■ある無限級数(その60)
【1】格子のテータ関数
格子に含まれるベクトルで与えられたノルム(長さの2乗)のものがいくつあるかによって,テータ関数が決まります.たとえば,六角格子ではノルム0のベクトルは1個,ノルム1のベクトル6個,ノルム3のベクトル6個,ノルム4のベクトル6個,ノルム7のベクトル12個,・・・と数えていけば,この格子のテータ関数Θ(z)は
Θ(z) =1+6q+6q^3+6q^4+12q^7+・・・
=Σaq^k q=exp(2πiz)
と定義されます.
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【2】ミルナーの反例
数学者は1次元・2次元・3次元という一般的な空間だけにとらわれません.無限次元さえ考えるのですが,1964年,ミルナーはカッツの問題に対する反例を最初に見つけました.すなわち,幾何学的には異なるけれども同じ音を出す16次元のドラムのペアを発見したのです.
「R^16のなかには形の異なる2つの偶ユニモジュラ格子E8+E8,D16+がある.この2つの格子から構成されるトーラスR^16/E8+E8,R^16/D16+は同じテータ関数をもつ(=等スペクトル)である.」
(証)16次元ダイアモンド格子D16+のテータ関数は
1/2(θ2^16+θ3^16+θ4^16)
E8+E8のテータ関数は
{1/2(θ2^8+θ3^8+θ4^8)}^2
=1/4(θ2^16+θ3^16+θ4^16+2θ2^8θ3^8+2θ3^8θ4^8+2θ4^8θ2^8
ここで,ヤコビの関係式
D4+=I4 → θ3^4=1/2(θ2^4+θ3^4+θ4^4)
θ3^4=θ2^4+θ4^4
より,θ3を消去すれば両者は(定数倍を除いて)一致することが確認できる.
θ3^8=θ2^8+θ4^8+2θ2^4θ4^4
θ3^16=θ2^16+θ4^16+4θ2^12θ4^4+6θ2^8θ4^8+4θ2^4θ4^12
θ3^8(θ2^8+θ4^8)=(θ2^8+θ4^8)^2+2θ2^4θ4^4(θ2^8+θ4^8)=θ2^16+θ4^16+2θ2^8θ4^8+2θ2^12θ4^4+2θ2^4θ4^12
2θ3^8(θ2^8+θ4^8)=2θ2^16+2θ4^16+4θ2^8θ4^8+4θ2^12θ4^4+4θ2^4θ4^12
θ3^16+2θ3^8(θ2^8+θ4^8)=3θ2^16+3θ4^16+10θ2^8θ4^8+8θ2^12θ4^4+8θ2^4θ4^12
1/2(θ2^16+θ3^16+θ4^16)=1/2(2θ2^16+2θ4^16+4θ2^12θ4^4+6θ2^8θ4^8+4θ2^4θ4^12)
{1/2(θ2^8+θ3^8+θ4^8)}^2
=1/4(θ2^16+θ3^16+θ4^16+2θ3^8(θ2^8+θ4^8)+2θ4^8θ2^8
=1/4(4θ2^16+4θ4^16+8θ2^12θ4^4+12θ2^8θ4^8+8θ2^4θ4^12)
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ところが,偶ユニモジュラ格子は保型性
Θ((az+b)/(cz+d))=(cz+d)^(n/2)Θ(z)
を満さなければならないため,16次元の場合,テータ関数は,
Θ(z)=1+480Σσ7(n)aq^2n=E8(z)
ただひとつに限られる(σ7(n)はnの正の約数の7乗和,E8(z)はアイゼンシュタイン級数).
したがって,トーラスR^16/E8+E8とR^16/D16+は等スペクトルである(=16次元多様体の形は必ずしも聞き取ることはできない)ことが証明されたことになる.
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【補】アイゼンシュタイン級数とE8格子
SL(2,Z)群上,最も単純な(基本的・古典的)保型形式は重さkのアイゼンシュタイン級数
Ek=1/2Σ1/(mz+n)^k
m,nは互いに素,kは整数4,6,8,・・・(4以上の偶数)
です.すなわち,アイゼンシュタイン級数は変換公式
Ek(az+b/cz+d)=(cz+d)^kEk(z)
c,dは互いに素
を満たすというわけです.
保型性の定義から
Ek(z+1)=Ek(z)
Ek(-1/z)=z^kEk(z)
はすぐわかりますが,前者は周期性,後者は双対性と理解することができます.
Ek(z+1)=Ek(z) (周期性)
Ek(-1/z)=z^kEk(z) (双対性)
この保型性の定義は周期性f(x+1)=f(x)を含むので,任意の保型形式はq=exp(2πiz)とするフーリエ展開をもち,
E4(z)=1+240Σσ3(n)q^n
E6(z)=1−504Σσ5(n)q^n
E8(z)=1+480Σσ7(n)q^n
E10(z)=1−264Σσ9(n)q^n
E12(z)=1+65520/691Σσ11(n)q^n
E14(z)=1−24Σσ13(n)q^n
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σk(n)はnの正の約数のk乗和
ベルヌーイ数を用いると
Ek(z)=1−2k/BkΣσk-1(n)q^n
また,ζ(1-k)=−Bk/kにより
Ek(z)=1−2/ζ(1-k)Σσk-1(n)q^n
とも表されます.これらはすべてのσk(n)を教えてくれる母関数であり,それが保型性を示しているという事実が,モジュラー関数は深淵といわれる所以です.
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