本稿では,中川宏さんと金原博昭さんによる結晶と準結晶に関する新発見をレポートしたい.要約を先にいうと,中川さんの発見はあるジョンソン・ザルガラー多面体を介することによって立方体(結晶)と正12面体(準結晶)と正多角形面をもつ立体(ジョンソン・サルガラー立体)だけによる空間充填,金原さんの発見は結晶と準結晶の中間体となるカタラン立体の亜種を考えることによって,黄金比と白銀比に相補性を見いだしたというものである.
内容から考えると,中川さんの発見は「正方形と正五角形の幾何学」あるいは「立方体と正12面体の幾何学」,金原さんの発見は「黄金菱形と白銀菱形の幾何学」あるいは「菱形12面体と菱形30面体の幾何学」という題が妥当であったかもしれない.しかし,2つの意外な帰結に注力したものであるから,「結晶と準結晶の幾何学」というタイトルでも成り立つのではないかと思う.
そこに込められた彼らの思いから,幾何学とは幼児が大好きなおもちゃで何時間も飽きることなく遊び続けるように無邪気に遊ぶことが大切だということが見えてくる.幾何学=戯画学の本質とはアタマだけでなく,目耳鼻手を働かせて真剣の遊ぶことが研究なのである.
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【1】結晶と準結晶
互いに合同な正三角形,正方形,正六角形は,平面をタイル貼りのように隙間なく埋め尽くすことができる.このうち正方形は碁盤,正六角形は蜂の巣などでおなじみであろう.しかし,七角以上になるとどんな正n角形でも平面充填はうまくいかなくなる.共通の頂点に集まる内角の和が360°にならないからだ.
それでは正五角形の場合はどうなるのか,平面上で正五角形を連結させてみよう.正五角形を10枚丸く並べるとちょうどひとつの輪になり,正10角形の隙間が残る(デューラー・パターン).また,正五角形を5枚を星形5角形の隙間が残るように並べることもできる(ケプラー・パターン).正10角形の隙間に可能な限り正五角形を詰め込むと,菱形や星形5角形の隙間が残る非周期的な平面充填ができあがる(ペンローズ・パターン).ともあれ平面上で正五角形を配列させるとどうしても隙間を生ずるのである.
要素を配置するときの規則によって周期的配置(結晶),乱雑配置,準結晶的配置の3種類に分類される.準結晶とは厳密な規則によって配列が一意に決定されるが,周期的ではない配置である.ここでは,1種類のブロックを「平行移動」させて空間を隙間なく埋め尽くすことができるものを「結晶」,隙間を残しながら配列させることのできるものを「準結晶」と呼ぶことにする(実はこれにはボロノイ細胞,ディリクレ細胞,ブルユアン帯,ウィグナー・ザイツ細胞,ティーセン図形など研究分野によりいろいろな呼び名が使われているため,ここでは結晶を用いることにした).正三角形は平面充填形であるが回転が必要となるので結晶ではない.結晶の定義に合致するのは正方形,正六角形に限られ,正五角形は準結晶ということになる.
平行多面体を空間結晶と定義するが,空間結晶には本質的に立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかないことが証明されている(フェドロフの平行多面体,1885年).立方体や菱形12面体は結晶であるが,正12面体や菱形30面体は準結晶である.
[補]5回対称性を示す結晶
3次元空間の敷き詰め<結晶>についてみていきましょう.結晶学の常識では,原子が周期的に配列した結晶物質では2重,3重,4重,6重の対称性しか許されないというのが鉄則・大前提になっていました.なぜ5重,7重,8重などの対称が結晶に存在し得ないかは正五角形は平面を埋めつくすことができないことから容易に理解されるところです.3次元では5回対称軸をもつ正五角形の役割を正12面体や正20面体が果たしますが,正五角形が平面充填形でないのと同様に正12面体・正20面体は空間充填形ではありません.
ところが,1984年に5重の対称性を示す物質(アルミニウムとマンガンの人工合金)がアメリカのシェヒトマンによって発見され,結晶学の根底は揺るがされ,この大前提は覆されました.それはあたかも誰かが5角形の雪の結晶を発見したような事件であったのです.この物質はペンローズのタイル貼りと密接に関係していて,ペンローズが始めた5重の対称性をもつ敷きつめを3次元空間に一般化したものであり,ある規則性をもちながら周期配列をしないことから,準周期的結晶,あるいは簡単に準結晶と呼ばれます.
その当時,結晶とアモルファスの両方の物質の状態を共有しそのどちらでもない新しい状態があると思っている人はごく少なかったのですが,この準結晶は両方の性質をもっています.準結晶は物質の性質を変化させ,多くの場合,物質を硬化させます.
[補]同じ形の多角形のタイルで床を敷き詰める場合を考えると分かりますが,それは5角形や7角形またはそれ以上の辺数の多角形ではあり得ない−−−と思われていたのですが,実際に,5回対称性を示すものには黄鉄鉱やフラーレンC60などがあります.また,ホウ素の単体の中には変わり種がたくさんあり,正20面体上にホウ素原子が12個ずつ結合したものがあるなど,5回対称性が自然界に実在する例が以前から知られていたのですが,それは例外であって,それまで知られていた結晶格子はすべて正四面体,立方体,正八面体から導かれていたのです.
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【2】正12面体と立方体とN91による空間充填(中川宏)
正三角形面からなる多面体は無限にあるが,そのうち8つだけが凸である.8種類のうち3種類は正則であるが,ほかの5種類は正則ではない.同様に,正方形1種類では立方体のみ,正5角形1種類では正12面体のみが得られ,正6角形以上の正多角形ばかりでは凸多面体はできない.結局,1種類の正多角形でできる凸多面体は合計10種類あることになるが,1種類の正多面体を生み出すのは正方形と正五角形に限られる.このことは正方形と正五角形の特殊性のひとつと考えられる.
正方形面からなる立方体は結晶なので単独で空間充填可能であるが,正五角形面からなる正12面体は準結晶なので空間内に配列させると,どうしても隙間が残ってしまう.ところが,つい最近,中川宏さんは正12面体が加わった空間充填形を発見した.それをシンボリックに書くと
立方体(結晶)+正12面体(準結晶)+ジョンソン・ザルガラー多面体N91→空間充填
正12面体は黄金比に基づく立体であり,正12面体が加わった空間充填形はこれまで発表されている空間充填形とは異なっている.おそらく新発見であると思われるが,中川さんの遊びの中で予想外のことが起こったのである.そのエピソードを紹介しよう.
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ジョンソン・ザルガラー多面体N91(3^84^25^4)は重月形重回転体として知られており,菱形12面体と同じ2回回転対称性をもっている14面体である.これはこれでなかなか趣きのある多面体である.ジョンソン・ザルガラー多面体のなかで一番美しいといってよいかもしれない.
どことなくβ14面体に似ているということで,中川さんが積み木をしてみたところ,N91の正三角形面を合わせるように繋いでいくと,立方体と正十二面体の隙間が現れる.N91・立方体・正十二面体の3種類の立体を3:1:1で組み合わせると空間を隙間なく充填することができるのである.すなわち,N91は結晶(立方体)と準結晶(正12面体)を結びつける役割をしているのであるが,水と油というまったく異質のものを結びつける石けんにたとえてもよいであろう.
平面では正五角形の配列による隙間を正10角形や菱形・星形5角形で埋め尽くすことができる.デューラー,ケプラー,ペンローズはそのような正五角形の連結図を残しているが,中川さんはこの空間充填から逆に正方形と正五角形と10角形からなる平面充填パターンを考案した(中川パターン).
中川パターンでは,すべての正五角形が3つの正方形と隣り合い,すべての正方形が2つの正五角形と隣り合い,すべての10角形が4枚の正五角形と6枚の正方形の辺で囲まれている.それに相当する空間版の中川パターンが正十二面体同士の隙間をN91と立方体で充填することだと考えることができよう.
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【3】黄金比と白銀比
金原さんの発見の話に移る前に,まずは基本的な事項のおさらいから・・・.1辺の長さが1の正多角形を考える.正三角形は対角線をもたないが,正六角形には長さ√3と2の2種類の対角線がある.対角線の長さが1種類なのは正方形の√2と正五角形の(1+√5)/2に限られる(もうひとつの正方形と正五角形の特殊性).
√2とφ=(1+√5)/2は1辺と対角線の長さの比である特別な値であって,それぞれ白銀比,黄金比と呼ばれている.つぎに縦横比が白銀比,黄金比の長方形を考える.白銀長方形を長辺を2等分するように2つ折りにすると,一回り小さな白銀長方形が現れる.このことから白銀長方形は紙のサイズの規格になっている.一方,黄金長方形から正方形を取り除くと一回り小さな黄金長方形が現れてくる.黄金長方形も自己再現型図形としてよく知られている.
この操作は無限に続けることができるが,このことは黄金比,白銀比がそれぞれ,無限級数
1+1/φ+1/φ^2+1/φ^3+1/φ^4+・・・=φ^2
1+1/2+1/2^2+1/2^3+1/2^4+・・・=2
無限連分数
φ=[1:1,1,1,,1,・・・]
√2=[1:2,2,2,2,・・・]
で表されることと同義である.
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[補]わが国の仏教寺院建築,たとえば大和の法隆寺は白銀比長方形の区画の上に建てられている.函館戦争で榎本武揚が立てこもった五稜郭には黄金比がみられるが,古代エジプトのピラミッドの底面の1辺の長さと高さの比や古代ギリシャのパルテノン神殿の外形にも黄金長方形が使われていることが知られている.
正六角形の場合,辺と対角線の長さの比は1:√3,1:2となる.1:2はドミノや日本の畳の形であるが,細長すぎて安定しない形といえるかもしれない.1:√3には白金比という呼び名もあるらしい.
1+1/3+1/3^2+1/3^3+1/3^4+・・・=3/2
√3=[1:1,2,1,2,・・・]
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【4】3次元的な黄金比と白銀比(金原博昭)
菱形十二面体,菱形三十面体はいずれも準正多面体の双対ですから球に外接します(内接球をもちます)が,それ以外に共通点はないようにみえます.前者には立方体の性質が遺伝し,後者は正12面体の性質を受け継いでいるからです.
ここで,金原博昭さんがちょっとした悪戯心で作った亜種多面体の中からの発見した性質を紹介することにします.金原さんは菱形十二面体の白銀菱形を黄金菱形で,菱形三十面体の黄金菱形を白銀菱形で置き換えることを思いつきました.この思いつきは結晶の準結晶化,準結晶の結晶化といい換えることができますが,結晶を準結晶化し,準結晶を結晶化することによってどのようなことが起こるのでしょうか?
いままで余り見たことのない多面体と思われるのもそのはず,それらは平面とはならず,菱形を対角線で折り曲げた空間4角形を構成します.そうしないと閉じた多面体にならないからです.実際の形は黄金比二等辺三角形2枚で置き換えた24面体と菱形三十面体の黄金菱形を白銀比二等辺三角形2枚で置き換えた60面体になりますが,各々,対角線で折り曲げる方向(mountain fold, valley fold)から2種類の多面体,
(1)黄金菱形を長軸で山折りにしたm24面体
(2)黄金菱形を短軸で谷折りにしたv24面体
(3)白銀菱形を長軸で谷折りにしたv60面体
(4)白銀菱形を短軸で山折りにしたm60面体
の計4種類ができます.
そして,おもしろいことに対角線の長軸方向で折り曲げられた2つの多面体(1)(3)において,m24面体の凸部はv60面体の凹部にはぴったりはまりこみます.その部分の二面角δを計算してみると,
tanδ=−2(√5−√2)/3
より151.281°となって,両者は完全に一致します.
すなわち,両者は相互補完的な関係にあることが判明したわけです.黄金比は西洋人に愛される形,白銀比は東洋人に好まれる形といわれますが,実際,黄金比と白銀比は対比されるばかりでこれまで接点が論じられたことがなかったように思われます.西洋的・東洋的の対比はともかく,このような相補関係は気づきにくく,おそらく初めての発見だと思われます.
結晶の準結晶化と準結晶の結晶化によって両者の二面角が一致しましたが,
(1)凹24面体と凸60面体でも二面角は一致しないこと
(2)凧型24面体の黄金化と凧型60面体の白銀化,5角24面体の黄金化と5角60面体の白銀化では二面角の一致は起こらないこと
より保持される頂点が関係していることは確かですが,それでも一致する真の理由はいまでもわからないままです.
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[補]対角線の長さの比がω=(7+√2−√5+√10)^1/2/2=1.52811の菱形を用いた凸24面体,凹60面体はぴったりはまりこみ,より空間充填に適した形になります.このとき二面角は
tanδ=(−1+√2+√5−√10)/2
より165.641°となります.ω=1.52811を白銅比あるいは青銅比という名で呼ぶことを提案したいと思います.
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