高校数学では,分数式の計算
F=1/(a−b)(c−a)+1/(b−c)(a−b)+1/(c−a)(b−c)
とか
F=a^2/(a−b)(c−a)+b^2/(b−c)(a−b)+c^2/(c−a)(b−c)
を簡単にせよという演習問題に出会ったことがあるはずである.
F={a^k(b−c)+b^k(c−a)+c^k(a−b)}/(a−b)(b−c)(c−a)
として,分子をFkとおくと
F0=(b−c)+(c−a)+(a−b)=0
F1=a(b−c)+b(c−a)+c(a−b)=0
F2=a^2(c−b)+b^2(a−c)+c^2(b−a)=−(a−b)(b−c)(c−a)
F3=a^3(b−c)+b^3(c−a)+c^3(a−b)=−(a−b)(b−c)(c−a)(a+b+c)
よって,k=0,1,2,3の場合,順に
F=0,0,−1,−(a+b+c)
となる.
Fkは交代式で,交代式は差積と対称式Aの積で表されるという性質があるから
Fk=A(a−b)(b−c)(c−a)
ここで,分母(a−b)(b−c)(c−a)は3次交代式,分子Fkはk+1次交代式であるから,Fはk−2次対称式となる.このことからk=0,1のときF=0,k=2のときFは定数となることがわかる.
k=2の場合,F=−1
k=3の場合,F=−(a+b+c)
k=4の場合,F=−(a^2+b^2+c^2+ab+bc+ca)
k=5の場合,F=−(a^3+b^3+c^3+a^2b+ab^2+a^2c+ac^2+b^2c+bc^2+abc)
また,対称式の基本定理より,n変数のどんな対称式も基本対称式を用いて表すことができる.3変数の場合の基本対称式
σ1=a+b+c
σ2=ab+bc+ca
σ3=abc
を用いて対称式Pを表してみることにしよう.
k=3の場合,F=−(a+b+c)=−σ1
k=4の場合,F=−(a^2+b^2+c^2+ab+bc+ca)=−σ1^2+σ2
k=5の場合,F=−(a^3+b^3+c^3+a^2b+ab^2+a^2c+ac^2+b^2c+bc^2+abc)=−σ1^3+2σ1σ2−σ3
しかし,対称式の基本定理など代数学の知識を駆使してもあまり面白い結果になりそうもない.
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【1】オイラーの恒等式
1/(a−b)(c−a)+1/(b−c)(a−b)+1/(c−a)(b−c)=0
(b+c)/(a−b)(c−a)+(c+a)/(a−b)(b−c)+(a+b)/(b−c)(c−a)=0
bc/(a−b)(c−a)+ca/(a−b)(b−c)+ab/(b−c)(c−a)=−1
などの一連の式は「オイラーの恒等式」と呼ばれるものだそうである.単なる分数式の練習問題ではなく,由緒ある式なのである.
しかし,オイラーの恒等式は算術平均と幾何平均の不等式(←フルヴィッツ・ムーアヘッドの等式)や巡回行列式のように2次式の和の形
F=ΣkP^2
にも表せそうもない.これでは面白味に欠けるが「オイラーの恒等式」に何か面白い性質は隠れていないのだろうか? オイラーの恒等式は巡回行列式でなく,ファンデルモンドの行列式と近い関係にあることは推測できるのだが,もう一度じっくりみてみることにしよう.
k=3のとき,F=−(a+b+c)
k=4のとき,F=−(a^2+b^2+c^2+ab+bc+ca)
k=5のとき,F=−(a^3+b^3+c^3+a^2b+ab^2+a^2c+ac^2+b^2c+bc^2+abc)
はk−2次の同次項(係数1)がすべて出現している組合せであることに気づかれたであろう.
その項数は
3Hk-2=kCk-2=k(k−1)/2
すなわち,k=3(項数3),k=4(項数6),k=5(項数10)と計算される.そして,k=6の場合は
F=−(a^4+a^3b+a^3c+a^2b^2+a^2bc+a^2c^2+ab^3+ab^2c+abc^2+ac^3+b^4+b^3c+b^2c^2+bc^3+c^4)
(項数15)になるものと推測されるのである.
この推測の信頼率は95%以下と思われたので,阪本ひろむ氏(最近出版された
志賀浩二監訳・阪本ひろむ訳「バナッハとポーランド数学」シュプリンガー・フェアラーク東京
の訳者)にお願いして,Mathematicaを用いて確認してもらっている.
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オイラーの恒等式では3変数の場合が取り上げられているが,4変数ではどうだろうか? その前に3変数の場合について,都合上
F={a^k(b−c)−b^k(a−c)+c^k(a−b)}/(a−b)(a−c)(b−c)
と書き直しておく.
2変数の場合,差積は1次交代式(b−a)であるから
F=a^k/(a−b)−b^k/(a−b)=(a^k−b^k)/(a−b)
Fk=A(a−b)とすると
A=a^(k-1)+a^(k-2)b+・・・+ab^(k-1)+b^k
すなわち,k−1次の同次項が重複なくちょうど1回ずつ現れ,その項数は
2Hk-1=kCk-1=k
となる.
k=1のとき,F=1 (項数1)
k=2のとき,F=a+b (項数2)
k=3のとき,F=a^2+ab+b^2 (項数3)
k=4のとき,F=a^3+a^2b+ab^2+b^3 (項数4)
4変数の場合,差積は6次交代式
(a−b)(a−c)(a−d)(b−c)(b−d)(c−d)
また,
Fk=a^k(b−c)(b−d)(c−d)−b^k(a−c)(a−d)(c−d)+c^k(a−b)(a−d)(b−d)−d^k(a−b)(a−c)(b−c)
とかなり厳めしくなるが,Fkは差積と対称式Aの積
Fk=A(a−b)(a−c)(a−d)(b−c)(b−d)(c−d)
で表されるはずであるから,k=0,1,2のときF=0,k=3のときFは定数となることがわかる.
項数は
4Hk-3=kCk-3=k(k−1)(k−2)/6
k=3のとき,F=1 (項数1)
k=4のとき,F=a+b+c+d (項数4)
k=5のとき,F=a^2+a(b+c+d)+b^2+b(c+d)+c^2+cd+d^2 (項数10)
k=6のとき,F=a^3+a^2(b+c+d)+a(b^2+c^2+d^2+bc+cd+da)+b^3+b^2(c+d)+b(c^2+cd+d^2)+c^3+c^2d+cd^2+d^3 (項数20)
次にk=−1,−2,−3,・・・としてみたらどうだろうか? k=−1の場合だけを記すが,
2変数の場合,F=−1/ab
3変数の場合,F= 1/abc
4変数の場合,F=−1/abcd
この分数式に数学的背景があるとは思いもしなかったが,すべての同時項(係数1)が出現するなど意外な事実があることを知った.オイラーの恒等式と関係していることを知って少しは楽しくなっただろうか.
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【補】巡回行列式
3次の巡回行列式
|a b c|
|c a b|=a^3+b^3+c^3−3abc
|b c a|
=(a+b+c)(a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca)
=(a+b+c)(a+bω+cω^2)(a+bω^2+cω)
もきれいな恒等式です.
a^2+b^2+c^2−ab−bc−ca
={(a−b)^2+(b−c)^2+(c−a)^2}/2≧0
は高校数学でよく出てきますから,憶えておられる方も多いでしょう.
2次の巡回行列式
|a b|=a^2−b^2=(a+b)(a−b)
|b a|
では物足りないし,かといって4次の巡回行列式
|a b c d|
|d a b c|
|c d a b|
|b c d a|
=a^4+b^4+c^4+d^4−2(a^2b^2+a^2c^2+a^2d^2+b^2c^2+b^2d^2+c^2d^2)+8abcd
=(a+b+c+d)(a−b+c−d)(a^2+b^2+c^2+d^2−2ac−2bd)
={(a+c)^2−(b+d)^2}{(a−c)^2+(b−d)^2}
=(a+b+c+d)(a+bi−c−di)(a−b+c−d)(a−bi−c+di)
では厳めしく感じられます.
巡回行列式には2次式の和の形ΣkP^2が出現するのですが,一般に,ζを1の原始n乗根(すなわちn乗してはじめて1になる複素数)とすると
|x0 x1・・・xn-1|
|xn-1 x0・・・xn-2|=Π(x0+ζ^ix1+・・・+ζ^(n-1)ixn-1)
|・・・・・・・・・・| (i=0~n-1)
|x1 x2・・・x0 |
で表されます.(i=0~n-1)ですから右辺はn個の整式の積となります.
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【補】ファンデルモンドの行列式
|1 1 1 |
|a b c |=(a−b)(b−c)(c−a)
|a^2 b^2 c^2|
は有名な公式です.
|1 1|=b−a
|a b|
|1 1 1 1 |
|a b c d |=(a−b)(a−c)(a−d)
|a^2 b^2 c^2 d^2| ×(b−c)(b−d)
|a^3 b^3 c^3 d^3| ×(c−d)
いずれも右辺は特別な形(差積)になっていますが,これを一般化した公式が「ファンデルモンドの行列式」です.
|1 1 1・・・・1 |
|x1 x2 x3 ・xn |
|x1^2 x2^2 x3^2 ・xn^2 |=RΠ(xi−xj)
|・・・・・・・・・・・・・・・・・・| R=(-1)^{n(n-1)/2}
|x1^n-1 x2^n-1 x3^n-1 ・xn^n-1 | (i>j)
ファンデルモンドの行列式は符号を除いて差積Π(xi−xj)に等しく,整級数の理論や分割の理論に使われます.(i>j)ですから右辺はnC2=n(n−1)/2項の積となります.
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