■球面の不思議(その1)

 1914年,ハウスドルフは球面を有限個の(非可測な)断片に分割し再配列したとき,もとの球面と同じ面積をもつ2つの球面ができるようにすることが可能なことを示しました.1924年,バナッハとタルスキーは,球を可算個の小片に分割し,再結合させると元と同じ大きさの2つの球を作ることを示しました.したがって,元と同じ球体を好きな個数だけ作ることができることになります.

 バナッハ・タルスキーの可算分解合同定理を言い換えれば,空間において面積と体積は非可測な断片に分解することによって保存されないというものです.このあまりにも奇妙な結論からパラドックスと呼ばれますが,れっきとした現代数学の定理です.数学が「無限」を扱うようになったために生ずる奇妙な定理なのですが,バナッハ・タルスキーの定理は「選択公理」を仮定しないと証明できないのです.今回のコラムでは「球面の不思議」を取り上げます.

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【1】ミルナーの定理とエキゾチックな球面

 半径が1の球面の公式は

  1次元球面:x^2+y^2=1

  2次元球面:x^2+y^2+z^2=1

  3次元球面:x^2+y^2+z^2+w^2=1

という具合に変数を増やしていくだけですから,そこには本質的な違いは生じないような気がします.ところが,ある次元を境にして奇妙なことが起こることが知られています.

 奇妙なことというのは,米国の数学者ミルナーが発見した7次元球面(8次元球の表面)では,微分同型写像で互いに移ることができない孤立した微分構造が28個もあるというものです(ミルナーの定理:1956年).

 ミルナーは26才のとき,

  Σ^7={(z1,z2,z3,z4,z5)||z1|^2+・・・+|z5|^2=1,z1^2+・・・+z5^2=0}

なる例を構成し,エキゾチックな球面Σ^7が通常の7次元球面S^7とは異なることをヒルツェブルフの指数定理を用いて証明しました.M^8の交点行列の指数は8であるが,微分同相であると仮定すると7で割り切れなければならず,背理法でミルナーの主張がいえるのです.

 2個の連結和Σ^7#Σ^7はS^7に同相ですが,S^7にもΣ^7にも微分同相ではありません.27個までの連結和Σ^7#・・#Σ^7は互いに同相ですが,微分同相ではなく,28個の連結和はS^7に微分同相です.この28という数字はベルヌーイ数から定まる数です.

 また,集合

  H7={S^7,Σ^7,Σ^7#Σ^7,・・・,Σ^7#・・#Σ^7}

は群となり,Z28に同型です.8次元以上では

  H8=Z2,H9=Z2+Z2+Z2またはZ2+Z4,H10=Z6,H11=Z992,

  H12=0,H13=Z3,H14=Z2,H15=Z2+Z8128,H16=Z2

一般に(4n−1)次元で位数の大きな有限群が現れます.これらの位数もベルヌーイ数から定まります.

 n次元多様体M^n上に2個の特異点をもつ関数が存在するならば,M^nはn次元球面S^nに同相です.しかし,同相を微分同相に置き換えることはできません.n≦6(n≠4)ではΣ^nはS^nに同相ならば微分同相ですが,S^nに微分同相でないn次元多様体Σ^nの存在がn≧7で知られています.(4次元では何もわかっていません.)

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【2】ヒルツェブルフの符号数定理

 ヒルツェブルフの符号数定理(指数定理)を紹介することにしましょう.Mを4の倍数次元の閉じた向きづけ可能な多様体(manifold)M^4kで,概平行性をもつと仮定する.Mの次元をnとするとき,

  n=8なら,Mの指数は7で割り切れる

  n=12なら,Mの指数は62で割り切れる

  n=16なら,Mの指数は127で割り切れる

  n=20なら,Mの指数は146で割り切れる

 一般に,n=4k(4の倍数)なら,Mの指数は

  2^(2k)(2^(2k-1)−1)/(2k!)・Bk   Bkはベルヌーイ数

を既約分数になおしたときの分子で割り切れるというのが,ヒルツェブルフの指数定理です.(多様体M^4kの符号数がそのL種数に等しいというのが,ヒルツェブルフの符号数定理ですが,ここに掲げたヒルツェブルフの指数定理は,ミルナーの定理の証明に都合のよい形に書き直してあります.)

 概平行性について説明すると,たとえば,2次元球面上には,必ず特異点があり,特異点のないベクトル場は存在しない(ホップの定理)のですが,2次元球面から円板をくり抜いてみることにします.そうすると,残りの部分も円板に変形でき,その上には1次独立な2本のベクトル場があるので,平行性をもつことになります.n次元多様体M^nからn次元円板D^nをくり抜いた部分が平行性をもつことを概平行性をもつというのですが,歯切れの悪い説明で申し訳ありません.

 また,指数とは,交点行列(対称行列)を対角化したとき,対角成分のうち+のものがl個,−のものがm個あるとすると,その差:l−mのことであって,対称行列には指数(または符号数)と呼ばれる不変量が対応します.行列Aの指数はAだけで決まり,対角化の仕方には依存しないことは,初等解析学のシルベスターの慣性法則で学んだとおりですが,これが空間の符号数の不変性なのです.

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 Bmはm番目のベルヌーイ数を指します.ベルヌーイ数の最初のいくつかを書くと,B1=1/6,B2=1/30,B3=1/42,B4=1/30,B5=5/66,B6=691/2730,B7=7/6,B8=3617/510,・・・

 Bn/nを既約分数で表したときの分母を求めることは,1840年,クラウセンとフォン・シュタウトの定理により,厳密に求めることが容易になったのですが,Bn/nの分子はnに対して急激に増加するため,計算はずっと難しかしくなります.以下に,nが小さいときの表を掲げておきますが,漸近評価

  Bn/nの分子>Bn/n>4/√e(n/πe)^(2n-1/2)

より,

  (n/πe)^(2n)

のオーダーとなりますから,n>πe=8.539・・・のとき,分子は急激に大きくなることが示されます.

  n Bn/nの分子  n Bn/nの分子

 ≦5 1 9 43867

  6 691 10 174611

  7 1 11 77683

  8 3617 12 236364091

 この分子の値は,平行化可能な多様体の境界となるエキゾチック(4n−1)次元球面の微分同相からなる群が,位数

  2^(2n)(2^(2n-1)−1)・Bn/nの分子

の巡回群であることから微分トポロジーの研究者の注意を引くものとなっていたのですが,結局,B7の分子が7で割り切れることがミルナーがエキゾチック球面の証明に用いた方法に繋がったのです.

 ミルナーの定理は微分トポロジーにおける定理であり,一方,ベルヌーイ数は主に数論の世界で用いられる定数であって,意外なものが顔を出すところにベルヌーイ数の奥深さが感じられます.

 通常の微分構造の球面を除いた27個はエキゾチックな球面と呼ばれます.「7次元球面には8次元ユークリッド空間の単位球面とは異なる微分構造が入る」といっても,これだけでは何が何だか意味不明ですが,Σ^7とS^7は位相同型であっても微分同相にならない,すなわち,なめらかさの構造がまったく異なるというのです.

 しかし,微分構造とか微分同型写像とかの意味はよくはわからなくても,ミルナーの発見が衝撃的な事実であることはすぐに理解できます.われわれは,微分という言葉を何気なく使っていますが,微分が1種類とは限らないというのは直観に反していて実に驚くべきことであり,当時,ほとんどだれも予想し得なかったことだからです.ミルナーはこの業績でフィールズ賞を受けました.

 球面に許される微分構造の数を表にしてみると,

  次元 微分構造  次元 微分構造  次元 微分構造

  1 1 7 28 13 3

  2 1 8 2 14 2

  3 1 9 8 15 16256

  4 - 10 6 16 2

  5 1 11 992

  6 1 12 1 31 >16000000

 2,3,5,6の各次元の球面は微分可能構造をただひとつしかもたないが,7次元では28,8次元では2つあり,11次元では992,また12次元では1つだけ,15次元では16256あるが有限で次元の数に強く依存しています.4次元球面が2つの微分可能構造を許容するかどうかはまだ未解決です.

 7次元までの2次形式は単位行列から定まる2次形式

  x1^2+・・・+xn^2

と同型になるのですが,n=8ではこの情勢が覆り同型ではなくなります.このように,微分構造に関しては次元に関する制約がでてくるので,7次元以上では本質的に異なっていると考えられるのです.トポロジーは曲げたり伸ばしたりの連続変形を施しても変わらないようなもの(=位相不変量)を研究するのですが,空間の性質は,次元が変わるごとに劇的といってよいほど変わります.しかし,それは単にオイラー標数の話だけでなく,そこにはもっと深い幾何学的な事情があったのです.

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