■楕円積分とガンマ関数
これまで,このHPには130話余りの科学関連記事を掲載してきたが,残念ながら,近々このコーナーを閉鎖する運びとなった.長い間,病院のサーバを不法占拠してきたわけであって撤去はやむなしだが,その間,HPを通していろいろな方々と知り合いになることができたこと,また,小生のもっている知識や技術の移転によって,相応の科学的成果をあげることができたことは自負してよかろうと思う.
一方,自分にとってこのHPはどうであったかを振り返ってみると,「アルキメデスの砂」とでもいうべきか,よくわからないまま済ませることが多い抽象的な知識を具体的にかつ系統的に把握するという自分自身の思考の訓練にずいぶん役だってくれたとも思う.
今後もHPを介しての研究協力は継続していきたいと考えていて,現在,移転先を模索中である.移転先が決まったらすぐに掲示するつもりであるが,引き続き「アルキメデスの砂」のご愛顧をお願い申しあげる次第である.
ところで,このHPの記事に対しては,これまで少なからぬ誤りが指摘されている.最近寄せられたものとしては「コラム:楕円積分・楕円関数・楕円曲線において,楕円:x2/a2+y2/b2=1の全周は4aE(b/a)とありますが,4aE(e)(eは離心率)ではありませんか?」がある.
調べてみたところ,まったく私の記憶違いであることが判明した.にもかかわらず,訂正しないまま掲げているのは小生の不精に原因しているのであるが,今回のコラムでは,訂正の意味もあって,楕円積分とガンマ関数の関係を再考してみることにした.
===================================
【1】円積分
円の4分の1周の長さを求めるのに,y=(1-x^2)^(1/2)に対し,
∫(0,1)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx
を計算すると,これは
∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx
となります.そこで
f(x)=1/(1-x^2)^(1/2)
2∫(0,1)f(x)dx=3.141592・・・=π
となり,これをπの定義とし,完全円積分と呼ぶことにします.
F(z)=∫(0,z)f(x)dx
は不完全円積分ですが,これから
sinω=F^(-1)(ω),cosω=F^(-1)(π/2-ω)
と定義すると,逆正弦関数
sin^(-1)z=∫(0,z)f(x)dx
が得られます.
一般に,P(x)を2次の多項式とするとき,
f(x)=1/(P(x))^(1/2)
F(z)=∫(0,z)f(x)dx
は対数あるいは円関数(三角関数)になります.
===================================
【2】レムニスケート積分
(問)2定点(−a,0),(a,0)からの距離の和が一定となる点の軌跡は楕円,差が一定の点の軌跡は双曲線です.また,商が一定の点は円(アポロニウスの円)を描きます.それでは積が一定の点はどのよう軌跡を描くでしょうか.
(答)はカッシーニ曲線.2次の多項式f(x,y)=0,すなわち楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,カッシーニ曲線はトーラス(ドーナツ)の平面による切断面として現れることが知られています.
{(x+a)^2+y^2}{(x−a)^2+y^2}=c^2
(x^2+y^2)^2−2a^2(x^2−y^2)=c^2−a^4
r^4−2a^2r^2cos2θ+a^4=c^2
定数cが2定点間の距離の半分aの2乗に等しいとき,レムニスケート(双葉曲線)と呼ばれます.レムニスケートは8の字形(8を90°回転させ横向きにした∞形)をしていて,その直交座標系での方程式は4次曲線(x^2+y^2)^2=2a^2(x^2−y^2),極座標系ではr^2=2a^2cos2θとなります.
2定点を(−1/√2,0),(1/√2,0)と定めると,レムニスケートの方程式は極座標で書くとr^2=cos2θ,直交座標で書くと(x^2+y^2)^2=x^2−y^2となります.したがって,極座標による式のほうが,直交座標による式よりはるかに簡単です.極座標はベルヌーイの時代より前にもときどき使われていたのですが,極座標を広範囲に使用し,多くの曲線に適用してさまざまな性質を最初に見つけたのは,ヤコブ・ベルヌーイでした.
レムニスケートの弧長lは
l=∫(0,r){1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)dr
=∫(0,r)2a^2/{4a^4-r^4}^(1/2)
とくに,a=1/√2とおくと,
l=∫(0,r)1/{1ーr^4}^(1/2)
となります.
このようにして,ベルヌーイはレムニスケートの弧長を
f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
u=F(z)=∫(0,z)f(x)dx
と表しました.これがレムニスケート積分と呼ばれる積分です.
ここで,
∫(0,1)f(x)dx=1.311028・・・=ω
とおくことにしましょう.4ωがレムニスケートの全長です.円に類比すると,レムニスケートの定数ωは円に対するπと同じ役割を演じていることになります.
さらにまた,レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件はnがフェルマー素数(n=2^(2^m)+1の形の素数:3,5,17,257,65537)であることです.
===================================
【3】ガンマ関数・ベータ関数
f(x)=1/(1-x^2)^(1/2)
のとき,
sin^(-1)z=∫(0,z)f(x)dx
ですから,
2∫(0,1)f(x)dx=3.141592・・・=π
となります.それでは,
f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
としたとき,
∫(0,1)f(x)dx=1.311028・・・=ω
は,どのようにすれば得られるのでしょうか?
ガンマ関数(オイラーの第2種積分)は,
Γ(x)=∫(0,∞)t^(x-1)exp(-t)dt
ベータ関数(オイラーの第1種積分)は,
B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
によって定義されます.ベータ関数とガンマ関数との間には,
B(a,b)=Γ(a)Γ(b)/Γ(a+b)
の関係がありますから,ベータ関数はガンマ関数の兄弟分にあたります.
Γ(1)=1,Γ(1/2)=√π
であることを知っていればたいてい間に合いますが,Γ(1/2)=√πを得るにはベータ関数が用いられます.この関数において,t=sin^2θとおくと
dt=2sinθcosθdθ
ですから
B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt=2∫(0,π/2)sin^(2a-1)θcos^(2b-1)θdθ
ここで,a=1/2,b=1/2とすると
B(1/2,1/2)=2∫(0,π/2)dθ=π
Γ^2(1/2)/Γ(1)=π
Γ(1)=1ですから,Γ(1/2)=√πとなります.
ベータ関数において,a=m/n,b=1/2とおき,t=x^nと置換すると,
∫(0,1)x^(m-1)/(1-x^n)^(1/2)dx=Γ(m/n)√π/nΓ(m/n+1/2)
したがって,
(m,n)=(1,1)のとき,∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2
(m,n)=(1,2)のとき,∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2
(m,n)=(1,3)のとき,∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
(m,n)=(1,4)のとき,∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
が得られます.
∫(0,1)1/(1-x^1)^(1/2)dx=2
∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx=π/2
は初等的にも得ることができます.一方,
∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
は,特別な数と楕円積分を関係づけるものになっています.
これらを,Γ^q(1/q)の形で統一的に表示すれば,
Γ^2(1/2)=π=2∫(0,1)1/(1-x^2)^(1/2)dx
Γ^3(1/3)=2^(4/3)3^(1/2)π∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx
Γ^4(1/4)=2^5π(∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx)^2
なお,
∫(0,1)1/(1-x^3)^(1/2)dx=Γ^3(1/3)/2^(4/3)3^(1/2)π
を得るには,ガンマ関数の乗法公式(倍数公式)
Γ(x/2)Γ((x+1)/2)=π^(1/2)Γ(x)/2^(x-1)
と相反公式(相補公式)
Γ(x)Γ(1-x)=π/sinπx
また,
∫(0,1)1/(1-x^4)^(1/2)dx=Γ^2(1/4)/2^(5/2)π^(1/2)
を得るには乗法公式を用いています.
===================================
【4】円と双葉のあいだには?
ところで,
∫1/(1-x^2)^(1/2)dx
は円,
∫1/(1-x^4)^(1/2)dx
はレムニスケートに対応していましたが,周長が
∫1/(1-x^3)^(1/2)dx
∫1/(1-r^3)^(1/2)dx
で表される曲線はどのようなものになるでしょうか?
この円と双葉の中間に位置する幾何学的対象物は,微分方程式
(1+(dy/dx)^2)^(1/2)=1/(1-x^3)^(1/2)
dy/dx=(x^3/(1-x^3))^(1/2)
あるいは
{1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)=1/(1-r^3)^(1/2)
dθ/dr=(r/(1-r^3))^(1/2)
を満たさなければなりません.この問題は,宿題として遺しておこうとも考えたのですが,結局,以下に答えを記すことにしました.
直交座標より極座標を考える方が自然と思えるので,極座標の方で示しますが,r^3=tとおいて微分方程式を解くと,不完全ベータ関数
θ=1/3∫t^(-1/2)(1-t)^(1/2)dt
が得られます.しかし,これでは正体がつかめません.そこで,試行錯誤的に求めてみることにしました.
まず,候補にあげられたのが
r=cos(aθ) (正葉曲線,バラ曲線)
です.この曲線では,a=1のとき,
1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^2)
となります.
これまでの結果から,
r=cosθのとき,1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^2)
r^2=cos2θのとき,1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^4)
がわかったわけですから,求める曲線は
r^(3/2)=cos(3/2θ)
に違いありません.計算してみると,確かに
1+(rdθ/dr)^2=1/(1-r^3)
が得られました.
大ざっぱにプロットしてみたところでは,三つ葉型曲線の半分になるのですが,r^(3/2)=cos(3/2θ)がどのような曲線になるのか,各自が実際に描いてみることをお勧めします.また,この曲線が直交座標でどのように書けるか,直してみるのも面白いかもしれません.
===================================
【5】楕円積分
一般に,
f(x)=1/(P(x))^(1/2)
F(z)=∫(0,z)f(x)dx
において,P(x)が重根をもたない3次,4次の多項式の場合は,初等関数をいくら組み合わせても得られない関数が登場します.
f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
u=F(z)=∫(0,z)f(x)dx
は,レムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分です.
P(x)を3次,4次の多項式とするとき,F(z)は楕円積分,その逆関数F^(-1)(z)は楕円関数と命名されています.歴史的にいうと楕円関数は楕円積分を源とし,楕円積分の逆関数として導入されました.また,楕円曲線はフェルマー予想の解決で注目された曲線で,楕円関数でパラメトライズされる曲線です.→[補]
3次でも4次でもx=1/tとおけば
dx/{x(x-a)(x-b)(x-c)}^(1/2)=-dt/{(1-at)(1-bt)(1-ct)}^(1/2)
となりますから,本質的には同じものです.また,P(x)を5次以上の多項式とするとき,当該の関数は超楕円積分,超楕円関数と呼ばれます.
たとえば,単振り子の振動周期や楕円の弧長を求める問題を考える場合,k[0,1]をパラメータとする不完全積分
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
F(z)=∫(0,z)f(x)dx
が絡んできます.
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
K(k)=∫(0,1)f(x)dx
を第1種完全楕円積分,
f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
E(k)=∫(0,1)f(x)dx
を第2種完全楕円積分と呼びます.
第1種楕円積分は特に重要ですが,第1種楕円積分
K(k)=∫(0,1)1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)dx (ヤコビの標準形)
で,x=sinθと変換すると
K(k)=∫(0,π/2)dθ/(1-k^2sin^2θ)^(1/2) (ルジャンドルの標準形)
また,x=sin^2θ,λ=k^2とおけば
K(k)=∫(0,1)dz/{(z(1-z)(1-λz)}^(1/2) (リーマンの標準形)
が成立します.
これらの不定積分は初等関数では表せませんが,たとえば,第1種完全楕円積分は
K(k)=π/2{1+(1/2k)^2+(3/8k^2)^2+(5/16k^3)^2+・・・}
とベキ級数展開できます.
===================================
【6】ランダムウォークと楕円積分
完全楕円積分を用いると,
楕円:x2/a2+y2/b2=1の全周は4aE(e)となります.
∫(0,x)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx
=∫(0,x)(a^2-k^2x^2)/{(a^2-x^2)(a^2-e^2x^2)}^(1/2)dx
e={(a^2-b^2)/a^2}^(1/2)は離心率
また,レムニスケート:(x2+y2)2=2a2(x2-y2)の全周は√(8)aK(1/√(2))で表されます.すなわち,レムニスケート積分が第1種楕円積分なのに対し,楕円弧長を求める積分は第2種楕円積分であり,パラレルな関係にはありません.
糸の長さlの単振り子の周期はT=4√(l/g)K(k)ですから,したがって,振幅が小さいときT〜2π√(l/g)と表すことができます.
このように,楕円積分は楕円の弧長のみではなく,ばねの非線形振動や振り子の回転・振動など物理現象をを記述する際に現れますが,それ以外の思わぬところでも出現することがあります.
コラム「格子上の確率論」に記したランダムウォークの再帰性の問題を取り上げましょう.1次元酔歩の原点復帰確率は,
u2n=2nCn/2^(2n)
で与えられます.ここでu0=1,u2n+1=0とします.
u0=1,u2=1/2,u4=3/8,u6=5/16,u8=35/128,u10=63/256,u12=231/1024,
u14=429/2048,u16=6435/32768,u18=12155/65536,u20=46189/262144
unの母関数を
U(t)=Σunt^n
とおくと,u2n=2nCn/2^(2n)ですから,この級数の項比は
u2(n+1)t^2(n+1)/u2nt^2n=(n+1/2)*t^2/(n+1)
これより,級数U(t)は超幾何級数1F0(1/2,t^2)であると同定され,
U(t)=1F0(1/2,t^2)=(1−t^2)^(-1/2)
であることがわかります.
2項展開からすぐにこの関数を思い浮かべることは困難と思われますが,超幾何関数であると仮定すると上のようにして導き出すことができます.
===================================
次に,2次元ランダムウォークの母関数はどう表されるでしょうか? 2次元酔歩では,2項係数に関する公式
ΣnCknCn-k=Σ(nCk)^2=2nCn
が成り立つので,
u2n=1/4^(2n)(2nCn)^2
と表されます.
同様に,unの母関数を
U(t)=Σunt^n
とおくと,u2n={2nCn/2^(2n)}^2ですから,この級数の項比は
u2(n+1)t^2(n+1)/u2nt^2n=(n+1/2)^2/(n+1)*t^2/(n+1)
これより,級数U(t)はガウス型超幾何級数2F1(1/2,1/2,1,t^2)であると同定され,
U(t)=2F1(1/2,1/2,1,t^2)=2/πK(t)
より第1種楕円積分と関係しているというわけです.
それに対して,3次元以上の酔歩の母関数は複雑で求められそうにありませんでした.なお,d次元超立方格子上のランダムウォークにおいては,
Σu2n=(2π)^(-d)∫(-π,π)Re(1-φ(t))^(-1)dt
φ(t):特性関数φ(t)
ですから,とくに,3次元の場合は,
Σu2n=(2π)^(-3)∫(-π,π)(1−1/3Σcost)^(-1)dt
=(√6/32π^3)Γ(1/24)Γ(5/24)Γ(7/24)Γ(11/24)
=1.51・・・<∞
となります.
この計算はおそらく多変数の一般化超幾何関数を用いて行われるものと推測されますが,小生の力では歯がたちませんでした.いずれにせよ,この式も楕円積分とガンマ関数の関係を示すものになっていると思われます.
===================================
【補】ヤコビの楕円関数・テータ関数
ヤコビは第1種不完全楕円積分
f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
ω=F(z)=∫(0,z)f(x)dx
に対して,正弦関数をまねて,F^(-1)(ω)をsnω=F^(-1)(ω)と定義し,
sn^(-1)z=∫(0,Z)(0-Z)f(x)dx
を得ました.また,三角関数にならって
cnω=√(1-sn2ω),dnω=√(1-k2sn2ω)
と定義しました.関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数です.
三角関数に対応する楕円関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数と呼ばれるのに対して,指数関数に対応するのがヤコビのテータ関数で,ヤコビはテータ関数:
θ3(z)=1+2Σq^(n^2)cos(2nπ)
などを使って,楕円関数を表すことにも成功しています.テータ級数はベキが平方数であるような交代級数であることがわかります.
これらについては,
コラム「楕円積分・楕円関数・楕円曲線」,
コラム「整数論小話(2次形式の数論)」
をご覧下さい.
===================================