■超複素数の世界

 数の世界は、自然数から負の数へ、有理数から無理数へ、実数から複素数へと拡大してきました。如何にしてその数が発見されたのか、あるいは、数の概念を拡張するのにどれだけ長くかかったかなどは大変興味深いテーマです。

 複素数は難解とか複雑な数ということではなく、実数と虚数という二つの項をもつ数(x+yi)のことで、y=0ならばこの数は実数xになります。複素数はすでに16世紀に3次方程式の解の公式を発見したカルダノなどによって使用されていました。彼の頃までは代数方程式は実係数のものしか考えなかったばかりではく、負根は本当の根とは考えられていませんでした。普|1を表す記号iを使い始めたのはオイラーですが、それから、ベルヌーイとオイラーまで200年間はほとんどだれも複素数の研究をしませんでした。

 18世紀末になって、ガウスは数学に本格的に複素数を導入し「実数あるいは複素数を係数にもつ代数方程式f(x)=a0n +a1n-1 +・・・+an =0は複素数の範囲に解をもつ」、「n次方程式は複素数の範囲にn個の解をもつ」という代数学の基本定理(fundamental theorem of algebra)を証明しました(1799年)。

 代数学の基本定理は任意の実数係数をもつ多項式は1次および2次の実数多項式の積である、あるいは任意の複素係数多項式は1次の複素数多項式に分解されうることを述べています。多くの数学者は基本定理を証明なしに信じてきたのですが、ガウスはこの定理を非常に重要と考えたので、生涯に4つの異なる証明を与えています(最後の証明は1848年になされた)。

 数を実数から複素数に広げると大小の順序はまずくなりますが、平方根を常にとれるし、だから2次方程式は必ず解けるし、もっと一般に代数方程式は常に根をもつことになり、現象がずっと単純になって見通しよくなります。その意味で複素数は究極の数です。交流理論や相対論など物理学の進展の多くは複素数なしには成し遂げられなかったでしょう。

 しかし、複素数は2次元平面上に存在すると考えてよい数体系であり、平面的あるいは曲面的な意味しかもちませんから、空間的な現象への応用を目指して、アイルランドの数学者ハミルトンは複素数を拡大した数体系を創造しました。

 複素数ではかけ算は回転に相当し、平面上の回転をexp(iθ)=cosθ+isinθとすればZ’=exp(iθ)Zと記述できますが、ハミルトンは3次元空間での回転を記述する試みの中から、複素数の類似である3個の実数の組からなる新しい数(x+yi+zj)を導入して、(a+bi+cj)(x+yi+zj)のような積を同じ空間内のベクトル(α+βi+γj)として表そうとしました。しかし、空間の回転をとらえるというはじめのアイデアは失敗に終わり、結局、4次元へ跳躍することによって4個の実数の組よるなる四元数(x+yi+zj+wk)を発明しました(1843年)。

 四元数は複素数に似ていますが、ただ1つではなく3つの虚数をもつ数体系で、i2 =−1,j2 =−1,k2 =−1,ij=k,jk=i,ki=j,ji=−k,kj=−i,ik=−jなる性質をもち、(x+yi+zj+wk)(x−yi−zj−wk)=x2 +y2 +z2 +w2 となります。四元数ではかけ算の交換法則は成り立ちません(ab≠ba)。四則演算の法則に変更を加えない限り、3次元空間への拡張はできなかったのです。

 複素数では加法、減法、乗法と0を除く除法が定義され、かつ、交換、結合、分配法則が適用できる数の集合=体と呼ばれる代数的構造をなしています。実数は体を構成しますが、有理数は最小の体を、複素数は最大の体を構成します。したがって、複素数以上に数の世界を広げようとすると、われわれがなじんでいる交換法則などのどれかが壊れてしまいます。超複素数の世界ではある規則が犠牲にされなければなりませんが、ある規則を犠牲にする段になると、最も苦痛の少ないのは乗法の交換法則だったのです。

 四元数は群、環、体などの代数的構造の理論という分野の中で不可欠な役割を担ったのですが、1843年、ハミルトンが発見して以来3次元運動の力学系を記述するために使われてきて、スペースシャトルの制御でも利用されています。また、電磁気学や相対性理論、三次元の非ユークリッド幾何学の法則を記述するのにも応用されています。

 ハミルトンの有名な四元数は複素数の拡張ですが、さらに、イギリスの数学者ケイリーによって8個の基底元1,i,j,k,l,m,n,oをもつ代数<八元数>も発明されました(1845年)。

2 =j2 =k2 =l2 =m2 =n2 =o2 =−1,

i=jk=lm=on=−kj=−ml=−no,

j=ki=ln=mo=−ik=−nl=−om,

k=ij=lo=nm=−ji=−ol=−mn,

l=mi=nj=ok=−im=−jn=−ko,

m=il=oj=kn=−li=−jo=−nk,

n=jl=io=mk=−lj=−oi=−km,

o=ni=jm=kl=−in=−mj=−lk

 八元数では、乗法の結合法則も破れていて(a(bc)≠(ab)c)、現在では幾何学の分類などに応用されています。さらに、16個の基底元をもつ同様の代数を構成しようと試みられましたが、それは成功するはずはありませんでした。

 複素数x=a+biの絶対値は|x|2 =a2 +b2 =(a+bi)(a−bi)で与えられますが、ここで、数の体系に「積のベクトルの大きさはベクトルの大きさの積に等しい」という条件が要請されているとしましょう。

 複素数x=a+biとy=c+diの積

xy=(a+bi)(c+di)=(ac−bd)+(ad+bc)i

は同じ空間内のベクトルとして表されますが、(a2 +b2 )(c2 +d2 )=(ac−bd)2 +(ad+bc)2 より、|x|・|y|=|xy|が満たされていることがわかります。、フィボナッチの等式としてよく知られている恒等式(a2 +b2 )(c2 +d2 )=(ac−bd)2 +(ad+bc)2 は簡単に確認できます。この公式は2つの整数がともに平方数の和の形をしているなら、その2数の積も平方数で表されることを示していて、複素数と2平方和問題との関連を示しています。

 また、4平方和問題(a2 +b2 +c2 +d2 )(p2 +q2 +r2 +s2 )=x2 +y2 +z2 +w2

x=ap+bq+cr+ds,

y=aq−bp+cs−dr,

z=ar−bs−cp+dq,

w=as+br−cq−dp

とおくと成り立ち、4つの平方数の和となっている数は積の演算で閉じていることを示しています。しかし、3平方和問題(a2 +b2 +c2 )(x2 +y2 +z2 )=u2 +v2 +w2 は2平方和、4平方和の場合のようなわけにはいきません。3平方和の積が必ずしも3平方和とならないからです。

 |a|・|b|=|c|、すなわち

(a12+a22+・・・+an2)(b12+b22+・・・+bn2)=(c12+c22+・・・+cn2

の恒等式はn=1,2,4,8に対してだけ満たされるという驚くべき結果が19世紀末、フルヴィッツにより証明されています(1898年)。したがって、ある条件のもとで、数の体系は八元数までですべてであることが知られていて、数の系列は実数(一元数)→複素数(二元数:ガウス)→四元数(ハミルトン)→八元数(ケイリー)というようになっているのです。


【補】2平方和定理(フェルマー・オイラーの定理)

(a2 +b2 )(c2 +d2 )=p2 +q2

p=ac−bd,q=ad+bc

 特別な素数である2を除外して、素数は4で割ると余りが1になるもの(5,13,17,29,37,41,・・・)と3になるもの(3,7,11,19,23,31,・・・)の2種類に分けられます。このうち、4n+1の形の素数は2つの整数の平方の和として表されます。たとえば、5=12 +22 ,13=22 +32 ,17=12 +42 ,29=22 +52

しかし、4n+3の形の素数は1つもこのようには表せないのです。

 この定理はフェルマーの定理と呼ばれ、フェルマーは無限降下法でこれを証明しましたが、その証明は不十分で、100年後のオイラーによって完全な証明がなされています。

【補】3平方和定理

 4n+3の形の数は2個の平方数の和で表せませんが、同様にして、「8n+7の形の数は3個の平方数の和では表されない。」

【補】4平方和定理(オイラー・ラグランジュの定理)

任意の自然数は4つの平方数の和の形に表せる。

 オイラーはこの定理の直前まで行きながら、最後の段階で成功しませんでした。ラグランジュはオイラーの研究成果からアイデアを得て、1772年、最後の段階を突破しました。その証明中で用いられる基本公式が(a2 +b2 +c2 +d2 )(p2 +q2 +r2 +s2 )=x2 +y2 +z2 +w2 で、1748年にオイラーによって証明されています。

【補】m角数和定理

すべての自然数はたかだかm個のm角数で表せる。

 1/2・n・{2+(m−2)(n−1)}の形の自然数をm角数といいます。すなわち、三角数とはn(n+1)/2、四角数とはn2 の形の自然数、すなわち平方数です。

 ガウスは1796年の日記に「わかった! n=△+△+△」と書いていますが、それはすべての整数は3つの3角数の和によって表しうるという意味で、m=3の場合についての証明に相当します。ガウスの発見は8n+3の形をしたすべての整数を3つの奇数の平方の和として表せることを意味していて、3平方和定理「8n+7の形の自然数は3つの平方数の和では表せない」を用いるとn=△+△+△を簡単に示すことができます。

(証明)

4k (8n+7)でない奇数は3平方和で表せますから、任意の自然数nに対して8n+3=x2 +y2 +z2 と書けます。このとき、x=2o+1,y=2p+1,z=2q+1とおくとn=o(o+1)/2+p(p+1)/2+q(q+1)/2

 この定理で、m=3の場合がガウスの定理「n=△+△+△」、m=4の場合がラグランジュの定理「n=□+□+□+□」に相当します。フェルマーが遺して後世を悩ましていたこの命題は、オイラー、ラグランジュ、ルジャンドルなどの研究を経て、1813年、コーシーが証明しセンセーションを巻き起こしました。

【補】ウェアリングの問題

 ウェアリングは4平方和定理を拡張して、「任意の整数はたかだか9個の3乗数の和として、あるいは19個の4乗数の和として表される」ことを証明抜きで主張しました。この問題は多くの数学的思考を刺激し、1909年に至ってヒルベルトによって、どの数もいくつかのn乗数の和で表されることが証明されています。以下、37個の5乗数の和、73個の6乗数の和、・・・と続きますが、この最良値を完全に決めることはまだできていません。