■フェルマー・ワイルズの定理の類似物からabc予想へ

 フェルマー・ワイルズの定理『x^n+y^n=z^nでn≧3のとき,x,y,zは正の整数解をもたない』をご存じの方は多いだろう.

 ところで,多項式に対するフェルマー・ワイルズの定理の類似

『方程式x(t)^n+y(t)^n=z(t)^nでn≧3のとき,定数でない互いに素なx(t),y(t),z(t)は存在しない』も成り立つ.しかもそれは19世紀には知られていたようである.

 代数幾何学を使って証明されたのであるが,メーソン・ストーサーズの定理を使えばすごく簡単に証明できるという.

  [参]ラング「数学を語る」シュプリンガー・ジャパン

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【1】メーソン・ストーサーズの定理(1983年)

  f(t)=c1Π(t−αi)^mi

  degf=m1+m2+・・・+mr  (次数)

  r(f)=r  (互いに異なる根の数)

で表す.

  g(t)=c2Π(t−βj)^nj

  h(t)=c3Π(t−γk)^lk

 「f+g=hのとき,

  max(degf,degg,degh)≦r(fgh)−1

が成り立つ.」

 すなわち,この定理はf+g=hという関係によってf,g,hの次数には上界が定められること,その上界はfghの相異なる根の数−1であることを主張している.多項式について,このような結果が20世紀も終わりに近づいた1980年代になってようやく発見されたのは驚きを禁じ得ない.

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【2】証明

 f=x^n,g=y^n,h=z^nとおくと,メーソン・ストーサーズの定理により

  degx^n≦r(x^ny^nz^n)−1

ところが,degx^n=n・degx,r(x^n)=r(x)≦degxより

  n・degx≦degx+degy+degz−1

同様に

  n・degy≦degx+degy+degz−1

  n・degz≦degx+degy+degz−1

 辺々を加えると

  (n−3)(degx+degy+degz)≦−3

このような不等式は成り立たないので,これで多項式に対するフェルマの最終定理の類似が証明されたことになる.

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【3】メーソン・ストーサーズの定理の類似(abc予想)

 多項式に対するフェルマの最終定理の類似はわかったが,それでは整数に関するメーソン・ストーサーズの定理の類似はどうなるのだろう? この代数幾何学と数論の相互転化がどのような形になるのかを知る人はたとえいたとしても非常に少ないであろう.

 mの素因数分解を

  m=Πpi^mi

とすると,多項式の次数degに相当するものは

  logm=Σmilogpi

互いに異なる根の数に相当するものは

  R=Σlogpi

と定義するのだが,互いに素な整数でa+b=cを満たすものすべてについて,不等式

  max(|a|,|b|,|c|)≦R(abc)

は一般に成り立たない.

 また,

  max(|a|,|b|,|c|)≦K・R(abc)

が成り立つような定数Kも存在しないのだが,不等式を弱いものにした

  max(|a|,|b|,|c|)≦K・R(abc)^(1+ε)

が成り立つと予想されている(abc予想,1986年).

 ほとんど証明抜きでスケッチ程度に解説したが,abc予想は数論と方程式論の両方にまたがる20世紀における最高の予想のひとつとされる.

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【補】数論と幾何学の相互転化

 セルバーグ以来,跡公式については数多くの拡張および応用が得られています.跡公式は等スペクトル多様体の構成においても有用な役割を果たすのですが,跡公式の守備範囲はそれだけにはとどまりません.

 セルバーグの仕事の中でも暗示されているように,スペクトル問題は数論と類似する構造をもっていて,ゼータ関数あるいはL関数の幾何学的類似物をラプラシアンの固有値や閉測地線の長さの分布から構成することができます.そうすれば,リーマン面のゼータ関数であるセルバーグ・ゼータ関数はリーマン予想の類似物となり,数論におけるリーマン予想は幾何学的にはラプラシアンの小さい固有値の非存在の問題になるのです.以下に,対応表を掲げておきます.

   数論               幾何学

  −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  代数体           コンパクトなリーマン多様体

  素イデアル         素な閉測地線

  素数定理          素な閉測地線の長さ分布の密度定理

  リーマン予想        ラプラシアンの小さい固有値の非存在

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