!=4π/3√3
です.一般に,F(x)=Σanx^nとおくと,a0=1で連続する2項の係数比
an+1/an
が定数となる関数を超幾何関数と呼ぶのですが,この級数の項比は
an+1xn+1/anxn=3(n+1)^2/4(n+3/2)・x/(n+1)
ですから,
Σ(n!)^2*3^n/(2n+1)!=a0*2F1(1,1,3/2|3/4)
また,a0=1より
Σ(n!)^2*3^n/(2n+1)!=2F1(1,1,3/2|3/4)
より,級数Σ(n!)^2*3^n/(2n+1)!は超幾何級数2F1(1,1,3/2|3/4)であると同定されます.
また,無限級数(n=1~)
Σ1/{n(2n,n)}=1/2*2F1(1,1,3/2|1/4)=π√3/9
Σ1/{(2n,n)}=1/2*2F1(1,2,3/2|1/4)={2π√3+9}/27
も同様で,現在,一般的な超幾何関数nFn-1が代数的になる条件はすでに決定されています.
===================================
2F1(1/2,1/2,2,x^2)=4/(πx^2)*{E(x)-(1-x^2)K(x)}
2F1(1,1,3/2,x^2)=arcsinx/(x√(1-x^2))
2F1(2,1,3/2,x^2)=1/{2(1-x)}*(2F1(1,1,3/2,x^2)+1)
=1/{2(1-x)}*{arcsinx/(x√(1-x^2))+1}
超幾何関数が重要なのは,多くの既知の関数がこの級数で表されるという事実で,たとえば,指数関数,対数関数,三角関数,2項関数,ベッセル関数,直交多項式列,不完全ガンマ関数,指数積分,ガウスの誤差関数なども超幾何級数であって,超幾何関数は一般に収束半径1をもちます.
前述のゼータ関数も
ζ(s)=Σ1/(n+1)^sより
an+1xn+1/anxn=(n+1)^(s+1)/(n+2)^s*x/(n+1),a0=1
したがって,
ζ(s)=s+1Fs(1,1,・・・,1,1|1)
(2,2,・・・,2 | )
と表されます.
===================================
[補]巨人ヒルベルトの推測に反して
数学の巨人と称されるヒルベルトは,ポアンカレを議長とする1900年の国際数学者会議で「数学の諸問題」という講演を行っています.ヒルベルトのあげた23の問題は数学のほとんど全分野にわたっていて,彼自身の研究と密接に関連しています.そのなかで,数学の発展をもたらした問題の例として,最速降下線の問題,フェルマーの問題,三体問題,正多面体の問題,代数関数論におけるヤコビの逆問題などをあげていますが,フェルマーの問題がまったく純粋な思考の産物であるのに対して,三体問題は天文学上の必要性から生じたもので好対照をなしています.
第7問題が2^(√2)やe^πの超越性を問うものです.その後,1919年に,ヒルベルトは数学の難問について講義し,2^(√2)やe^πの超越性の証明はリーマン予想やフェルマー予想を解くよりはるかに難しいと考えたのですが,e^πは1929年に,2^(√2)は1934年に超越数であることが証明されました.
ζ(s)の零点がs=−2,−4,・・・,−2nとs=1/2+tiの線上にあるというのが有名なリーマン予想ですが,ヒルベルトは,「リーマン予想は私が生きているうちに解決され,フェルマー予想は長らく未解決のままであろう」と述べたといわれています.
360年ものあいだ未解決の数学的難問であったフェルマー予想は,1994年,ワイルスによって証明されました.しかし,ヒルベルトの推測に反し,リーマン予想は依然としてデッドロック状態にあります.数学における未解決問題のうち最も難しいものと考える人も多いのです.
ヒルベルトがパリ問題において,リーマン予想と2^(√2)の超越性の証明の難しさを評価することに失敗したことは,たとえ数学の巨人と呼ばれる人であっても,将来を予言することがいかに難しいかを意味する有名な例として,しばしば引用されています.
予想がどれほど的中しないかという例は,科学史上いくらでも求めることができます.予言が的中しないのは予言者の不明に帰すべきでなく,未来を占うことの困難さを教えてくれるのです.