■微分形式・外積・外微分
微分形式は,古典的な微分の概念の精密化・一般化であると考えられる.古典的な微分・積分では,dxやらdxdyやらdxdydzやら奇妙な表記法がでてくるが,それぞれ微小な線分,長方形,直方体の意味にすぎない.
そこで,曲線に対して微分1形式,曲面に対して微分2形式を定義する.微分形式は向きと大きさをもつ量であるが,しかし,その真の性格が意味が汲み出されるようになったのは比較的最近のことで,この微分形式を考えることが20世紀の数学に大きな影響を与えたという.
外微分形式を用いると,座標系によらない形で力学,電磁気学,相対論などを記述できるので甚だ都合がよいし,抽象代数の立場で代数多様体研究に役立たせることも可能になる.微分形式は,導関数に比べ格段に深い存在理由と理論上の有効性をもっているのである.
今回のコラムではこれらの解説を試みるが,微分形式の応用分野をもたないわが身にとっては,どうやってまとめればよいのか? 悩み多きところでもある.
===================================
【1】ベクトルの外積と平行四辺形
まず最初に昔なつかしい「ベクトル」を思い出して頂き,「ベクトルの外積」の大きさ,すなわち,2つの2次元ベクトル
a↑=(x1,y1)
b↑=(x2,y2)
が作る平行四辺形の面積について考えてみることにします.
|a↑|=a,|b↑|=b
とすれば,平行四辺形の面積は,
S=absinθ
ですから,
S^2=a^2b^2(1−cos^2θ)
=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|a↑・a↑ a↑・b↑|
|b↑・a↑ b↑・b↑|
で与えられます.内積の行列式で定義される行列式をグラムの行列式(グラミアン)といいます.平行四辺形の面積はグラミアンの平方根に等しくなるというわけです.これを座標を使って表せば,
S^2=|x1 x2|^2
|y1 y2|
のように展開されます.
3次元ベクトル
a↑=(x1,y1,z1)
b↑=(x2,y2,z2)
のときは,
S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2
|z1 z2| |x1 x2| |y1 y2|
これは3次元ベクトル
(y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)
の長さの形をしています.
これは平行六面体の体積
|a↑・a↑ a↑・b↑ a↑・c↑| |x1 y1 z1|^2
V^2=|b↑・a↑ b↑・b↑ b↑・c↑|=|x2 y2 z2|
|c↑・a↑ c↑・b↑ c↑・c↑| |x3 y3 z3|
ではなく,平行四辺形の面積であることを注意しておきます.
a↑=(x1,y1,z1)
b↑=(x2,y2,z2)
の外積は,3次元ベクトル
(y1z2−z1y2,z1x2−z2y1,x1y2−y1x2)
で与えられます.すなわち,外積の大きさ=平行四辺形の面積なのです.
少し見ただけではわかりにくい表示で,憶えるのも大変そうですが,行列式を使うと
|e1↑ e2↑ e3↑|
c↑=a↑×b↑=|x1 y1 z1 |
|x2 y2 z2 |
上の行から,単位ベクトル,a↑の成分,b↑の成分の順に並ぶというわかりやすい形に整理できます.
同様に,4次元のときは
a↑=(x1,y1,z1,w1)
b↑=(x2,y2,z2,w2)
S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=|y1 y2|^2+|z1 z2|^2+|x1 x2|^2
|z1 z2| |x1 x2| |y1 y2|
+|x1 x2|^2+|y1 y2|^2+|z1 z2|^2
|w1 w2| |w1 w2| |w1 w2|
これは6次元ベクトルの長さの形をしていることがわかります.
一般のn次元の空間では
a↑=(u1,・・・,un)
b↑=(v1,・・・,vn)
に対し,
S^2=|a↑|^2|b↑|^2−(a↑・b↑)^2
=Σ(ujvk−ukvj)^2
ただし,Σはj<kとなるnC2=n(n−1)/2組に対して和をとるものとします.
これは,n(n−1)/2次元ベクトルの長さの形をしているのですが,空間の次元が3のときだけ,運よく3次元ベクトルが得られていることがおわかり頂けたしょうか? この事実は,外積が3次元ベクトルでしか定義できないことを示しています.
ベクトルの外積は3次元特有のもので,2次元でも4次元でもだめなのですが,ほとんどの物理現象は3次元空間で生じますから,これでも汎用性は高いというわけです.
また,このことは,ベクトルの内積が一般のn次元空間でも
a↑・b↑=Σukvk
と表されるのと対照的です.もっとも4次元以上では2つのベクトルa↑,b↑の張る平面に直交する方向は一義ではなくなるので,話がおかしくなってしまうのですが・・・.
===================================
[参]参考までに,n本のベクトルで張られる平行2n面体の体積についても述べておきます.→コラム「極大格子群とルート系」参照.
写像:y=Axによって,単位直方体は平行2n面体に写像されるものとすると,この写像のヤコビアンはJ=|A|となる.また,グラミアン
G=|A|^2
が成立する.したがって,平行2n面体のn次元体積は
|G|^(1/2)=|A|
で与えられる.
===================================
【2】ストークスの定理(微分1形式−微分2形式)
物体が位置P(x,y,z)から位置Q(x+dx,y+dy,z+dz)へ,力F=(Fx,Fy,Fz)のもとで動いたとき,力Fのなす仕事は内積
Fxdx+Fydy+Fzdz
で与えられます.
このように,微分dx,dy,dzの線形結合で書かれる量
f(x,y,z)dx+g(x,y,z)dy+h(x,y,z)dz
は「微分1形式」あるいはパッフ形式と呼ばれますが,曲線に沿って積分するという考え方を,2次元・3次元空間内の曲線に対してあてはめるとき,微分1形式を考えるとよいことが理解されます.(0形式とは関数fのことである.)
閉曲線Cに沿って1周すると仕事Wは,
W=鼎(fdx+gdy+hdz)
これをCを境界とする閉曲面S上の面積分で表すと
W=∫S{(∂h/∂y−∂g/∂z)dydz+(∂f/∂z−∂h/∂x)dzdx+(∂g/∂x−∂f/∂y)dxdy}
となるというのが「ストークスの定理」です.
しかし,その意味不明さも手伝って,多くの人は逃げ出したくなるに違いありません.また,ベクトル演算の1種であるrot,あるいは,微分演算子▽を使えば,
rotF↑=▽×F
=(∂Fz/∂y−∂Fy/∂z,∂Fx/∂z−∂Fz/∂x,∂Fy/∂x−∂Fx/∂y)
となりますから,右辺の積分記号を除いた{・・・}部分には,異なる表記
(rotF↑)xdydz+(rotF↑)ydzdx+(rotF↑)zdxdy
を与えることができますが,かえって混乱を招いてしまうでしょう.
そこで,記号Λ(ウェッジ)を導入して,微分dx,dy,dzの間で定義される1種の積を定めます.これは「外積」あるいはウェッジ積と呼ばれ,次の反対称の性質をもちます.
dxΛdy=−dyΛdx
dyΛdz=−dzΛdy
dzΛdx=−dxΛdz
また,反対称ですから
dxΛdx=dyΛdy=dzΛdz=0
と決めておきます.→[補]参照
まるでベクトルの外積あるいは4元数のような演算規則ですが,そうすると,微分1形式
f1dx+g1dy+h1dz,f2dx+g2dy+h2dz
に対して,外積は
(f1dx+g1dy+h1dz)Λ(f2dx+g2dy+h2dz)=(f1g2−g1f2)dxΛdy+(g1h2−h1g2)dyΛdz+(h1f2−f1h2)dzΛdx
と計算されます.
f(x,y,z)dyΛdz+g(x,y,z)dzΛdx+h(x,y,z)dxΛdy
のような量を微分が2つあるという意味で,「微分2形式」と呼びます.
また,関数f=f(x,y,z)において,全微分は
df=∂f/∂xdx+∂f/∂ydy+∂f/∂zdz
ですから,同様に
dg=∂g/∂xdx+∂g/∂ydy+∂g/∂zdz
dh=∂h/∂xdx+∂h/∂ydy+∂h/∂zdz
この全微分と外積を使って,上の微分2形式を書き換えると,
(∂h/∂y−∂g/∂z)dyΛdz+(∂f/∂z−∂h/∂x)dzΛdx+(∂g/∂x−∂f/∂y)dxΛdy
=(∂f/∂ydy+∂f/∂zdz)Λdx+(∂g/∂xdx+∂g/∂zdz)Λdy+(∂h/∂xdx+∂h/∂ydy)Λdz
=(∂f/∂xdx+∂f/∂ydy+∂f/∂zdz)Λdx+(∂g/∂xdx+∂g/∂ydy+∂g/∂zdz)Λdy+(∂h/∂xdx+∂h/∂ydy+∂h/∂zdz)Λdz
=dfΛdx+dgΛdy+dhΛdz
と書き直すことができます.
これを,微分1形式
ω=fdx+gdy+hdz
に,外微分操作
d(fdx)=dfΛdx
(と定義する)を施して得られた微分1形式の外微分
dω=d(fdx+gdy+hdz)
=dfΛdx+dgΛdy+dhΛdz
と考え,これをを導く操作を「外微分」と呼びます.
以上より,ベクトル解析におけるストークスの定理は,微分1形式を外微分した形の微分2形式の積分を用いて,
∫Cω=∫Sdω
さらに,Sの境界を∂Sと表すとC=∂Sですから,
∫∂Sω=∫Sdω
の形に書けるのですが,曲面S上で微分2形式を積分したものが,閉曲線Cに沿う線積分であることを示しているというわけです.
===================================
[補]外微分のルール
dxΛdyは単なるかけ算ではなく,順番をひっくり返すと,
dxΛdy=−dyΛdx
となって負号がでてくるが,このことは変数変換をやってみればすぐに理解できる.
x,yからu,vに変換する場合,
dxdy=Jdudv
Jはヤコビアンと呼ばれる行列式で,
J=|∂x/∂u ∂x/∂u|
|∂y/∂u ∂y/∂u|
=(∂x/∂u)(∂y/∂u)−(∂x/∂u)(∂y/∂u)
ここで,xとyを入れ替えると負号がでてくるので,
dxΛdy=−dyΛdx
また,yをxにするとヤコビアンは0になるから,
dxΛdx=0
また,関数fに対して
d(df)=d^2f=0
微分1形式に対しては
d(dωΛdρ)=(dω)Λρ−ωΛ(dρ)
より,
d(dω)=d^2ω=0
すなわち,外微分は2回続けると0になるが,このことは滑らかな関数の偏微分は順番によらないことに由来している.
以上,外微分のルールをまとめると,
(1)微分形式の外積の順番を逆にするとマイナスがでてくる(dxΛdy=−dyΛdx).
(2)同じ微分形式を2度かけるとゼロになる(dxΛdx=0).
(3)外微分を続けるとゼロになる(ddx=0).
の3つである.
dxΛdy≠dyΛdxなのであるが,微分2形式は符号が異なると考えることから始まるのである.
===================================
【3】ガウスの定理(微分2形式−微分3形式)
3次元空間内の領域Vをとり,その表面をSとすると,
∫S(fdydz+gdzdx+hdxdy)=∫V(∂f/∂x+∂g/∂y+∂h/∂z)dxdydz
というのが「ガウスの定理」です.
この定理の右辺に現れる積分は,「微分3形式」
(∂f/∂x+∂g/∂y+∂h/∂z)dxΛdyΛdz
を積分したものと考えます.3つの微分の積なので,微分3形式と呼ぶわけですが,一般に,微分3形式は
H(x,y,z)dxΛdyΛdz
で与えられます.
また,微分1形式fdxの外微分を,全微分
df=∂f/∂xdx+∂f/∂ydy+∂f/∂zdz
を用いて,
d(fdx)=dfΛdx
と定義したことをふまえて,微分2形式fdyΛdzの外微分を
d(fdyΛdz)=dfΛdyΛdz
=(∂f/∂xdx+∂f/∂ydy+∂f/∂zdz)ΛdyΛdz
=∂f/∂xdxΛdyΛdz
と定義します.さらにまた,これに意味をもたせるために,結合則
dxΛ(dyΛdz)=(dxΛdy)Λdz=dxΛdyΛdz
を要請します.
すると,
d(fdyΛdz+gdzΛdx+hdxΛdy)
=dfΛdyΛdz+dgΛdzΛdx+dhΛdxΛdy
=∂f/∂xdxΛdyΛdz+∂g/∂ydyΛdzΛdx+∂h/∂zdzΛdxΛdy
また,
dxΛdyΛdz=dyΛdzΛdx=dzΛdxΛdy
ですから,
∂f/∂xdxΛdyΛdz+∂g/∂ydyΛdzΛdx+∂h/∂zdzΛdxΛdy
=(∂f/∂x+∂g/∂y+∂h/∂z)dxΛdyΛdz
=d(fdyΛdz+gdzΛdx+hdxΛdy)
従って,前項と同様に,曲面上の微分2形式
ρ=fdyΛdz+gdzΛdx+hdxΛdy
の積分に対して,ガウスの定理は
∫S(fdyΛdz+gdzΛdx+hdxΛdy)
=∫V(fxdx+gydy+hzdz)dxΛdyΛdz
=∫Vd(fdyΛdz+gdzΛdx+hdzΛdz)
すなわち,
∫Sρ=∫∂Vρ=∫Vdρ
と書かれることが理解されます.
ガウスの定理は,曲面で微分2形式を積分すると,内部で微分3形式を積分した値と一致するというものですが,ストークスの定理の場合とほんの少し言葉を変えただけで,まったく同じといってよいほど似ています.
===================================
【4】外積と外微分
3次元空間上には,関数(0形式),微分1形式,微分2形式,微分3形式がありますが,微分4形式は,外積の反対称性から,たとえば,
dxΛdyΛdzΛdx=0
となるからです.そして,図式的に書くと外微分演算子dによって,
0形式 −d→ 微分1形式 −d→ 微分2形式 −d→ 微分3形式
と表されます.
これまで,ベクトル解析における「ストークスの定理」と「ガウスの定理」は,微分形式の積分を用いて,それぞれ
∫Cω=∫∂Sω=∫Sdω
∫Sρ=∫∂Vρ=∫Vdρ
の形に書けることをみてきました.
これらは,2次元平面・3次元空間の曲線に対して微分1形式,空間の曲面の上で積分されるべきものとして微分2形式が定義され,微分形式の積分が領域とその境界で等しくなるという見方で統一できることを意味しています.
∫(境界)(微分k形式)=∫(領域)(微分k形式の外微分)
n次元空間では,0形式から微分n形式まであり,微分k形式はnCk個の線形結合として書かれます.
0形式・・・fがnC0=1個
微分1形式・・・dx,dy,dz,dwなどnC1=n個
微分2形式・・・dxΛdy,dyΛdz,dzΛdwなどnC2個
微分3形式・・・dxΛdyΛdz,dyΛdzΛdwなどnC3個
微分n形式・・・dxΛdyΛdzΛdwΛ・・・がnCn=1個
微分形式の理論は,積分の理論がうまく定式化されるために導入されたものですが,3次元空間でなくとも,一般の次元の多様体上でも展開されて成り立ちます.そこに至って初めて,これらの定理は統一的に理解されたといえるのです.
===================================
【5】Q&A
(Q1)微分幾何や多様体の本には「外積」なる用語が出てくる.外積では,dxdydzの替りにdxΛdyΛdzのように表現され,そして,
dxΛdy=−dyΛdx
dxΛdx=0
のように,まるでベクトルの外積のような演算規則が成り立つ.これは高校・大学で教わったベクトルの外積を拡張したものなのか? ベクトルの外積の関係は如何に?
(A1)イメージとしては外積の拡張と考えて差し支えない.したがって,Yesというべきであろう.
3次元の場合,dxΛdy(x,yと直交するもの=z軸)である.よって,3次元のベクトルの外積=3次元ベクトルとなってしまうのである.また,テンソルとしては,「反対称テンソル」と見なされる.
(Q2)ベクトルの外積を拡張したものならば,4次元以上では2つのベクトルに垂直な方向は一義でなくなるので,話がおかしくなってしまうのでは? ベクトルの外積は3次元特有のものであると思うのだが,・・・.一方,拡張したものでなければ,実に誤解を招く用語である.
(A2)これもまたテンソルだと思ってよい.テンソルとはベクトルを一般化したものであるが,あくまでも2つの局所座標の変換式である.局所座標で条件式を満たすものであり,局所座標の取り方により変わらぬのがテンソルである.
外積代数(グラスマン代数)を使うと,ストークスの公式などベクトル解析の定理が一般の次元で成り立つことがわかる.また,なぜ行列式=四辺形(平行体)の体積なのかもわかる.
(Q3)また,微分形式はどのようなところで役立つのか?
(A3)力学,電磁気学,相対論の問題を扱うとき,座標系を固定せずに,その問題に便利な座標系に変換することが多い.そのため,これまでに定義した微分形式や外微分が座標変換で変わらない(座標のとり方にはよらない)ということは応用上極めて重要な意味をもつ.
また,微分形式の積分は,数学の表記法の上でも好ましいものである.エレガント(elegant)でない力まかせの表現はエレファント(elephant)と呼ばれる.これはエレガントとエレファントをかけたダジャレであるが,数学の表記法は「無駄を省いて短く巧みに簡潔に」を良しとしていて,数学形式のすばらしいところはエレファントな表現を排除できるところにあるのだ.
===================================
【6】雑感(複雑さと美の発見)
たとえば,量子論では,ベクトルの内積は微分形式の束をベクトルが貫いた枚数(切断)として捉えられていたり,大きさゼロのベクトルの平方根がスピノルで,ベクトルが360°回転してやると元に戻るのに対して,スピノルは360°回転させると反対向きになり,720°回転させてやるとはじめて元に戻る量だったりで,実にややこしいが,それが現実であるからやむを得ない.
イメージしにくいし,説明もつけづらい,とかく難しいという声を耳にするのだが,個々の公式の運用に埋没せず,基本概念の理解と背後に潜む数学的構造の把握を心掛けるべきであろう.数学や物理の魅力は,複雑さの中に潜んでいる美を発見するために悪戦苦闘するところにあるのである.
===================================