■通信,暗号,そして多面体

 n次元の準正多面体を構成するのに,n桁の0/1コードを使用することができる.たとえば,6次元の準正多面体であれば010110とか・・・

 これは多面体の遺伝子と考えられるコード(ワイソフコード)で,与えられた多面体に010110操作を加えると,目的とする多面体が得られるばかりではなく,たった6ケタから驚くほど多くの多面体情報を計算することができる(k次元面の数と形、ひとつの頂点に集まるk次元面の数と形,体積や表面積,・・・).つまり,そこには驚くほどたくさんの情報が詰め込まれていることがわかていて,超圧縮データになっているのである.

 これまでは特別な準正多面体の情報しか知られていなかったのであるが,この方法を使ってすべての準正多面体の基本情報を計算できるようになった.しかも,使っている方法は初歩的あるいは古典的といってもよい位相幾何学的組み合わせ論だけである.

 この方法が,これまで誰も思いつかなかったのはおそらく高次元図形の諸計量を自信をもって計算できる人がいなかっただけなのだと思う.私はこれを通信,暗号などに応用できるのではないかと考えた.突飛な発想かもしれないが,多面体そのものを通信に役立てようというわけである.

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【1】現行の通信理論について

 高次元多面体に比べて,高次元球は理解もしやすく,実際に通信理論に応用されている.とくに,8次元と24次元の最密球充填は通信理論を介して現代生活を担保するほどの重要な応用を担っている.

 8次元球や24次元球の最密充填の様子を思い浮かべるのは簡単ではないから,3次元の最密球充填で代用することにするが,3次元の最密球充填は中心に置いた球に対して,同じ層の6球,上の層に3球,下の層にも3球で,合計12球に接することになる.この配置が面心立方格子状配置で,すなわち,3次元の最密球充填配置となる.

 一方,3桁コードシステムでは通信の検出力を最大化する目的で,中心(0,0,0)から√2離れた12個の格子点,

(±1,±1,0),(±1,0,±),(0,±1,±1)

が用いられている.ここに半径1/√2の球を配置すると3次元の最密球充填が実現される.すなわち,3桁コードシステムでは3^3=27個の格子点のなかから13個の最適配置となる格子点が選ばれているのである.

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 一方,8桁コードシステムには,素粒子物理学で有名なE8格子が用いられている.E8格子は

[1]座標成分がすべて整数か(112点),すべて整数1/2か(128点)のいずれか

[2]座標成分の和は偶数

[3]原点からの距離が√2

の240個の8次元ベクトル(ルートと呼ばれる)の集まりである.

 ベクトル(1,0,0,−1,0,0,0,0)や(1/2,1/2,−1/2,1/2,1/2,1/2,1/2,−1/2)はルートの1例で,E8格子には全部で240個(112+128)のルートがある.8桁コードシステムでは5^8=390625個の格子点のなかから241個の最善配置をなる格子点が選ばれている.

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 3桁コードシステムがうまく機能する幾何学的な理由は,立方体の8頂点から4頂点をうまく選ぶと正四面体を内接させることができることに依存している.同様に,8桁コードシステムでは,8次元立方体の256頂点から16頂点をうまく選ぶと8次元正軸体を,あるいは,同じことではあるが,7次元立方体の128頂点から8頂点をうまく選ぶと7次元正単体を内接させることができるからである.

 一般に,n次元立方体の頂点をうまく結んで正軸体を作ることができるための必要条件はnが4の倍数であること,正単体を作ることができるのはnが4の倍数−1であることである.さらに偶ユニモジュラー格子は,次元が8の倍数のときにしか存在しないことも知られている.いずれにせよ,通信に活用されているのはある特殊な次元の,球の中心あるいは接点の座標情報だけなのでである.

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【2】多面体の通信への応用を考える

 前述したことから,特殊な次元でなく,一般の次元の多面体の座標以外の諸々の連結情報をうまく利用できないだろうかという発想が浮かぶのは自然な成り行きであろう.

 球の格子状配置において,球をもっと膨らませると押し合いへし合いを生じて,最終的にはボロノイ多面体に落ち着く.ボロノイ多面体は空間充填多面体であるが,この頂点や辺の連結情報を使いこなしたい.

 あるいは,空間充填にはこだわらず,3次元であれば3ビットコード(001)(010)(011)(100)(101)(110)(111)と1対1対応する多面体が構成できるので,それを利用することも考えうるであろう.

 8次元であれば8ビットコード,24次元であれば24ビットコード,任意の次元にそれと1対1対応する多面体を構成することが可能である.一般に,無限系列ではnビットシステムと1対1対応するn次元多面体を普遍的に構成することができるのである.

 その際に問題となるのは,これらのn次元多面体がどんな形をしているのかまったく直観が効かないということである.高次元図形では,高次元球や高次元正多面体の理解が進んでいるわりに,高次元準正多面体をなるとお手上げ状態であった.高次元図形の数え上げ理論が必要とされる所以である.しかし,数年前,私は高次元準正多面体は直観が働かないという難問を克服することができた.現在,その数え上げプロシージャは東京電機大学の松浦らによってコンピュータに実装化されている.

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【3】高次元でも普遍的に存在する結晶

 これまでの研究で,任意のn次元空間に4種類の結晶を構成できることがわかっている.

[1]ミンコフスキー結晶

[2]BCC結晶

[3]FCC結晶

[4]HCP結晶

 [1][4]は正単体,[2][3]は正軸体・立方体からワイソフ構成される.これまでの通信理論は球充填問題から派生しているが,[3][4]は内接球をもつ球充填問題である.(最密球充填ではない.)それに対して[1][2]は外接球をもつ球被覆問題である.

 現行の通信理論を再編するためには,球充填にこだわる必要はない.むしろ,E8格子やリーチ格子のような例外型でなく,どの次元にも普遍的に存在する無限系列であることのほうが,自然な枠組を与えてくれそうでもある.都合のいい空間をみつけて応用を考えることが重要になると思われる.

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【4】まとめ

 多面体の理論を通信に役立てようというアイデアが本当に有用なものになるのか,役立つとしたらどの次元のどの多面体になるのか,具体的な方法は私には答えを与えられそうにはない.

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【5】雑感

 円通寺住職を長く務めた故・乙部融朗老師は複雑な4次元多胞体の針金模型を数多く製作している.製作の第1段階では,針金を熱しておいてから,降伏点を越えるまで伸ばし所定の寸法に切断する.こうすれば精度よく加工できるのだという.次はハンダ付け.4次元模型は内部構造をもつので,隙間から内部をハンダ付けするのも始末が悪いと思われるが,それが終われば,細い筆で1本1本の針金を塗装する.しかし,老師はそれを厭わない.紙模型は不透明で,内部が見えないから発見できないことも多く,理論がたてられないというのがその理由である.老師の作品の多くは,現在,東京大学数理科学研究科(河野俊丈教授)にて保管所蔵されている.

 この針金模型をネットワークとみなすと,それだけでひとつのスモールワールドをなしていることが見て取れるだろう.乙部自身の才能,熱烈な好奇心,集中力,これらにより老師は針金模型の達人になり得たのであるが,忘れてならないのは老師が電気工学の博士号をもっていることである.遺稿集には'signal transmission in electrical communication'なる用語で,4次元多胞体との関連性を論じているが,老師は4次元多胞体の針金模型の先に通信理論への先駆的な応用を見据えていたのではなかろうか?

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