■誤差関数の近似式(その7)
誤差関数の近似式(その2)では,Cadwellの近似式(1951)を
Φ(x)≒[1-exp(-2x^2/π-2(π-3)/3π^2・x^4)]^(1/2)
と紹介したが,(その4)で,
Φ(x)≒[1-exp(-2x^2/π+2(π-3)/3π^2・x^4)]^(1/2)
のタイプミスであることが判明した.
また,同じく(その2)において,不等式の上界と下界を
(1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)^2exp(-x^2))^(1/2)≦Φ(x)≦(1-exp(-x^2)-(1-2/π)^2exp(-x^2))^(1/2)
とすることができることを紹介したが,これも誤植が疑われる式である.
これらの式の種本には,Johnson, Kotz らの「continuous univariate distributions-I,II」(John Wiley & Sons Inc.)を使用している.その第2版は33章,2000ページを超える大部となっていて,決して,一朝一夕に書かれたものではなく,内容的にみても日々丹精して累積した原稿を整理した学術書と思われる.
応用統計の教科書として定評のあるこの本は数学的観点からみて,それ程高級なことが書かれてあるわけではないが,初歩的なことからわかりやすく書いてあるし,それに何より応用面に配慮されているところがよいと感じられる良書である.
第2版では第1版よりも格段にミスプリントは少なくなっているとはいうものの,
Φ(x)≒[1-exp(-2x^2/π-2(π-3)/3π^2・x^4)]^(1/2)
も
(1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)^2exp(-x^2))^(1/2)≦Φ(x)≦(1-exp(-x^2)-(1-2/π)^2exp(-x^2))^(1/2)
も,第2版(I,p115)から転載したものであり,難を申せば,依然としてこのような誤植(あるいはその疑い)がみられるということであろう.
Φ(x)の上界・下界:
(1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)^2exp(-x^2))^(1/2)≦Φ(x)≦(1-exp(-x^2)-(1-2/π)^2exp(-x^2))^(1/2)
については,誤植であることがはっきりしたわけではないが,最近殊にコラムのネタに窮していて,正規分布の話題を無理矢理引っ張らざるを得ないという状況もあって,今回のコラムではΦ(x)の上界・下界を求めてみることにした.
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【1】Φ(x)の下界
これまで,
{Φ(x)}^2=(2π)^(-1)∫(-x,x)∫(-x,x)exp{-(t1^2+t2^2)/2}dt1dt2
<∫(0,r)rexp(-r^2/2)dr∫(0,2π)1/2πdθ
=∫(0,r)rexp(-r^2/2)dr=1-exp(-r^2/2)
であることは,何度も繰り返しみてきたとおりである.
ここでx軸,(x,0)を通りy軸に平行な直線,直線y=xに囲まれた直角二等辺三角形領域で,2次元正規分布を積分することを考える.この積分を△で表すとx=rcosθより,
△=1/2π∫(0,π/4)∫(0,x/cosθ)rexp(-r^2/2)drdθ
=1/2π∫(0,π/4)∫(0,x/cosθ){1-exp(-r^2/2)}drdθ
=1/2π∫(0,π/4){1-exp(-x^2/2・sec^2θ)}dθ
と表される.
sec^2θ=1+tan^2θ
また,この三角形領域での積分は正方形領域の積分の1/8であるから,
{Φ(x)}^2=8△
=4/π∫(0,π/4){1-exp(-x^2/2・(1+tan^2θ))}dθ
次に,
exp(-x^2/2・tan^2θ)=1-x^2/2・tan^2θ+1/2!(x^2/2)^2・tan^4θ-1/3!(x^2/2)^3・tan^6θ+・・・
と展開して項別積分することを考える.sec^2θのままでは漸化式を得ることは難しいが,sec^2θ=1+tan^2θとして,
T[i]=∫(0,π/4)tan^2iθdθ
とおくと,簡単な漸化式の形
T[i]=1/(2i-1)-T[i-1]
T[1]=1-π/4
に表すことができる(岩波・数学公式T,p179).
T[1]=1-π/4>0
-T[2]=T[1]-1/3=1-1/3-π/4<0
T[3]=1/5-T[2]=1-1/3+1/5-π/4>0
-T[4]=T[3]-1/7=1-1/3+1/5-1/7-π/4<0
T[5]=1/9-T[4]=1-1/3+1/5-1/7+1/9-π/4>0
ここで,1-1/3+1/5-1/7+1/9-・・・はグレゴリー・ライプニッツ級数であって,π/4に収束するから,i→∞のとき
T[i]→0,|T[i]|→0
となる.
最終的には
{Φ(x)}^2=1-exp(-x^2/2)-4/πexp(-x^2/2)Σ(-1)^i/i!・(x^2/2)^iT[i]
=1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)x^2exp(-x^2/2)+(1/3π-1/8)x^4exp(-x^2/2)+・・・
に表せるわけであるが,(2/π-1/2)x^2exp(-x^2/2)以降はすべて正項であるから,不等式
1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)x^2exp(-x^2/2)≦{Φ(x)}^2
が得られたことになる.
1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)x^2exp(-x^2/2)≦{Φ(x)}^2
が得られたことで,種本にある
1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)^2exp(-x^2)≦{Φ(x)}^2
が誤植ではないかと疑っているわけであるが,もちろん,この不等式は
1-exp(-x^2/2)+(正項)≦{Φ(x)}^2
の形であり,
1-exp(-x^2/2)≦{Φ(x)}^2
よりも精緻化されている.
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【2】Φ(x)の上界
-Σ(-1)^i/i!・(x^2/2)^iT[i]
はすべての項が正であることがわかっている.また,
T[i]→0,|T[i]|→0
であることより,不等式
-Σ(-1)^i/i!・(x^2/2)^iT[i]≦T[1]Σ1/i!・(x^2/2)^i
=T[1]{exp(x^2/2)-1}
が成り立つ.
したがって,
{Φ(x)}^2=1-exp(-x^2/2)-4/πexp(-x^2/2)Σ(-1)^i/i!・(x^2/2)^iT[i]
≦1-exp(-x^2/2)-4/πexp(-x^2/2)T[1]{exp(x^2/2)-1}
に
T[1]=1-π/4
を代入することによって,
{Φ(x)}^2≦4/π{1-exp(-x^2/2)}
となる.これで,不等式
1-exp(-x^2/2)≦{Φ(x)}^2≦4/π{1-exp(-x^2/2)}
が得られたことになる.
これはそれなりに美しい不等式であるが,目指すべき不等式は
{Φ(x)}^2≦1-exp(-x^2)+(負項)
であるから,これでは今後の発展が望めず,まったくつまらない結果となってしまった.
結局,いまのところ,当該の不等式
1-exp(-x^2/2)+(2/π-1/2)^2exp(-x^2)≦{Φ(x)}^2≦1-exp(-x^2)-(1-2/π)^2exp(-x^2)
がミスプリントであるかどうかわかっていないのだが,どちらかというと誤植である可能性が高いように思われる.当該の不等式が正しいと仮定しての話であるが,この証明を得るためにはもう一工夫必要であろうと思われた.しかし,うまいアイディアが浮かばないのである.
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【3】雑感
上で述べたようなアプローチではなく,もっと素朴に幾何学的な発想でもって,上界・下界を得ることができるのかもしれないが,凸関数についてのイェンセンの不等式を用いると,
x/(x^2+1)・φ(x)≦Φ(x)≦1/x・φ(x)
が証明されるとのことである.
ただし,標準正規分布の密度関数を
φ(x)=1/√(2π)exp(-x^2/2)
累積分布関数を,
Φ(x)=∫(x,∞)φ(t)dt,x>0
と定義する.
Φ(x)=∫(-x,x)φ(t)dt,x>0
と定義した場合は,いうまでもなく,
x/(x^2+1)・φ(x)≦1/2(1-Φ(x))≦1/x・φ(x)
となる.
不等式:
x/(x^2+1)・φ(x)≦Φ(x)≦1/x・φ(x)
は,小生に
22/71<π<22/7
を想起させるものであるが,読者諸賢にとっては如何であろうか?
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