■がん細胞はなぜ14面体か?

 わたしは商売柄「がん細胞はどのような形をしているのか?」という質問をよく受ける.即座に「14面体」と答えることにしているのだが,これは決してあてずっぽうとか予想・予言の類ではない.

 ザクロ,ハチの巣,石鹸の泡などのように,空間がある立体(多面体)によって分割される空間分割は,生物と無生物を問わず,自然界に広く見られる現象であるが,空間分割における多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことなどが知られている.本稿では,形態学研究の入門編として

[1]14面体による空間分割

[2]安定な空間分割

[3]5角形面をもつ空間分割

の3つのテーマを取り上げ,その科学的根拠について述べていくことにしたい.

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【0】はじめに

 構築模型の例として,雪がなぜ六角形をしているのだろうかという問題を考えてみよう.六花という異名をもつ雪では,水分子の結晶構造が六角を基本とするからこれがひとつの内因になっていることは間違いない.しかし,この六角形の基本単位を次々につけ足していったときに全体として六角形になるとは限らない.四角形にも不定形にもなり得るので他に理由を求めなければならないのだが,雪が六角形をとるという「形の物理学」の答えは完全には与えられていないのである.

  [参]小林禎作「雪ななぜ六角か」筑摩書房

 この原理を初めて見知ったひとはその形の美しさにまず驚くとともに,やがてナゼ?という疑問をもつに違いない.不思議さに魅せられたならばすでに「形の物理学」の問題領域である.

 多細胞からなる生体の構築の原理も然りである.多細胞からなる生体の構築が遺伝情報とはまったく別の原理に基づいてどうしてこのような形にならざるを得ないか,ある原理からどの程度理論的に誘導できるかという点に対しては,これまでほとんど手のつけようがなかった問題領域である.「形の物理学」の答えは完全には与えられていないのである.

  [参]諏訪紀夫「病理形態学原論」岩波書店

はそのような問題領域に対して,独自の視点から企画された著書である.あまり知られていない一冊ではあるが,科学者の目で自然を洞察し,詩人の心をもってペンを走らせたと思われる良書であって,今日でも若い学徒たちへの入門書として極めて高い価値をもっている.

 これから説明することは当該著書に負うところが大きいが,諏訪先生の研究の受け売りにならぬよう,今日的な知識で補完していることを申し添えておきたい.

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【1】空間分割と14面体

 空間分割の話にはいる前に,平面分割の幾何学的性質を調べてみよう.レンガのブロック積みを考える.3つのレンガが1点で出会うように平面を敷き詰めると,すべてのレンガは周りの6つのレンガに接することがわかる.お城の石垣でもタマネギの細胞でもこのような原則が成り立っていて,このことから平面充填図形の基本形は6角形であるといえる.6角形の1組の対辺を退化させると4角形になるが,それは6角形から2次的に派生したものと考えることができるだろう.

 次に,空間分割のブロックモデルを考える.1段目を敷き詰めたあと,2段目も1段目と同じように敷き詰めるが,1段目のレンガのすべての頂点を2段目のレンガで覆うようにずらして積み重ねると,1段目のレンガの上には4つのレンガが載ることになる.3段目も同様に行うと同じ段に6,上の段に4,下の段にも4で合計14のレンガに接することになる.このことからレンガは元々14面体であって,それが普通のレンガの形に圧縮されたものと考えることができる.

 実際の観察結果では面の数は一義的には決まらず,統計的にしか扱えないのであるが,面の数fはほぼ14をピークとする分布を示すことが認められている.たとえば,植物細胞についての観察結果では全体の74%が12〜16面であり,56%が13〜15面(平均13.96面)という値が得られている.また,金属ガラスの構造で最も多い面の数はf=14(〜35%),ついでf=15(〜25%)とf=13(〜20%)が続く.

 面の数は14面であることはわかったが,面の形はどうなるのだろうか? 以下,本稿ではv,e,fをそれぞれ頂点,辺,面の数とする.空間充填多面体の基本形は14面体であるとはいってもf=14という条件を満たす多面体には膨大な種類がある.しかし,幸いなことにここで考えるべき空間充填多面体はフェドロフの平行多面体に限定される.

 平行多面体とは辺が平行(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),面が平行,そして平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体である.平行多面体には立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.これら5種類の図形(フェドロフの平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であって,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.

 このうち14面多面体は切頂8面体だけであるが,切頂八面体には6組の平行な辺があり,6次元立方体と相同と考えることができる.切頂8面体(f=14,d=6)の辺を点に縮めることによって,長菱形12面体(f=12,d=5)→菱形12面体(f=12,d=4),6角柱(f=8,d=4)→立方体(f=6,d=3)ができる.すなわち,6角柱,菱形12面体は4次元立方体,長菱形12面体は5次元立方体,切頂8面体は6次元立方体を3次元空間に投影したものとなっていて,空間充填図形の基本形は切頂8面体と考えることができる所以である.

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【2】安定な空間分割

 ここではまず正多角形による平面分割の問題を掲げる.平面充填形が正三角形,正方形,正六角形の3種類に限ることは昔からよく知られているが,このうち正方形のは碁盤,正六角形のは蜂の巣などでおなじみであろう.しかし,正三角形と正方形による平面分割は頂点だけで接している多角形があるので,ボロノイ分割に対して安定とはいえない.点のわずかな動きによって,ボロノイ分割が激変してしまうからである.したがって,ボロノイ分割の意味で安定なものは六角形による平面充填だけということになる.

 それでは3次元ではどうだろうか? 1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合するというのが空間分割の局所条件である.多数のピンポン玉を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみても空間は多面体によって分割される.その際にも1点に4個の多面体が会し,1本の線の周りに3個の多面体が合する.逆にいえば,1本の辺は3個の多面体に共有され,1個の頂点は4個の多面体に共有される.これは生物であろうと無生物であろうとに関わりなく,すべて構造物について例外なく通用する物理学的な過程である.

 空間分割の局所条件は,1つの細胞のある方向の移動を他の3つの細胞が支持して止めるというメカニズムの表れと理解することができる.すなわち,このことは安定な力学的平衡が得られるための条件であることは直観的にも明らかであろう.そこで,平行多面体の場合について空間分割の局所条件を安定な空間分割という観点から考えてみることにしたい.

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 立方体は単独で空間全体を格子状に埋めつくすことができる.このことはこれ以上説明するまでもないだろう.立方格子状配置,すなわち角砂糖の箱の封を切ったときに見えるパターンでは1頂点に集まる多面体の数は8個になり,空間分割の局所条件は満足されない.立方格子を作るような形の積み上げでは1つの細胞の格子線方向の移動は他の1つの細胞が支持して止めるので,ある方向に力を加えた場合に全体が変形する可能性をもっていて,力学的に不安定なのである.

 立方体以外の単一多面体による空間分割(空間充填体)としては,菱形十二面体や切頂八面体がよく知られている.両者はしばしば対比され,どちらも単独で空間充填可能な立体図形であるが,菱形十二面体が面心立方格子のボロノイ図であるのに対して,切頂八面体は体心立方格子のボロノイ図となっている.

 菱形十二面体の頂点には3価の頂点と4価の頂点の2種類ある.3価の頂点の周りには4つの立体が出会い安定であるが,4価の頂点の周りには6つの立体が出会うため不安定となる.6角柱,長菱形12面体の場合も同様に考えることができる.

 切頂八面体はすべての頂点に3つの辺が集まる単体的多面体である.そのため,切頂八面体が空間を合同な部分に分割する際,どの頂点でも4つの切頂八面体が出会うようになっていて,安定な空間充填多面体となる.すなわち,1点に4個の多面体が会してボロノイ分割に対して安定なものは切頂八面体だけなのであるが,立方体や菱形十二面体は切頂八面体の辺を点に縮めることによって得られるので,頂点や辺だけで接している多面体を生じるというわけである.

 ここで14面体が得られる理由についてもう一度考えてみると,14面体は安定な空間分割(熱力学の第2法則?)から必然的に決定されるのであって,図形の性質というよりは容れ物(空間)の性質といってもよいであろう.

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【3】5角形面をもつ空間分割

 金属ガラスの構造で最も多い面の数はf=14(〜35%),ついでf=15(〜25%)とf=13(〜20%),面の形ではp=5(〜40%),次がp=6(〜30%),p=4(〜20%)と続く.面の数の平均値はおよそf=13.6,面あたりの辺の数の平均値はおよそp=5.12であるという.

 空間分割では面は多かれ少なかれ曲面となるのが通例であるから,多面体は面が曲面であっても辺が曲線であってもかまわないという前提をおいて考えてみよう.

 分割された空間から1個の多面体を分離して考えてみると,1個の頂点に3本の辺が集まり,1辺は2個の頂点を結ぶから

  2e=3v

また,オイラーの多面体定理

  v−e+f=2

により,

  v=2(f−2),e=3(f−2)

つまり,面の数fが与えられれば頂点の数vと辺の数eは一義に決まり,頂点の数は必ず偶数になることがわかる.そこで,f=14なる多面体について調べてみると

  v=2(f−2)=24,e=3(f−2)=36

 つぎに,面が何角形になるかを求めてみると,これはもちろん1通りではないが,1本の辺は2個の面によって共有されることを考慮し,各頂点に平均してp角形がq面が会するとすると,pf=2e,qv=2eより,その平均辺数pと平均会合面数qは

  p=2e/f=5.14・・・

  q=2e/v=3

を得ることができる.

 このことから,14面体の面のかたちについては,必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが示唆される.このことは,経験的に5角形の頻度が最も高いという観察結果に一致しているのである.

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[1]ケルビンの14面体

 空間分割のひとつの例として石鹸の泡によるものがあり,昔から物理学者の研究の対象になってきた.石鹸の泡による空間分割に結びつく物理的作用はいうまでもなく表面積を極小化しようとする力(表面張力)であるから,ここでは石鹸膜を作る素材の総量を一定なものと仮定してみよう.最小の素材の下で得られるべき利得を最大にすることは商業上重要というだけでなく,物理学分野でも合目的的な構築原理である.

 等周定数(S^3/V^2)を用いて体積1のときの表面積を求めると,菱形12面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3√108√2=5.345・・・

切頂8面体型分割では

  3√(S^3/V^2)=3/43√4(1+√12)=5.314・・・

と後者の方が約0.5%少なくなる.

 このようにして,1887年,英国の物理学者,ケルビン卿(ウィリアム・トムソン)は石鹸の泡による空間分割の力学的研究から切頂八面体の集合によって空間を満たすことができ,そのときの界面積は菱形十二面体で満たしたときより小さいことを発見した.

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[2]ウィリアムズの14面体

 f=14の単一多面体による空間分割を考えると,まず,切頂八面体とその変形,すなわち8個の六角形と6個の四角形の面をもつものがあげられる(4^66^8).これは1887年にケルビンが石鹸の泡による空間分割の力学的研究から誘導したものである.然るに,ケルビンの14面体はまったく5角形の面をもたず,理論と実際の間に大きな乖離があることになる.

 ケルビンの14面体(α14面体)は長い間空間を隙間なく分割しうる単一の多面体で,空間分割の局所条件を満足する唯一のものであると信じられてきた.面を平面にするという条件下にはこれは今日でも通用することである.ところが,曲面の存在を許せば空間分割の局所条件を満たしながら空間を隙間なく充填しうる14面体がもう1種類あることを1968年になってウィリアムズが報告している.この間,実に1世紀近い年月の隔たりがある.

 この14面体(β14面体)は8個の五角形,4個の六角形,2個の四角形の面をもつ(4^25^86^4).β14面体はα14面体の2つの[4,6,6]型頂点を連結した屋根状部分を90°回転させて[5,5,5]型頂点に組み替えたものと考えることができる.幾何学的性質の単純さはα14面体に劣るが,α14面体はまったく5角形の面をもたないから,β14面体のほうが空間分割のある側面をよく表していると考えることができるだろう.

 また,α型でもβ型でも空間分割の局所条件を満足し,位相幾何学的な面の数は14になる.この結論は重要である.空間分割の局所条件を満足させる多面体は14面体であり,それ以外にこの条件を満足する単一多面体は存在しないことを明確に示すからである.たとえば,12面体だけで空間分割の局所条件を満足させながら空間を隙間なく分割することは不可能なのである.

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[3]ウィア・フェランの極小曲面

 同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何だろうかという問いに対して,ケルビンの14面体(4^66^8)は100年以上もの間,最も効率よく空間を充填する多面体として最善の答であったが,本当に表面積を最小化する多面体であるのかというと否定的であって,実はこの問題はいまでも未解決問題となっている.

 もし,体積が同じで形の異なる2種類の多面体を組み合わせてみたら,ケルビン問題の反例がみつかるのでは・・・.そして,1994年,アイルランドの物性物理学者,ウィアは合金構造をヒントにもっと面積が小さくなる解を発見した.それは同じ体積の2種類の多面体による空間充填であって,不等辺五角形の面をもつ12面体(5角形12枚)と14面体(5角形12枚と6角形2枚)が1:3の割合で並ぶものである.

 もちろん,この12面体は正十二面体ではないし14面体もケルビンの14面体ではない.そして,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体(4^25^86^4)の場合と同様に辺や面には微妙な曲がりが含まれている.また,ウィアの空間充填ではウィリアムズの14面体よりも多くの五角形の面をもつという特徴もあげられる.

 そしてこれらの多面体の表面積はケルビンの14面体よりも0.3%小さいことが判明したのである.曲面の高精度計算がコンピュータでできるようになったことがこの新発見に繋がったのであるが,辺や面を微妙に調節することによって空間充填が可能となる.

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[4]クラスレート水和物の世界

 クラスレート水和物は小さな分子を水分子が取り囲んだかご状構造体である.メタンハイドレートはその1例で,かご状構造体として安定化する.水和物の世界では,単独の空間充填多面体としてケルビンの14面体(4^66^8)やウィリアムズの14面体(4^25^86^4),2種類以上の多面体(曲面)の組合せによる空間充填としてはウィアの12面体・14面体の組合せ以外にも12面体(5^12)と16面体(5^126^4)の2種類の組合せ,12面体(5^12),12面体(4^35^66^3),20面体(5^126^8)の3種類の組合せが知られている.

 これらのなかで普遍的に認められるのは後3者で,それぞれ構造体T,U,Hと呼ばれている.構造体Tがウィア・フェランの極小曲面に相当するものである.ウィリアムズの14面体型(4^25^86^4)は比較的最近発見されたクラスレート水和物であって,特殊な物理的環境下でしか存在しない.

 このことから,等積空間充填多面体では5角形の頻度が最も高いと事実を窺い知ることができるだろう.それに対して,切頂八面体を含むケルビンの14面体はまったく5角形面をもたない.14面体の面のかたちについては,オイラーの多面体定理より必然的に辺数5を中心とする分布をなすことが計算されるのだが,どうして5角形の頻度が高くなるのだろうか?

 理由はシンプルであると考えられる.すべての面が六角形であるような多面体は存在しない.蜂の巣状六角形タイル貼りに五角形タイルを1つ入れるとその部分が盛り上がった曲面となる.五角形タイルの数を増やしていって12枚になったところで閉じた多面体となる.すなわち,6角形面を5角形面に変換することは平面構造からから球面構造への変換に繋がる.表面積は小さく体積は大きくというわけであるが,真空中ではともかく,水中の空間分割では丸くなることが重要な物理的要請になっていると考えられる.

 このような変換によって,側面に5角形を有する効率の良い空間分割を実現しているものと想像されるのであるが,ともあれウィアの極小曲面が最も境界面積が小さな形になっているかという問題はまだ解決されていない.「同じ体積の泡が集まっているときに,境界面積が最小となる泡の形は何か?」は,泡の種類を増やせば面積をもっと減らすチャンスがあり,それで科学者たちは現在もより効率の良い空間分割法を探索し続けているのである.

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