一口に多面体といってもいろいろな種類がある.プラトン立体,アルキメデス立体,カタラン立体,フェドロフの平行多面体,ケプラー・ポアンソの星形正多面体,コクセター・ペトリーのねじれ正多面体,ジョンソン・ザルガラーの正多角面体などなど.ここではフェドロフの平行多面体とプラトン立体(正多面体)を取り上げて,それぞれの元素定理について解説する.
2008年6月,ロシアの数学者ポントリャーギンの生誕100年を記念してモスクワで幾何学の国際会議が開催されたのだが,秋山仁先生が「平行多面体および正多面体の元素について」という演目で講演された内容を抜粋して紹介する・・・と書くと,読者は「秋山仁は天才だから多面体元素定理を証明できたが,自分は天才ではないから証明はどうでもよい」とあきらめてしまうかもしれない.しかし,多面体元素定理の証明は容易で,だれでも証明を追いかけ,それがきちんとなっていることを追いかけることができるようになっている.
幾何学が苦手な読者ほどじっくり時間をかけて読むことをお勧めする次第である.幾何学に王道なし,たとえ一国の王といえども努力しないで幾何学を修得するための近道はない.自分の足で目的地に到達しなくてはならないのだ.
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【1】平行多面体の元素定理
フェドロフの平行多面体とは平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体であって,平行辺(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),平行面から構成されている多面体である.フェドロフの平行多面体には立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかないことが証明されている(1885年).
これら5種類の図形は3次元格子の幾何学的分類であり,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であるし,結晶学の観点からすると平行多面体は正多面体以上に重要であると考えられる.
結晶格子には面心立方格子,体心立方格子,単純立方格子,六方晶格子などの別があるが,面心立方格子のボロノイ領域は菱形12面体,体心立方格子のそれは切頂8面体をなす.このように結晶の骨格の基本形はフェドロフの平行多面体に限定されるといってよいからである.
ところで,結晶格子は不変ではなく,たとえば金属結晶に鍛冶(鍛造冶金)を施すと面心立方格子から体心立方格子に移行する(相転移).その途中,単純立方格子を経由しているという説もある.もちろん個々の原子の振る舞いを直接確認することはできないが,その状態移行では空間の連続的な運動が起こらなければならない.
このことから,面心立方格子(菱形12面体),体心立方格子(切頂8面体),単純立方格子(立方体)を仲介する多面体が存在するはずであると考えるのは自然な発想であろう.さらに6角柱と長菱形12面体も含め,平行多面体全体にまで拡張して,それらをすべて仲介する多面体を求めたい.そこで,
[Q]1種類のブロックを使って,5種類あるフェドロフの平行多面体を隙間なく埋め尽くす
という設問を考えてみよう.
当初,それは不可能だという意見が多かったが,予想に反してこれには非常に簡単な例があった.裏返し(鏡映対称)の多面体は同一視するが,平行多面体ではたった1種類ですべての平行多面体を充填するような元素が存在する.それをペンタドロンと名付け,σで表すことにすると立方体はσ12(σ96).以下,6角柱σ144,菱形12面体σ192,長菱形12面体σ384,切頂8面体σ48となる.
[定理]平行多面体の元素定理
5種類ある平行多面体の元素数は1である.
ペンタドロンはフェドロフの平行多面体に共通する元素となる.
ペンタドロンは数でいえば素数のようなものといってよいであろう.この定理が成り立つのは平行多面体が空間充填多面体であって,その二面角がπと通約できることに基づいている.
[補]多面体Pに対し各辺の長さをai,二面角をαiとすると,デーン不変量δ(P)はすべての辺で二面角の和をとり,mod πで還元したものとして定義される.
δ(P)=Σ(ai,αi) (mod π)
平行多面体のデーン不変量は0である.
もう一度発想の原点に戻るが,球形の素材を型に詰め込んでおいて,それをぎゅっとつぶすという過程を考えてみる.結晶化の過程では,実際,このようなことが起こっていると考えられるが,その場合,最密充填から最疎被覆には球の中心点が面心立方格子から対心立方格子に移行しなければならない.このような移行はどのようにしたら可能になるのだろうか? 連続的それとも飛躍的におこなわれるのだろうか? 最密充填から最疎被覆への状態移行では,球の並進運動と同時に空間の連続的な回転運動が起こらなければならないが,当該の多面体σは最密充填と最疎被覆の間の相転移のメカニズムをある程度解き明かしてくれるはずである.
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【2】正多面体の元素定理
次の設問は,5種類ある平行多面体の元素数は1であるが,同じく5種類ある正多面体の元素数はいくつになるだろうかというものです.秋山先生は
[Q]何種類かの凸多面体ピースを使ってすべての正多面体を作ること
という問題を考えて,実際に4種類の元素をα,β,γ,δとすると正四面体はα8,正20面体はβ24,正八面体はβ24γ24,立方体はα8β12γ12,正12面体はα8β12γ12δ12で構成されることを示しました.
4種類の元素があればすべての正多面体を構成できる(十分条件)ということは,正多面体の元素数は多くても4種類であることを主張しているわけです.
[十分条件]正多面体の元素数は≦4である.
秋山仁先生の行った構成法はbest possibleと考えられ,正多面体をどのように分割し,接合しても元素数は4より減らせそうにないことから
[予想]正多面体の元素数は4である.
と予想されます.以下,その数学的証明の概要を記します.
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[1]正多面体の二面角
紀元前3世紀の頃(ユークリッドの時代),既に5種類の正多面体は知られていたといわれています.これら5個はすべて頂点がひとつの球面上にあり,Dを球面の直径,aを内接する正多面体の辺の長さとすると,
立方体 → D^2=3a^2
正四面体 → D^2=3a^2/2
正八面体 → D^2=2a^2
正十二面体 → D^2=(5+√5)a^2/2
正二十面体 → D^2=3(3+√5)a^2/2
また,正多面体ではすべての二面角が等しいという性質をもっています.正多面体の二面角に着目してみます.
正四面体 → cosδ4=1/3,sinδ4=√8/3
立方体 → cosδ6=0,sinδ6=1
正八面体 → cosδ8=−1/3,sinδ8=√8/3
正十二面体 → cosδ12=−√5/5,sinδ12=√20/5
正二十面体 → cosδ20=−√5/3,sinδ20=2/3
立方体の二面角はπ/2(cosδ6=0,δ6=90°)であり,正四面体と正八面体の二面角は互いに補角をなす(δ4+δ8=π)というわけです.
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[2]示すべきこと(必要条件の導出)
どうしてもそれだけの元素が要るという必要条件は
n1δ4+n2δ6+n3δ8+n4δ12+n5δ20≠0 (mod π)
であるが,δ8=π−δ4より,
(n1−n3)δ4+n2δ6+n4δ12+n5δ20≠0 (mod π)
δ6=π/2であるからさらにδ6も外すことができて
N1δ4+N2δ12+N3δ20≠0 (mod π)
とより簡潔に書くことができる.これは,デーンの定理(1901年)
N1δ4≠0 (mod π)
の一般化に他ならない.
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[3]これが示すべきことであった(Q.E.D.)
Z4=1/3+√8/3i
Z6=i
Z8=−1/3+√8/3i
Z12=−√5/5+√20/5i
Z20=−√5/3+2/3i
とおく.|Zi|=1
arg(Z4^N1・Z12^N2・Z20^N3)=N1δ4+N2δ12+N3δ20
Z4^N1・Z12^N2・Z20^N3=(a1Z4+b1)(a2Z12+b2)(a3Z20+b3)=Re+Imi
Im=A+B√2+C√5+D√10
において,A,B,C,Dのどれかひとつが0でなければ,
Im≠0 → N1δ4+N2δ12+N3δ20≠0 (mod π)
がいえる.
詳細は割愛するが,整数論の知識を活用すると
N1δ4+N2δ12+N3δ20≠0 (mod π)
が証明できる.論文をお読みいただければ,この証明は容易で,だれでも証明を追いかけ,それがきちんとなっていることを追いかけることができるであろう.
3次元の正多面体の二面角についてはδ6=π/2,δ4+δ8=πという関係があるが,それ以外の有理数線型関係はないことがわかった.δ4とδ8とは互いに補角なので,
N1δ4+N2δ12+N3δ20≠0 (mod π)
が証明できれば
N1δ8+N2δ12+N3δ20≠0 (mod π)
も証明できる.ともあれ,有理係数で線形独立であるから,必要な元素が最低4種類という結論が主張できる.
[必要条件]正多面体の元素数は≧4である.
デーンの定理の一般化により正多面体の元素数は少なくとも4種類であり,at most 4とat least 4,これらのことから正多面体の最小元素数は4であると証明される.α,β,γ,δはその実例であり,秋山仁先生は実際に最小元素数4の例が構成できることを示したことになる.
[定理]正多面体の元素定理
正多面体の元素数は4である.
α,β,γ,δは正多面体に共通する元素となる.
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【3】まとめ
5種類ある平行多面体の元素数は1であるが,同じく5種類ある正多面体の元素数は4であることが証明された.
元素数
正多面体 5種類 4
平行多面体 5種類 1
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