本年6月,ロシアの数学者ポントリャーギンの生誕100年を記念してモスクワ大学で幾何学の国際会議が開催されたのですが,秋山仁先生が「正多面体の元素について」という演目で講演された内容を受け売りで紹介します.
紀元前3世紀の頃(ユークリッドの時代),既に5種類の正多面体は知られていたといわれています.今回のコラムでは
(Q)何種類かの凸多面体ピースを使ってすべての正多面体を作ること
という問題を考えてみることにします.
ただし,どのピースも少なく2種類の正多面体を構成するのに利用されるという条件をつけます.それぞれの正多面体は直角三角形面よりなる基本単体に分割できます(正四面体の基本単体数は24,立方体・正八面体では48,正12面体・正20面体では120).しかし,この付帯条件によりそのような解答はナンセンスになります.また,裏返し(鏡映対称)の多面体は同一視しますが,大きさが異なる相似多面体は別のピースとみなします.まずは,問題解決の着想となった正多面体の巡礼について説明しましょう.
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【1】正多面体の巡礼
(1)正四面体の6個の辺の中点を結ぶと,正四面体の中に正八面体ができる.
(この正八面体の体積はもとの正四面体の1/2である)
(2)正八面体の12個の辺を黄金比で分割した点を結ぶと,正八面体の中に正20面体ができる.
(3)正20面体の20個の面の重心を結ぶと,正20面体の中に正12面体ができる.
(4)正12面体の8個の頂点を結ぶと,正12面体の中に正六面体ができる.
(5)正六面体の4個の頂点を結ぶと,正六面体の中に正四面体ができる.
(この正四面体の体積はもとの正六面体の1/3である)
ここから(1)に戻り,正多面体の相互関係が巡回して現れる.一番外側に辺の長さ1の正12面体をおくと,その内部に辺の長さφの立方体,その中に辺の長さφ√2の正四面体がはいる.この双対は正四面体の中に正八面体,正八面体の中に正二十面体がはいるもので,この関係は外側にも内側にも無限に続くことになる.
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【2】着想の深化
正12面体は立方体に外接し(4),正4面体はその立方体に内接する(5)というのが立方体との基本的な相互関係になる.正12面体は立方体に外接することを「第1包含関係」,正4面体は立方体に内接することを「第2包含関係」と呼ぶことにする.
また,立方体の双対である正八面体との相互関係では,正八面体の12個の辺を黄金比で分割した点を結び正八面体の各面上に正三角形が作られるようにすると,これらの分割点は正20面体の12個の頂点となる(2)という関係が重要である.これを「第3包含関係」と呼ぶことにする.
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[1]第1包含関係
立方体の各面に正方形面を底面とする屋根型5面体をつけたものが正12面体であるが,正12面体の二面角を2δとすると屋根型5面体の正方形面と緩斜面との二面角は90°−δ,急斜面との二面角はδとなる.
次に,切り離された6個の屋根型5面体を立方体の内部に収めるように裏返してみる.このとき,屋根型5面体の中央の稜が互いに直交する東西南北天地方向を向くように配置すると屋根型5面体同士は補角であるから隙間を作らずにぴたりと重なることになる.
立方体の内部には空洞が残るが,この空洞の8隅の細長い隙間は大星形12面体の外三角錐と同形であり,この空洞は8個のねじれ重三角錐に分割することができる.すなわち,立方体は正12面体の屋根型5面体とねじれ重角錐から再構成することができることが理解される.
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[2]第2包含関係
立方体の3頂点を通る平面で,底面が正三角形,側面が直角二等辺三角形からなる三角錐を切り離す.このような三角錐は1個の立方体から4個切り離すことができて,残りの立体は正四面体になる.このとき,切り離した三角錐は8個で正八面体となる.
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[3]第3包含関係
この三角錐は正八面体の8等分体であるから,正三角形面の辺を黄金比で分割した点を結んで切り離すと正八面体の中に正20面体を作ることができる.この方法でもとの三角錐は中央の7面体と3個の三角錐に切り離される.
中央の7面体は正20面体の8等分体であって,正三角形面1面と正三角形と2等分した直角三角形3面を有する.すなわち正三角形面2.5面分×8で正20面体を作ることができるというわけである.なお,もとの立方体の1辺の長さを2とすると正三角形面の1辺の長さは2a,直角三角形の3辺の長さは2a,√3a,aとなる.ここで,a=3−√5.
また,三角錐は正8面体と立方体を作るときに用いられるから,これらの切り分け方はうまい具合に付帯条件を満たしている.
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以上より,5種類のピース(屋根型5面体,ねじれ重三角錐,7面体,三角錐,正四面体)がどれも2種類以上の正多面体の構成に使われている.5種類のピースのうち,回転対称性を有する多面体はさらに切り分けることもできる.なお,立方体には2通りの構成法があるが,それはむしろ歓迎すべきことであろう.
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【3】正多面体の元素数
平面の問題に比べて,立体の問題は簡単な問題であってもかなり面倒になり,頭の中だけで考えても難しい場合が多い.どうしても立体模型が欲しくなるところである.正多面体の元素の感触を掴むにはそれぞれ模型を実際に作ることが肝要である.以下,中川宏さんによる木工模型を紹介する.
その後,元素数を少なく抑えることを考えて,どのピースも少なく2種類の正多面体を構成するのに利用されるという条件を除くことにしたのであるが,これにより,正多面体に属する多面体の元素数は4であることが示された.
[定理1]正多面体の元素数は≦4である.
元素数は4種類が最小と思われるが,それはあくまで感触であってその数学的な証明は得られていない.ともあれ,それらをα,β,γ,δとすると正四面体はα8,正20面体はβ24,正八面体はβ24γ24,立方体はα8β12γ12,正12面体はα8β12γ12δ12で構成される.正四面体,正20面体,正八面体の構成元素数が少ないことは,正四面体と正八面体の2種類を組み合わせた空間充填形の正八面体内に正20面体が包含されることと関係している.また,αは3種類,βは4種類,γは3種類,δは1種類の多面体を構成するのに使われていて,βの使用頻度が最も高いことになる.
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【4】平行多面体の元素数
平行多面体とは辺が平行(したがって平行四辺形面,平行六辺形面に限られる),面が平行,そして平行移動するだけで3次元空間を埋めつくすことのできる単独の多面体である.平行多面体には立方体,6角柱,菱形12面体,長菱形12面体,切頂8面体の5種類しかない.これら5種類の図形(フェドロフの平行多面体)は3次元格子の幾何学的分類であって,5種類の正多面体(プラトン立体)ほどよく知られていないが,少なくとも同じ程度に重要であると考えられる.
ところで,中川宏さんは空間充填図形を追い求めてきた.1/24切頂八面体である「中川の六面体」(c-squadron)96ピースで菱形十二面体を組み立てることができる.このことについて,秋山仁先生は「中川の六面体は空間充填多面体の原子と考えられる.数でいえば素数のようなもの」と話しておられた.また,中川六面体の2分割体(σ-dron)は立方体,菱形12面体,切頂八面体に共通する3重の空間充填図形である.
立方体,菱形12面体,切頂八面体は中川六面体の2分割体に分割することがわかったが,それでは残りの2つ,6角柱,長菱形12面体はどうなっているのだろうか? ただし,6角柱,長菱形12面体の場合は等辺平行多面体であることは要請しないことにする.
(Q)何種類かの凸多面体ピースを使ってすべての平行多面体を作ること.
(A)この問題の部分的な解答はすでに中川宏さんにより与えられていて,工藤三角錐を数種類の仕方で切り分けることによって,
工藤三角錐(2/24立方体)×24→菱形12面体
工藤三角錐の2分割体(1/24立方体)×24→立方体
工藤三角錐の4分割体(中川六面体)×24→切頂八面体
工藤三角錐の2分割体(1/24立方体)×72→長菱形12面体
工藤三角錐の1/6蝶番返し×2×12→6角柱
となる→コラム「ボロノイ細胞と平行多面体(その17)」参照.
以上より,工藤三角錐を構成することができる3種類のピース(中川六面体の2分割5面体,工藤三角錐の1/6多面体と5/6多面体)が平行多面体の構成に使われている.また,立方体は工藤三角錐の4分割体(中川六面体)の2分割体から構成することもできるから,この場合も立方体には2通りの構成法がある.
しかし,この部分的な解答に対して,秋山仁先生のアイディアが加えられた.6角柱は直6角柱である必要はなく,斜6角柱であれば工藤三角錐から構成することができる.
すなわち,平行多面体ではたった1種類ですべての平行多面体を充填するような元素が存在し,それが中川六面体の2分割体である.立方体σ96,6角柱σ144,菱形12面体σ192,長菱形12面体σ384,切頂8面体σ48
[定理2]平行多面体の元素数は1である.
さらに,中川六面体の2分割体にはもっと面白い性質がある.中川六面体の2分割体1対で中川六面体になるものをα接合,それを立体蝶番返しして台形の面で接合させたものをβ接合,中川六面体の2分割体の1対でなく,同じもの2個を凧形の面で接合させると鼈臑ができるがこれをγ接合と呼ぶことにすると
立方体 菱形12面体 切頂八面体
α接合 × ○ ○
β接合 ○ × ○
γ接合 ○ ○ ×
を作ることができるのであるが,α,β,γ,δ,ε,・・・中川六面体の2分割体をどのように接合しても空間充填図形となる.また,このとき立方体の体積は切頂八面体の2倍,菱形12面体の体積は立方体の2倍である.
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【5】まとめ
「ポントリャーギン生誕100年記念国際会議,モスクワ,2008.6」における秋山仁先生の講演の概要は
元素数
正多面体 5種類 ≦4
平行多面体 5種類 1
という定理にまとめられる.
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