■転がる石に苔むさず(その5)

 円形の車輪の中心に車軸がある場合,車軸は常に地面から一定の高さに保たれている.しかし,楕円やルーローの三角形の中心に車軸をつけて回転させても地面から車軸までの高さは一定には保たれない.ここで発想を転換させて,地面を変形させて車軸が一定の高さを保ったまま移動させることを考える.

 米国のスタン・ワゴン教授は四角い車輪を転がすには地面がどんな形をしていればよいかを考えた.その場合,地面のなす曲線は懸垂曲線が連なった形になる.ちなみに,三角の車輪でも五角の車輪でも地面のなす曲線は懸垂曲線が連なった形である.

  [参]ワゴン「Mathematicaによる現代数学探求」

 ルーローの三角形の場合の道の形については(その4)で扱った.また,車輪の形が楕円で車軸が焦点にあるとき,焦点が直線を描く道の形は三角関数になることは(その1)で述べたとおりである.今回のコラムでは車輪の形が楕円で車軸が中心にあるとき,中心が直線を描く道の形を求めてみたい.

===================================

【1】楕円

 楕円:x^2/a^2+y^2/b^2=1の中心を原点とします.極座標r=r(θ)では簡単な形に表せませんから,

  x=acosu,y=bsinu   (下半弧は−π≦u≦0)

  r=(x^2+y^2)^1/2

とし,r(θ)でなくr(u)のままにしておきます.

 楕円の場合はルーローの三角形やフルヴィッツ・藤原曲線よりも簡単で,解くべき方程式は

  du/dx={(acosu)^2+(bsinu)^2}^-1/2   

 この方程式は変数分離形ですから,第2種楕円積分

  ∫(-π/2,u){(acosu)^2+(bsinu)^2}^1/2du

=aE(1−b^2/a^2)+aE(u,1−b^2/a^2)=∫(0,x)dx

に帰着され,パラメータ表示

  x=x(u)=aE(1−b^2/a^2)+aE(u,1−b^2/a^2)

  y=−{(acosu)^2+(bsinu)^2}^1/2

  (−π≦u≦0)

することができます.

 a=2,b=1,−π≦u≦0として,阪本ひろむ氏に道の形を描画してもらいました.地面のなす曲線はこの曲線が連なった形になります.

===================================

【2】ルーローの三角形

  x(θ)=2/√3∫(-π/2,θ)(sinθ+(sin^2θ+2)^1/2)dθ

=−2{cosθ−√2E(−1/2)−√2E(θ,−1/2)}/√3

  y(θ)=−2(sinθ+(sin^2θ+2)^1/2)/√3

  (-5π/6≦θ≦-π/6)

 ルーローの三角形の場合の道の形については(その4)で扱いましたが,地面のなす曲線はこの曲線(-5π/6≦θ≦-π/6)が連なった形になります.xについてみてみると,車輪の形が楕円で車軸が焦点にあるときと車輪の形が楕円で車軸が中心にあるときの合成になっています.

===================================

【3】フルヴィッツ・藤原曲線

  x=x(u)=1/4∫(-π/3,u){73+16cos(3u)−8cos^2(3u)}^1/2du

  y=−1/4{73+16cos(3u)−8cos^2(3u)}^1/2

  (−2π/3≦u≦0)

 もうひとつの正方形の内転形となるフルヴィッツ・藤原曲線についても(その4)で扱いましたが,地面のなす曲線はこの曲線(−2π/3≦u≦0)が連なった形になります.

===================================

【4】阪本ひろむ氏によるある日の書評

[1]藤原松三郎「東洋数学史への招待」東北大学出版会

 藤原松三郎の数学史論文読了.とはいうものも漢文白文,数式などは読み飛ばした.仏作りて魂入れずであるが,藤原松三郎およびその周りの人々には敬意を抱く.

 日本数学史の他に中国数学史,朝鮮数学史が含まれている.論文は発表順に並んでいるので,多少の知識がないと読みにくいかもしれない.和算は数式に相当する部分も漢文(返り点なし)で掲示され,それを今日の数式に直してあるのでこれも驚きを禁じ得ない.

  中国数学史は時代順に述べられ,またページ数も少ないので多少理解しやすい.朝鮮の数学については「中国の数学の模倣であり,特別な発見はなかった」としている.これについては,当時から調査対象の文献が少ないのではという批判があったようだ.たとえば,ハングルで記述された数学の書籍があったら,藤原松三郎でも理解できなかったろう.

 藤原松三郎の数学史の本としては「明治前日本数学史」がある.これは全5巻からなる.第一章の「総論」に「この章の事が理解できたら,これから先は読まなくてよい」云々とある.もしそうだとしたら,全5巻をやっとそろえた私はどうしたらよいのだろう.

 藤原松三郎はこの書の完了後すぐに亡くなったらしい.まさに白鳥の歌である.その他にわかりやすい本が出ていたのだが,題名は忘れた.日本の数学史は藤原松三郎によって完成してしまったのだろうか?

 彼は東北大学理学部数学科に「数学史」の講座を設けようとしていたが,この夢は叶わなかった.また,東北数学雑誌も戦前は和算の論文を受け付けていたが,戦後は受け付けなくなった.残念な事である.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[2]ユークリッド原論

 最近は東大にギリシャやバビロニアの数学史の研究者がいるようである.ユークリッド原論のギリシア語からの飜訳が出たのは昭和46年.訳者は中村幸四郎以下数名,出版社は共立出版.高校の図書館でこの本をみて感激した.この本の白眉はやはり第1巻の平面幾何学である.

 ギリシャの数字の記法は決して合理的ではない.また数学記号もない.それなのに素数は無限に存在するとか,√2は有理数でないとかいう難題を証明したのである.

 共立版「ユークリッド原論」は定理毎の解説がないこと.また各巻毎の解説もない.最近になって,東大出版会から「エウクレイデス(ユークリッド)全集」の刊行が始まった.これは共立社版の欠点を補う物ものである.また「原論」以外の書物が読めるので,楽しみにしている.

 「共立版」「東大出版会版」とも,ユークリッドの正確な飜訳を目指している.数学記号は全く出ていないため,多少読みにくい.

 英語版のユークリッド原論の飜訳として,ヒースのThe 13 Books of Euclidがある.この本は最初に「古代ギリシャには数学記号は無かった」ことをことわった上で,証明では△,//(平行),∠,⊥などの記号を使っている.日本でもそういう「ユークリッド原論」の飜訳が出版されても良いのではないか.

 わが「書評」は以上のごとし.画竜点睛を欠く.なお,いま講談社文庫の「平将門」を読んでいる.これが終わったらいよいよ「将門記」を読むつもり.

[文献1]ユークリッド原論の翻訳

[1] 中村幸四郎ほか約 ユークリッド原論 昭和46年 共立出版

ギリシア語からの翻訳

  縮刷版も存在

  平行を//といった数学記号を一切使っていない

  原典にある図形は,そのまま掲示

[2] T.Heath 13 Books of Euclud(全2巻か3巻)

  イギリスの碩学による翻訳

  ユークリッドの使わなかった数学記号を使っている

  ソフトカバーのものは入手しやすい

[文献2]数学史

[3] T.L.Heath A History of Greek Mathematics(2 Vol.)

決定版かな?

[4] T.L.Heath A.Manual of Greek Mathematics (2.Vol.)

[3]の簡略版

[5] 平田他訳 ギリシア数学史 共立出版 1998年(復刻版)

[4]の邦訳

[6] 斉藤憲 ユークリッド「原論」の成立 1997年

  東大出版会

[7] Van Del Wearden 数学の黎明 みすず書房 

  ユークリッド原論の各巻についての解説をふくむ

以上が関連文献である.

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

[3]グノーモンについて

 「ユークリッド原論」第2巻に収蔵されているグノーモンについて,グノーモン関連の定理は「幾何学的な代数論」であるととか,いろいろな説(謎)がある.しかし,私が読んで感じのは「つまらない」の一言につきる.「ユークリッド原論」の代数あるいは数論には「素数は無限に存在する」「ユークリッドの互除法」「√2は有理数ではない」「ピタゴラスの定理」など,非常に貴重でしかも証明が美しい定理があるのに,なぜこんな議論を「原論」に収録したのだろうか?

 「グノーモン」について私はこき下ろしたが,研究者にとっては重要なようだ.たとえば,四角形の図から、

  (a+b)^2=a^2+b^2+2ab

といった具合である.これはバビロニアの数学起源のものらしい.

 ユークリッド原論では第1巻,第3巻が三角形を中心とする「ユークリッド幾何学的」なのに,第2巻のみでグノーモンを扱うのは唐突な感じがするのである.また,他の巻でグノーモンの定理を引用しているところが,私の知るかぎりではないような気がするのである.

===================================