任意のarctan(1/n)を2項に分解することを考えてみます.
arctan(1/n)=arctan(1/p)+arctan(1/q)
公式
arctana+arctanb=arctan((a+b)/(1−ab))
を使うと,
1/n=(1/p+1/q)/(1−1/pq)
n=(pq−1)/(p+q)
q=(np+1)/(p−n)
ここで,p=n+mとおくと
q=n+(n^2+1)/m
arctan(1/n)=arctan(1/(n+m))+arctan(m/(n^2+mn+1))
したがって,n^2+1=kmなるkが存在するならばqは整数になることがわかります.
逆に,n^2+1=kmのときだけ
arctan(1/n)=arctan(1/(n+m))+arctan(1/(n+k))
が成り立つのですが,n^2+1=kmとなるのはどのようなときなのでしょうか?
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【1】ガウス整数
a,bを整数として
a+bi
で表される複素数が「ガウスの整数」です.ガウスの整数は和と積の演算に関して閉じています→「ガウスの整数環」.
また,すべてのガウス整数を約す整数が「単数」で,1の4乗根である
±1,±i
の4個の単数があります.ガウス整数は正方形の対称性をもつ正方格子をなします.
素数は複素数体でも定義されますが,ガウス素数とはそのノルムが通常の素数であるようなガウス整数のことです.数論の教えるところによると,複素数体においても,単数を除いて,素因数分解の一意性が成立します.
4k+3型素数はやはりガウス素数ですが,2および4k+1型素数はガウス素数の積に分解されるのです.
2=(1+i)(1−i)=i(1−i)^2
5=(1+2i)(1−2i)
29=(5+2i)(5−2i)
ガウス素数を列挙すると
1±i,3,2±i,7,11,3±2i,4±i,19,23,5±2i,31,・・・
となりますが,
1±i,2±i,3±2i,4±i,5±2i
はそれぞれ2,5,13,17,29,・・・すなわち,2および4k+1型素数に対応するガウス素数ということになります.
また,a+biがガウス素数ならばその共役a−biやそれに単数±1,±iを掛けたb±aiなど計8通りもガウス素数ですが,単数の違いを除いて,その表し方は本質的に1通りというわけです.
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【2】ガウスの素因数分解
[1]たとえば,5+iでは
(5+i)(5−i)=5^2+1=26=2・13
2→1±i,13→3±2i
です.複素数の掛け算は偏角の足し算に対応しますから,偏角を幾何学的に考慮することによって
5+i=(1+i)(3−2i)
と素因数分解することができます.
[2]70+iでは
(70+i)(70−i)=70^2+1=4901=13^2・29
13→3±2i,29→5±2i
ですから
70+i=i(3−2i)^2(5−2i)
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【3】ステルマー分解
n±i
はガウスの整数ですが,ここではa+biではなく,n±iなる複素数を使って分解することを考えます.
冒頭に掲げたことより,n^2+1=kmなるkが存在するならばqは整数になりますが,そのようなmは2と4k+1型素数の積,あるいは,n^2+1の約数として表現できることがわかります.
m=1,2,5,10,13,17,25,26,29,34,37,41,50,53,58,61,65,73,74,82,85,89,97,・・・
mではなくnについては,n^2+1の最大素因数pが2n以上となる正整数nをステルマー数と呼びます.n=3のとき,3^2+1=10=2・5→p=5ですから,3はステルマー数ではありません.同様に,
n=7 7^2+1=50=2・5^2 → p=5
n=18 18^2+1=325=5^2・13→p=13
n=57 57^2+1=3250→p=2・5^3・13→p=13
n=239 239^2+1=2・13^4→p=13
もステルマー数ではありません.一方,n=2のとき,2^2+1=5→p=5ですから,2はステルマー数です.
最初の30個のステルマー数nとそれに対応する最大素因数pは,
n p n p n p
1 2 15 113 28 157
2 5 16 257 29 421
4 17 19 181 33 109
5 13 20 401 34 89
6 37 22 97 35 613
9 41 23 53 36 1297
10 101 24 577 37 137
11 61 25 313 39 761
12 29 26 617 40 1601
14 197 27 73 42 353
[1]5はステルマー数ですから,5+iのステルマー分解はそれ自身になります.
[2]70+iでは
(70+i)(70−i)=70^2+1=4901=13^2・29
ですから,70はステルマー数ではありません.
12±i→12^2+1=5・29
となることから,29でn^2+1が割り切れる最小のnは12です.すなわち,最初のステルマー数は12になります.
ステルマー分解を求めるには,nがステルマー数となっている数n±iを元の数a+biに繰り返し掛けていきます.このとき,符号は対応する素数pをキャンセルできるように選びます.この例では
(70+i)(12+i)=839+82i→×
(70+i)(12−i)=841−58i=29(29−2i)
ですから,
(70+i)(12−i)=29(29−2i)
5±i→5^2+1=2・13
より,13でn^2+1が割り切れる最小のnは5です.すなわち,次のステルマー数は5ですから,
(70+i)(12−i)(5+i)=29(29−2i)(5+i)=29(147−19i)→×
(70+i)(12−i)(5−i)=29(29−2i)(5−i)=29(143−39i)=377(11−3i)
同様のことを繰り返すと
(70+i)(12−i)(5−i)(5−i)=377(11−3i)(5−i)=9802(2−i)
2はステルマー数ですから,これですべてステルマー数に対応する複素数となりました.実数の偏角はすべて0です.したがって,偏角については
arctan(1/70)−arctan(1/12)−2arctan(1/5)=−arctan(1/2)
が成り立つことがわかります.
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【4】雑感
ガウスは,ガウス整数がガウス素数の積に一意に分解できることを発見しました.それに対して,ステルマーはどんなarctan(x)もnがステルマー数になっているarctan(1/n)の和として一意に表されることを発見しました.
ステルマー数の話は「エジプト式単位分数」に似ていると思われた方も多いと思われますが,分子が1である分数を単位分数と呼びます.古代エジプト人は分数を表すのに,互いに異なる単位分数の和として表しました.たとえば,5/7は
5/7=1/7+1/7+1/7+1/7+1/7
ではなく,互いに異なる単位分数の和ですから,3つの単位分数を用いて
5/7=1/2+1/5/1/70
と書くことができます.
どんな分数でも相異なる単位分数の和として表現できることは,簡単に証明できます.それでは
(1)分数p/qを越えない最大の単位分数を求め,p/qから差し引き,それをp1/q1とする
(2)分数p1/q1を越えない最大の単位分数を求め,p1/q1から差し引き,それをp2/q2とする
(3)分数pi/qiを越えない最大の単位分数を求め,pi/qiから差し引き,それをpi+1/qi+1とする
という手順を繰り返せば,つねに単位分数表示が得られるでしょうか?
答えはyesで,このアルゴリズムは破綻しないことが知られています.もちろん,その表示の仕方はただ1通りです.
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単位分数の和としての表現は少なくとも1つは存在するのですが,しかし,単位分数表示は1通りとは限らず,たとえば,前述の5/7は
5/7=1/2+1/7+1/14
5/7=1/3+1/4+1/8+1/168
のように何通りも表し方があります.
2/(2n−1)という形の分数の相異なる単位分数の和による表現では,欲張り算法により
2/(2n−1)=1/n+1/n(2n−1)
のように2個の単位分数を用いて表示できます.
2/3=1/2+1/6
2/5=1/3+1/15
2/7=1/4+1/28
2/11=1/6+1/66
2/23=1/12+1/276
はこの式に従っていますが,
2/9=1/6+1/18
2/13=1/8+1/52+1/104
2/15=1/10+1/30
2/17=1/12+1/51+1/68
2/19=1/12+1/76+1/114
2/21=1/14+1/42
は欲張り算法によるものではありません.
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