(その1)では,双子素数定理,10を原始根とする素数定理,n^2+1型素数定理など特殊な素数定理を取り上げた.順番が逆になってしまったが,今回のコラムでは,元祖素数定理と算術級数型素数定理(ディリクレの定理)を取り上げたい.
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【1】素数定理
素数とは,2,3,5,7,11,・・・のように1とその数自身以外に約数をもたない数のことで,プロ・アマを問わず数学者たちを魅了し続けてきました.整数論の発展は素数なしには望めなかったといっても過言ではないでしょう.素数の分布は不規則かつ複雑で未知の部分が多いのですが,18世紀から19世紀にまたがって活躍したガウスは「素数はどのような規則で現れるか」ということを考え,素数定理を予想しました(1792年:ガウスは当時15才であった).
素数定理とは,
π(x)〜x/logx (x→∞)
というものです.ここで,π(x)は任意の整数xを越えない素数の個数を表すものとします.素数定理は,xを超えない素数の個数を与える近似的な公式ですが,”〜”記号は漸近的に等しい,すなわちxが十分大きいとき両者の比が1に近づくという意味であって,両者の差がなくなるという意味ではありません.いいかえれば,この近似式の絶対誤差はxの増大とともに増大するが,相対誤差は減少する,つまり,左辺と右辺の比はxを∞にすると極限が存在して0でも無限大でもなく,1に収束する,
π(x)/(x/logx)〜1 (x→∞)
ということです.xに近い2つの連続した素数間の平均距離はおよそlogxだといってもよいでしょう.
1850年にロシアの数学者チェビシェフは任意の数nと2nの間には少なくとも一つの素数pが存在する(n<p≦2n),同じことですが素数pの次の素数は2pより小さい(pk+1 <2pk )という定理を発見しました.この証明の発見は彼が実に18才のときだったそうですから「栴檀は双葉よりの芳し」の諺のごとくです.チェビシェフの定理によって,素数の分布には何らかの秩序が存在していることになります.さらに,チェビシェフは1852年に,十分大きなxについてπ(x)/(x/logx)が0.92129と1.10555の間にあるという結果を得ています.この結果を得るためにチェビシェフは,オイラーによって1740年に考案されたゼータ関数(のちにリーマンがこの名前を付けた)を利用しました.
素数定理は,ガウス以降,多くの数学者たちが証明できなかった難問でしたが,ガウスの予想から約100年後の1896年,フランスの数学者アダマールとプーサンは,同じ年に独立に,リーマンによって複素数まで拡張されたゼータ関数を用いてガウスの素数定理を証明しました.
その後,長い間,素数定理の証明には複素解析的な方法を使用することが避けられないと信じられていましたが,1949年,フィールズメダリストのセルバーグとさすらいの数論家エルデスは独立に複素解析関数の理論を使わない初等的な方法で素数定理を証明し,当時の数学界を大いに驚嘆させました.セルバーグはこの功績によりフィールズ賞(4年に一度開かれる世界数学者会議で数学の著しい研究に対して与えられる賞で,数学界のノーベル賞ともいうべきものである)を受賞していますが,エレガントで独創的な解をもつ問題を探し当てることができる数学者が優れた数学者ということなのでしょう.
素数定理をエラトステネスのふるいという初等的な方法を用いて,ラフなスケッチ程度に誘導してみましょう.xまでのすべての整数うちで,奇数,すなわち2で割れない数は大体半分(1−1/2)あります.奇数のうちで,3で割り切れない数は2/3=1−1/3あります.さらに,残っている数のうち,5で割り切れない数は1−1/5あります.したがって,xを越えない素数の個数はこれらの積をすべての素数pにわたってとればよいことになり,近似的に
Π(1−1/p)・x
に等しくなります.さらに,Π(1−1/p)は近似的に1/logxに等しくなります.
Π(1−1/p)=G(x)
exp(γ)G(x)〜1/log(x)
π(x)〜exp(γ)G(x)・x〜x/logx
(γはオイラーの定数と呼ばれる.定数exp(γ)を掛ける必要があるというのがメルテンスの定理である.)ただし,これを証明するのは微積分を使っても容易ではありません.専門的で,ここで説明することはできそうにありませんから,天下り式に結果だけを示しておきます.このことを認めれば,素数定理π(x)〜x/logxが導出されたことになります.
さらに,素数定理にはもっとうまい近似法があります.素数の密度関数はπ(x)/xですから,
π(x)/x〜1/logx (x→∞)
です.1/logxが1からxまでの平均的な素数の密度と考えられますが,これをxの近くの素数の密度と考え,区間[1,x]を小区間に区切って積分してみます.
Li(x)=∫(2,x)dt/logt
Li(x)は対数積分関数と呼ばれますが,π(x)をx/logxで近似するより,対数積分を用いたLi(x)の近似はさらに適切な素数分布の近似式になっています.
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【2】算術級数型素数定理
有名な素数定理(PT)は,漸近分布の形で
π(x)〜x/logx
と表すことができることはわかりましたが,次に算術級数型素数定理について説明します.
素数は4で割って1余る素数と4で割って3余る素数の2種類に分類できます(2だけは例外).前者の素数はつねに2つの2乗数の和となりますが,後者の素数は決してその形には表せません.
(例)13=22+32,19=?2+?2
この定理はフェルマー・オイラーの2平方和定理として知られています.
それでは,4で割って1余る素数と4で割って3余る素数ではどちらが多いでしょうか? 実は,4で割って1余る素数,4で割って3余る素数の逆数和がともに無限大になり,どちらも無限個あってほぼ同じくらい存在することが示されています.
π4,1(x)〜π4,3(x)〜1/2・x/logx
それでは3で割って1余る素数,2余る素数,6で割って1余る素数,5余る素数などではどうなるのでしょうか? 素数は無限個存在し,そして等差数列{a+kn}にも素数は無限に含まれるのですが,素数pでa+knの形のものの分布問題がディリクレの算術級数定理です.
π(x;a,n)〜C・x/logx C=1/φ(n)
π2,1(x)〜x/logx
π3,1(x)〜π3,3(x)〜1/2・x/logx
π4,1(x)〜π4,3(x)〜1/2・x/logx
π5,1(x)〜π5,2(x)〜π5,3(x)〜π5,4(x)1/4・x/logx
π6,1(x)〜π6,5(x)〜1/2・x/logx
算術級数定理は素数定理を精密化したもので,初項aの取り方にはよらないのですが,ここで,オイラーの関数φ(n)は1からn−1までの整数のうち,nと互いに素になるものの個数
φ(n)=#(Z/nZ)
として定義されます.たとえば,n=7の場合,1,2,3,4,5,6なのでφ(7)=6,n=10の場合1,3,7,9がそうなのでφ(10)=4となります.
1760年頃,オイラーは,数nが素因数p,q,r,・・・をもつときに,それらの重複度にかかわらず,
φ(n)=n(1−1/p)(1−1/q)(1−1/r)・・・
であることを示しました.この原理は「エラトステネスのふるい」によっているのですが,たとえば,10=2・5,44=2^2・11,100=2^2・5^2より,
φ(10)=10(1−1/2)(1−1/5)=4
φ(44)=44(1−1/2)(1−1/11)=20
φ(100)=100(1−1/2)(1−1/5)=40
また,任意の素数pに対して,
φ(p^n)=p^n(1−1/p)
したがって,
φ(p)=p(1−1/p)=p−1
となります.
なお,算術級数定理の証明にはディリクレのL関数
L(s,χ)=Π(1−χ(p)p^(-s))^(-1)
χは乗法群(Z/nZ)の1次元表現
が用いられます.
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