■分割数の漸近挙動

 謹賀新年.あけましておめでとうございます.今年は円が紙くずにならないことや子供たちが戦争に行くことがないように祈っております.新年早々,長々としたコラムを書いてしまいましたが,本年もよろしくお願い致します.
 
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 「分割数」とは与えられた整数にどれだけ多くの分割があるのか(4=1+1+1+1,4=3+1)という整数の分割理論のことです.整数の分割では,3=2+1と3=1+2のように足し算の順序が違うものは同じと見なすことにします.たとえば,4を分割するには非増加数列で構成した5通りの方法,4=3+1=2+2=2+1+1=1+1+1+1がありますから,p(4)=5.同様にして,5=4+1=3+2=3+1+1=2+2+1=2+1+1+1=1+1+1+1+1よりp(5)=7となります.
 
  p(0)=1,p(1)=1,p(2)=2,p(3)=3,p(4)=5,p(5)=7,p(6)=11,
  p(7)=15,p(8)=22,p(9)=30,p(10)=41,p(11)=56,p(12)=77,・・・
ここで,p(n)はオイラーの分割関数とも呼ばれますが,定義が簡単そうにみえるにも関わらず,易しい式で表すことはできません.
 
 p(n)を評価する問題は数論において研究されていて,1918年,ハーディーとラマヌジャンによって,円周法による漸近近似式:
  p(n) 〜 1/4n√(3)exp(π√(2n/3))
が与えられています.
 
  q(n)=1/4n√(3)exp(π√(2n/3))
とおいて最も近い整数を求めてみると,
  q(1)=2,q(2)=3,q(3)=4,q(4)=6,q(5)=9,q(6)=13,
  q(7)=18,q(8)=26,q(9)=35,q(10)=48,q(11)=65,q(12)=87,・・・
となってそれほどよい評価式には思えませんが,漸近近似式はnがどんどん大きくなるとき0に近づくような誤差項を含んだ公式であって,p(n)は整数なので,この公式を使えばp(n)の値を正確に計算できるようになります.
 
 その後,分割関数はラーデマッハーによって修正され,完全な明示公式
  p(n)=1/π√(2)Σk^(1/2)Ak(n)d/dn{sinh(πλn√(2/3))/λn}
  λn=√(n-1/24),Ak(n)には1の24乗根が関係する
が与えられました(1937年).
 
 明示公式はいわば「等式の世界」のものですが,実は円周法に基づく漸近公式
  p(n) 〜 1/4n√(3)exp(π√(2n/3))
の結果を正確に証明するだけでも,長くてこみ入った理論が必要になります.そこで,今回のコラムではこの漸近公式の概要を述べるとともに,p(n)の粗いがそれなりによい評価式を求めてみたいと思います.
 
 すなわち,「不等式の世界」→「漸近挙動の世界」を扱いますが,20世紀に誕生した力学では,nが大きくなるときどのような振る舞いを見せるか,どのような統計法則が現れるかが重要な研究対象になっていて,整数の分割問題は,現在では,統計力学(Maxwell-Boltzmann統計,Bose-Einstein統計,Fermi-Dirac統計)など様々な分野で実際的な問題を解決するのに用いられています.
 
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[補]分割を数え上げるとき,並べる順番は問題にしませんが,もし,順番を考慮すると答えは非常に簡単になります.
 
 自然数nをk分割する総数は
  n=i1+i2+・・・+ik
において,ij≧1より,n−1カ所にk−1枚の仕切りをつけて分配する問題と等価になります.
  (n-1)C(k-1)=(n-1,k-1)
 
 したがって,
  Σ(n-1,k-1)=2^(n-1)
より2^(n-1)通りあります.
 
 このことより,n=3では4つの順序つき分割
  3=1+1+1,3=1+2,3=2+1,3=3
が存在することがわかります.
 
[補]
10 PI=3.14159
20 FOR I=1 TO 12
30  Q=EXP(PI*SQR(I*2/3))/I/4/SQR(3)
40  PRINT Q,CINT(Q)
50 NEXT I
60 END
あるいは
40  PRINT Q,INT(Q+.5)
 
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【1】漸近評価とは?
 
  p(n) 〜 1/4n√(3)exp(π√(2n/3))
において,”〜”記号は漸近的に等しい,すなわちnが十分大きいとき両者の比が1に近づくという意味であって,両者の差がなくなるという意味ではありません.いいかえれば,この近似式の絶対誤差はnの増大とともに増大するが,相対誤差は減少する,つまり,左辺と右辺の比はnを∞にすると極限が存在して0でも無限大でもなく,1に収束する,
  p(n)/1/4n√(3)exp(π√(2n/3))〜1   (n→∞)
ということです.
 
 これと同様,数列{an}と{bn}がともに無限大に発散し,差{an−bn}は無限大に発散するが,比{an/bn}は1に近づくという例に,xを越えない素数の個数を与える近似的な公式(素数定理)
  π(x) 〜 x/logx
や階乗n!の近似値を与える公式として有名なスターリングの公式があります.
  n! 〜 √(2πn)n^ne^(-n)
スターリングの公式では,n=8のとき相対誤差は約1%ですが,nが大きくなるほど相対誤差は小さくなります.
 
 以下,しばらくの間,本題から離れて,漸近評価の問題を扱ってみることにします.答えを正確に求めることが可能ならばそれはすばらしいことですが,しかし,ときには近似のほうが適切な場合があり,その答えについてある程度のことが知りたいとき,完全なものにこだわる必要はありません.実際には正確な公式が必要ない場合もあり,その近似値がわかれば十分なことも多いのです.
 
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【2】階乗の漸近評価(スターリングの公式)
 
 まず,スターリングの公式を誘導してみましょう.
  logn!=log1+log2+・・・+logn
       =Σlogx
 
 ここで,y=logxのグラフを幅が1の長方形に分割していくと,xが十分大きければ相対的に和の間隔が小さくなるので,和は積分に置き換えられます.
  Σlogx≒∫(1,n)logtdt
 
 logxの原始関数は置換積分よりxlogx−x+Cと計算され,区間[1,n]ですから,
  ∫(1,n)logtdt=nlogn−n+1
となります.
 
  log(n−1)!<∫(1,n)logtdt<logn!
より,n!の下からの評価は
  ∫(1,n)logtdt<logn!
したがって,
  n!>exp(nlogn−n+1)=en^ne^(-n)=e(n/e)^n
が得られます.
 
 また,上からの評価は
  logn!<∫(1,n+1)logtdt
より,
  n!<exp((n+1)log(n+1)−n)=(n+1)^(n+1)/e^n
したがって,
  n!=n(n−1)!<nexp(nlogn−n+1)=en(n/e)^n
が得られます.
  e(n/e)^n<n!<en(n/e)^n
 
 ここで,スターリングの公式
  n! 〜 √(2πn)(n/e)^n
で与えられるような漸近挙動を得るには,もっと注意深い解析が必要になることがわかりしたますが,それは[補]に譲ることにして,
  e<√(2πn)<en
より,ここでは,スターリングの公式が上下の評価式の中間に位置することだけ指摘しておきます.
  e(n/e)^n<√(2πn)(n/e)^n<en(n/e)^n
 
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[補]logn!=nlogn−n+o(n)
としても大体了解されますが,もっと正確に近似すると
  ∫(1,n)logtdt<logn!<∫(1,n+1)logtdt
より
  nlogn−n<logn!<(n+1)log(n+1)−n
 
 したがって,両辺の相加平均に近い
  (n+1/2)logn−n
でlogn!を近似できることになり,
  ∫(1,n)logtdt
 =log1+log2+・・・+logn−1/2logn+δ
であること,また,ウォリスの公式:
  √π〜(n!)^2 2^(2n)/(2n)!√n
より,結局,スターリングの公式
  n!〜√(2πn)n^ne^(-n)
にたどりつきます.
 
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[補]ウォリスの公式とスターリングの公式
 
 ベータ関数は,
  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
によって定義されます.そして,
  Γ(1/2)=√π
を得るにはベータ関数が用いられます.
 
 この関数において
  t=sin^2θ
とおくと
  dt=2sinθcosθdθ
ですから
  B(a,b)=∫(0,1)t^(a-1)(1-t)^(b-1)dt
     =2∫(0,π/2)sin^(2a-1)θcos^(2b-1)θdθ
ここで,a=1/2,b=1/2とすると
  B(1/2,1/2)=2∫(0,π/2)dθ=π
Γ^2(1/2)/Γ(1)=π,Γ(1)=1ですから
  Γ(1/2)=√π
となります.
 
  1/2B(1/2,(n+1)/2)=∫(0,π/2)(sinθ)^ndθ
この値をSnとおくと,部分積分により漸化式
  Sn=(n-1)/nSn-2
が得られますから,
  n=2k(偶数)なら1・3・・・(2k-1)/2・4・・・(2k)*π/2
  n=2k+1(奇数)なら2・4・・・(2k)/1・3・・・(2k+1)
これより,
  1・3・・・(2k-1)/2・4・・・(2k) 〜 (πk)^(-1)
変形するとウォリスの公式
  (2n)!/(2^nn!)^2 〜 (πn)^(-1)
が得られます.
 
 また,ウォリスの公式より,次のスターリングの公式が導かれます.
  n! 〜 √(2πn)n^nexp(-n)
 
 スターリングの公式は,階乗n!の近似値を与える公式として有名で,階乗の一般化であるガンマ関数の近似値としても使われています.
  Γ(x+1)=∫exp(-t)t^xdt 〜 √(2πx)x^xexp(-x)
近似の程度を進めると
  Γ(x+1) 〜 x^xexp(-x)(2π/x)^(1/2)[1+1/12x+1/288x^2-139/5140x^3+O(1/x^4)+・・・]
が得られます.これがもっと厳密な漸近展開式です.
 
 なお,この式はベルヌーイ数を明示的に含む漸近展開式に書き換えることができます.
  logΓ(x) 〜 xlogx-x+1/2log(2π/x)+Σ(-1)^(n-1)Bn/(2n)(2n-1)x^(2n-1)
 
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【3】調和級数の漸近評価
 
 調和級数を
  Hn =1/1+1/2+1/3+1/4+・・・+1/n
と定義します.(n>1ならばHn は整数にはなりません.)
 
 無限調和級数
  1/1+1/2+1/3+1/4+・・・
は,はじめの1000項で7.485,100万項で14.393,10億項で21.3,1兆項で28.2と非常にゆっくりとですが大きくなり,ついには無限大に発散します.調和級数が発散することは次のようにして容易に示すことができます.
  1/3+1/4>1/4+1/4=1/2
  1/5+1/6+1/7+1/8>1/8+1/8+1/8+1/8=1/2
・・・・・
したがって,
  H∞>1+1/2+1/2+1/2+1/2+・・・→∞
 
 このように,nを無限大にしたとき,調和級数
  H∞=1/1+1/2+1/3+1/4+・・・
は発散しますが,そのn次部分和Hnは離散的な世界で連続関数lnnに対応するものであり,自然対数は双曲線y=1/xの下の面積として定義できます.
  logx=∫(1,x)1/tdt
 
 したがって,双曲線y=1/xを上と下から棒グラフではさんで近似することにより,lognとlogn+1の間に押し込まれまれることがわかります.
  logn<Hn<logn+1
 
 Hn の下界はlognで与えられることがわかりましたが,
  1/3+1/4>1/4+1/4=1/2
  1/5+1/6+1/7+1/8>1/8+1/8+1/8+1/8=1/2
・・・・・
のようなグループ分けによって,
  Hn>1/2[logn]   [・・・]はガウス記号
のようにラフというよりアバウトな下界も得られます.この場合,nが大きくなると,上界と下界の比は2に近づきます.
 
 ともあれ,当該の関数Hnが対数関数の定数倍によって,かなりの精度で近似できることがわかったわけです.
  c1logn<Hn<c2logn
このことは決して自明のことではありません.
 
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[補]オイラーの定数
 
  logn<Hn<logn+1
により,Hn とlognの比{Hn /logn}は
  Hn /logn→1   (n→∞)
です.
 
 一方,Hn とlognの差{Hn −logn}は確定した極限値γに収束します.
 Hn −logn→γ   (n→∞:Hn =logn+γ+O(1/n))
 
 この極限値はオイラーの定数として知られており,約0.57722になります.オイラーの定数の比較的よい近似値は4/7で,さらによい近似値は41/71で与えられます.
 
 さらにまた,ずっとよい評価
Hn =logn+γ+1/2n−1/12n^2+1/120n^4+O(1/n^6)
も知られています.
 
 Hn は上限と下限の間の約58%のところにあることがわかりましたが,今日に至るまで,オイラーの定数の値は有理数とも無理数ともわかっていません.おそらく,超越数なのでしょう.
 
 また,オイラーの定数γを求めるのに,Σ1/k−lnnの極限値を直接計算するのは収束が遅くて非効率的です.そこで,
  log(1+x)=x−x^2/2+x^3/3−x^4/4+・・・
  log(1+1/x)=1/x−1/(2x^2)+1/(3x^3)−1/(4x^4)+・・・
より
  logΓ(1+s)=−γs+ζ(2)/2s^2−ζ(3)/3s^3+・・・
 
 これを用いると
  γ=ζ(2)/2−ζ(3)/3+ζ(4)/4−ζ(5)/5+・・・
あるいは
  γ=1−1/2(ζ(2)−1)−1/3(ζ(3)−1)−1/4(ζ(4)−1)−・・・
などと書けることになります.これらの無限級数はかなり速く収束します.
 
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【4】素数定理の漸近評価
 
 素数の分布は不規則かつ複雑で未知の部分が多いのですが,18世紀から19世紀にまたがって活躍したガウスは「素数はどのような規則で現れるか」ということを考え,素数定理を予想しました(1792年:ガウスは当時15才であった).
 
 素数定理とは,
  π(x)〜x/logx   (x→∞)
というものです.ここで,π(x)は任意の整数xを越えない素数の個数を表すものとします.すなわち,素数定理はxを超えない素数の個数を与える近似的な公式であって,xに近い2つの連続した素数間の平均距離はおよそlogxだといってもよいでしょう.
 
 1850年に,ロシアの数学者チェビシェフは,ベルトランの仮説と呼ばれる命題:任意の数nと2nの間には少なくとも一つの素数pが存在する(n<p≦2n),あるいは同じことですが,素数pの次の素数は2pより小さい(pk+1 <2pk )という定理を証明しました.
 
 この証明は彼が実に18才のときだったそうですから,「栴檀は双葉よりの芳し」の諺のごとくです.チェビシェフの定理によって,素数の分布には何らかの秩序が存在していることになります.(なお,ベルトランの仮説に対しては,ずっと簡単な証明がラマヌジャンやエルデシュ(1932年,19歳)によって与えられています.)
 
 さらに,チェビシェフは1852年に,十分大きなxについてπ(x)/(x/logx)が0.92129と1.10555の間にあるという結果を得ています.
  c1x/logx<π(x)<c2x/logx
 
 この漸近評価を得るためにチェビシェフは,オイラーによって1740年に考案されたゼータ関数(のちにリーマンがこの名前を付けた)を利用しました.また,この結果を得るのには非常に巧みな組み合わせ的推論が用いられているのですが,漸近評価の一部は不等式
  2^2n/(2n+1)≦2nCn≦2^2n
に基づいています.上界はΣ2nCk=2^2nより明らか,下界は2n+1個の二項係数の中で2nCnが最大であり,平均が2^2n/(2n+1)であることから証明されます.この評価は簡単ではありますが,かなり正確です.
 
 2nCnについては,さらに正確な評価を与える
  2^2n/(2√n)≦2nCn≦2^2n/√2n
などの評価式もしばしば使われます.また,スターリングの公式を使うとより精密な結果
  2nCn〜2^(2n)/√(πn)
が得られますが,この評価は数論,素数定理などとも関係しています.
 
 これまで,この「閑話休題」では標本中央値の漸近分布を求めたり,自由が無限大のt分布が正規分布になることや1次元・2次元ランダムウォークが再帰的であるのに対して,3次元以上のランダムウォークが非再帰的(原点に戻ってこれない確率が正)であるを示すのに,スターリングの公式やウォリスの公式,あるいは,2nCn〜2^(2n)/√(πn)などを用いてきました.また,これらの公式は2項分布の正規分布への収束を示すド・モアブル=ラプラスの定理の証明などにも用いられますが,ド・モアブル=ラプラスの定理は中心極限定理の特別な場合に相当しています.
 
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[補]ルジャンドルの予想
  「n^2と(n+1)^2の間に常に素数が存在する」
この予想は未解決である.
 
[補]ゴールドバッハの予想
  「n>4の偶数は,2つの奇素数の和である」
  「n≧9の奇数は,3つの奇素数の和である」
ヴィノグラドフは1937年,ハーディー・リトルウッドの円周法を用いて,十分に大きいすべての奇数は3つの奇素数の和であること(3素数問題)を証明した.
 
 円周法はウェアリングの問題「任意の整数はたかだか9個の3乗数の和として,あるいは19個の4乗数の和として表される」に対しても応用されている.
 
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[補]素数定理は,ガウス以降,多くの数学者たちが証明できなかった難問でしたが,ガウスの予想から約100年後の1896年,フランスの数学者アダマールとプーサンは,同じ年に独立に,リーマンによって複素数まで拡張されたゼータ関数を用いてガウスの素数定理を証明しました.
 
 その後,長い間,素数定理の証明には複素解析的な方法を使用することが避けられないと信じられていましたが,1949年,フィールズメダリストのセルバーグとさすらいの数論家エルデシュは独立に複素解析関数の理論を使わない初等的な方法で素数定理を証明し,当時の数学界を大いに驚嘆させました.
 
 セルバーグはこれらの功績によりフィールズ賞(4年に一度開かれる世界数学者会議で数学の著しい研究に対して与えられる賞で,数学界のノーベル賞ともいうべきものである)を受賞していますが,エレガントで独創的な解をもつ問題を探し当てることができる数学者が優れた数学者ということなのでしょう.
 
 素数定理の初等的証明はいくつか知られていますが,いずれもかなり難しいものです.そのため,現在でも簡単な証明を求めて研究が続けられています.いつの日にかリーマン予想が解決されれば,素数定理の評価に実質的な改良を期待することもできるでしょうが,ここでは,素数定理をエラトステネスのふるいという初等的な方法を用いて,ラフなスケッチ程度に誘導してみましょう.
 
 xまでのすべての整数うちで,奇数,すなわち2で割れない数は大体半分(1−1/2)あります.奇数のうちで,3で割り切れない数は2/3=1−1/3あります.さらに,残っている数のうち,5で割り切れない数は1−1/5あります.したがって,xを越えない素数の個数はこれらの積をすべての素数pにわたってとればよいことになり,近似的に
  Π(1−1/p)・x
に等しくなります.
 
 さらに,Π(1−1/p)は近似的に1/logxに等しくなります.ただし,これを証明するのは微積分を使っても容易ではありません.専門的で,ここで説明することはできそうにありませんから,天下り式に結果だけを示しておきます.このことを認めれば,素数定理π(x)〜x/logxが導出されたことになります.
 
 さらに,素数定理にはもっとうまい近似法があります.素数の密度関数はπ(x)/xですから,
  π(x)/x〜1/logx   (x→∞)
です.1/logxが1からxまでの平均的な素数の密度と考えられますが,これをxの近くの素数の密度と考え,区間[1,x]を小区間に区切って積分してみます.
  Li(x)=∫(2,x)dt/logt
Li(x)は対数積分関数と呼ばれますが,π(x)をx/logxで近似するより,対数積分を用いたLi(x)の近似はさらに適切な素数分布の近似式になっています.
 
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[補]素数が無限に存在すること,√2が無理数であることは,ギリシア数学のなかでも有名な定理です.それぞれユークリッドとピタゴラスが背理法を用いて証明していますが,その証明はだれしもが容易に理解できるものです.同様に,調和級数Σ(1/n)が無限大に発散すること
  1/1+1/2+1/3+・・・=∞
も容易に示すことができます.
 
 それでは,素数の逆数の和
  Σ(1/p)=1/2+1/3+1/5+1/7+1/11+・・・
は有限でしょうか?
 
(証明)調和級数1/1+1/2+1/3+・・・は,オイラー積表示するとΠ(1−1/p)-1と書けますから,
  Π(1−1/p)-1〜∞.
また,logΠ(1−1/p)=Σlog(1−1/p).1/pが非常に小さいとき,マクローリン展開より,Σlog(1−1/p)〜−Σ(1/p)ですから,Σ(1/p)=∞になります.したがって,すべての素数の逆数の和は発散することが示されます.
 
 1737年,オイラーは素数の逆数の和が無限大になることを見つけました.このことから,素数が無限個あることは簡単にわかります.また,調和級数Σ(1/n)は発散し,また,オイラー級数Σ(1/n^2)=π^2/6で収束しますから,素数は平方数ほどまばらには分布していないこともわかります.
 
 さらに,このことを詳しく調べると,
  Σ(1/p)〜log(logx) (pはp≦xの素数を動く)
などがわかってきます.log(logx)は1/(xlogx)の原始関数です.また,素数の逆数の和Σ(1/p)については
  {Σ(1/p)−loglogn}→0.26149・・・
が知られています.
 
 Σ(1/p)はxに近い整数について,その素因数の個数の近似値を与えるもので,ハーディーとラマヌジャンにより明らかにされています.インド生まれの数学者ラマヌジャンは,多くの公式や定理を発見し,神秘的な東洋の天才数学者とよばれていて,1日1つの割合で新しい公式または定理を発見したといわれています.
 
 ラマヌジャンは,素数と同じくらい風変わりな数として高次合成数の性質について探求しています.合成数とは素数でない数のことで,高次合成数とは24のように1,2,3,4,6,8,12,24と多くの約数をもつ数のことです.分割関数の明示公式
  p(n)=1/π√(2)Σk^(1/2)Ak(n)d/dn{sinh(πλn√(2/3))/λn}
には1の24乗根が使われていますが,24は代表的な高次合成数になっています.また,後述するラマヌジャン数でも,オイラーの五角数公式の拡張(24乗版)が登場します.
 
 ラマヌジャンについてはカニーゲル「無限の天才」(工作舎)をおすすめします.なお,これらの式から
  Σlog(1−1/p)〜−log(logx)
がでますが,両辺の指数をとると前にあげた
  Π(1−1/p)〜1/logx
が得られます.
 
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【5】オイラーの五角数定理
 
 ここから本題に戻りますが,
  Π(1-q^n)=Σ(-1)^mq^(m(3m-1)/2))
は,オイラーが分割関数p(n)の研究中に発見した関数等式です(1750年).この等式もオイラー積のように「無限積=無限和」型の等式ですが,左辺は整数のk個の平方数の和への分割問題(nが平方和として何通りに書けるか)
  n=□1+□2+・・・+□k
に結びつく母関数で,それを展開すると右辺が得られるというわけです.
 
 mが負になる項も含んでいるため,展開すると
  Π(1-q^n)=1-x-x^2+x^5+x^7-x^12-x^15+x^22+x^26-x^35-x^40+x^51+・・・
       =Σ(q^(6m^2-m)-q^(6m^2+5m+1))
になります.級数中の係数はすべて0か±1であり,指数の引数はm(3m−1)/2,すなわち,1,5,12,22,35,51,・・・という数列がピタゴラスの五角数であることから,五角数定理と呼ばれています.
 
 斉藤正光氏(U.S.A.在住)の談によると「オイラーの五角数定理はヤコビの三重積公式を使うとあっさり証明できる」だそうですが,現在,五角数定理にはヤコビの三重積公式による証明やフランクリンによる組合せ的証明があります.
 
 斉藤氏のご指摘のように,五角数定理の完全な証明は,ヤコビのテータ関数や保型形式の理論の中に求められなければなりません.しかし,ヤコビを待つまでもなく,オイラーは五角数定理を証明しました.オイラーはこの定理の証明にほぼ10年を要した(発見は1741年,証明は1750年)のですが,その間,たとえ完全な証明は与えられなくとも正しいことは間違いないことを確信していて,結果の正しさについて,微塵の疑いも抱いていなかったようです.
 
 オイラー自身による証明はヴェイユの「数論」に紹介されています.梅田亨先生の解説によると,今日的な眼からすれば,オイラーの証明には無限次行列に対する跡公式と呼ばれるアイディアが使われているというのですが,跡公式とは,行列Aにおいて対角和=固有値の和,すなわち
  trA=Σλ
の左辺が解析的,右辺が幾何学的に得られたものであるように,ある作用素の跡を2通りの方法で計算することにより得られる等式であって,作用素とはいわば無限次行列のことと考えておくとよいと思われます.
 
 2通りに計算するということを喩えていうならば,家計簿つけのシーンにおいて,まず行ごとの合計を求めそれを総計する,次に列ごとの合計を求めそれを総計する,そして計算が正しければその2つの計算結果は一致するはずというわけです.
 
 なお,分割数を求めるには,五角数を利用したオイラーの方法があります.
  p(n)-p(n-1)-p(n-2)+p(n-5)+p(n-7)-p(n-12)-p(n-15)+・・・=0^n
ただし,n=0のとき0^n=1,nが正のときは0^n=0とします.
  +(-1)^kp(n-1/2k(3k-1))+(-1)^kp(n-1/2k(3k+1))
のように,符号は2つずつ組になって反転していますが,それにしても不思議な公式です.
 
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【6】分割数の母関数
 
 ところで,分割数は,以下の公式によって代数的に定義することができます.
  f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)
    =Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・
すなわち,f(x)は分割関数p(n)の母関数で,p(n)はx^nの係数になっています.
 
 オイラーは4平方和定理
  「すべての正の整数は4個の整数の平方和で表される」
を証明するために,級数1+2Σx^(n^2)を考察しているのですが,このアイディアは,nの分割がnをk個の平方数の和への分割(nが平方和として何通りに書けるか):
  n=□1+□2+・・・+□k
として表した場合の解と1対1に対応することに拠っています.
 
 このことより,
  f(x)=(1+x+x^2+・・・)(1+x^2+x^4+・・・)(1+x^3+x^6+・・・)・・・
    =Π(1-x^n)^(-1)
そして,
  f(x)=Π(1-x^n)^(-1)={(1-x)(1-x^2)・・・(1-x^n)・・・}^(-1)
    =Σp(n)x^n=1+p(1)x+p(2)x^2+p(3)x^3+・・・
の恒等式は,1918年にハーディーとラマヌジャンによって,p(n)の漸近式を見いだすのに利用されることになるのです.
 
 なお,オイラーの五角数定理
  Π(1-q^n)=Σ(-1)^mq^(m(3m-1)/2))
により
  x^(1/24)/f(x)=Σ(-1)^nx^((6n-1)^2/24)
したがって,左辺はデデキントのイータ関数の定義そのもの,また,右辺は確かにテータ級数(ベキが平方数であるような交代級数:例えば,1-x+x^4-x^9+x16-・・・)であることがわかります.
 
 分割関数の母関数は本質的にモジュラー形式を与えるというわけで,ラーデマッハーはその保型性から明示公式にたどりついたのですが,ハーディーとラマヌジャンはその第一近似式を得たことになります.このことに関して,セルバーグは,ハーディーとラマヌジャンが明示公式までたどりつけなかった原因はハーディーがラマヌジャンを十分に理解できなかったことによると興味深いコメントを述べています.
 
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[補]ラマヌジャン数(保型形式論の端緒)
 
 保型形式が最初に現れたのは,1750年のオイラーによる五角数定理
  Π(1-q^n)=Σ(-1)^mq^(m(3m-1)/2))   m(3m-1)/2は五角数
ですが,ヤコビの公式(1829年)
  Π(1-q^n)^3=Σ(-1)^m(2m+1)q^((m^2+m)/2)   (m^2+m)/2は三角数
を経て,ラマヌジャンの保型形式論の時代に突入します.
 
 ラマヌジャンは,
  Δ(z)=qΠ(1-q^n)^24=Στ(n)q^n=τ(1)x+τ(2)x^2+τ(3)x^3+・・・
      zは虚部が正の複素数で,q=exp(2πiz)
を考え,その係数τ(n)を計算しました.
  τ(1)=1,τ(2)=-24,τ(3)=252,τ(4)=-1472,・・・
 
 ここでも,無限積をベキ級数に展開した式(フーリエ展開)が登場しましたが,このΔ(z)は,重さ12の保型形式
  Δ(az+b/cz+d)=(cz+d)^12Δ(z)
と呼ばれるものになっていて,オイラーの五角数公式の拡張(24乗版)と考えられます.
 
 τ(n)はオイラーの分割数のアナローグであり,ラマヌジャン数と呼ばれます.この数は驚くような性質をもってるのですが,このことについてはコラム「もうひとつの五角数定理」で紹介しています.
 
 また,ラマヌジャンは保型形式を用いて,たとえば,
  Σn^5/{exp(2πn)-1}=1/504
  Σn/{exp(2πn)-1}=1/24-1/8π
  Σn^3/{exp(2πn)-1}=1/80(ω/π)^4-1/240
  Σ1/n{exp(2πn)-1}=-π/12-1/2log(ω/√2π)
を証明しています.ここで,πとωはそれぞれ,
  π=2∫(0,1)1/√(1-x^2)dx=3.14159・・・(円周率)
  ω=2∫(0,1)1/√(1-x^4)dx=2.62205・・・(レムニスケート周率)
です.
 
 これらの等式は,積分表示
  ζ(s)=1/Γ(s)∫(0,∞)x^(s-1)/{exp(x)-1}dx
の離散化とみることができますが,この式はコラム「プランク分布と量子化の概念」で紹介したプランク分布(Bose-Einstein統計)そのものです.
 
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[補]三角関数に対応する楕円関数sn,cn,dnがヤコビの楕円関数と呼ばれるのに対して,指数関数に対応するのがヤコビのテータ関数で,ヤコビはテータ関数:
  θ3(z)=1+2Σq^(n^2)cos(2nπ)
などを使って,楕円関数を表すことにも成功しています.
 
 オイラーの五角数定理は,左辺がイータ関数,右辺がテータ関数と呼ばれる保型形式の原型を与えていたので,19世紀には,
  デデキントのイータ関数=ヤコビのテータ関数
すなわち,保型形式の間の等式と捉えられるようになりました.さらに,1987年にウィッテンにより,素粒子の超弦理論はアデール理論として捉えられたことにより,最近では素粒子の超弦理論との関連も研究されています.
 
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【7】分割数の近似式
 
 分割関数p(n)は整数値をとりますが,分割数を表す簡単な公式はありません.しかし,前述したようにラマヌジャンが予想した注目すべき近似式が知られています.
  p(n) 〜 1/4n√(3)exp(π√(2n/3))
 
 無限乗積のままでは扱いにくいので,有限乗積
  fn(x)=Π(1-x^n)^(-1)
を使ってp(n)を評価してみましょう.
 
[1]上界について
 
 すべての(0,1)なるxに対して
  p(n)≦fn(x)/x^n=1/x^nΠ(1-x^n)^(-1)
が成り立ちます.この右辺の値がなるべく小さくなるようにxを選びたいのですが,まず対数をとると
  lnp(n)≦-nlnx-Σln(1-x^k)≦-nlnx+x/(1-x)Σ1/k^2
 
 ここで,
  Σ1/k^2=ζ(2)=π^2/6
ですから
  lnp(n)≦-nlnx+π^2/6x/(1-x)
 
  u=x/(1-x)  u=0~∞
と変数変換すると
  lnp(n)≦-nln(1+1/u)+π^2/6u
また,不等式1+x≦exp(x)よりln(1-1/u)≦1/uですから,
  lnp(n)<-nln(1+1/u)+π^2/6u≦n/u+π^2/6u
 
  n/u+π^2/6u
が最小となるのはn/u=π^2/6uすなわちu=√(6n)/πのときで,
  lnp(n)<π√(2/3n)
より,
  p(n)<exp(π√(2/3n))
が成り立つことが証明されます.
 
 この上界は
  p(n) 〜 1/4n√(3)exp(π√(2n/3))
の指数部分と一致し,かなりよい評価であることがわかります.
 
[2]下界について
 
 自然数nを順序つきk分割する総数は
  (n-1)C(k-1)=(n-1,k-1)
また,順序のないk分割のそれぞれから高々k!個の順序つきk分割が作れますから,
  p(n)≧(n-1,k-1)/k!≧(n-1)(n-2)・・・(n-k+1)/(k!)^2
が成り立ちます.
 
 kを1増やせば分母は(k+1)^2倍され,分子は(n-k)倍されるので,最良の下界を与えるためには(k+1)^2≒n-kより
  k≒[√n]
 
 このとき,
  (n-1)(n-2)・・・(n-k+1)≧(n-k)^(k-1)=n^(k-1)(1-k/n)^(k-1)
k≒[√n]より,k/n≦1/kですから
  (1-k/n)^(k-1)≧(1-1/k)^(k-1)
したがって,
  n^(k-1)(1-k/n)^(k-1)≧n^(k-1)(1-1/k)^(k-1)≧n^k/en
 
 スターリングの公式の漸近評価の項で述べた,
  k!≦ek(k/e)^k
が成り立つので,
  p(n)≧(n/k^2)^kexp(2k-3)/nk^2≧exp(2k-3)/n^2≧exp(2√n)/exp(5)n^2
 
 以上により,
  exp(2√n)/exp(5)n^2≦p(n)≦exp(π√(2/3n))
小生は事前に
  exp(π√(2/3n))/n^2≦p(n)≦exp(π√(2/3n))
のような形を予想していたのですが,ほぼ一致する結果です.
 
 したがって,十分大きなnに対しては
  exp(c1√n)≦p(n)≦exp(c2√n)
となる評価が得られたことになります.ラマヌジャンの結果より粗いのですが,関数の増加に対するオーダーがわかればそれでよしとしましょう.
 
[参]マトウシェク・ネシャトリル「離散数学への招待」シュプリンガー・フェアラーク東京
 
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[補]二項係数に対する評価としては,
  (n/k)^k≦nCk≦n^k
あるいは,上からの評価
  nCk=n(n-1)・・・(n-k+1)/k!≦n^k/k!≦n^k/2^(k-1)
がしばしば用いられます.下からの評価
  2nCn≧4^n/2n
については前述したとおりです.
 
 また,よく知られているように,
  ΣnCk=2^n,Σ(-1)^knCk=0,Σ(nCk)^2=2nCn
ですが,
  ΣnCk≦(en/k)^k
のような評価も成り立ちます.
 
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