■太鼓の形は聞こえない(その4)
【1】クネーザーの反例
カッツの提出した「音で太鼓の形が聞き分けられるか?」という有名な問題については,ミルナーによる否定的な研究がありました.また,別の数学者は異なる次元で等スペクトル多様体(等しい固有値をもち,リーマン多様体として異なる多様体)の例を発見しました.
クネーザーは12次元の反例:
D12=1/2(θ3^12+θ4^12)
E8+D4=1/2(θ2^8+θ3^8+θ4^8)×1/2(θ3^4+θ4^4)
を見つけ,その後,北岡は8次元の反例を見つけました.
体積(行列式),表面積,周長は聞き取れるが,形は聞き取れないという話を格子について述べてきましたが,多様体(多面体)ではどうでしょうか.
1984年,砂田利一(明治大学)は等スペクトル多様体をほとんど思うがままに作り出す画期的な方法を発見し,これによって低次元の実例を作り出すことが可能になりました.そして,カッツの反例となる等スペクトル多様体が構成できることを示したのです.
T.Sunada, Riemannian coverings and isospectral manifolds, Ann. Math., 121(1985), 248-277
にもかかわらず,長い間,2次元の世界で等スペクトル多様体のペアを探しだすことはできませんでしたが,1991年には大きな進展がありました.ゴードンとその夫ウェッブは,ウォルポートからヒントを得て,面積と周長は等しいけれども形の違う,けれども同じ音をもつ2次元・3次元のペアを探し出すことに成功したのです.
C.Gordon,D.Webb and S.Wolport, Isospectral plane domains.and surfaces via Riemannian orbits, Invent. Math., 110(1192), 1-22
また,現在知られている最も単純な2次元図形はチャップマンによる8つの角をもつ図形です.
S.J.Chapman, Drums that sound the same, Amer. Math. Monthly, 102(1995), 124-138
浦川肇「ラプラス作用素とネットワーク」,裳華房には,これらの図形が図入りで詳しく書かれています.とはいえ,新たな問題も浮かび上がっています.たとえば,もっと単純な構造をもつもの,あるいは,滑らかな境界をもつドラムのペアは存在するであろうか? 等々.スペクトル幾何学の研究はやっと始まったばかりで,まだ多くの問題が残されているのです.
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