■高次元における最密充填構造
高次元の球や立方体については見て考えることができないので,2次元・3次元から類推して考えることになります.ところが,高次元の場合,奇妙なことが起こるので類推があてになりません.高次元の世界は,われわれが3次元空間でイメージするものとは大きく異なっているのです.
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【ケプラーの球体充填問題】
いきなり高次元の世界に踏み込んでも撃沈されるのがおちでしょうから,まず最初に,3次元の球の詰め込み問題について考えてみましょう.
1611年,ケプラーは,物質を構成する粒子は体積を最小とするように自己を組織化するだろうという構成原理を考えました.そこで,粒子が球形だと仮定して,さまざまな配置の空間充填率を計算してみました.ケプラーが最初に試みたのは,それぞれの球が6個の球に囲まれるように第1層を構成し,第2層は第1層のくぼみに球を置くという積み方です.これは別の角度からみると,立方体の8個の頂点と6面の中心に球が配置されているところから,面心立方格子と呼ばれている配置ですが,この積み方は八百屋の店先でミカンなどの山を安定に積み上げるために使われている日常的な配置です.この場合の充填率は√2π/6(74.04%)になります.
他の配置と比較してみましょう.たとえば,下の層を正方形配列としその真上に球をのせていく単純立方格子の充填率はたったπ/6(53%)にすぎません.また,六方格子(第1層は面心立方格子と同じ正三角形配列だが,第2層は球の真上に球をのせる)の充填率は√3π/9(60%)であり,立方体の8個の頂点と中心に球を配置した体心立方格子の充填率は√3π/8(68%)です.こうして,さまざまな配置を調べてみたケプラーは,面心立方格子が最密充填構造であるという結論に達しました.
面心立方格子が最も密な球の充填方法だろうという予想は400年近く前のケプラーまでさかのぼります.日常の経験からしても,同じ大きさの球の最も効果的な配置問題は自明なものと考えてしまいがちで,直感的に面心立方格子をなす場合が最大に詰め込んだ配置のように思えます.しかしだからといって,無限にある可能性をすべてひっくるめて証明したわけではないので,これは定理ではなく予想にすぎません.ランダムな配置まで含めると,空間充填率が74.04%よりも引き上げられるかもしれないからです.→【補】
現在,ケプラーの問題については大半の数学者がまず間違いないだろうと考え,すべての物理学者が当たり前だと思っているのですが,面心立方格子が3次元空間における最密充填構造だという証明にはまだ至っておらず,いまやケプラー予想はフェルマーの最終定理に取って代わる数学上の未解決問題になっているのです.
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ケプラーの球体充填問題を拡張する方向としては,ひとつには2種類の異なる性質をもつ球を配置する場合が考えられます.これは金属が融合してできた合金に新たに加わった性質を探る場合などに応用できます.とくに,球が電荷をもつ場合,たとえば,原子核内の核子(陽子と中性子)のようなモデルでは,体積を小さくしようとすれば,密度が高まり斥力が大きくなりますから,その折り合いをどこでつけるかは興味深い問題です.
また,もうひとつには次数を大きくして高次元における最密充填構造を探ることです.前者については別の文献【補】に譲ることにして,ここでは後者について考えてみます.
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【高次元のパラドックス】
人間の直観や勘は3次元までの世界では働きますが,4次元以上の高次元についてはあまり働かないのが普通です.次のような逆説をあげておきます.
n次元ユークリッド空間において,1辺の長さが1の立方体をn次元単位立方体といいます.その体積は1ですが,もっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さはn次元ユークリッド空間の距離の定義から
√12+12+・・・+12=√n
となります.したがって,次元nが大きくなると対角線の長さはどんどん大きくなり,ついには地球でさえ含むことができるようになります.
それに対して,n次元単位球はどんなに次元が高くても,長さが2より大きな線分を含むことはできません.また,n次元単位球の体積をVnとすると,V1=2(直径),V2=π(面積),V3=4π/3(体積)はご存知でしょう.nが整数のとき,実際にVnの値を計算してみると,超球の体積はn=5のとき最大8π2/15=5.2637・・・となり,以後は減少します.そして,不思議なことに,単位球の体積はn→∞のとき0に収束するのです.
n Vn
1 2
2 3.14
3 4.19
4 4.93
5 5.263
6 5.167
7 4.72
8 4.06
9 3.30
10 2.55
また,このことから,n次元超立方体[-1,1]n(体積2^n)において,単位超球が占める比率は,n=2であればπ/4(79%)であるが,n=5のときは16%に下落し,n=10となると0.25%になることも理解されます.ここで重要なのは,単位超球を超立方体中に置くと,次元が大きくなるにつれて隙間がより大きくなる点です.
辺の長さが4の正方形に4つの単位円板を詰めると,4つの円板で囲まれた部分に,第5の小さな円を入れることができます.また,辺の長さが4の立方体の8つのカドに単位球を8個詰めると,中にできる隙間に第9の小さな球を入れることができます.ピタゴラスの定理によって第5の円,第9の球の半径はそれぞれ√2−1,√3−1だとわかります.
これと同じことを4次元以上の空間で行うことができます.もはやイメージすることは不可能ですが,1辺の長さが4の4次元超立方体の16個のカドに16個の単位球を詰めると,中の隙間には半径√4−1=1の4次元超球(すなわち単位球)が入ります.同様に,1辺の長さが4のn次元超立方体の2n個のカドに単位球を詰めると,中の隙間に半径√n−1のn次元超球が詰められるのです.
しかし,ここの驚きが潜んでいます.たとえば,n=9の場合,中に詰められるn次元超球の半径は√9−1=2であり,この球は外側の立方体の表面に接してしまい,n>9だとはみ出してしまうのです.この驚くべき結論は,日常生活ではありえないだけに面食らってしまいます.
球の詰め込みに関するこのはみ出し現象は,モーザーのパラドックスとして知られているものですが,このように,高次元はいくつかのパラドックスの源泉になっていて,しばしばたちの悪い現象が起こるのです.
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【kissing numberの問題】
1つの10円玉を机の上において,それと触れ合うようにかつお互いに重ならないようにして,6個の10円玉を置くことができます.一般に,n次元ユークリッド空間において,1つの単位球に同時に接触することのできる単位球の最大個数τn は接吻数(kissing number)あるいは接触数(contact number)と呼ばれていて,最密充填構造と深い関連があります.
10円玉の例からわかるようにτ2=6ですが,n≧3のとき,τn はどうなるでしょうか? まず,3次元の場合,単位球のまわりに面心立方格子状に単位球を置いた場合の接触点
1/√2(±1,±1,0)
1/√2(±1,0,±1)
1/√2(0,±1,±1)
を考えてみると,これら12個の相異なる2点に対応するベクトルの内積は,−1,±1/2,0のいずれかであり,したがって,その間の角度(球面距離)は60度以上となりますから,これらの点で接するように12個の単位球を置くことができます.したがって,τ3≧12は直ちにわかります.
実際,正20面体の12個の頂点に対して,そこで接するように12個の単位球を置くことができます.この場合,頂点間の角度は約63゜26′になり,12個の球は互いに接触しておりません.少しだけなら自由に動かせるという状況ですから,その隙間を一つに集めたらもう一個球が入るのではないでしょうか? ところが,これができるかできないかはあまり自明ではありません.
球の最大接触数τ3については,1694年にニュートンとグレゴリーの間で議論され,ニュートンは12を,グレゴリーは13を主張したといわれています.結局,ニュートンは12個が最大であるという証明ができず,グレゴリーも13個並べたわけではないので,ニュートンの13球問題と呼ばれるこの論争は引き和けに終わりました.1874年,ホッペが12個が最大であることという証明を試みましたが,不備があり,ようやく完全な証明がなされたのは1953年,ファン・デル・ヴェルデンとシュッテによってです.つまり,3次元空間内で1つの球には同時に12個の球しか接することができません.3次元のときは12個という解が得られるまで非常に長い年月がかかったことになります.
4次元の場合はどうなるでしょうか? 24個の面心立方格子状配置の接触点
1/√2(±1,±1,0,0)
1/√2(±1,0,±1,0)
1/√2(±1,0,0,±1)
1/√2(0,±1,±1,0)
1/√2(0,±1,0,±1)
1/√2(0,0,±1,±1)
で重ならないように置けるので,τ4≧24は明らかです.また,τ4≦25は示されていますが,現在でもτ4が24であるか25であるかは未解決です.
τnの正確な値を決定する問題は大変難しく,4次元以上の高次元については,高度に対称的な格子状配置になっている8次元(240個)と24次元(196560個)の場合を除いて未解決であり,現在,正確な値が知られているのは,τ1=2,τ2=6,τ3=12,τ8=240,τ24=196560の5つだけなのです.
少し詳細に調べていきましょう.4次元,5次元においては面心立方格子の類似品となりますが,6次元以上についてはそのようなことはもはや成立しなくなります.次元の上昇とともに,超球の間の隙間が大きくなっていくからです.8次元になると面心立方格子に十分な隙間ができるので,112個の接触点
1/√2(0,・・・,±1,0,・・・,±1,0・・・) (±1の個数は2つ)
と128個の隙間の点
1/√8(±1,±1,±1,±1,±1,±1,±1,±1) (+の個数は偶数)
に同じ大きさの球が詰め込み可能になります.専門的になりますが,τ8の240個の点はE8型の単純リー代数の240個のルート格子で実現されます.さらに,この詰め込みの断面が6次元と7次元のもっとも効率のいい格子状詰め込みを与えてくれます.
また,1965年,リーチは群論と深く結びついた今日リーチ格子として知られるようになったものに基づいて,24次元空間の格子状詰め込みを構成しました.この詰め込みにおいては,なんと1つの超球に196560個もの超球が接触しています.τ24の196560個の点はリーチ格子の原点から一番近い点の集合として得られることが知られています.
こうして,Odlyzko & Sloaneによって,n≦24のときのすでに知られている上界・下界が与えられています.
n τn
1 2
2 6
3 12
4 24〜25
5 40〜46
6 72〜82
7 126〜140
8 240
9 306〜380
10 500〜595
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
24 196560
球の最密パッキングの研究は,2次形式の数論,ルート系,誤り訂正符号,有限単純群などの理論と関係し,最大の信頼性と最小の電力で伝送できる効率的な通信システムの設計に応用されています.とくに,リーチ格子の発見により,データ転送における誤り訂正符号の発見に大革新がもたらされましたが,通信技術への応用は球の詰め込み問題の四次元以上への一般化の結果としてなされたものであり,純粋数学の期待せざる応用の一例といってもよいでしょう.
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【補】1958年,ロジャースが四面体配置から,空間充填率の上限を3√2(cos-11/3−π/3)=77.96%とはじき出しました.四面体配置は,3次元で相互に接するように球を配置するときの最大数となる配置ですが,全空間を充たすことはできないので,空間充填率の上限と考えられるわけです.また,1988年には,この上限はわずかに改良され,77.84%よりも高密度の詰め込みは存在しないことが証明されています.これを74.04%まで引き下げることができれば,面心立方格子が最密充填構造だという証明になるのですが,残念ながら,上限の引き下げは骨の折れる厄介なプロセスであり,遅々として進んでいません.球の最密充填構造については,わずか数%の差であるにもかかわらず,また,何世紀にもわたる研究にもかかわらず未解決で,数学の未解決問題として有名なものの一つになっています.まだこんなことがわかっていないのです.
【補】N.D.クック氏のFCC核モデルを参照されたい.FCCとはface-centered-cubic(面心立方格子)の略である.なお,FCC核モデルの日本語訳は「自然のコード」(HBJ出版局)に収録されている.
【問】次の配置の充填率と接吻数を求めよ.
単純立方格子:π/6(53%)
六方格子 :√3π/9(60%)
体心立方格子:√3π/8(68%)
面心立方格子:√2π/6(74%)