コーシーの剛性定理(1813年)より凸多面体は変形しないのですが,凸でない場合は変形する可能性があります.実際,2個の重五角錐が直角に交わったようなゴールドバーグのデルタ20面体は,一方の重五角錐を押しつぶすともう一方の重五角錐が膨らむ,すなわち,変形するデルタ多面体として知られています.
ゴールドバーグのデルタ20面体は,面の形を変えずに連続的に変形するという折り曲げ可能多面体ではなくて,3つの安定した形状をとるという多面体という意味の3安定多面体です.この変形多面体は,安定した形状から別の安定した形状への移行中には面は微かに曲がらなければならないのです.
なお,双子のデルタ12面体はなので変形しません.また,双子のデルタ16面体は唯一の安定した形状をとることがわかっています.→コラム「双子の正十六面体は変形するか?」参照
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【1】ヘロンの公式とオイラーの公式
ふいご予想の証明に用いられたものは四面体の体積をその辺の長さから求める3次元空間版のヘロンの公式です.線分と三角形および四面体(三角錐)は,それぞれ最も簡単な1次元図形,2次元図形,3次元図形ですが,次元数nより1つ多い(n+1)個の頂点によって作られる図形をシンプレックス(単体)と呼びます.線分は1次元単体,三角形は2次元単体,三角錐は3次元単体とも呼ばれます.
三角形の面積,四面体の体積を座標を使って表すためにはn+1個の点の座標に(1,1,1,・・・,1)を加えて作られる(n+1)次の行列式の絶対値を考えます.
|S|=|1 x1 y1| |V|=|1 x1 y1 z1|
|1 x2 y2| |1 x2 y2 z2|
|1 x3 y3| |1 x3 y3 z3|
|1 x4 y4 z4|
原点が含まれるときは,
|S|=|x1 y1| |V|=|x1 y1 z1|
|x2 y2| |x2 y2 z2|
|x3 y3 z3|
のように展開されます.
これらはそれぞれn次元単体の体積のn!倍になりますから,三角形の面積,四面体の体積は,
S’=S/2
V’=V/6
また,4辺の長さがa,b,cで与えられた三角形,6辺の長さがa,b,c,d,e,fで与えられた四面体の場合は,
2^2(2!)^2S’^2=|0 a^2 b^2 1|
|a^2 0 c^2 1|
|b^2 c^2 0 1|
|1 1 1 0|
2^3(3!)^2V’^2=|0 a^2 b^2 c^2 1|
|a^2 0 d^2 e^2 1|
|b^2 d^2 0 f^2 1|
|c^2 e^2 f^2 0 1|
|1 1 1 1 0|
となります.
前者はおなじみの平面三角形のヘロンの公式にほかなりませんが,面積をS’=Δとして,
(4Δ)^2=2a^2b^2+2b^2c^2+2c^2a^2−a^4−b^4−c^4
=(a+b+c)(−a+b+c)(a−b+c)(a+b−c)
ここで,2s=a+b+cとおくと
Δ^2=s(s−a)(s−b)(s−c)
となり,ヘロンの公式が得られます.
後者が空間のヘロンの公式であり,V’=Δとして
(12Δ)^2=a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
−a^2b^2c^2−a^2e^2f^2−d^2b^2f^2−d^2e^2c^2
一見複雑ですが,相対する線分の2乗の積に,他の線分の2乗の和から自分自身の2乗を引いた量をかけた和が
a^2d^2(b^2+c^2+e^2+f^2−a^2−d^2)
+b^2e^2(c^2+a^2+f^2+d^2−b^2−e^2)
+c^2f^2(a^2+b^2+d^2+e^2−c^2−f^2)
であり,4個の三角形の周辺3本の2乗の積の和が
a^2b^2c^2+a^2e^2f^2+d^2b^2f^2+d^2e^2c^2
です.
この公式はオイラーの公式(1752年)と呼ばれるものですが,複雑であり平面三角形のヘロンの公式のように因数分解できません.ただし,4面の面積が等しい等積四面体=4面が合同な鋭角三角形よりなる四面体(バンの定理)の場合,
72Δ^2=(−a^2+b^2+c^2)(a^2−b^2+c^2)(a^2+b^2−c^2)
と因数分解した形で表されます.
このようにかなり複雑にはなるものの四面体(三角形面4枚からなる立体)についてもヘロンの公式のようなもの(オイラーの公式)は存在します.四面体は最も単純な多面体(単体)で,あらゆる多角形が三角形分割できるようにすべての多面体は四面体に分割できます.この公式は体積と辺の長さの関係を示していて,もし多面体が形状を変えても辺の長さが同じであれば体積は変わらないというわけです.
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【2】重五角錐の開口関数
重五角錐に1本の切れ込みを入れると,口の開いた重五角錐が得られる.以下の写真は,その高さを減らすように押しつぶすと口の部分が開くというモデルであり,口の開いた重五角錐を2つ作り,両者を口の部分で直角に繋げたものが冒頭の写真である.
一方の開口重五角錐の高さhから開口の大きさwを求める.式はピタゴラスの定理から簡単に求められ,1辺の長さを1とすると
w=f(h)=(4−h^2)^1/2sin(5arctan(3−h^2)^-1/2)
これは他方の開口重五角錐の高さとなるから,
h=g(w)=(4−w^2)^1/2sin(5arctan(3−w^2)^-1/2)
ここで,2つの開口重五角錐が歪みなしに接合できるための条件は
h=g(f(h)) h:0〜1.05146
である.畏友・阪本ひろむ氏にg(f(h))のテイラー級数を計算してもらったところ,
g(f(h))=.1283+1.74809h^2−1.41097h^4+.488935h^6+.000309535h^8−.248239h^10+.305329h^12−.287315h^14+・・・
となった.
y=x,y=g(f(x))のグラフを描いてみると,交点が3箇所あることがわかる.大雑把に数値計算してみると,
x=0.142370,x=0.654533,x=0.984747
が近似解となる.
これらは不連続であるから体積が連続した値を取りながら変わっていくことはないし,連続的に変えていくには面を曲げたり歪めたりする必要があることを意味している.
同じ長さの辺をもつ体積の異なる多面体の例として,屋根(あるいは床)付きのダンボール箱があげられる.出っ張った屋根を中に押し込めば辺の長さは変わらないのに体積はかなり小さくなる.これは2つの安定した形状をとる多面体の例として日常的によく見られるものである.一方,デルタ20面体は3つの安定した形状をとる多面体となっている.すなわち,「変形するデルタ20多面体」は「折り曲げ可能多面体」ではないのである.
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【3】デルタ20面体の体積
ゴールドバーグのデルタ20面体の設計では,合同な4面体10個の組み合わせでデルタ20面体ができあがるようにみえるが,いざ作ってみると,10個の表面は繋がるのだが,あいだに空洞ができてしまうのである.中央に第11の四面体が必要で,第11の四面体で空洞を埋めると,デルタ20面体ができあがる(10+1).
11個の四面体の辺の長さは1とhで,10個の四面体は1^5hで構成されるが,第11の四面体は1^4h^2である.10個の四面体は長さhの辺に1の辺が,第11の四面体は長さhの辺に長さh辺が対向して直交する四面体であるから,それぞれの体積はオイラーの公式より
a=h,b=1,c=1,d=1,e=1,f=1
v=(h^2(3−h^2))^1/2/6
a=h,b=1,c=1,d=h,e=1,f=1
v=(h^4(4−2h^2))^1/2/6
となる.
したがって,
V={10(h^2(3−h^2))^1/2+(h^4(4−2h^2))^1/2}/6
h=0.142370 → V=0.000672
h=0.654533 → V=0.126589
h=0.984747 → V=0.232001
ゴールドバーグのデルタ20面体の体積はこの変形を通じて一定ではないのである.
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