■因数分解の算法(その9)

 遅ればせながら,新年あけましておめでとうございます.昨年末に着手した高次元幾何学の計算に手間取ってしまい,コラムまで手が回らなかったのです.
 
 さて,「因数分解に算法」は,
  a^2+b^2+2ab=(a+b)^2
  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
は因数分解可能,しかるに
  a^4+b^4+c^4+d^4+4abcd
は不可能というところから始まったシリーズでした.
 
  a^2+b^2+2ab
が因数分解可能であれば,
  a^2+b^2−2ab=(a−b)^2
と因数分解できますし,また,
  a^4+b^4+c^4+d^4+4abcd
が不可能であれば,同様に
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
は因数分解不可能です.後者においてa,b,c,dのどれかを負に直せば前者の帰着しますから,両者は本質的に同じ式であって,したがって,両者の因数分解可能性が一致するのは自明でしょう.
 
 本シリーズはこのような因数分解可能性について取り扱うつもりだったのですが,後半では話が代数学(群・環・体)にまで飛んでしまい大きく脇道にそれてしまった感があります.この辺で軌道修正ということで,今年はじめてのコラムでは算術平均と幾何平均に関係する因数分解(?)を取り上げてみたいと思います.
 
===================================
 
【1】算術平均と幾何平均
 
  a^2+b^2−2ab
  a^3+b^3+c^3−3abc
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
さらに高次元化した
  a^5+b^5+c^5+d^5+e^5−5abcde
  a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6−6abcdef
などが,本質的に算術平均A(a^n)と幾何平均G(a^n)の差となっていることは,このコラムの読者であれば既におわかりであろう.
 
 ここで,受験参考書に必ず書いてある
  a^3+b^3+c^3−3abc
 =(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
 =(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2
という公式を思い出してもらいたい.
 
 これらの2次,3次の同次式
  a^2+b^2−2ab=(a−b)^2
  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2
を並べて書くと,両者とも右辺には多項式Pkを重みとする平方の和の形
  ΣPk(ai−aj)^2
が現れていることに気づかされるだろう.前者ではPk=1,後者ではPk=(a+b+c)/2となっているというわけである.
 
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
は因数分解不可能であることがわかっていて,そのため,受験参考書には決して登場しないのであるが,それではせめて多項式の平方の和の形に表せないだろうかというのが今回のコラムのテーマである.
 
 ここで,a,b,c,・・・はすべて正であると仮定するが,算術平均と幾何平均の大小関係については有名な不等式
  A(a^n)≧G(a^n)
が成り立つので,n変数のn次正定値形式に関する問題であるし,また,基本対称式に関係した問題ということにもなろう.
 
===================================
 
【2】フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式
 
 実は,算術平均A(a^n)と幾何平均G(a^n)については,フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式
  n{A(a^n)−G(a^n)}
 =1/2(n−1)!{Σ(a1^(n-1)−a2^(n-1))(a1−a2)+Σ(a1^(n-2)−a2^(n-2))(a1−a2)a3+Σ(a1^(n-3)−a2^(n-3))(a1−a2)a3a4+・・・}
の成り立つことが知られている.右辺はa1,a2,・・・,anを置換して得られる値の総和である.
 
 また,このことから
  A(a^n)≧G(a^n)
の別証明が得られる.
  Σ(a1^(n-1)−a2^(n-1))(a1−a2)+Σ(a1^(n-2)−a2^(n-2))(a1−a2)a3+Σ(a1^(n-3)−a2^(n-3))(a1−a2)a3a4+・・・
 =ΣP1(a1−a2)^2+ΣP2(a1−a2)^2+ΣP3(a1−a2)^2+・・・
 =Σ(P1+P2+P3+・・・)(a1−a2)^2
 =ΣP0(a1−a2)^2≧0
 
 さらに,
  a1=x1^2,a2=x2^2,・・・
とおくと,
  (a1^(n-1)−a2^(n-1))(a1−a2)
 =(x1^2(n-1)−x2^2(n-1))(x1^2−x2^2)
 =(x1^2−x2^2)^2(x1^2(n-2)+x1^2(n-3)x2^2+・・・+x2^2(n-2))
となり,各項が(x1^2−x2^2)x1^(n-2)の平方の形の多項式となっていることがわかる.このことから,多項式P1,P2,・・・それ自体も平方の和となることが理解されるのである.
 
===================================
 
 それはさておき,フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式においてn=2の場合,
  1/2Σ(a1−a2)^2=1/2{(a1−a2)^2+(a2−a1)^2}=(a1−a2)^2
すなわち,
  a^2+b^2−2ab=(a−b)^2
 
 n=3の場合は
  1/4{Σ(a1+a2)(a1−a2)^2+a3Σ(a1−a2)^2}
 =1/4{Σ(a1+a2+a3)(a1−a2)^2}
より
  a^3+b^3+c^3−3abc=(a+b+c){(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2
が得られる.
 
 n=4の場合も
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−a)^2
の形で表されるはずなのだが,小生の解釈に誤りがあるためなのか,それとも等式の運用がよくないせいなのか,具体的な多項式P1〜P6を決められないでいる.以下に,小生の間違った解釈を紹介したい.
 
 フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式において,n=4のとき(係数1/2・1/3!は省略するが)
  Σ(a1^3-a2^3)+Σ(a1^2-a2^2)(a1-a2)a3+Σ(a1-a2)^2a3a4
となる.これは
  Σ(a1-a2)^2(a1^2+a1a2+a2^2)+Σ(a1-a2)^2(a1+a2)a3+Σ(a1-a2)^2a3a4
と変形されるので,
  P1(a-b)^2+P2(a-c)^2+P3(a-d)^2+P4(b-c)^2+P5(b-d)^2+P6(c-d)^2
のような形に表されることは保証されているはずである.
 
 ここで,第1項
  Σ(a1-a2)^2(a1^2+a1a2+a2^2)
はa1,a2を置換することにより得られる4P2=12項の和,第2項
  Σ(a1-a2)^2(a1+a2)a3
はa1,a2,a3を置換することにより得られる4P3=24項の和,第3項
  Σ(a1-a2)^2a3a4
はa1,a2,a3,a4を置換することにより得られる4P4=24項の和として表されるから,
  P1=2(a^2+ab+b^2+(a+b)(c+d)+2cd)
  P2=2(a^2+ac+c^2+(a+c)(b+d)+2bd)
  P3=2(a^2+ad+d^2+(a+d)(b+c)+2bc)
  P4=2(b^2+bc+b^2+(b+c)(a+d)+2ad)
  P5=2(b^2+bd+d^2+(b+d)(a+c)+2ac)
  P6=2(c^2+cd+d^2+(c+d)(a+b)+2ab)
になるものと思われた.
 
 しかし,検算してみたところ,これでは
  a^4+b^4+c^4+d^4−4abcd
 =P1(a−b)^2+P2(a−c)^2+P3(a−d)^2+P4(b−c)^2+P5(b−d)^2+P6(c−a)^2
は成り立たなかった.
 
===================================
 
 同様に,n=5では
  Σ(a1-a2)^2(a1^3+a1^2a2+a1a2^2+a2^3)+Σ(a1-a2)^2(a1^2+a1a2+a2^2)a3+Σ(a1-a2)^2(a1+a2)a3a4+Σ(a1-a2)^2a3a4a5
第1項は5P2=20項の和,第2項は5P3=60項の和,第3項は5P4=120項の和,第4項は5P5=120項の和となるはずであるから,
  P1=2(a^3+a^2b+ab^2+b^3+(a^2+ab+b^2)(c+d+e)+(a+b)(2cd++2ce+2de)+6cde) 
P2〜P10は省略.
 
 n=6では
  Σ(a1-a2)^2(a1^4+a1^3a2+a1^2a2^2+a1a2^3+a2^4)+Σ(a1-a2)^2(a1^3+a1^2a2+a1a2^2+a2^3)a3+Σ(a1-a2)^2(a1^2+a1a2+a2^2)a3a4+Σ(a1-a2)^2(a1+a2)a3a4a5+Σ(a1-a2)^2a3a4a5a6
第1項は6P2=30項の和,第2項は6P3=120項の和,第3項は6P4=360項の和,第4項は6P5=720項の和,第5項は6P6=720項の和となるはずであるから,
  P1=2(a^4+a^3b+a^2b^2+ab^3+b^4+(a^3+a^2b+ab^2)(c+d+e+f)+(a^2+ab+b^2)(2cd++2ce+2cf+2de+2df+2ef)+(a+b)(6cde+6cdf+6cef+6def)+24cdef) 
P2〜P15は省略.
 
 相当厳めしい式となってしまったが,n=4の場合が成立しない以上,これらについてもうまくいかないだろう.3次までは簡単だが,4次,5次,6次・・・と進めないのである.
 
 はたして
  a^4+b^4+c^4+d^4-4abcd
 =P1(a-b)^2+P2(a-c)^2+P3(a-d)^2+P4(b-c)^2+P5(b-d)^2+P6(c-d)^2
の分解は本当に可能なのだろうか? 可能だとしたらP1-P6はa,b,c,dを用いてどのように表されるのか? 具体的な多項式は(おそらくは帰納的に)算出するしかないのだろうか?
 
  a^5+b^5+c^5+d^5+e^5-5abcde
  a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6-6abcdef
についても同様であるが,これらについてはわかり次第報告したいと考えている.
 
===================================
 
【3】ヒルベルトの定理
 
 フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式により,
  a1^n+a2^n+・・・+an^n−na1a2・・・an
を各項が非負値の和として表すことができることがわかっているが,特に2n次のとき,
  F=x1^2n+x2^2n+・・・+x2n^2n−2nx1x2・・・x2n
   =x1^2n+・・・+xn^2n−nx1^2・・・xn^2
   +xn+1^2n+・・・+x2n^2n−nxn+1^2・・・x2n^2
   +n(x1・・・xn−xn+1・・・x2n)^2
より,
  F=ΣPi^2
を示すことができる.
 
 この定理は,
  a^4+b^4+c^4+d^4-4abcd
  a^6+b^6+c^6+d^6+e^6+f^6-6abcdef
が多項式の平方の和となることを保証するものである.たとえば,
  x^4+y^4+z^4+w^4−4xyzw
 =(x^2−y^2)^2+(z^2−w^2)^2+2(xy−zw)^2
は3個の多項式の平方の和である.
 
 また,
  x^6+y^6+z^6+u^6+v^6+w^6−6xyzuvw
 =1/2(x^2+y^2+z^2){(y^2−z^2)^2+(z^2−x^2)^2+(x^2−y^2)^2}+1/2(u^2+v^2+w^2){(v^2−w^2)^2+(w^2−u^2)^2+(u^2−v^2)^2}+3(xyz−uvw)^2
は19個の多項式の平方の和である.
 
  a^4+b^4+c^4+d^4-4abcd
 =P1(a-b)^2+P2(a-c)^2+P3(a-d)^2+P4(b-c)^2+P5(b-d)^2+P6(c-d)^2
であることは保証してないのであるが,abcdの項が出現するためには(ab-cd)または(ac-bd)の平方の項が出現しなければないのだろうか?
 
 ところで,この定理では,2n変数の2n次正定値形式
  F=n{A(a^2n)−G(a^2n)}
がいくつかの多項式Piを用いて
  F=ΣPi^2
と表されることをみたが,それでは2n変数の2n次正定値形式Fはすべてこのように表されるのだろうか?
 
 すなわち,次なる問題はどのようなFがいくつかの多項式Piを用いて
  F=ΣPi^2
と表されるかという問題である.
 
 この問題はヒルベルトによって完全に解決されていて,Fの次数を2nとし,変数の数をmとした場合,
  (1)m=2,nは任意
  (2)mは任意,2n=2
  (3)m=3,2n=4
は実数係数2次形式の和で表されるが,これ以外のものについては表されないものが存在するという結論である.もっとも,(2)は任意の2次形式は2次形式であるという当たり前のことをいっているに過ぎないのだが・・・.
 
===================================
 
【4】基本対称式とニュートンの定理
 
 本コラムとは直接関係のないことであるが,基本対称式と累乗和が現れているので,ニュートンの定理についても紹介しておきたい.
 
 対称式の基本定理より,n変数のどんな対称式も基本対称式を用いて表すことができる.たとえば,2変数の場合,
  α1^2+α2^2=(α1+α2)^2−2α1α2
  α1^3+α2^3=(α1+α2)^3−3(α1+α2)α1α2
  α1^2α2+α1α2^2=(α1+α2)α1α2
など.
 
 次に,n変数対称式:
  pj=α1^j+α2^j+・・・+αn^j
を基本対称式:
  σ1=α1+・・・+αn
  σ2=α1α2+・・・+αn-1αn
  σ3=α1α2α3+・・・+αn-2αn-1αn
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  σn=α1α2α3・・・αn
を用いて表してみることにしよう.
 
  f(t)=Π(1+tαi)=1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n
とおくと,
  f'(t)/f(t)=d/dtlogf(t)=Σαi/(1+tαi)=ΣΣ(-1)^kαi^(k+1)t^k
       =Σ(-1)^kp(k+1)t^k
 
 ゆえに,
  f’(t)=f(t)Σ(-1)^kp(k+1)t^k
となり,
  σ1+2σ2t+・・・+nσnt^(n-1)
=(1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n)(p1−p2t+p3t^2−・・・)
 
 両辺の係数を比較することによって,順次
  p1=σ1
  p2=σ1p1−2σ2
  p3=σ1p2−σ2p1+3σ3
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  p(k+1)=σ1pk−σ2p(k-1)+・・・+(-1)^(k-1)σkp1+(-1)^k(k+1)σ(k+1)
が得られる.このことから「α1,α2,・・・,αnの基本対称式は,累乗和:α1^j+α2^j+・・・+αn^jの有理数を係数とする整式で表される」という結果が導き出される(ニュートンの定理).
 
===================================
 
 ここで述べた定理はニュートンに拠るとされるものであるが,このことから逆に,n次方程式:
  f(x)=x^n+a1x^(n-1)+・・・+an=Π(x−αi)=0
が与えられたとき,累乗和
  p1=α1+・・・+αn
  p2=α1^2+α2^2+・・・+αn^2
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  pn=α1^n+α2^n+・・・+αn^n
を根とする方程式の係数を導出することができる.したがって,もし係数a1,・・・,anがすべて有理数(整数)なら,求める方程式の係数もまたみな有理数(整数)となる.
 
 アーベルは「ニュートンの定理」を援用して方程式論を形成したことになるといえるだろう.アーベルは5次以上の一般代数方程式がベキ根によっては解けない(5次以上の方程式には,係数の間の四則と累乗根を使って表す根の公式はない)ことを初めて証明したノルウェーの数学者である.
 
===================================
 
 r次の基本対称式(の総和)σrについては,不等式
  σr-1σr+1≦σr^2  (1<=r<n)
が成り立つことが知られている.
 
 また,
  Π(1+tαi)=1+σ1t+σ2t^2+・・・+σnt^n
 =1+nC1c1t+nC2c2t^2+・・・+σnt^n
と表すと,
  cr=σn/nCr
すなわち,r次の基本対称式の平均である.
 
 crは
  σr-1σr+1≦σr^2  (1<=r<n)
よりも強い,次のような不等式を満たす.
(1):cr-1cr+1≦cr^2  (1<=r<n)   (ニュートンの定理)
(2):c1≧c2^(1/2)≧c3^(1/3)≧・・・≧cn^(1/n)
 
 なお,対称式の計算は,ヤング図形を用いて見通しよく行うことができる.ヤング図形は対称式の計算に役立つだけでなく,「群の表現論」と呼ばれる分野でも用いられ,テンソル積の計算など非常に便利なものになっている.群の表現論は現在も活発に研究され進歩している分野である.
 
===================================
 
【参】ハーディ・リトルウッド・ポーヤ「不等式」シュプリンガー・フェアラーク東京
 
===================================