オイラーの多面体定理を使うと
[1]2次元細胞の辺数の平均は≦6であり,すべての細胞が6辺以上の辺をもつことは不可能である
[2]3次元細胞の面数の平均は≦14であり,すべての細胞が14面以上の面をもつことは不可能である
ことが証明される.
2次元細胞の多くは6角形であり,3次元細胞の多くには14面体であることはわかったが,4次元,5次元,・・・,n次元での空間充填多面体の基本形はどうなるのだろう? どのような形になるのかを知る人は(たとえいたとしても)非常に少ないであろう.そこで「n次元の舗石定理」をまとめておきたい.
[1]n次元空間充填では,各頂点の周りに少なくともn+1個の多面体が集まる(ルベーグ).
[2]n+1個のとき,ボロノイ細胞の面数は最大2(2^n−1)個で,安定な空間充填となる(ミンコフスキー).
今回のコラムではミンコフスキーの定理の簡単な証明について述べるが,そこには落とし穴があり,n次元では2次元,3次元同様のレンガのブロック積みを考えてもうまくいかないのである.
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【1】n次元多面体の構成要素数
fkをn次元多面体のk次元面の数とし,
(f0,f1,・・・,fn-2,fn-1)
を構成要素とするn次元正多胞体では,組み合わせ的方法によって,k次元胞数fkが求められる.たとえば,正単体では
fk=(n+1,k+1)
なのですが,k=n−1のときfk=n+1であって,胞数はn+1と計算される.
同様に,双対立方体では
fk=2^k+1(n,k+1),k=n−1のとき,fk=2^n
立方体では
fk=2^n-k(n,k),k=n−1のとき,fk=2n
となる.
もちろん,
正単体:fk=(n+1,k+1)
双対立方体:fk=2^k+1(n,k+1)
立方体:fk=2^n-k(n,k)
はオイラー・ポアンカレの定理:
f0−f1+f2−・・・+(−1)^(n-1)fn-1=1−(−1)^n
すなわち,nが奇数なら2,偶数なら0を満たす.この定理は正多胞体に限らず,n次元凸多胞体について常に成立する.
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【2】ヒントンの単体ブロックモデル
n次元空間充填ではどの頂点でも最低n+1個の多面体が出会わなければならない(ルベーグの舗石定理).すべての頂点でn+1個の多面体が出会う場合,n次元ボロノイ細胞の1個の頂点の周りにn個のn−1次元面が集まることがわかる.すなわち,単体的多面体である.
このことからn次元空間充填ではn次元立方体ではなく,n次元正単体をイメージしたほうがわかりやすくなる.2次元の場合は正三角形を切頂した図形が正六角形になり,3次元空間でいえば,立方体を直接切頂して切頂八面体を作るのではなく,正四面体を切稜・切頂した図形として切頂八面体を作る操作を考えれば理解しやすくなるだろう.
実際,切頂八面体は正方形面を上にして置くと立方体(あるいは正八面体)を切頂した図形にみえるが,正六角形面を上にして置くと正四面体を切稜・切頂した図形になっていることがわかる.同様に,4次元ではこの操作により頂点は切頂八面体,辺は六角柱の30胞体となる.このように,4次元の空間充填の基本形は30胞体となるのだが,一般にn次元空間の空間充填多胞体は正単体を切稜・切頂した2(2^n−1)胞体となるというのがヒントンモデルである.
ヒントンモデルを定量的に表現すると,n次元空間の空間充填多胞体を正(n+1)胞体から構成する場合,頂点数はn+1個,辺数はn(n+1)/2個,面数は(n−1)n(n+1)/6個,・・・.
Σ(k=0~n-1)(n+1,k+1)=2^(n+1)−2
すなわち,構成要素数は計2(2^n−1)個であり,そしてこれが圧縮されると構成要素の数だけ(n−1)次元面ができる.
[補]ヒントンは,19世紀終わりから20世紀初めにかけて,ケルビンと同じころのイギリスの数学者である(1853-1907).
ヒントン(宮川雅訳)「科学的ロマンス集」国書刊行会
を読むと,モーリー,ハミルトン,ケイリーの仕事に関する純粋な数学論文も著したが,彼の主要な関心は4次元空間であり,4次元についての最初の著作「第4の次元とが何か」が発表されたのは1880年,ヒントンが27才のときのことだったとある.
テッサラクト(4次元立方体)は彼の造語であり,ペンネームでもあった.お雇い外国人数学者として日本(横浜山手)に滞在していたという記録も残されている.また,ヒントンは4次元空間の1種類だけの多胞体による空間充填図形として,3次元の六角柱と切頂八面体を組み合わせた30胞体を提案していたとのことである.
ヒントンは異端の神秘主義的傾向ゆえ悪名が高かったが,コクセターは13才の頃にヒントンの著作に出会い「第4の次元とは何か」を繰り返し読んで,超空間への思考を培ったという.
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【3】コンウェイの単体ブロックモデル
n次元の空間充填図形が立方格子を基にして導出されるという考え方からすれば,ヒントンの考察は頗る意外なものであろう.ヒントンの考察「はじめに単体ありき」は答えとしてはあっているのだが,自然な発想「はじめに格子ありき」とかけ離れていて,意外すぎて(少なくとも私にとっては)心理的抵抗感が大きく,面食らうばかりである.
コンウェイは平行多面体の概念を取り入れて,立方体モデルと単体モデルの統合を図っている.n次元立方体には2n個の面があり,それに対して正単体の面数はn+1である.2つの正単体を底面で2つ併せることによって,面数は
2(n+1)−2=2n
となるが,これは立方体の面数に等しい.すなわち,定量的には立方体モデルとヒントンモデルの折衷になっていることがわかる.
そして,コンウェイモデルでは,ヒントンモデルとは違って単体の1つの頂点だけに注目する.1つ頂点の周りにはn−1次元超平面がn個,n−1次元超平面の辺(n−2次元超平面)がn(n−1)/2個,n−1次元超平面の角(n−3次元超平面)がn(n−1)(n−2)/6個,・・・
Σ(k=1~n)(n,k)=2^n−1
で計2^n−1個.平行多面体ではこれが2つ併合されて計2(2^n−1)個の構成要素があることになる.
2次元の場合は正三角形を切頂した図形(台形)を2つ併せて正六角形になる.一般にn次元空間の空間充填多胞体は正(n+1)胞体を2つ併せたような2n面体から得られる2(2^n−1)胞体となるというのがコンウェイモデルである.
コンウェイモデルはボロノイベクトルを使ったアイディアである.n次元ボロノイ細胞の決定に関与する基底ベクトルは2^n−1個あり,したがって平行多面体の面の数は最大で2(2^n−1)個であることに由来している.くどくなるので詳細な説明は差し控えるが,ボロノイベクトルを使うと面の形を知ることもできる.
たとえば,3次元では4組(8枚)の六角形面と3組(六枚)の四角形面からなる14面体が得られる.3次元空間を充填するとき,切頂八面体は各頂点の周りに4個ずつ集まる.1点に4個の多面体が会すると頂点や辺だけで接している多面体がなくなり,ボロノイ分割に対して安定となる.4次元では5組(10個)の切頂八面体と10組(20個)の六角柱からなる30胞体となる.これはケルビンの立体の4次元版で,各頂点の周りに5個ずつ集まることになるといった類である.
また,立方体モデルやヒントンの単体モデルはn−1次元の面をn次元の空間の中に収まっているものとしてみたモデルであるが,それに対して,コンウェイの単体モデルは単純に立方体を単体で置き換えたものではなく,その面がその内部情報からその面を離れられない生物にとって何がわかるかという内在的幾何学の例になっている.この点がコンウェイモデルの最大の特長である.局所情報から大域的な情報を引き出す幾何学の例といってもよいであろう.
コンウェイモデルの方が心理的抵抗感の少ない導入が可能と思われるが,この多胞体は安定かつ面数が最大の空間充填多胞体となる.
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