■立方体に内接する最大の正多面体(その5)

 立方体に内接する最大の正八面体の解答はいささか意外な結果になったが,最大正八面体はどのようにして得られたものなのだろうか? たとえば,正八面体の北極と南極を立方体の対蹠頂点を結ぶ線上に置くような内接の仕方では最大正八面体は得られないのだろうか?

 今回のコラムでは,正八面体の北極と南極を結ぶ中心軸の位置を変えて,もとの立方体との体積比を求めてみたいと思う.

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【1】立方体に内接する正八面体

[1]中心軸が対面の中心を結ぶ線上にある場合

 この正八面体は立方体に内接する2つのケプラー四面体の積集合になっています.6頂点は立方体の面の中心にあり,体積比は1/6=0.1667です.

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[2]中心軸が立方体の対蹠頂点を結ぶ線上にある場合

 単位立方体ではもっとも離れた2頂点を結ぶ対角線の長さは√3となります.この場合,正八面体の中心軸は[1,1,1]方向を向き,4頂点が立方体の面に接します.

 立方体の面に接触する4頂点を(a,−1,b),(−1,a,b),(1,−a,−b),(−a,1,−b)とおくと,

  2(a+1)^2=2(a−1)^2+4b^2

より,b^2=2a

 また,[1,1,1]方向にある2頂点を(c,c,c),(−c,−c,−c)とおくと,

  3c^2=(a+1)^2 → c^2=(a+1)^2/3

 また,

  (c−a)^2+(c+1)^2+(c−b)^2=2(a+1)^2

より

  a^2−4a+1=0 → a=2−√3

 1辺の長さは√2(a+1)=√2(3−√3)であるから,立方体との体積比を記すと

  V=√2(√2(3−√3))^3/24=9−5√3=0.3397

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[3]中心軸が向かい合う辺の中点を結ぶ線上にある場合

 向かい合う辺の中点に置く内接の仕方で,2頂点が立方体の辺に,2辺が立方体の面に接します.

 単位立方体の断面は3角形・4角形・5角形・6角形などいろいろな形をとりますが,立方体の中心を通り,辺とその対蹠に位置する辺を含む平面で切ったとき,断面積は最大値√2になります.したがって,立方体の最大断面に正八面体の最大断面が含まれるような内接の仕方ということになります.

 正八面体の1辺の長さをaとして,立方体との体積比を記すと

  √2a=√2→ a=1 → V=√2/3=0.4714

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[4]中心軸が向かい合う辺の4等分点を結ぶ線上にある場合

 この場合は6頂点が立方体の辺に,2辺が立方体の面に接します.その際,正三角形面の重心が[1,1,1]方向を向くのですが,これがわかれば

  1+2(1−x)^2=2x^2 → x=3/4

より,頂点の位置を求めることができます.

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 以上より,正八面体は

  [1]1/6=0.1667,

  [2]9−5√3=0.3397,

  [3]√2/3=0.4714

  [4]9/16=0.5625

の順に大きくなり,[4]で立方体に内接する最大の正八面体が得られます.中川宏さんによる体積比較の写真を掲げます.

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【2】まとめ

 (その4)の冒頭で立方体に内接する最大の正多面体と[1,1,1]方向の関係を調べてみたが,はなはだ不完全であったので再度考察してみたい.

 まず[1,1,1]方向とは何かというと[±1,±1,±1]の8方向を意味する.具体的な立体と対応づけて表現すれば立方体がもつ8頂点の方向と言い表すことができる.

[1]立方体に内接する最大の立方体はそれ自身であるから,立方体では8個の頂点が[1,1,1]方向を向く.立方体の双対である正八面体では正三角形面の重心が[1,1,1]方向を向く.その際,8つの面の重心がすべて[1,1,1]方向を向くと体積は小さくなるが,2つの面の重心が[1,1,1]方向を向いたとき体積は最大となる.

[2]正20面体では8つの面の重心が[1,1,1]方向を向いたとき体積は最大になる.その双対である正12面体では8個の頂点がすべて[1,1,1]方向を向くと体積は小さくなるが,2個の頂点が[1,1,1]方向を向いたとき体積は最大となる.

[3]自己双対である正四面体では,4個の面の重心と4個の頂点すべてが[1,1,1]方向を向いたとき体積は最大となる.なお,正四面体がもつ6稜の方向=立方体の各面(正方形面)上での対角線の方向=菱形12面体の各面に対する法線方向は[1,1,0]方向と言い表すことができる.[1,1,0]方向とは[1,±1,0],[0,1,±1],[±1,0,0]の6方向を意味する.

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【補】ボールの不等式

 n次元単位立方体の断面の体積の最大値について考えてみましょう.1辺の長さが1の正方形(2次元単位立方体)の切り口は単に線分になるから,その長さが最大となるのは対角線であって,最大値は√2となる.対角線とは頂点とその対角にある頂点を結ぶ線分で,正方形の原点を通るものである.

 また,(3次元)単位立方体の断面は,3角形・4角形・5角形・6角形などいろいろな形をとるが,立方体の中心を通り,辺とその対蹠に位置する辺を含む平面で切ったとき,断面積は最大値√2になる.

 2次元・3次元での問題は,4次元の場合あるいは考察をもっと高次元化していくこともできますが,n次元単位立方体を中心を通る超平面で切ったとき,その切り口の体積(断面積)Vは,

  1≦V≦√2

であることが,ボールによって証明されています(1986年).

 ボールの不等式のいいところは,Vが次元によらず,√2で上から評価されている点です.ボールの不等式は2,3次元でも一般次元でも同じ形で成立しましたが,こんなことがつい最近まで証明されなかったのは,一般次元における幾何の問題は高い次元になると多くの反例が作れるからだと想像されます.高次元では3次元の直観とは極めて異なる振る舞いを見せますから,この計算は自明ではないのです.

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【補】ビューズマンの定理とボールの反例

 一方,半径rのn次元超球の体積はVnr^nですから,体積を1とするrの値はVn^(-1/n)で与えられます.また,n次元超球の中心を通る超平面による切り口は(n−1)次元超球であり,その体積はVn-1r^(n-1)で表されますから,体積が1の超球の切り口の体積は

  Vn-1・Vn^(1/n-1)

となります.

n Vn-1・Vn^(1/n-1)

2 1.128

3 1.209

4 1.265

5 1.307

6 1.339

7 1.365

8 1.387

9 1.405

10 1.420

11 1.434

12 1.445

13 1.456

14 1.465

 体積1の10次元超球について,その実際の値を計算してみると1.4203・・・となり,体積1の10次元単位立方体の超平面による切り口の体積√2よりも大きくなります.ここで,半径rをほんの少し縮小した超球を考えてみると,単位立方体より断面積は大きいが体積は小さい例を作れることがわかります.

 ところで,3次元空間内の2つの点対称凸体K,K’に関して,凸体の中心を通る任意の平面について,断面積の不等式

  A(K)>A(K’)

が成り立つならば,体積についても不等式

  V(K)>V(K’)

が成り立つことが知られています(ビューズマンの定理,1953年).

 すなわち,10次元のボールの例は,

  A(K)>A(K’)

であっても

  V(K)<V(K’)

という高次元におけるビューズマンの反例になっているのです.

 さて,10次元以上の一般次元であれば,このような反例が具体的に与えられるのでしょうか?

  An=Vn-1・Vn^(1/n-1)

とおくと,

  An/An-2=Vn-1・Vn^(1/n-1)/Vn-3・Vn-2^(1/(n-2)-1)

ですから,n→∞のとき,

  An/An-2→(Vn/Vn-2)^(1/n)=(2π/n)^(1/n)→1

これより,次元を高くすれば断面積はある極限値に収束しそうです.n→∞のとき,Vn-1→0,Vn→0ですが,An=Vn-1・Vn^(1/n-1)の極限値を求めてみることにしましょう.

 Vn=π^(n/2)/(n/2)!より,

  An={(n/2)!}^(1-1/n)/{(n-1)/2}!

これを有名なスターリングの近似公式

  k!=√2π・k^(k+1/2)・exp(−k)

を使って書き直してみましょう.簡約化すると

  An→(n/2)^(n/2)/{(n-1)/2}^(n/2)

    ={n/(n-1)}^(n/2)

    ={(1+1/(n-1))^(n-1)}^(1/2)*{n/(n-1)}^(1/2)

    →e^(1/2)

したがって,極限値√e=1.6487・・・に収束することがわかります.

  √2<√e<√3

ですから,これは高次元ではボールの反例がいくらでも作れることを意味しています.(単位立方体の断面の体積は√2以下であるが,単位球の断面の体積は10次元以上であれば>√2が成り立ち,次元が大きくなるとおよそ√eとなる.)

 逆に,9次元以下ではボールの反例は作られませんが,それ以外のビューズマンの反例については,5次元以上で存在することが証明されています(1992年).しかし,4次元で反例が作れるかどうかは,現在,未解決の問題として残されています.

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【参】丹野修吉「空間図形の幾何学」,培風館