■楕円積分・楕円関数・楕円曲線

 今回のコラムは,コラム3『平面曲線の話』,コラム4『フェルマー・ワイルズの定理と狭すぎた余白』に新たな内容を加えて焼き直し,発展的に再構成してみました.
 
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 x座標もy座標も整数である点を整数点,座標x,yがともに有理数であるような点を有理点といいます.指数曲線:y=exp(x)は座標(0,1)を通りますが,点(0,1)がこの滑らかな曲線上の唯一の整数点・有理点であって,それ以外のどの有理点にもぶつからないのは驚くべきことです.同様に,xが0以外の有理数のとき,y=tanxは有理数の値をとることはできません.
 
 ところで,フェルマーの最終定理
『xn +yn =zn でn≧3のとき,x,y,zは正の整数解をもたない.』
を解くことは,2変数n次多項式f(x,y)=xn +yn −1=0に,有理数解があるか,すなわち有理点をもつかどうかを考える問題に対応します.フェルマー曲線:xn +yn =1は,nが奇数の場合,y=−xを漸近線とする長くゆるやかに曲がった弓形曲線,nが偶数の場合,テレビのブラウン管のような押しつぶされた円形になり,nが大きくなるにつれて正方形に近づいていきます.
 
 1970年代,フェルマーの問題を征するために必要となるのが楕円曲線であることが明らかになりました.楕円曲線には,楕円曲線と三点で交わる直線で,そのうちの二つの交点の座標がわかれば他の一点の座標も計算でき,二つの点の座標が有理数ならば,他の一点の座標も有理数であるなどの性質をもっています.
 
 ところで,楕円曲線:y2 =x3 +1には無限に多くの整数点があるでしょうか,あるいは一つでも整数点はあるでしょうか.実は,これには整数点は(2,±3),(0,±1),(−1,0)の5つしかありません.また,この楕円曲線には有理点もやはりこの5つしかないのです.また,y2 =x3 −2は(3,±5)以外の整数点をもちませんが,無数に有理点が得られます.
 一般に,y2 =x3 −aには有限個の整数解しかないのですが,たとえば,a=−7に対しては1つも整数解がありません.また,a≠−1,432ならば曲線上には無限個の有理点があることがわかっています.これらは上記の性質に拠っているのです.
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【楕円積分】
 楕円曲線はフェルマー予想の解決で注目された曲線で,楕円関数でパラメトライズされる曲線です.歴史的にいうと楕円関数は楕円積分を源とし,楕円積分の逆関数として導入されました.その道筋を振り返ってみることにしましょう.
 
 円の4分の1周の長さを求めるのに,y=(1-x^2)^(1/2)に対し,
  integral(0-1)(1+(dy/dx)^2)^(1/2)dx
を計算するとこれは
  integral(0-1)1/(1-x^2)^(1/2)dx
となります.そこで
  f(x)=1/(1-x^2)^(1/2)
  2integral(0-1)f(x)dx=3.141592・・・=π
となり,これをπの定義とし,完全円積分と呼ぶことにします.
  F(z)=integral(0-Z)f(x)dx
は不完全円積分ですが,これから
  sinω=F-1(ω),cosω=F-1(π/2-ω)
と定義すると
  sin-1z=integral(0-Z)f(x)dx
が得られます.
 
 P(x)を2次の多項式とするとき,
  f(x)=1/(P(x))^(1/2)
  F(z)=integral(0-z)f(x)dx
は対数あるいは円関数(三角関数)になりますが,3次,4次の多項式の場合はそうはいかず,初等関数をいくら組み合わせても得られない関数が登場します.P(x)を3次,4次の多項式とするとき,F(z)は楕円積分,その逆関数F-1(z)は楕円関数と命名されています.3次でも4次でもx=1/tとおけば
  dx/{x(x-a)(x-b)(x-c)}^(1/2)=-dt/{(1-at)(1-bt)(1-ct)}^(1/2)
となりますから,本質的には同じことです.また,P(x)を5次以上の多項式とするとき,当該の関数は超楕円積分,超楕円関数と呼ばれます.
 
  f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
  u=F(z)=integral(0-z)f(x)dx
は,レムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分です.また,単振り子の振動周期や楕円の弧長を求める問題を考える場合,k[0,1]をパラメータとする不完全積分
  f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
  f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
  F(z)=integral(0-Z)f(x)dx
が絡んできます.
  f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
  K(k)=integral(0-1)f(x)dx
を第1種完全楕円積分,
  f(x)={(1-k^2x^2)/(1-x^2)}^(1/2)
  E(k)=integral(0-1)f(x)dx
を第2種完全楕円積分と呼びます.
 
 これらの不定積分は初等関数では表せませんが,たとえば,第1種完全楕円積分は
  K(k)=π/2{1+(1/2k)^2+(3/8k^2)^2+(5/16k^3)^2+・・・}
とベキ級数展開できます.完全楕円積分を用いると,
楕円:x2/a2+y2/b2=1の全周は4aE(b/a)
レムニスケート:(x2+y2)2=2a2(x2-y2)の全周はroot(8)aK(1/root(2))
糸の長さlの単振り子の周期はT=4root(l/g)K(k)
したがって,振幅が小さいときT〜2πroot(l/g)と表すことができます.
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【ヤコビの楕円関数】
 ヤコビは第1種不完全楕円積分
  f(x)=1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)
  ω=F(z)=integral(0-Z)f(x)dx
に対して,正弦関数をまねてF-1(ω)をsnω=F-1(ω)と定義し,
  sn-1z=integral(0-Z)f(x)dx
を得ました.また,三角関数にならって
  cnω=sqr(1-sn2ω),dnω=sqr(1-k2sn2ω)
と定義しました.関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数です.また,ヤコビは指数関数に対応するテータ関数(周期関数)で,ヤコビの楕円関数を表すことにも成功しています.
 
 第1種不完全楕円積分において,k→0とすると,
  K(0)=integral(0-Z)f(x)dx=sin-1z
k→1とすると,
  K(1)=integral(0-Z)f(x)dx=tanh-1z
ですから,snωはsinωとtanhωの中間に位置していることがわかります.実際にベキ級数展開を求めると,
  snω=ω-(1+k2)/6ω3-(3+2k2+3k4)/40ω5+・・・
が得られます.
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【レムニスケートサイン】
 2定点(−a,0),(a,0)からの距離の和が一定となる点の軌跡は楕円,差が一定の点の軌跡は双曲線です.また,商が一定の点は円(アポロニウスの円)を描きます.それでは積が一定の点はどのよう軌跡を描くでしょうか.
 
(答)はカッシーニ曲線.
{(x+a)2 +y2 }{(x−a)2 +y2 }=c2
(x2 +y2 )2 −2a2 (x2 −y2 )=c2 −a4
r4 −2a2 r2 cos2θ+a4 =c2
 2次の多項式f(x,y)=0,すなわち楕円,放物線,双曲線が円錐を平面で切断したときの切り口として現れたように,カッシーニ曲線はトーラス(ドーナツ)の平面による切断面として現れることが知られています.
 
 定数cが2定点間の距離の半分aの2乗に等しいとき,レムニスケート(双葉曲線)と呼ばれます.レムニスケートは8の字形(8を90°回転させ横向きにした∞形)をしていて,その直交座標系での方程式は4次曲線(x2 +y2 )2 =2a2 (x2 −y2 ),極座標系ではr2 =2a2 cos2θとなります.したがって,極座標による式のほうが,直交座標による式よりかるかに簡単です.極座標はベルヌーイの時代より前にもときどき使われていたのですが,極座標を広範囲に使用し,多くの曲線に適用してさまざまな性質を最初に見つけたのは,ヤコブ・ベルヌーイでした.
 
 レムニスケートの弧長lは
  l=integral(0-r){1+(rdθ/dr)^2}^(1/2)dr
  =integral(0-r)2a^2/{4a^4-r^4}^(1/2)
とくに,a=1/√2とおくと,
  l=integral(0-r)1/{1ーr^4}^(1/2)
となります.
 
 このようにして,ベルヌーイはレムニスケートの弧長を
  f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
  u=F(z)=integral(0-z)f(x)dx
と表しました.これがレムニスケート積分と呼ばれる典型的な楕円積分です.ただし,レムニスケート積分が第1種楕円積分なのに対し,楕円弧長を求める積分は第2種楕円積分であり,パラレルな関係にはありません.
 
 F(z)の逆関数であるレムニスケートサインsl(u)を求めてみることにしましょう.実際に1/(1-x^4)^(1/2)を2項展開し,さらに項別積分すると
  F(z)=z+1/10z5+1/24z9+5/208z16+・・・
この逆関数のべき級数展開は
  sl(u)=u-1/10u5+1/120u9+11/15600u13+・・・
    =u(1-1/10u4+1/120u8+・・・)
    =ug(u4)
となります.
 
 また,
  integral(0-1)f(x)dx=1.311028・・・=ω
とおくことにしましょう.4ωがレムニスケートの全長です.すなわち,レムニスケートサインは周期4ωをもつことがわかります.円に類比すると,レムニスケートの定数ωは円に対するπと同じ役割を演じていることになります.さらにまた,レムニスケートには円に共通する性質があり,定規とコンパスだけで奇数のn等分することができる必要十分条件はnがフェルマー素数(n=22^m+1の形の素数:3,5,17,257,65537)であることです.
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【2重周期関数=楕円関数】
 三角関数は周期2πをもつ一変数一周期の実関数です(sin(x+2π)=sinx).他の周期はその整数倍2nπですから二重周期ではありません.指数関数exp(x)も複素数の世界にはいると,オイラーの等式exp(2πi)=1よりexp(z+2πi)=exp(z)ですから周期2πiをもちますが,これも単周期関数です.複素数変数の単周期関数は,対応点を同一視することによって無限の長さをもつ円筒と見ることができます.
 
 いま,レムニスケート積分
  f(x)=1/(1-x^4)^(1/2)
  u=F(z)=integral(0-z)f(x)dx
において,(強引に)xが純虚数とします.するとs=ix,ds=idxより
  F(iz)=iF(z)
が得られます.この逆関数をとれば,
  sl(iu)=isl(u)
これより,レムニスケートサインでuにiuを代入すると,レムニスケートサインは第2の周期2iωをもち,もっとも単純で非自明な2重周期関数が得られたことになります.すなわち,楕円積分の逆関数である楕円関数を複素領域に拡張すると,必然的に二重周期をもつことになるのです.
 
 アーベルはレムニスケートサインが複素変数の有理型関数に拡張できることを明らかにし,一変数二重周期の複素関数(一般2重周期関数),すなわち,f(z+p+q)=f(z+p)=f(z+q)=f(z)を満たすような関数を発見しています.レムニスケートの2重周期性は
1-x^4=(1-x)(1+x)(1-ix)(1+ix)
より周期平行四辺形が正方形になる特別の場合に相当します.また,ヤコビの楕円関数sn(z)は,
  K=integral(0-1)1/{(1-x^2)(1-k^2x^2)}^(1/2)dx
  L=integral(0-1)1/{(1-x^2)(1-l^2x^2)}^(1/2)dx   l^2=1-k^2
とおくと,4Kと2iLの2つの周期をもっています.一般2重周期関数では,正方形・長方形は一般の平行四辺形に置き換えられます.
 
 なお,楕円積分を経由せずに,楕円関数を直接複素領域で二重周期をもつ有理型関数として定義することも可能です.つまり,二重周期関数の別名が楕円関数というわけです.このように,複素関数のなかには2重周期をもつものがありますが,これはドーナツ面(円環面)上の関数と見ることができます.なぜなら,周期平行四辺形の対辺の対応点を同一視することにより,ドーナツ面が作られ,ドーナツ面は環状に並べられた円と考えることができるからです.
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【保型関数】
 有理変換(メビウス変換)
  z’=(az+b)/(cz+d)
は円を円に変換します.実は,周期性とは有理変換によって不変,すなわち,  f((az+b)/(cz+d))=f(z)
の特別な場合にすぎません.有理変換によって不変なこの関数は存在し,保型関数と呼ばれていますが,三角関数は楕円関数の特殊な場合であり,さらに,楕円関数は保型関数の特殊な場合に相当しています.
 
 楕円積分の逆関数として導入された楕円関数は2つの相異なる周期(二重周期性)をもつ関数で,楕円曲線はこの楕円関数でパラメトライズされる関数ですが,さらに保型関数でパラメトライズされるというのが,有名な谷山・志村予想です.楕円関数の研究は保型関数の研究につながるものであったのです.
 
 不幸にして夭折したアーベルの夢は,楕円関数を超えるような,さらに興味深い超越関数の発見にありました.後世の人々は多変数の多重周期有理型関数(アーベル関数)や保型関数を発見してその夢を実現させています.
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【ワイエルシュトラスの楕円曲線】
 y=ax3 +bx2 +cx+dという方程式で定まる曲線はおなじみの3次曲線ですが,yのところがy2 に変わるとワイエルシュトラスの楕円曲線:
  y2 =ax3 +bx2 +cx+d
になります.ただし,a,b,c,dは有理数で,右辺の3次式は重根をもたないものと仮定します.楕円曲線をワイエルシュトラス形式に制限しても一般性を失いません.実際,どのような楕円曲線もワイエルシュトラス形式の楕円曲線に双有理的に同値だからです.
 x2 の項の係数はx’=x+b/3aと変数変換することによって簡単に消すことができますから,
  y2 =x3 +ax+b   (4a3 +27b2 ≠0)
を楕円曲線と定義しても構いません.4a3 +27b2 ≠0は重根をもたないための条件です.
 
 楕円曲線の例として,y2 =x3 +1をあげますが,この曲線のグラフはまったく楕円ではありません.楕円と楕円曲線はまったく異なるもので,楕円の孤の長さを求める楕円積分問題とかかわっていることから楕円曲線という名前がつけられています.
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【有理曲線】
 曲線上の有理点全体を1つの変数の有理式として表すことのできる曲線を有理曲線といいます.楕円曲線は有理曲線でないことが知られています.
 
(2次曲線)
 原点を中心とする半径1の円:x2 +y2 =1の円周上のひとつの有理点が(0,1)です.この点を通る直線y=mx+1と単位円との交点は,代入して因数分解すれば
x2+(mx+1)2=1
x((1+m2)x+2m)=0
より
x=(2m)/(1+m2 ),y=mx+1=(1−m2 )/(1+m2 )
と表すことができます.これによって,円周上の点(x,y)が有理点であるためには,mが有理数であることが必要十分条件であることがわかります.すなわち,単位円上のすべての有理点は,mの関数
x=(2m)/(1+m2 ),y=±(1−m2 )/(1+m2 )
で表すことができます.
 
 x2 +y2 =2(半径ルート2の円)において(1,1)は有理点で,この点を通る直線の方程式
y−1=m(x−1)を(x2−1)+(y2−1)=0に代入して因数分解すると
x=(m2−2m−1)/(m2+1)
y=(−m2−2m+1)/(m2+1)
が得られます.m=∞に対応する(1,−1)も有理点です.
 
 このように,円の有理点全体は1つの変数mによって一意化できますが,円ばかりではなく,現在では2次曲線に1つでも有理点があると実は無限に有理点があることがわかっています.2次曲線は有理点を無限のもつか,1つももたないかのどちらかであって,たとえば,x2 +y2 =3(半径ルート3の円)の上には有理点は1つも存在しません.このことは,互いに素な整数a,bに対する平方の和a2 +b2 は3で割れないということからわかります.
 
(3次曲線)
 デカルトの正葉線:x3 −3axy+y3 =0(a>0)
はx+y+a=0を漸近線とする3次曲線ですが,原点(0,0)が有理点ですから,y=mxとおくことによってパラメータ表示の形に書くことができます.
x=3am/(1+m3 ),y=3am2 /(1+m3 )
 
 この3次曲線は重根をもち,原点(0,0)が特異点になります.そのため,この曲線上のすべての有理点を,このようにパラメトライズすることができました.一般に,f(x,y)=0が3次式のとき,その曲線上に特異点と呼ばれる点が存在するかどうかで,曲線のもつ性質が大きく異なってきます.ワイエルシュトラス形式の特異点は有理点であり,曲線上に特異点があれば,適当なパラメータmによりx,yはmの多項式として表されます.そして,xとyがmの有理式として表されるとき,有理曲線となり,2次曲線とよく似た性質をもちます.
 
(楕円曲線の場合)
 一方,特異点がなければ,楕円曲線と呼ばれる非有理曲線で2次曲線とは本質的に異なってきます.2次曲線はすべて有理曲線ですが,3次曲線が異なる3根をもつ有理係数の多項式の場合は,有理勾配の方法によるパラメトライズは有効には働きません.すなわち,楕円曲線は有理曲線でないため有理関数で表わすことはできませんが,楕円関数でパラメトライズすることは可能です.
 
 とはいっても,楕円曲線上に有理点が無限個のっていたり,有限個であったり,あるい全くなかったりすることは図をいくらにらんでもわからない問題です.少し挑戦してみると分かるのですが,これらを証明するのはほとんど不可能に見えるほど難しい問題です.また,ap +bp =cp を満たすような楕円曲線:
  y2 =x(x+ap)(x−bp)
が保型関数によってパラメトライズできないことの証明がフェルマーの最終定理の証明に繋がるのですが,これ以上はかなりこみいった話になるので追求しないでおきましょう.
 
 楕円曲線はフェルマー予想の解決で注目された曲線ですが,それ以外の数論研究にも非常に役立っています.たとえば,現在,大きな数を素因数分解するのに有用なアルゴリズムとして「楕円曲線法」と「平方ふるい法」とが知られています.楕円曲線と素因数分解とは,一見無関係に見えますが,巨大な整数の素因数分解に楕円曲線を応用する方法がレンストラによって発見され,最も強力な素因数分解法になっているのです.また,暗号理論も楕円曲線の重要な応用分野になっています.
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【問】レムニスケート積分:
  F(z)=z+1/10z5+1/24z9+5/208z16+・・・
の逆関数F-1(z)を求めよ.
 
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【補】算術幾何平均
 aがx2=0の解ならばa=2/aが成り立ちます.aがいくらか不正確,たとえば過小評価であるならば,2/aは過大評価となります.過小評価と過大評価の中間(算術平均)はaと2/aのいずれよりもよい評価となります.
 かくして算術平均:an+1=1/2(an+2/an)
によって定義される数列はroot(2)に収束することになります.この場合,2の平方根をニュートン法x:=x-f(x)/f'(x)で求めるのと同じことになります.ニュートン法の幾何学的意味は「初期値x0における関数の勾配を求めて,接線とx軸の交点を求める.この点において,同様の作業を行うとxは順次解に近づいていく.」と解釈されます.
 
 次に,算術平均に加えて,幾何平均も考えることにします.
「2数a0 ,b0 をとり,それらの算術平均a1 =(a0 +b0 )/2,幾何平均b1 =√a0 b0 を計算する.次に,a1 ,b1 の算術平均と幾何平均を計算し,a2 =(a1 +b1 )/2,b2 =√a1 b1 とする.すると,an とbn は急速に同じ極限M(a,b)に到達する.」
 
(証明)
a0 >b0 とする.
a1 =(a0 +b0 )/2<(a0 +a0 )/2=a0
b1 =√a0 b0 >√b0 b0=b0
a1−b1= (a0 +b0 )/2−√a0 b0=1/2(√a0−√b0)>0
帰納的に
a0>・・・>an >an+1>bn+1>bn >・・・>b0
より数列{an},{bn}は単調数列となり,同じ値に収束することがわかる.
 
 このように,1組の数(a,b)に対して,算術および幾何平均を考えて,
(a,b):=((a+b)/2,root(ab))
と繰り返す算法を算術幾何平均法と呼びます.ラグランジュ,ガウス,ルジャンドルは18世紀に算術幾何平均を熟知していたようです.ガウス・ルジャンドルの算術幾何平均法では,反復のたびに有効数字は2倍になりますから,数値計算アルゴリズムの強力な武器となりえます.
 
 楕円積分の二重周期は算術幾何平均法を使って計算されます.実際,東京大学の金田康正氏のグループは楕円積分の計算と関係した算術幾何平均法を用いて円周率πの計算の世界記録を樹立しました.その計算量はO(nlogn)となり,計算能率はtan-1(x)の展開公式O(n2 )よりも格段に優れています.スーパーコンピュータでのπの果てしなき計算競争はまもなく100億桁を突破しそうです.円周率πの計算や巨大な素数の発見はコンピュータシステムの信頼性や処理速度といった性能をテストするのに最適ということです.
 
【補】振り子の等時性とサイクロイド
 ガリレオ・ガリレイは16世紀の終わりにピサの斜塔で有名な落体の実験を試みましたが,さらに大聖堂のシャンデリアの動きから振子の等時性を発見しています.
 糸の長さlに質量mの錘のついた振り子の運動方程式は,
  mldθ2 /d2 t=−mgsinθ
で表されますが,
  sinθ=θ−1/3!θ3 +1/5!θ5 −・・・
より,小さな振幅に限るとsinθ≒θとしてよいので
  mldθ2 /d2 t=−mgθ
となります.この方程式は線形なので解くことができ,周期
  T=2π√l/g
が得られます.したがって,周期はl=25cmで約1秒,l=1mで約2秒となり,振幅には拠りません.
 
 これが有名な「振り子の等時性」ですが,この現象は振幅が小さい場合に限って成立します.しかし,振幅が大きいと,復元力はsinθに比例し,積分は楕円積分となります.その場合の周期として
  T=4√(l/g)K(k)
が得られますが,この式は振幅が小さいとき
  T〜2π√(l/g)
と近似されます.
 
 現実には振幅はそれ程小さくなく,無視できない差が生じます.周期が振幅に依存しない正確に等時性をもった振り子が作るには,振幅角が大きいとき振子の長さを短くすればよいのですが,等時性からのずれを補正するためにサイクロイドの縮閉線を利用します.サイクロイドとは,固定した直線上を円が滑らずに転がるとき,回転円上の固定点のなす軌跡で,その縮閉線はもとのサイクロイドと合同なサイクロイドになります.
 
 サイクロイドにはいくつかの興味深い特性があります.
(1)等時曲線
ホイヘンスはサイクロイドが等時曲線であることを発見しました.等時曲線であるサイクロイドを用いると,周期が振幅に依存しない正確に等時性をもった振り子が作れます.サイクロイド振り子の周期は,回転円の半径をrとすると
  T=4π√r/g
です.
(2)最速降下線
 1696年,ベルヌーイによってヨーロッパ中の優れた数学者に対して,重力だけの作用の下で滑らかな曲線に沿って運動するとき,到達時間が最小になるような曲線は何か?という「最速降下線」の問題が提出されました.ニュートンは直ちにこれを解き,匿名で解答を送ったが,ベルヌーイはその解法を見てすぐに解答者を知ったという逸話は余りにも有名です.その答えがサイクロイドだったのです.そして,重力場において2点間を滑りおりる最短時間の曲線の問題を解決するために工夫された方法が,のちに変分学に発展しました.
 
 サイクロイドはそもそもガリレイによって発見され,ホイヘンスによって振子時計の設計に使われ,そしてパスカルの積分法の研究にも貢献しています.サイクロイド弧が囲む面積は3πr2 (回転円の面積の3倍に等しい),弧長は8r(回転円に外接する正方形の周に等しい)になります.