今回のコラムでは超幾何関数の和公式でなく変換公式を紹介するが,まずqー超幾何関数の説明から始めたい.
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【1】2項定理のqアナログ
熱放射に関するプランク分布は,数学的にみるとゼータ関数・ガンマ関数と関連していて,量子化の概念では
1+x+x^2+x^3+・・・=1/(1−x)
1+e^(-x)+e^(-2x)+・・・=1/(1-e^(-x))
など無限等比級数がしばしば登場する.
ところで,q→1とすることによって,
1,1+q,1+q+q^2,・・・,1+q+q^2+・・・+q^(n-1),・・・
は1,2,3,・・・,n,・・・に近づく.このことから逆に
1,1+q,1+q+q^2,・・・,1+q+q^2+・・・+q^(n-1),・・・
=(1−q)/(1−q),(1−q^2)/(1−q),(1−q^3)/(1−q),・・・,(1−q^n)/(1−q),・・・
は自然数のqアナログを与えていると考えることができる.
qアナログとはqの多項式であって,qを1にしたときにもとの対象が現れるようなもののことである.qアナログは量子化の概念に非常によく似た形で与えられるといったほうがわかりやすいかもしれない.
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【1】q-2項係数(ガウス多項式)
階乗n!のqアナログは
Π(1-q^k)/(1-q)
となるが,2項係数(n,m)=n!/m!(n-m)!のqアナログ(q-2項係数)を
[n,m]
と書くことにして,さらに
(a;q)n=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))=Π(1-aq^k)
なる記号を導入すると
(q;q)n=(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^n)=Π(1-q^k)
になるので,
[n,m]=(q;q)n/(q;q)m(q;q)n-m
このようにして,2項定理
(1+z)^n=Σ(n,m)z^m
のqアナログは
(1+z)(1+zq)・・・(1+zq^(n-1))=(-z;q)n= Σ[n,m]q^(m(m-1)/2)・z^m
と表すことができる.
二項級数は多くの重要な性質をもっている.
(n+m,m)=(n+m,n) (対称性)
(n,m)=(n-1,m)+(n-1,m-1) (漸化式)
(n+m,m)=(n+m-1,m)+(n+m-1,m-1) (漸化式)
Σ(n,m)=2^n
Σ(-1)^m(n,m)=0
Σ(n,m)^2=(2n,n)
これらの多くがqアナログに拡張される.
[n+m,m]=[n+m,n] (対称性)
[n+m,m]=[n+m-1,m]+q^m[n+m-1,m-1] (漸化式)
[n+m,m]=q^n[n+m-1,m]+[n+m-1,m-1] (漸化式)
Σ(-1)^m[n,m]=0 nが奇数のとき
Σ(-1)^m[n,m]=(1-q)(1-q^3)(1-q^5)・・・(1-q^n-1) nが偶数のとき
Σq^m^2[n,m]=[2n,m]
Σq^m/2[n,m]=(1+q^1/2)(1+q)(1+q^3/2)・・・(1+q^n/2)
Σq^l[m+l,m]=[n+m+1,n]
ここで,Σq^m^2[n,m]=[2n,m]において,n→∞とすると
Σq^m^2/{(1-q)^2(1-q^2)^2・・・(1-q^m)^2}=Π1/(1-q^n)
が導かれる.
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【2】q-超幾何関数
q-2項級数は
(az;q)∞/(z;q)∞=Σ(a;q)m/(q;q)m・z^m
ガンマ関数(階乗の一般化),ガウスの超幾何関数(2項級数の一般化)のqアナログも同様に与えることができて,
q-ガンマ関数:Γq(x)=(q;q)∞/(q^x;q)∞(1-q)^(1-x)
q-超幾何関数:2φ1(a,b,c:q,x)=Σ(a;q)m(b;q)n/(c;q)m(q;q)m・x^m
と定義される.
q-超幾何関数はハイネの超幾何関数2φ1とも呼称される.ガウスの超幾何関数2F1は超幾何微分方程式
x(1-x)d^2y/dx^2+{γ-(α+β+1)x}dy/dx-αβy=0
を満たすが,q-超幾何関数2φ1は類似の2階差分方程式をみたす.
Σq^m^2/{(1-q)^2(1-q^2)^2・・・(1-q^m)^2}=Π1/(1-q^n)
はq-超幾何関数
Σ(a-1)(a-q)・・・(a-q^n-1)(b-1)(b-q)・・・(b-q^n-1)x^n/(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^n)(1-c)(1-cq)・・・(1-cq^n-1)=Π(1-caq^n)(1-cbq^n)/(1-cq^n)(1-abcq^n)
の特別な場合である.
Σq^m^2/{(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^m)}=Π1/(1-q^(5n-4))(1-q^(5n-1)
Σq^(m^2+m)/{(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^m)}=Π1/(1-q^(5n-3))(1-q^(5n-2)
はそれぞれロジャーズ・ラマヌジャンの第1恒等式,第2恒等式であるが,ロジャース・ラマヌジャン恒等式にはやさしい証明は存在せず,q二項係数とヤコビの三重積公式を使って証明される.
Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞(第1恒等式)
Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞(第2恒等式)
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【3】ヤコビの3重積公式
(a;q)n=(1-a)(1-aq)・・・(1-aq^(n-1))=Π(1-aq^k)
なる記号を導入すると
(q;q)n=(1-q)(1-q^2)・・・(1-q^n)=Π(1-q^k)
になるが,ヤコビの3重積公式
Σz^nq^(n(n+1)/2)=Π(1-q^n)(1+zq^n)(1+z^(-1)q^(n-1))
は
(x;q)∞(q/x;q)∞(q;q)∞=Σ(-1)^m・q^(m(m-1)/2)・x^m x=-z
と表現される.
[1]ヤコビの3重積公式において,qをすべてq^3に置き換え,x=qとすれば,左辺はΠ(1-q^3n)(1-q^3n-1)(1-q^3n-2)=Π(1-q^n)=(q;q)∞となり,
Π(1-q^n)=Σ(-1)^m・q^(m(3m+1)/2) (オイラーの5角数定理)
と表される.
[2]また,qをすべてq^2に置き換え,x=qとすれば,左辺は
Π(1-q^2n)(1-q^2n-1)^2
ここで,異なる数への分割と奇数への分割が同数あるという結果に対応する
Π(1-q^2n-1)=Π1/(1+q^n)
より,
Π(1-q^n)/(1+q^n)=Σ(-1)^m・q^(m^2)
[3]今度はx=−qとすれば,(-1;q)∞=2Π(1+q^n)より,左辺は
2Π(1-q^2n)(1+q^n-1)=2Π(1-q^2n)/(1-q^2n-1)
右辺はΣ(-∞~∞)q^(m(m+1)/2)であるが,m(m+1)/2はm=-1/2について対称であるから和を取る範囲をm:-∞~∞からm:0~∞に狭めることができて
Σ(-∞~∞)q^(m(m+1)/2)=2Σ(0~∞)q^(m(m+1)/2)
これより
Π(1-q^2n)/(1-q^2n-1)=Σq^(m(m+1)/2) m:0~∞
[4]x=δとすれば,
(x;q)∞(q/x;q)∞(q;q)∞=(1-δ)(δq;q)∞(q/δ;q)∞(q;q)∞
Σ(-1)^m・q^(m(m-1)/2)・x^m=Σ(1~∞)(-1)^m・q^(m(m-1)/2)・(δ^m-δ^-m+1)=Σ(0~∞)(-1)^m+1・q^(m(m+1)/2)・δ^-m(δ^2m+1-1)
両辺を(1-δ)で割り,δ→1とすれば,
左辺→Π(1-q^n)^3
右辺→Σ(0~∞)(-1)^m-1・(2m+1)q^(m(m+1)/2)
より,
Π(1-q^n)^3=Σ(-1)^m(2m+1)q^((m^2+m)/2) (ヤコビの3角数定理)
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【4】ロジャース・ラマヌジャン恒等式
ヤコビの3重積公式はテータ関数そのものを表しているのであって,これから
Σ(-1)^n・q^(n^2)=(q;q)∞/(-q;q)∞
Σq^(n(n+1)/2)=(q^2;q^2)∞/(q;q^2)∞
Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞
Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞
Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞
Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞
Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
などの恒等式が得られる.
このうち,後6者のq恒等式
Σq^(k^2)/(q;q)k=1/(q;q^5)∞(q^4;q^5)∞
Σq^(k(k+1))/(q;q)k=1/(q^2;q^5)∞(q^3;q^5)∞
Σq^(k^2)/(q;q)2k=1/(q;q^2)∞(q^4;q^20)∞(q^16;q^20)∞
Σq^(k(k+2))/(q;q)2k+1=1/(q;q^2)∞(q^8;q^20)∞(q^12;q^20)∞
Σq^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
Σ2q^(k^2)/(q;q)k(q;q)n-k=Σ(-1)^k・(1+q^k)q^{(5k^2-k)/2}/(q;q)n-k(q;q)n+k
はロジャース・ラマヌジャン恒等式と呼ばれるものの例である.
これらの分割恒等式はロジャーズ(1894),また彼とは独立にラマヌジャン(1913)によって得られた.ロジャース・ラマヌジャン恒等式は,最初ロジャースにより発見されたのであるが,誰の興味も惹かず忘れ去られていたところ,ラマヌジャンにより別証明が与えられたというわけである.
ロジャース・ラマヌジャン恒等式にはやさしい証明は存在せず,q二項係数とヤコビの三重積公式を使って証明される.ロジャース・ラマヌジャン型の恒等式は数論とのみ結びついていると考えられていたが,いまとなっては組合せ論を介して数理物理の計算に当たり前のように現れてくることが知られている.
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【5】Whippleの変換公式(1926年)
nが非負の整数で,a+b+c+1=d+e+f+nのとき
4F3(a,b,c,n|1)=(e-a)n(f-a)n/(e)n(f)n*4F3(-n,a,d-b,d-c |1)
(d,e,f | ) (d,1+a-e-n,1+a-f-n| )
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【6】Watsonの変換公式(1929年)
rFsのqアナログを
rφs(a1,a2,・・・,ar|q,z)/(b1,b2,・・・,bs| )
=Σ(a1;q)n(a2:q)n・・・(ar;q)n/(q;q)n(b1;q)n・・・(bs;q)n[(-1)^nq^n(n-1)/2]^1+s-r・z^n
と定める.
nが非負の整数のとき
8φ7(a,qa^1/2,-qa^1/2,b,c,d,e,q^-n |q,a^2q^n+2)
(a^1/2,-a^1/2,aq/b,aq/c,aq/d,aq/e,aq^n+1| )
=(aq;q)n(aq/de;q)n/(aq/d;q)n(aq/e;q)n*4φ3(q^-n,d,e,aq/bc |q,q)
(aq/b,aq/c,deq^-n/a )
ワトソンの変換公式においてb,c,d,e,n→∞の極限をとれば,右辺は (aq;q)∞Σa^kq^k^2/(q;q)k
となり,(aq;q)∞を除いてロジャース・ラマヌジャンの恒等式の左辺を与える.a=1,qの場合に変換公式の左辺はヤコビの3重積公式で足せる級数となり,ロジャース・ラマヌジャンの恒等式が証明される.実際,ワトソンはこのようにしてロジャース・ラマヌジャンの恒等式の簡単な証明を与えた(1929年).
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