(その5)では,シンク関数の積分不等式
1/π∫(-∞,∞)|sin(x)/x|^kdx≦√(2/k)
1/π∫(0,∞)|sin(x)/x|^kdx≦1/√(2k) (等号はk=2のときに限る)
を検証した.
すると,この証明がボールの不等式
1≦Vn(a)≦√2
の証明につながっていくのであるが,この定理は主として一様分布の確率論的議論によって証明される.
ボールの卓越した確率論的構成法はすばらしい進展を示しているが,確率論的議論に馴れない人にとっては証明をフォローするのは簡単ではないものと思われる.今回のコラムでは明解な形となるように補足説明したい.
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【1】確率変数の和の分布
x,yが独立な確率変数でそれぞれ確率密度関数f(x),g(y)をもつとします.このとき,z=x+yの確率密度関数h(z)を求めてみましょう.
やや形式的ではありますが,z=x+y,w=y(x=z-w,y=w)と変数変換して,
(x,y)平面から(z,w)平面の1対1写像を考えてみるとそのヤコビアンは
J=∂(x,y)/∂(z,w)=|∂x/∂z,∂x/∂w|=|1,-1|=1
|∂y/∂z,∂y/∂w| |0, 1|
で与えられます.
dxdy=∂(x,y)/∂(z,w)dzdw
となり,(z,w)の同時確率密度関数p(z,w)は
p(z,w)dzdw=f(x)g(y)dxdy=f(z-w)g(w)∂(x,y)/∂(z,w)dzdw
したがって,
p(z,w)=f(z-w)g(w)
が求める同時確率密度関数となります.
zの確率密度関数は,その周辺分布として与えられますから
h(z)=∫(-∞,∞)f(z-y)g(y)dy
となります.このhをfとgのたたみ込みまたは合成積(convolution)といい,
h(z)=f*g(z)
と書きます.まったく同様に
h(z)=∫(-∞,∞)g(z-x)f(x)dx
ですから,
h(z)=g*f(z)
すなわち,たたみ込みでは交換法則が成り立ちます.たたみ込みの積分計算は難しくなることがありますが,その場合には掛ける順序を入れ替えて計算すると簡単になります.
また,h(z)の累積分布関数H(z)は
H(z)=∫(-∞,z)h(z)dz
=∫(-∞,∞)g(y)dy∫(-∞,z)f(z-x)dz
=∫(-∞,∞)g(y)dy∫(-∞,z-y)f(x)dx
=∫(-∞,z)F(z-x)dG(y)
と表されます.ここで,dG(y)=g(y)dyの関係を利用しました.この場合も,H(z)=F*G(z)=G*F(z)が成り立つことが容易にわかります.
(例題1)x1,x2,・・・,xnが正規分布N(μ,σ2)にしたがうとき,y=Σxの分布を求めたい.
まず,y=x1+x2の密度関数は
f(x)=1/√2πσexp{-(x-μ)^2/2σ^2}ですから
h(y)=f(x1)*f(x2)=∫(-∞,∞)f(y-x)f(x)dx
=1/2πσ^2∫(-∞,∞)exp(-Q/2σ^2)dx
ここで
Q=(y-x-μ)^2+(x-μ)^2
=2x^2-2yx+(y-μ)^2+μ^2
=2(x-y/2)^2-1/2y^2+(y-μ)^2+μ^2
=2(x-y/2)^2+1/2(y-2μ)^2
h(y)=1/2πσ^2exp{-1/4σ^2(y-2μ)^2}∫(-∞,∞)exp(-(x-y/2)^2/σ^2)dx
h(y)=1/√(2π)√(2)σexp{-1/4σ^2(y-2μ)^2}
となります.これは正規分布N(2μ,2σ^2)に従うことがわかります.
さらに「n個の独立な確率変数の和z=x1+x2+・・・+xnの確率密度関数はn回畳み込みh(z)=f(x1)*f(x2)*・・・*f(xn)である.」から,実際に畳込みを繰り返すことによってy=Σxの分布は正規分布N(nμ,nσ^2)となることが理解されます.すなわち,正規分布の和の分布は再び正規分布となりますが,これを正規分布の再生性といいます.また,このことより,正規分布する母集団から得られた標本平均x=Σxi/nの分布は正規分布N(μ,σ^2/n)であることも理解されます.
(例題2)さらに,x1,x2,・・・,xnが標準正規分布にしたがう独立な確率変数とすると,y=Σx^2=snの分布は?
自由度1のχ^2分布の確率密度関数をもとに,sn=sn-1+xn2として畳込みTn*T1=Tn+1を繰り返すことで帰納的に求められ,
p(y)=2^(-n/2)/Γ(n/2)y^(n/2-1)exp(-y/2)
となります.これは自由度nのχ^2分布の確率密度関数です.
(例題3)同様に,指数分布f(x)=λexp(-λ)のn回合成積はアーラン分布となることも帰納法で示すことができます.
f1(x)=λexp(-λ)
f2(x)=integral(0,x)f1(x-t)f1(t)dt=λ2xexp(-λx)
f3(x)=integral(0,x)f2(x-t)f1(t)dt=λ3x^2/2exp(-λx)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
f10(x)=integral(0,x)f9(x-t)f1(t)dt=λ10x^9/9!exp(-λx)
なお,自由度2のχ^2分布は指数分布となり,さらにまたχ^2分布もアーラン分布もガンマ分布の1種です.
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【2】特性関数
確率変数xが区間(-∞,∞)で定義されているとき,確率密度関数f(x)には次のような簡単な条件が要請されます.
f(x)≧0
∫(-∞,∞)f(x)dx=1
すなわち,確率密度関数は非負であって,積分すると1になる関数です.
有限区間[a,b]で定義された連続密度関数g(x)に対しても,
h(x)=1 (a≦x≦b)
h(x)=0 (x<a, x>b)
なる関数を導入して,f(x)=g(x)h(x)とすれば上式と同様に確率密度関数を定義できます.関数h(x)はヘビーサイド関数,ディラックのデルタ関数あるいはインパルス関数とも呼ばれます.
ところで,積率母関数の欠点は,積率をもたないコーシー分布やブラウンノイズ関数などに対しては積率母関数が定義されないということです.そこで,複素関数を導入して
h(x)=exp(itx)
としたものが特性関数です.
φ(t)=E[exp(itx)]=∫(-∞,∞)f(x)exp(itx)dx
フーリエ変換のカーネルはh(x)=exp(-itx)ですから,特性関数は1種のフーリエ変換(+iフーリエ変換)と考えることができます.また,上式において,exp(itx)にオイラーの公式:exp(itx)=cos(tx)+isin(tx)を適用すると,特性関数は次のように表現できます.
φ(t)=∫(-∞,∞)f(x)cos(tx)dx+i∫(-∞,∞)f(x)sin(tx)dx
区間(-1/2,1/2)の一様分布の特性関数はsin(t)/t,正規分布N(μ,σ^2)の特性関数はexp(iμt-σ^2t^2/2)となります.また,特性関数はすべての確率分布に対して存在し,コーシー分布の特性関数はexp(iμt-|t|σ)と表されます.
また,畳み込みのフーリエ変換はフーリエ変換の単なる積になりますから,畳込みの特性関数はそれぞれの分布の特性関数の積
φx+y(t)=φx(t)*φy(t)
で表されます.前節より,独立な確率変数の和の分布は,合成積
fn(x)=f1(x)*・・・*f1(x) (n個の合成積)
で与えられることがわかりましたが,特性関数を用いる
φ(t)=[φn(t)]^n
となります.
(例題)特性関数も和の分布を求めるときなど利用されていますが,ここでは,区間(0,1)の一様分布の特性関数が
φ(t)=exp(it/2)sin(t/2)/(t/2)
となることを利用して,区間(0,1)の一様乱数riをn個合計したものの分布が,n→∞の極限で正規分布になることを示してみましょう.
一様乱数をn個の合計のしたものの分布の特性関数は
[φ(t)]^n=exp(int/2){sin(t/2)/(t/2)}^n
一方,シンク関数
sinx/x=Σ(-1)^mx^2m/(2m+1)!=1−1/3!x^2 +1/5!x^4 −・・・
の解が±π,±2π,±3π,±4π,・・・となることを利用して,無限積表示すると
sinx/x=(1-x^2/π^2)(1-x^2/4π^2)(1-x^2/9π^2)(1-x^2/16π^2)・・・=Π(1-x^2/k^2π^2)
kが大きいとき
(1-x^2/k^2π^2)〜exp(-x^2/k^2π^2)
Π(1-x^2/k^2π^2)〜exp(-x^2/π^2Σ1/k^2)
ここで,Σ1/k^2=π^2/6より
Π(1-x^2/k^2π^2)〜exp(-x^2/6)
これより,
{sin(t/2)/(t/2)}^n→exp(-nt^2/24)
ですから,
[φ(t)]^n→exp(int/2-nt^2/24)
正規分布N(μ,σ2)の特性関数はexp(iμt-σ^2t^2/2)ですから,この結果はn個の独立した一様乱数の和の分布は平均値n/2,分散n/12の正規分布に近づくことを示しています(これは一様分布の場合について中心極限定理を示したものです).
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【3】ボールの定理
原点を中心とするn次元超立方体[-1/2,1/2]^nと原点を通る任意のn次元超平面:H(a)
a1x1+a2x2+・・・+anxn=0
の交わり(切り口の体積)について考えてみましょう.
aの成分は,
0≦a1≦a2≦・・・≦an, a1^2+a2^2+・・・+an^2=1
を満たすものとしても一般性を失われません.もし,akが負ならば,xk軸の向きを逆にすることにより,akは正となるからです.
a1x1+a2x2+・・・+anxnの分布の特性関数は
φ(t)=sinc(a1t/2)sinc(a2t/2)・・・sinc(ant/2)=Πsinc(akt/2)
したがって,逆フーリエ変換により,H(a)によるn次元単位立方体の切り口の体積は
Vn(a)=1/2π∫(-∞,∞)Πsinc(akt/2)dt=1/π∫(-∞,∞)Πsinc(akt)dt
と表されます.
ここで,p>1,1/p+1/q=2のとき,
(∫f^p)^1/p(∫g^q)^1/q≧∫fg (ヘルダーの不等式)
とくに,p+q=2とすれば,シュワルツの不等式
(∫f^2∫g^2)^(1/2)≧∫fg
が成立することより,pk=1/ak^2,Σ1/pk=1とおくと
Vn(a)≦Π(1/π∫(-∞,∞)Πsinc(akt)^pkdt)^1/pk
=Π(1/akπ∫(-∞,∞)Πsinc(t)^pkdt)^1/pk
また,不等式
1/π∫(-∞,∞)|sin(x)/x|^kdx≦√(2/k)
より
Vn(a)≦Π(√(2/pk)/ak)^1/pk=Π(√2)^1/pk=2
すなわち,上限は次元によらず評価される.
なお,f,g,hをそれぞれA,B,(1−t)A+tBの特性関数とすると,Prekopa-Leindlerの不等式
∫h≧(1−t)(∫f)+t(∫g)≧(∫f)^1-t(∫g)^t
から
vol((1−t)A+tB)=vol(A)^1-t×vol(B)^t
が得られる.
これはブルン・ミンコフスキーの不等式
|Kt|^1/n≧(1−t)|K0|^1/n+t|K1|^1/n
の別の形(dimension free form of Brunn-Minkowski)である.Prekopa-Leindlerの不等式の利点は次元が出てこないことであるが,ボールの不等式のいいところも次元によらず評価されていることにある.次元の出てこない形の不等式を用いて,1次元の場合から単純な帰納法で一般の場合を導くことも簡単である.
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【補】ヒンチンの定理
単純循環連分数
L=[a:b,b,b,b,・・・]
で表される数Lを求めてみることにしよう.
L−a=R=[0:b,b,b,b,・・・]=1/(b+R)
R^2+bR−1=0 → R=(−b+(b^2+4)^(1/2))/2
L=a+R=a−b/2+(b^2/4+1)^(1/2)
同様に,2項が循環する連分数は
[a:b,c,b,c,・・・]
=ab−bc/2+((bc)^2/4+bc)^(1/2)
ヒンチンは,一般の連分数
[a0:a1,a2,a3,・・・,an,・・・]
の大多数についてあてはまる法則を発見した.幾何平均(a1a2・・・an)^1/nの値がn→∞のとき,ある無限乗積から定まる定数
(a1a2・・・an)^1/n→Π(1+1/k(k+2))^logk/log2=2.685452001・・・
に収束するというものである.ただし,分母に明確なパターンのある代数的数やeをはじめとするいくつかの超越数は例外になる.
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