■長い長い証明

 2002年と2003年にロシアの数学者ペレルマンがポアンカレ予想に関する3つの論文をインターネット上に掲載した.それは正しいことが検証され,これでクレイ数学研究所が提示した7つのミレニアム懸賞問題のうちポアンカレ予想は解決,残りは6つとなった.ペレルマンは2006年にその業績でフィールズ賞を受賞したが,辞退している.

 1994年,ワイルズはフェルマーの最終定理を証明した.私はポアンカレ予想の証明がどれくらいの長さになったのか知らないが,フェルマー予想の証明は約200ページにおよぶそうである.とはいってもこの証明は長さの点ではほんの序の口にすぎない.これまでの記録は有限単純群の分類に関する論文で,1980年代に発表された100以上の論文の証明全体の長さは1万5千ページにもおよぶとされている.

 コンピュータが必要とされる有名な証明の例が4色問題とケプラー予想の証明である.1976年,アッペルとハーケンは4色問題を証明するのにコンピュータを1000時間費やして,2000個の特殊なケースへと還元した.4色問題の証明では,地図を電気回路とみなして

  4f2+3f3+2f4+f5−f7−2f8−3f9−・・・=12

の条件の下の放電(電荷の移動)に帰着させる(放電法)のであるが,この手続きにはどうしてもコンピュータが必要になったのである.

 アペルとハーケンの後も放電法の改良が続けられ,1994年,ロバートソン,サンダース,シーモア,トーマスの4人が新たな1章をつけ加えた.しかし,これとて基本的にはアペル,ハーケンと同じコンピュータ路線なのであって,その証明は改良されてかなり簡単になったとはいえ,いまだ手計算で証明を完成させた人はいない.

 また,1998年,ヘールズの証明したケプラー予想はヒルベルトの有名な23問題の18番目となる離散幾何学の最も古い問題である.ヘールズの証明は250ページの論文と3ギガバイトのコンピュータプログラムからなるという.

 これらを手作業で1字1句まで確かめるには膨大な時間がかかるため,事実上不可能であって,信用するしかない.とりあえず,信ずる者は救われる,ホレ信じなさいというわけであるが,どうしても天下り式で我慢できない方もいるだろう.4色問題とケプラー予想のコンピュータを使わない証明にはこれまでにないようなまったく新しいアイディアが必要になると思われるが,そうしたアイディアは今日もなお登場していない.いまのところ,4色問題とケプラー予想の証明を検証するには検証用のコンピュータソフトを作るしかないものと思われるが,それとてたいそう時間の要る取り組みとなるだろう.

===================================