今回のコラムでは泡細胞に関する問題を集めてみました.まず最初に,泡細胞とはまったく無関係に見えるのですが,1640年頃に得られた問題の答えから始めたいと思います.この答えは泡細胞の問題にも適用できるのです.
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【1】最小シュタイナー木問題
[Q]平面上に3つの定点A,B,Cがある.この平面上に点Pをとって,AP+BP+CPが最小になるようにせよ.
[A]この問題はフランスの数学者フェルマーがイタリアの物理学者トリチェリ,数学者カヴァリエリに出題したものとして有名な問題で,求める点Pをフェルマー点といいます.点Pは三角形ABCの内部にありますが,∠A,∠B,∠C<120°のときには,3頂点に至る距離の和が最小となる点は3辺を等角120°に見込む点です.∠A,∠B,∠Cのいずれかが≧120°のときには,それぞれ頂点A,頂点B,頂点Cになります.
微分積分の入門書に「平面上に3つの定点A,B,Cがある.この平面上に点Pをとって,AP^2+BP^2+CP^2が最小になるようにせよ」という問題が偏導関数の応用例として載せられています.その点Pは重心です.3定点が4定点であっても,同じ議論になるのですが,距離の2乗の和に特に具体的な意味があるようには思えません.むしろ,2乗を取り去ったほうが問題としては自然です.たとえば,「A,B,C3軒の家に電線をひきたい.電線の長さを最小にするにはどこの柱を立てればよいか」ではAP+BP+CPを最小にする実用価値のある問題になります.このような最短配線問題は最小木問題(問題の発案者シュタイナーに因んで最小シュタイナー木問題)と呼ばれていますが,VLSI回路を設計するときの最も基本的な技術となっています.
なお,三角形の内心は3辺への距離のうちで一番小さいものが最大となる点(マックスミニ点),外心は3頂点に至る最大距離が最小となる点(ミニマックス点)です.同様に,垂心は三角形に内接する三角形の周長が最小になる点,重心は3頂点に至る距離の2乗の和が最小となる点です.
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【2】オイラーの多面体定理
凸多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれv,e,fとすると,
v−e+f=2 (オイラーの多面体定理)
が成り立ちます.
量(v−e+f)はオイラー標数と呼ばれます.オイラー標数は幾何学において重要な概念である位相不変量の草分けであり,オイラーの多面体定理を利用すると,
1)どの面も同数の辺で囲まれている.
2)どの頂点にも同数の辺が集まっている.
という仮定をするだけで,正多角形であるという仮定をまったくせずとも正多面体は5種類しかないことを証明可能になります.
また,オイラーの多面体定理で示される制限から,単一の凸n角形で平面を敷き詰めるものはn≧7では存在しないこと,2次元以上ですべての頂点の次数が6以上となることは不可能であり,必ず次数が5以下の頂点をもつことなどが導き出されます.
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【3】石鹸の泡のトポロジー
オイラーの定理が物理的作用と結びつくと,興味のある幾何学的効果が出現してきます.たとえば,2次元的にランダムに配列した石鹸の泡はいろいろなサイズの泡細胞からなっていますが,表面張力の要請から境界長を極小化しようとしますから,接合角度は120度となります(プラトー問題・最小シュタイナー木問題).このことから,石鹸の泡は各頂点の次数がすべて3である平面図形と考えることができます.
ここで,次数とは頂点に結合する辺の個数のことで,degで表すことにすると,
2e=Σdeg(握手定理)
が成り立ちます.石鹸の泡の場合は
2e=3v (握手定理)
また,平面図形(地図)は1つの面が無限大となって全体が一面に広がってしまった正多面体と解釈することができますから,オイラー標数は1となります.
v−e+f=1
しかし,外部領域を含めるならば,多面体の場合と同様に
v−e+f=2
が成り立つのです.
オイラーの定理と握手定理を応用すると,
v−e+f=1 (オイラーの定理)
2e=3v (握手定理)
したがって,コラム「オイラーの多面体定理をめぐって」の場合と同様の議論
p~=2e/f=6−6/f→6 (f→∞)
でもって,平均的な泡細胞の形は6角形を中心とした分布をなし,6辺以上の泡細胞を6辺以下の泡細胞と相殺させる必要性から6から遠ざかることはほとんどないに違いないということになります.
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[Q]3次元では泡細胞は14面体を中心とした分布をなし(面数の平均は<14),すべての泡細胞が14面以上の面をもつことは不可能である.
[A]3次元の空間が多面体により分割されるとき,3個の多面体の面が合して1本の稜線を形成し(内容的には同じことであるが)4本の稜線が1点に集まる.集合体から1個の多面体を分離して考えてみると,分割多面体の幾何学的性格で最も重要なものは,多面体のいずれの頂点にも3本の稜が集まるということである.そしてこのような多面体で空間を充填すれば,1個の頂点は4個の多面体によって共有され,そこには必ず4本の稜が集まる形になる.
各分割多面体の頂点,辺,面の数をそれぞれvi,ei,fiとする.
vi−ei+fi=2
分割多面体では1個の頂点に3本の辺が集まり,また1本の辺は2個の頂点を結ぶことから,
2ei=3vi
また,集合多面体の頂点,辺,面,胞の数をそれぞれV,E,F,Cとすると
Σ(vi−ei+fi)=2C
空間分割の面の数などは一義的には決まらず,統計的にしか扱えないので,各多面体の平均頂点数,辺数,面数v1,e1,f1とおくと
v1C=Σvi,e1C=Σei,f1C=Σfi
v1C−e1C+f1C=2C
f1≒14が証明したい事柄である.なお,V≠Σvi,E≠Σei,F≠Σfiであることを注意しておく.
平均的多面体の各面をp角形,各頂点にq面が会するとし,各辺にr個の多面体(p,q)が集まるものとする.境界多面体(p,q)の平均的な頂点数,辺数,面数は(v1,e1,f1)となる.また,頂点に集まる辺の中点を結んでできる多面体はq角形が1つの辺にr面会した多面体(q,r)になっていて,その図形は(v2,e2,f2)で表されるものとする.
3次元の握手定理は多彩になって
f1C=2F,v1C=f2V,v2V=2E,e1C=rE=pF=e2V
であるが,仮定により
q=r=3,v2=4,e2=6,f2=4
であるから
f1C=2F,v1C=4V,4V=2E,e1C=3E=pF=6V
これを
v1C−e1C+f1C=2C
に代入すると
(2−p/3)F=2C
f1=2F/C=12/(6−p)
v1=4V/C=4/(p/6−1)
e1=6V/C=6/(p/6−1)
ここで位相幾何学的証明でなく,計量的証明が必要になるのであるが,3次元空間充填であるためには,等式
cos(π/q)=sin(π/p)sin(π/r)
が成り立たなくてはならない.q=r=3を代入すると
sin(π/p)=cot(π/3)=√(1/3)
p=5.1044・・・
f1=13.398・・・<14
v1=22.796・・・
となる.
なお,
V−E+F−C=0
を用いても,
f1=2F/C=12/(6−p)
を導き出すことは可能である.厳密にいうと
V−E+F−C=1
であるが,何千という小さな泡の集合体を想定して,非常に多くの多面体を統計的に扱うので右辺は0としてかまわない.しかし,V−E+F−C=1を用いればもっとf1≒14に近づくであろう.
実験的研究から多面体の面数は14面,面の形は五角形がもっとも多いことが知られているが,理論的にもかなりよく符合する結果が得られ実験で得られた値を裏付ける1つの根拠を与えてくれるのである.
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【4】マラルディの角
[3]で2つの泡がくっついたとき,その境界も球面になり,この3つの球面の接合角度は120度となることを説明しましたが,石鹸膜の問題は表面積を最小にする問題ですから適切な平面による断面を考えることで[1]の問題の答えが適用できるといわけです.
また,互いに120°の角度で交わる石鹸膜の交線は
arccos(−1/3)=109.471°
で接触します.正四面体の頂点から中心に向かう3枚の膜は互いに120°の角度をなし,中心に集まる4本の線は109.471°(マラルディの角)をなすのです.
120°と109.471°は石鹸膜が接触するときの基本的な角度ですが,ここで泡が内角109.471°の正多角形からなる正多面体とみなせば,面は
p~=360/109.471=5.104
角形となります.
また,3v=pf,2e=pfを,オイラーの多面体定理に代入すると
f=13.39,v=22.78,e=34.18
すなわち,泡の平均の姿は22.78個の頂点,34.18本の辺,13.39枚の面からなる面が5.104角形の立体となることがわかります.平均的な泡細胞は正12面体にやや似たものになるというわけです.
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【5】カテノイドとアンデュロイド
プラトーの問題は変分法の問題となり,実際に解くのは大変難しいのですが,ここでは簡単に解ける問題を扱ってみることにします.
[Q]互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,その形は?
[A]答えは円筒ではなく円筒よりも表面積を小さくできるのですが,この問題は「y=f(x)>0のグラフをx軸を中心に回転させてできる曲面の面積を最小にしたい.」と等価です.曲面の面積は
S[y]=2π∫y(1+(y')^2)^1/2dx
で与えられます.
懸垂線(カテナリー)の問題を変分法によって解いたのはベルヌーイであったのですが,これは懸垂線で考えた位置エネルギーの2π倍ですから,解は懸垂線を回転させたものであることが導かれます.
懸垂線は与えられた2点を両端とする一定の長さの曲線をx軸を軸として回転させたときにできる曲面の表面積を最小にする曲線であることがわかります.カテナリーを準線のまわりに回転させてできる曲面は懸垂曲面(カテノイド)と呼ばれます.なお,カテノイドは,唯一の回転極小曲面であることも示されています.
次に,
[Q]互いに平行な2つの円盤に石けん膜を張ったとき,その形は?
を考えてみることにしましょう.
互いに平行な2つの円形の枠に石けん膜を張ったとき,膜の両側の気圧は等しい状態にあるのですが,平行な円形の枠を円盤に代えれば中に空気が閉じこめられるので,膜の両側に気圧差があり,解は極小曲面とはなりません.この場合は,中の空気が閉じこめられているため,その容積が一定という条件のもとでの面積の変分問題に対応しています.
実は,体積固定の表面積の変分問題は,平均曲率一定曲面に対応しています.曲面の各点で曲がり方が最もきつい方向と緩やかな方向がありますが,平均曲率とは2方向の曲率の相加平均で定義されます.すなわち,平均曲率が一定(≠0)の曲面は,体積一定のまま表面積を最小にすることによって得られるのですが,球面(シャボン玉)はその自明な例です.(一方,平均曲率が恒等的に0である曲面は極小曲面と呼ばれ,これがプラトー問題の数学的な定式化です.)
詳細は省略しますが,この問題の解はアンデュロイドと呼ばれるカテノイドとは別の平均曲率一定曲面になります.この曲面は楕円を直線上を転がしたときに,ひとつの焦点が描く波状の軌跡を直線のまわりに回転させたものになっています.
回転面で極小曲面は懸垂面(カテノイド)に限られるのですが,回転面で平均曲率一定曲面は球面とは限りません.このような曲面はドローネー曲面と呼ばれていますが,1841年,ドローネーは,平均曲率一定の回転面をすべて決定し,それが平面・円柱面・球面・懸垂面・アンデュロイド・ノドイドの6種に分類されることを示しました.回転面に限ると平均曲率一定曲面の数は意外に少ないのですが,これらはプラトーの回転面とも命名されています.
また,これらは円錐の切断面である2次曲線(円・楕円・線分・放物線・双曲線)を,サイクロイドのように基線上を転がしたときに,焦点の描く軌跡を基線を軸として回転させることによってできる回転面であることも証明されています.母線が円のとき直円柱面,楕円のときアンデュロイド,線分のとき球面,放物線のとき懸垂面,双曲線のときノドイドが得られます.
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