■行列不等式

 今回のコラムでは,行列に関する等式・不等式をいくつか紹介してみます.

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【1】ニュートンの不等式

 n×n行列

         [a11,a12,・・・,a1n]

  A={aij}=[a21,a22,・・・,a2n]

         [・・・・・・・・・・・・]

         [an1,an2,・・・,ann]

について,‖A‖^2=ΣΣaij^2,TrA=Σaiiとおくと,シュワルツの不等式から次の不等式が成り立つ.

  ‖A‖^2≧(TrA)^2/n  (等号成立はA=αIのとき)

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【2】エルミートの不等式(正定値n元2次形式の最小値の上界)

 ガウスは正定値2元2次形式

  P=ax^2+2bxy+cy^2   (x,yは整数)

に座標軸のなす角の余弦がb/√acのとき,ある点Pと原点との距離の2乗であるという幾何学的解釈を与えている.これにより全平面は平行四辺形の格子に分割され,D=|b^2−ac|は基本平行四辺形の面積の2乗に等しくなる.3元2次形式の場合は,平行四辺形は平行六面体に置き換えられる.

  P=Σaijxixj   (aji=aij)

で与えられた判別式Dをもつ正定値n元2次形式Pにおいて,係数を連続的に変化させると最小値もまた連続的に変化する.エルミートは正定値n元2次形式の最小値の上界が

  (4/3)^(n-1)/2|A|^1/n   (エルミートの不等式)

であることを示した.

 エルミートはさらに2(|A|/(n+1))^1/nで置き換えられるであろうと予想したが,コルキンとゾロタレフはこれよりも最小上界に近い他の上界を得ている.

  n=2 → (4|A|/3)^1/2

  n=3 → (2|A|)^1/3

  n=4 → (4|A|)^1/4

  n=5 → (8|A|)^1/5

その後,ブリヒフェルトが

  n=6 → (3|A|/64)^1/6

  n=7 → (64|A|)^1/7

  n=5 → (2|A|)^1/8

を証明した.

[補]極大格子

n   ルート   最小距離             球充填密度

1         1                1

2   A2    4√(4/3)  =1.075    0.906

3   A3    6√2      =1.122    0.740

4   D4    8√4      =1.189    0.619

5   D5    10√8     =1.231    0.465

6   E6    12√(64/3)=1.290    0.373

7   E7    14√64    =1.346    0.295

8   E8    √2      =1.414    0.254

[補]最密球充填

n   ルート  球充填密度

2   A2   π/2√3=0.906(ラグランジュ1773,ガウス1831)

3   A3   π/3√2=0.740(ガウス1831)

4   D4   π^2/16=0.617(Korkine,Zolotareff,1872)

5   D5   π^2/15√2=0.465(Korkine,Zolotareff,1877)

6   E6   π^3/48√3=0.373(Blichfeldt,1925)

7   E7   π^3/105=0.295(Blichfeldt,1926)

8   E8   π^4/384=0.254(Blichfeldt,1934)

[補]最疎球被覆

n   ルート  球被覆密度

2   A2~   2π/√27=1.209(Kershner,1939)

3   A3~   5√5π/24=1.464(Bambah,1954)

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【3】ミンコフスキーの不等式(正定値n元2次形式の最小値の上界)

 ミンコフスキーもn元2次形式を考え,与えられた判別式をもつn元2次形式の最小値に対する上界Mが

  M<An|A|^1/n   (An=4(Γ(n/2+1))^2/n/π)

で与えられることを証明しました.この結果はエルミートのものより精密です.

 ガンマ関数の漸近表示を用いれば

  M<2n√nπe^1/3n/πe・|A|^1/n〜0.234n√nπe^1/3n・|A|^1/n

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【4】補足

[1]固有値・固有ベクトル

 n次正方行列H={hij}に対して,ベクトルxと定数λが存在して,

  Hx=λx

となるとき,この定数λを固有値,ベクトルxを固有値λに対する固有ベクトルといいます.すなわち,Hをかけることが単なる定数倍になるようなうまい方向xが行列Hの固有ベクトルであり,そのときの定数λが固有値です.

 固有ベクトルとは,線形変換によって,方向が変わらないベクトルにほかなりませんし,その際の拡大・縮小率が固有値であると言い換えることもできましょう.

 単位行列をEと書いて,

  |H−λE|=0

を展開してλの次数の順に書き直すと,λについてのn次方程式(特性方程式)

  pn(−λ)^n+pn-1(−λ)^n-1+・・・+p0=0

が得られます.ただし,

  pn=1

  pn-1=h11+h22+・・・+hnn=tr(H)

  pn-r=Hの中のr次の主対角小行列式の和

  p0=|H|

 また,特性方程式のλにHを代入し,定数項は定数×Eとすることによってできる行列の多項式

  pn(−H)^n+pn-1(−H)^n-1+・・・+p0E=O

が,ゼロ行列O(全成分が0の行列)に等しくなるというのが,「ケイリー・ハミルトンの定理」です.

 また,固有多項式の根と係数の関係より,トレース(対角線の項の和)=固有値の総和,すなわち,

  h11+h22+・・・+hnn=λ1+・・・+λn

が成り立ちます.トレースは全固有値の和であり,大切な不変式になっています.

 一方,行列式は全固有値の積と一致します.

  |H|=λ1λ2・・・λn(=平行多面体の体積)

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[2]正定値2次形式

 原点を中心とする2次元楕円は,

  ax^2 +bxy+cy^2=1

あるいは,行列・ベクトル表現すると

  [x,y][a,b/2][x]=1

       [b/2,c][y]

と書けます.左辺のような形の式を2次形式といい,すべての実数x,yに対して正となるためには,

  a>0,D=b^2−4ac<0

が成り立たなくてはなりません.

 よく知られているように,D=b^2−4acは2次方程式ax^2 +bx+c=0の判別式であり,行列式

  |a,b/2|=b^2/4−ac

  |b/2,c|

と関係しています.

 一般に,原点を中心とする2次超曲面

  Σhijxixj=1   (hij=hji)

が,n次元楕円であるための条件は,左辺の2次形式がすべての実数x1,・・・,xnに対して正定値(positive definitive)であること,すなわち,n×n行列:H={hij}が正定値の行列であることです.

 そのための必要十分条件は,k行・k列までを取り出して得られる小行列式|Hk|を

       |h11・・・h1k|

  |Hk |=|・・・・・・・|

       |hk1・・・hkk|

として

  |H1|=h11>0,|H2|=|h11 h12|>0,・・・,

                |h21 h22|

  |Hn|=|H|>0

となることです.

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